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手記と星空

やぁ、こんにちは。

僕はしがない旅人さ。

ここで出会ったのも何かの縁だ。ちょっくら、僕の話につきあっとくれよ。


なぁに、大したことはない。風の噂できいた話さ。



むかしむかし、宙の国と名高い、アルビレオという国があったんだって。

その国の自慢は、それはそれは美しい星空だった。

人々は星のもつ力を信じていて、占星術やまじないなんかを使って暮らし、ひいては暦や政にまでもそれを取り入れていたんだとか。なんでも、その国の王様と王妃様は、星の力を強く持っていたらしいんだ。


それほど大きな国ではなかったけれど、四方を断崖絶壁に囲まれた国は平和で、独自の文化を発展させながら、人々は幸せに暮らしておりましたとさ、って話さ。


ところがある時、近隣の国が他国に侵略されたという話がとびこんでくる。

少し前に病に倒れた一人娘であるお姫様を心配した王様は、これ以上国が悲しみにくれなくて済むように、通りすがりの魔術師に、こう訊ねた。


「この国を護る、強い力はありませんか」と。


一度も侵略されたことのない国には、占星術やまじないはあれど、強い兵力みたいなものは無かったんだ。


そこで取引が行われた。

おかげで国は強い力を手に入れ、他国の脅威から逃れることができた。

加えてその魔術師が瀕死のお姫様を元気にさせたもんだから、みんな万々歳さ。


だけどその後、国は荒れはじめる。

最初は、王妃様だった。

我が娘が息を吹き返したというのに、そのことで王様と口論が増え、もともと繊細だった彼女はそのショックで亡くなってしまう。人々は穏やかだった王妃様がなぜそんなに怒り、亡くなってしまったのか誰もわからなかった。


王妃様の死後、何日か経った朝のこと。

王国内に衝撃が走る。

何人ものお姫様付きの護衛兵が、血の海を作って死んでいた。


そしてその一ヶ月後。

王宮は滅んだ。

城内の人間は、一人残らず倒れていたそうだ。

驚いたのは国民だ。なぜって、それは一夜の出来事だったから。

それ以来、その国は魔術師の入国を避けるようになったんだとか。



・・・今はどうか知らないんだけど。

それがもし本当なら、僕はその国には行けないかもしれない。

そもそも、その場所自体見つけにくいらしい。作り話だ、なんていう人までいる始末さ。

それで僕は、こうしてこの石に腰掛けて、考え込んでたってわけ。


まぁ、でも、遠い昔のお話さ。


『その国の星空は、わたしの生涯の中で一番だと断言できるほど、美しくて、美しくて、美しかった。』


先代の王が書き残した旅の手記を、キースは思い出していた。


今、仰向けになった自身の前に広がる星空も、自国に比べたら随分と美しく思えたからだ。

とはいえ、生涯で一番だと断言できるかはわからない。

そう考えたら、きっと、もっと、その国の星空は美しいのだろう。

キースはまだ見ぬ星空に想いを馳せて、うっとりとため息をついた。


「キース様、森の夜は冷えますので。」


時期宰相候補のベンがブランケットを差し出した。ありがとう、と、ひとこと言って受け取る。

焚き火に染められるオレンジの顔は、古くから親交のある彼らの関係をより暖かく強調しているようだった。


今日はここで一夜を明かす。キースは現国王への報告を兼ねた手記を記そうとペンを持った。


「明日は晴れっすねー。」


先ほどから隣に寝そべっているマリウスが空を見て言う。


「マリウス、貴様、口を慎まぬか。」


自分用のブランケットを取り出しながら、ベンが訝しい顔をする。


「へいへい、ベン様。まぁ、いいじゃねえか、ほら、俺ら幼馴染だしっ。なっ?キース」

「様をつけろぉぉぉ!」


何度言えばわかる!もうそんな年齢ではないのだぞ、と、いつものように続けるベンと、相変わらず気の抜けた相槌をうつマリウスに「ははは」とキースが笑う。


宰相候補のベン、王子護衛騎士団団長候補のマリウス、そして、次期国王予定のキース王子の3人に、

現国王護衛部隊の3人の騎士を加えた計6人で彼らはこれまで旅をしてきた。

彼らの国では、時期国王が公務を行う際に不便がないよう、臣下と親睦を深める目的と、就任前に他国を直接学べるように13歳で王子が旅に出るしきたりがある。それは15歳までの2年間続き、その後、仕入れた数多くの情報を王宮へ持ち帰るのだ。

