特殊な地形
護衛騎士達を探しましょう、
そう言って朝からやけに念を押すベンに連れられて、キースとマリウスの3人は再び来た道を戻っていた。
「っかー、相変わらず険しいねぇ。見ろよ、靴に赤茶色の泥がべっちゃりだ。」
うへぇ、と言って歩くマリウスを見ながら、キースも、ふぅ、と息を漏らす。
「晴れているだけマシだね。」
「すみません、キース様。」
「いいよ、いいよ、気にしないで。」
湿度が高いため、どう動いても汗が滲む。
ようやく馬を繋いだ場所へたどり着くと、キースは火照った顔をパタパタと仰いだ。
「で、どうしたの、ベン?」
キースの問いかけに反応したマリウスが、
「なんだよ、小便か?」
と続けた。そこにちょうど良い茂みがあるから、と指差すマリウスに
「黙れ。」
と、どすの利いた声で一瞥してからベンが話し始めた。
「昨日、夕刻まで待ちましたが、護衛騎士達の影を確認することはできませんでした。
これまで、こんなにも長く彼らが私たちのそばを離れたことなど無かったので、きっと近くまでは来ているはずだと思い、わたしは辺りを見回していたのです。
丁度、陽が傾いた頃でした。霧が晴れて、この国の地形の全貌を見ることができたのです!今みたいに!」
ベンは今来た道を振り返るよう、キースとマリウスの後方へ手のひらを向けた。
そこには、森の中央部が突如として大きく陥没している地形があった。
「これは・・・すごいね!」
キースはその光景に息を飲んだ。
マリウスも、こりゃすっげぇや、と目を見開いている。
丸い窪地の周りにできた崖の上には、柱状の岩々が連なっている。
それは、見たこともない景色だった。
「この国に入るときにあれだけ急な崖を降りたのは、このためだったんですよ!」
興奮気味にベンが語る。
「もしかしたら、これがドリーネというやつかもしれません。まさかこれ程とは!」
「ん?なんだそりゃ?」
ベンは意気揚々と自分が本で見た知識を話し始めた。
ドリーネとは、石灰岩の土壌に起きるもので、
雨水が石灰岩の割れ目に沿って集中的に地下に浸透することで周囲の石灰岩を溶かしてできた、すり鉢型の窪地のことだそうだ。
雨水はドリーネを通じて地下に流入するため、一般的に地上に川はなく、
割れ目に沿って集まった水は大小の洞窟を作りながら地下で川を成し、下流へと流れていくらしい。
そして、それと共に地表には、土壌水の溶食から溶け残った石灰岩が無数に地中から顔を出すらしい。
その証拠があれだ!と、ベンは連なる岩々を指差した。
「しっかしよぉ、こういう地形って、攻めにくいよな。俺がもし主将だったら躊躇するぜ。逆の立場なら最大の防御壁になるかもしれねぇけど。」
普段はおちゃらけていても、そこは王子付き護衛騎士団、団長候補だけあるマリウスらしい意見だ。
双眼鏡を取り出したマリウスにつられて、キースも自らの双眼鏡を覗く。
そこでキースの目に映ったのは、昨日の散策で崖に見つけた窓だった。
「どうかされましたか?」
あっと声を漏らしたキースにベンが尋ねた。
「あそこに、穴というか・・・、窓のようなものが見えるかい?」
「あぁー。ありゃなんだか、居住空間になってるんですかねぇ?誰もいませんけど。」
マリウスがその様子を見ていう。
「ここからだと、丁度180°反対側になりますが、
もしかしたら騎士達はそちら側にいるかもしれませんし、行ってみますか?」
ベンの提案にキースは頷いた。
「そうだね。実は行きたいと思ってたんだ。行こう。ベン、マリウス。」
3人は馬に跨り、反対側へと向かった。
「おいおい、コンパスが狂ってやがるぜ!」
走り出してすぐにマリウスが叫んだ。
確かにキースもベンも手元のコンパスは狂っていた。針が回り続けて方角が定まらない。
つい先ほどまでは正常に動いていたのに。
まるで不思議な力に阻まれているみたいだ、と、キースは思った。
「仕方ない、迷わないように、できるだけこの崖ギリギリを進もう。」
キース達3人は、地面まで100メートル近く落差がある崖を落ちないようにゆっくり進んだ。
時折、強い風がゴォッと吹いてきて体を持っていかれそうになりながら。
途中途中の石柱には、何やら記号のようなものが書かれていた。
それは、さすがのベンにも読めないものだった。文化が違えば、仕方のないことだ。
ようやく目的地が見えてきたというのに、その先へは馬を置いていかねば進めなかった。
キース達は近くの木に馬をつなぎ、歩くことにした。
赤茶色だった足元が白色に変わってきた時だった。
先頭を歩いていたマリウスの地面が突然崩落した。
「マリウス!!」
穴に吸い込まれるように、マリウスの姿が消えた。