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白狐ノ草子   作者: つゆのあめ/梅野歩
▼日輪の章:祟りノ編(完結)
66/77

雨の後は、きっと上天気(七)

喧嘩、四日目の様子。

巫女二人も双子だなって話と、取っ組み合いする神主二人。


【四日目】



「オツネ、翔さまから(ふみ)が届いていますよ」


 一日の奉仕を終えた紀緒は、日輪の社内にある憩殿に帰宅し、真っ先に中庭へ向かった。

 その手にはギンコが首を長くして待ち望んでいた(ふみ)が一通。中庭でのんびりと月明かりを浴びているギンコに声を掛けると、銀狐はきらきらと目を輝かせて、咲き乱れるヒガンバナから出てきた。


「ほらこれ。貴方宛よ」


 しゃがんで銀狐に(ふみ)を差し出す。

 ふんふん。しかと匂いを嗅ぎ、翔の匂いがついていることを確かめたギンコは、千切れんばかりに尾っぽを振り、嬉しそうにそれを銜えた。

 毎夜、帰宅する度に(ふみ)は来ている? 来ている? と尋ねられていたので、早く(ふみ)が届くことを願っていたのだが、ようやっとギンコの願いが叶ってホッとしている。

 この狐、来ていないと返事する度にかなしそうに落胆していたのだ。

 返事する側としても胸が痛めていたので、翔にそれとなく(ふみ)のことを伝えていたのだが……ちゃんと届いて良かった。翔は忘れずに(ふみ)を書いてくれたのだ。


「オツネ。その(ふみ)はコタマさまと一緒に読んでほしいと、言付けをいただいているの」


 無邪気にはしゃいでいたギンコが、不思議そうに首をかしげる。


「ふふっ、青葉や私に読んでもらうのは恥ずかしいらしいの。本来、(ふみ)はその人宛だけに読んでもらうものだけど、貴方は文字が読めないでしょ? でも翔さまはオツネ宛に書いている。いろんな思いを貴方に綴っている。それを見られても良い妖は誰だろうと考えた時に、コタマさまなら良いとご判断したみたい。内緒でわたくしが読んでも良いけれど、オツネ、どうする?」


 ギンコは幾度も銜えている(ふみ)と紀緒を見比べる。

 今すぐに中身を読んでもらいたい気持ちはあるようだが、翔の気持ちも理解できるようで、銀狐はくるっと紀緒に尾っぽを向けると足早に屋敷へと入って行った。


「コタマさまはお座敷にいるわ」


 右の廊下を走ろうとしていたギンコが、素早く方向転換して、左の廊下を駆けていく。

 本当に微笑ましい限りだ。どれだけ翔に想いを寄せているのか、あれだけで分かる。


「あとは」


 紀緒は懐に忍ばせていた、もう一通の(ふみ)を取り出し、それを持って土間へ向かう。

 朝餉の準備をしている青葉を見つけると、忙しくしている背中に、翔から(ふみ)が届いていることを伝えた。彼女は驚いたように振り向き、野菜を切っていた手を止めて、紀緒の下へやって来る。


