白い鳥の王国
白い鳥の王国
星野☆明美
プロローグ
ある町に一人の少女が住んでいました。両親は早く亡くなっていたため、家は貧しく、織物を織ってそれを売って生活をしのいでいました。
少女の織る織物はとてもきれいな色の上品なものばかりで、町の市場では売れば売るほど飛ぶように売れていきました。それでも、一人で丁寧に少しづつしか織れなかったので、あまり裕福ではありませんでした。
そんなある日。
市場で織物を売ったお金でわずかな食糧を買って家路を急いでいた少女は、道端の草むらに何か動くものを見ました。
近づいてみると、それは真っ白い一羽の鳥でした。鳥は片足を怪我していました。
「大丈夫?痛いね?痛いよね?」
少女がそっと声をかけると、白い鳥はおそるおそる怪我をしている方の足を上げて少女に見せました。
ちょうど少女は怪我にきく塗り薬を持っていたので、それを取り出すと、白い鳥の足に塗ってあげました。
白い鳥はじっと黒い瞳で少女を見つめました。
「治るからね。大丈夫よ」
そう言って少女は微笑むと、家へ帰って行きました。
1☆白い青年
その夜。
どこからともなく月明かりの中を真っ白いシルクハットをかぶり、真っ白い燕尾服を着た青年が滑るようになだらかな道を歩いて来ました。青年は窓からもれる灯りを頼りに一軒の家を捜しあてました。
夜遅くまでその家の中では少女が一生懸命織り機を使って織物を織っていました。
「こんばんは」
「まあ、誰かしら?」
少女が作業の手を止めて扉を開くと、そこに全身白ずくめの青年が立っていました。
「こんばんは。昼間のお礼に来ました」
「昼間のお礼?なんのことかしら?」
少女は不思議そうに尋ねました。
「あなたのお陰ですっかり元気になりました。お礼に、僕の国へあなたをお連れします」
「えっ?」
少女がびっくりしていると、青年は少女の手をとって、外へといざないました。
「僕についてきてください」
歩いて行くうちに少女はびっくりして言いました。
「不思議ね!足がとっても軽いわ。まるで空を飛んでいるようよ。どこまでも、いつまでも歩けそうよ」
「僕の手を離さないで。離したら迷子になってしまうから」
青年は月光に照らされて、にこやかに微笑みました。
2☆白い鳥の王国
長い道のりを歩いて行くと、いつのまにか見たことのない国へたどり着きました。
白い壁に囲まれた王国でした。
門番も白い服装で立っていました。青年があらかじめ許可をとっていたので青年と少女はすんなり王国の中へ入ることができました。
「ここはどこの国?」
「白い鳥の王国」
ここでは夜の間はみんな人の姿をしているけれど、昼間になると鳥の姿に変わってしまいます。少女は昼間は鳥たちと、夜は白い人たちと一緒に暮らしました。
緑の木々と湧き出る泉の国で、食べ物は豊富にあり、何不自由なく暮らせました。少女は果物や穀物を食べ、きれいな水を飲んで、白い鳥たちに囲まれてとても幸せでした。
ある日。
「僕と結婚してくれませんか?」
と青年が少女に言いました。
少女は青年のことが好きだったので、とても嬉しく思いました。
「王様に許してもらいにいこう」
青年がそう言うので、王国の中央にある立派な白亜の城に二人は行きました。
謁見の間にいる間、二人はきっと幸せになれると信じて疑いませんでした。
ところが。
「ここは白い鳥の王国。白い鳥でない人間はここで暮らしてはいけない。その少女を即刻死刑にしろ」
と白い鳥の王様は言い放ちました。
「なぜですか?王様。僕らは愛し合っているのです」
青年が懸命に言いました。
「異国の体の色が違う生き物と結婚してはならない。どんな色の子どもが生まれてくるかわからないからだ」
と王様は言いました。
「それでも僕は、例え体の色が違っていても同じ生き物である彼女と一緒にいたいんです!」
青年はそう言って、兵隊に連れ去られていこうとする少女を取り戻し、追っ手を振り切って少女と一緒に城を逃げ出しました。
「絶対に手を離してはいけないよ」
青年はそう言うと、少女を連れて、追ってくる白い鳥たちからほうほうのていで逃げました。
3☆さまよう二人
「雪だ・・・」
白い雪が降る中、ふるえながら歩き続けるのはとても心細いことでした。
「雪が降れば、みんな追ってこれなくなるから」
そう言って青年は歩き続けました。少女は青年と手をつないだまま、導かれる方へ歩くしかありませんでした。
やがて吹雪になり、視界は一面真っ白になりました。どうかすると少女は青年を見失いそうでしたが、かたくしっかりとつないだ手は決して離されませんでした。
長い道のりの後、やがてたどり着いたその場所は、少女が元々住んでいた家の前でした。
「帰ってきたのね」
少女はほっとして、青年に「ここで一緒に暮らしましょう」と言おうと思って振り向きました。
しかしなんということでしょう!
そこには力尽きた白い鳥のなきがらが横たわっていました。
白い鳥の青年は少女を命懸けで守ったのでした。
少女はいつまでもいつまでも大粒の涙をこぼして悲しみました。こんなことなら出会わなければ良かったかもしれないとも思いましたが、青年のなきがらを手厚く葬って、絶対に忘れないでいようと心に誓いました。
4☆悲しみをこえて
その後、何年経っても少女は一人で織物を織って暮らしていました。
一度だけ、真っ白で上質な織物を織りましたが、それは決して売ることはせず、大事に大切にとっておきました。
「すいません」
ある時、亡くなった青年によく似た姿の別の青年が訪ねて来ました。面影もそっくりだったし、服装も白いシルクハットに白い燕尾服でした。
「兄が好きだった人と会ってみたくてここへ来ました」
「あの人の弟さんなのね?」
少女はその青年といるととても懐かしいようなそんな感じがしました。
少女は今では25歳くらいになっていました。
とてもきれいで質素な生活が彼女を美しい大人の女性にしていました。それまで誰とも結婚せず、一人でつつましく暮らしていました。
青年の弟は少女を一目見て好きになってしまいました。
「僕と結婚してくれませんか?」
いつか誰かがいった言葉をその青年は言いました。
思わず少女はその場に泣き崩れてしばらく動けませんでした。
「だけど、白い鳥の王国では、白い姿の者しか暮らせないのでしょう?」
その言葉に、青年はしょんぼりしましたが、どうしてもあきらめきれず、何かできないか考えました。
5☆大団円
何日も何日も、青年は少女の元で一緒に暮らしました。
青年は決して肉を食べません。穀物と野菜と果物と水を食べていました。少女も白い鳥の王国での暮らしを思い出して同じものを食べました。
そんな日々が続いて、少女は、青年が無理をして昼間も人間の姿をとり続けているのではないかと思いあたり、「もう、充分だわ。ありがとう幸せでした」と言って、別れようとしました。
しかし青年は、最後に大切にとってあった織物を指差してそれを使って白い装束をつくるように提案しました。
少女は言われるままに、白い織物を仕立てて自分の服を作りました。
少女は思いを込めて一針一針丁寧に縫って行きました。まるで結婚式のウエディングドレスのような素敵な装束が出来上がりました。
「それを着てみせて」
と青年がわくわくしながら言いました。
少女が出来上がった白装束を着ると、驚いたことに少女はあっという間に真っ白い鳥の姿に変わりました。
青年も白い鳥の姿に変わり、2羽は嬉しそうにさえずりながら、空高く舞い上がり、白い鳥の王国に向かって飛んでいってしまいました。