今はちょうど一年が過ぎたところだ。


「ベン、いいよ。君もフツーにして?まだ僕らは正式に王宮で公務をしているわけではないんだし。」


「しかし!」


「さっすがキース〜!」


ワイワイと盛り上がる彼らの上空から一羽の鳥が降り立った。王室の伝書鳩である。


「キース様、シュミアンという街に向かわれるようにと、お達しがきておりますが。」


護衛騎士が書簡の内容を読み上げる。


「わかりました。シュミアンは明日予定している方角の近くですよね?次の街を訪れた後に立ち寄りますと、父上にお伝えください。」


護衛騎士は、「承知しました。」と一礼すると、返答を書き、再び鳩の足にくくりつけて飛ばした。

彼らには王家の者として立ち寄るべき場所がいくつかあり、時折こうやって指示が送られてくることがるが、こう進まなければいけない、という決められたルートはない。歴代の王たちは皆好きに歩を進め、それぞれに学んだ。

そのため、その旅の手記の内容は様々で、どれも面白い。

帰国した彼らの手記は後世に伝えられ、様々な参考資料として使われる。


「ところでキース、明日むかう方角に何か目的でもあるのか?」


相変わらずの口調で、寝そべったままのマリウスが聞く。


「先代の王が記した、宙の国があるはずなんだ。」


「宙の国・・・、星空が美しい国ですよね?私も書庫で見聞録を拝見したことがあります。なんでも、生涯で一番と断言できるほどだとか?」


次期宰相候補と言われるだけあって、ベンは博識である。

もともと本が好きな彼は昔から書庫にこもることが多く、それゆえマリウスには幼い頃に「本の虫」と呼ばれていじられていた。

気弱で泣き虫だった彼は、今でこそマリウスに強くあたれているが、よく泣かされたものである。


「さすがベン、その通りだよ。」


「へぇ。俺は今日の星もなかなか綺麗だと思うけど、それほど綺麗なもんなら、一度生きてる間に拝見してみたいもんですねぇ。」


「あぁ。」


3人は空を仰いで、期待に胸を膨らませた。



*  *  *


同時刻。一人の少女が窓から空を見上げていた。

宝石をぶちまけたような満天の星空は、恐ろしいほどに美しかった。


少女は指で星座をたどる。


文様の描かれた冷たい大理石の床。

その上に立つ裸足の少女。

その様子を星に埋もれるように浮かんだ白い月だけが見ていた。


*  *  *



翌朝、霧に包まれた森は、一寸先も見えないほど真っ白だった。

おかげでキース達3人と護衛騎士達がはぐれてしまう事態に陥っていた。


「っくっそー、なんも見えねぇ。」


マリウスが声をあげる。


「ベン、マリウス、はぐれるなよ!」


「キース様、どうなさるおつもりで?」


キースからはぐれまいと、ピタッと寄り添うように馬を走らせながら必死にベンが叫ぶ。


「このまま目的の国に行く。それは昨日の夜の話で彼らも知ってるはずだし、それに向けて今朝出発をした。そこに向かえば会えるはずだ。」


昨夜の晴天とはうって変わった景色に戸惑いつつも、彼らは前へ進んだ。

これまで護衛騎士達とはぐれたことはなかったので、内心3人ともビクビクしていたが、それを言葉にだす者はいなかった。声に出してしまっては、より一層不安が募るだけだからだ。こういった経験こそが、王宮へ戻った時に大切になると、皆、己を奮い立たせていた。


霧が薄らいで、なんとなく景色が見えるようになってきた時のことだった。


「危ねぇ!全員止まれ!」


マリウスが叫んだ。そこは崖になっていた。


「このまま進んでいたら真っ逆さまでしたね・・・。」


恐る恐る、崖の下をベンが覗き込む。


「すごいなマリウス、反応が早かったな。」


ベンと同じように覗き込んだキースも、今いる地面との落差に青ざめる。


「キースも気づいただろ?俺はベンが落ちると思ったけどな。」


「失敬な!」


3人はもう少し注意深く崖の下を確認しようとした。

しかし、まだ霧が残っているため、よく見えない。


「ん〜、この辺りなんだけどな。」


キースが地図を取り出して言う。


「なぁ!こっちこっち。」


マリウスが指差す方を見ると、なんとなく下に降りられそうな道が続いていた。

しかし、細く歪な道は馬を連れて行けるような雰囲気ではなく、彼らは馬を置いて降りることにした。


水草の生えた崖は、所々ぬかるんでいて、気を抜いたら滑って転げ落ちてしまいそうだった。

3人は足元に注意しながら進んだ。しばらくして、看板が現れた。


「アル・・・ビレオ?」


そこには、宙の国、アルビレオという文字が書かれていた。

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