「翔殿が私に?」

「ええ。昨晩の負い目もあるんじゃないかしら。心配をかけてしまった、と言っていたから」


 恐る恐る(ふみ)を受け取った青葉は、まじまじとそれを見つめ、そっと頬を緩ませる。


「翔殿ったら、オツネの(ふみ)を綴るのにも苦労していそうなのに」

「ふふ。直接、相手に伝える方が得意だと仰っていたわ」

「ええ。あの方はそういう方です」

「けれど、こうして(ふみ)を綴ったということは、青葉のことも大切なのね」

「……大切」

「どうかしたの?」


 青葉の表情に(かげ)りが入る。

 何か心配事でもあるのか。そっと顔を覗き込むと、彼女は間を置き、朝餉の後に少しだけ話を聞いてほしい申し出てきた。

 断る理由はない。紀緒は快く受け入れると、二人で朝餉の準備を終わらせることにした。


 朝餉後、片づけを終わらせた紀緒は、青葉を自室に招き入れた。

 改めて心配事があるのか、と尋ねると、彼女は未読の(ふみ)を見下ろし、浮かない顔で口を開く。


「どうしたら翔殿に『大切』の想いが届くのか、と思いまして」


 青葉は不満げに、不安げに、心配げに語る。

 昨晩、翔が襲われた話を耳にした瞬間、天地がひっくり返るような衝撃を受けた。

 幸いなことに怪我ひとつ負っていなかったものの、彼の体内に宿る宝珠の御魂は、良くも悪くも多くの妖を、ヒトを引き寄せる。それが良い方向に向かえば、何も心配はいらないのだが、不幸にも宝珠の御魂は悪い方向に向かうことが多い。


 宝珠の御魂を宿したがゆえに、依り代の先代はそれを狙われて、命を落としている。

 義姉のギンコとて、それを体内に宿したがゆえに、九十九年妖の社に閉じ込めるしか方法はなかった。


 今度は依り代になった翔が身を危ぶまれている。


 これは強大な力を秘めている宝珠の御魂を宿した者の運命(さだめ)なのやもしれない。

 そう思うとやはり、やはり、百年はヒトの世界で暮らしたいと願う翔のことが心配で仕方がない。彼は未熟で弱い狐だ。強くなろうとしている努力は認めるものの、せめて強くなるまで、心身一人前の神主になるまでは妖の世界で暮らしてほしい。そんな思いの丈が強くなると青葉はうなだれた。


「ですが、昨晩の翔殿を見ていると、否応なしでも己の主張を貫くだろうと思いまして」


 彼は諦めが悪い。

 表向きはごめん、大丈夫だから、心配かけたと言葉を掛けてくれるものの、それのみに留まる。

 決して、妖の世界に帰るとは言わない。百年はヒトの世界で暮らし続けると、確固たる意志を感じる。そのような眼をしていた。


「翔殿は他者の気持ちや、周りの状況を読み解くことがお上手です。しかしながら、それらを捨て去ると、ただただ己のお気持ちを押し通しまする」


 空気を読むことが得意な翔が、ひとたび空気を読むことをやめてしまうと、それはそれは手の付けられない無鉄砲狐となってしまう。

 それが青葉の悩みの種であり、あまり好きになれない一面、けれど救われる一面なのだと吐露する。

 あの一面があるから彼は誰かのために走り、あの一面があるから彼は必要以上に無茶をする。誰かのために走る姿は立派だが、無茶はしてほしくない。

 ああ、この散らかった感情はどうしてやればいいのやら。


「少しでもこちらの『大切』と想う気持ちが伝われば、私たちの言葉を聞いてくれるのかな、と思いまして。心変わりして妖の世界に戻って来てくれるのではないか、と……翔殿のことは家族のように大切なのに」


 語り部は重いため息をこぼす。

 彼女なりに思い悩んでいるようで、すっかり尾っぽが萎れ、狐耳は力なく垂れてしまっている。

 紀緒は目を細めて笑い、「翔さまはまっすぐで子どもね」と肩を竦め、そっと話を切り出す。


「あの方と共に奉仕をして四日経つけれど、本当に無邪気で、まっすぐで、いたずら好きの子どもだと思ったわ」

「いたずら好きの子ども?」


「今宵は奉仕を休ませて、お部屋で学びをさせるはずだったのに……翔さまったらツネキを連れて妖の世界にやって来たの」


 出歩いてはだめだと言っても、『一人で行動しているわけじゃないよ』で終わらせてしまう。

 妖の世界でしばらく過ごすよう促しても、『比良利さんのお世話があるから無理。仲直りしてくれるなら話は別だけど?』と、いたずら気に言って紀緒を困らせてくる。

 奥の手として比良利に言いつけると言っても、『あれれ? 仲直りしてくれるってこと?』とおどけてくる。


「あの様子だと、比良利さまにも同じような口ぶりで外に出たに違いないわ」


 どんなに注意したところで、彼は「神使と一緒に行動している」と笑うだけ。

 襲われるような怖い思いをしても、彼は「引き篭もる神主なんてツマラナイ」と謳うだけ。

 みなが心配していると説き伏せても、彼は「その度に謝り倒すよ」と返すだけ。だけ。だけ。


 ああ、あの姿はまこと無邪気で、まっすぐで、いたずら好きの子ども。


 あれはたいへん手を焼く狐だ。

 素直で聞き訳が良いように見えて、ちっと他人の話を聞いてくれない。注意する他人の言葉の揚げ足を取り、ご都合に解釈して、自分の思い通りに行動を起こすのだから。縛りつけられそうになればなるほど、あれこれ知恵を働かせてくるのだから。

 一緒に奉仕をするようになって、その一面がよく見えたと紀緒は苦笑をこぼす。


「あの一面はまこと、どこかの誰かさんに似ているわ。こちらは真剣に心配しているのにも関わらず、ちっとも話を聞いてくれなくて、へらへら笑い誤魔化されて。猪突猛進で向こう見ずで。青葉、貴方も苦労するわね。惣七さまを支えていたあの頃とは、まったく違うもの」


 やさしく青葉の頭を撫でる。


「ああいう(タイプ)はね。何度でもぶつかるしかないの」

「ぶつかる、でございますか?」


「ええ。何度でもぶつかって、『貴方が大切』なのだから『もっと己を大事にして』と訴えるしかないわ。言葉でだめなら行動で伝えるの」

「……ぶつかっていけば、伝わるでしょうか?」


「どうかしら。伝わったうえで、やっぱり自分の行きたい道を進むかもしれない。いいえ、進むでしょうね。神主はみんなそう。どうして、みんな自分を大切にしてくれないのかしら」


 もっと自分を大切にしてくれたら、抱える不安や悩みも薄れてくれるというのに。

 自分より他者ばかり。

 自分より市井の妖ばかり。

 自分より家族ばかり。

 ほんとうにばかだな、と思っている。ほんとうに。

 そういう一面が紀緒はとても嫌いで、歯がゆくて、けれど結局救われる一面だと思っている。心のどこかで、彼の行きたい、生きたい道を駆け抜けていく姿を見たいと思っている。想いがいつも矛盾する。


「翔殿に薬を盛らなければ、もっと簡単に想いは伝わったのでしょうか」


 と、青葉の声音に悔いの色がにじんだ。

 紀緒は軽くかぶりを振る。そして言う。想いを伝えるのに、容易いものなどない。容易いのであれば、もっと悩みは少なく済む。

 想いはいつだって重い。

 だから口で伝えても伝わらず、態度で伝えようとしても空回りするのだ。


「青葉、貴方の悔みを翔さまにお伝えしたことはある?」

「……はい。あります」

「なんて?」

「未熟な自分を支えてほしい、と言われました」

「そう。じゃあ、もう翔さまは許されているわ。あまりしつこく言うと、怒られてしまうわよ。わたくしのように」

「紀緒さまのように?」


「貴方も知ってのとおり、わたくしは祟り狐に成り下がった者。幾度も見境を失い、神職らを喰らおうとしました。呪いは消えても、憎しみは消えない。ゆえに憎しみは再び、呪いにかたちを変えて、祟り狐になるやもしれませぬ。何度比良利さまやツネキを喰らおうとしたか」


 しかしながら、それを責める声はない。

 寧ろ、紀緒自身がそれを責め続けていると、「うじうじするでない」と叱責されてしまう。

 きっと彼らは紀緒のそういう一面が好きではないのだろう。己を責める時間があるのならば、もっと精進する時間を作れ。好きなことをしろ。それでも悩んでしまうなら、飽きるまで聞いてやろう。笑い飛ばしてやるから。止めてやるから。

 いつも家族に言われている。おなごを見ると、からっきしダラしない性格になるくせに、そういうところは狡いくらい頼もしい。


「最初は比良利さまのこと、嫌で仕方がなかったのにね」

「え」


「今のは内緒よ。わたくし、比良利さまが神主に選ばれたことが、とても嫌だったの。わたくしは生まれながら神職の奉仕を受け入れていたけれど、比良利さまは天命から逃げていたから――ふふ、どこかで聞いたことがあるお話と思わない? やっぱりわたくしと青葉も魂の双子なのね」


「紀緒さま」

「違う点は正直さね。翔さまより、比良利さまのが正直だったわ」

「翔殿よりも?」


「正しくは欲望に忠実かしら。青葉と翔さまはあまり衝突がなさそうに見えたけど、わたくしと比良利さまの初対面なんて最悪よ。あの狐、初対面のわたくしにまこと正直に言ったの」


――お主、柔らかな胸をしているわりに、頭は石のようにカタイのう。


「……」

「……」

「えーっと、もしかして初対面で触られたのですか?」


「まだ妖狐になって間もなかったから、あまり社会性がなかったの。良し悪しが分からなかったみたい。張り飛ばしても、何が悪いのかちっとも分かっていなくて、わたくしは頭痛に悩まされたわ。これが次の神主になるなんて悪夢しかない……認めたくないって」


 さらにこの狐は当初、神主になりたがらなかった。

 天命を授かるのは素晴らしいことなのに、自由がなくなるという理由だけで逃げて、逃げて、また逃げて。日輪の社は潰えてしまうのではないかと思った。

 けれど現実は潰えるどころか、日輪の社は栄えた。先代が去った後も。南の神主が不在だった頃も。そして、いまも。

 悔しいことに、認めたくないと思っていた狐は、いま紀緒にとってなくてはならない存在となっている。


「紀緒さまは、比良利さまのどこかお好きになり、認められるようになったのですか?」


 青葉の問いに、ひとつ笑う。


「青葉と一緒よ。貴方が翔さまを認め、支えると覚悟を決めた気持ちは、きっと、わたくしとおなじ」


 年下の双子もつられて、ひとつ笑う。


「真っ直ぐすぎるお気持ちが、貴殿の心を変えたのですね」

「変わるしかなかったのよ」

「おなじです」

「ええ、おなじね」


 まっすぐで。

 むてっぽうで。

 むこうみずで。

 たったひとりのために走る、その姿は、その魂は――まこと、うつくしい。

 ああ、そんな危うくも強く、うつくしい心を持つ狐を、自分は支えたいと思っている。自分のために。


 紀緒は苦笑いをこぼす。なぜだろう。妙に誰かさんの顔を見たくなってきた。たった四日、されど四日。まだあの狐はへそを曲げているだろうか?

 (ふみ)のやり取りはあるけれど、それは業務的な連絡ばかりだから。

 紀緒は(ふみ)を読み始めた青葉を優しく見守りながら、そのようなことを思った。


「紀緒さま。三日後、いっしょに翔殿のお部屋へ行きましょう」

「え?」


 と、青葉がこのようなことを言い出す。

 なぜ? 首をかしげる紀緒に、双子の対はおかしそうに笑った。


「翔殿がみなでお食事をしたいそうです。七日間、御二方の『世話を焼いて差し上げた』心やさしい南の神主命令だそうですよ」



 ※ ※



 ヒトの世界、翔の部屋にて。


「……なんじゃ。ぼん、これは」


「便箋の残骸。ギンコに二通は手紙を書くって言ったから、今がんばって書いてるんだよ。くそっ、文章が出てこない……青葉にも書かないといけないのに。ネズ坊達待ってな。これ終わったらメシ作ってやるから」


 くしゃくしゃ、ポイ。

 くしゃくしゃ、ポイ。

 翔は便箋を丸め込み、ゴミ箱に投げ入れた。生憎外れてしまったが、拾いに行くのは面倒なので、そのまま放置する。それを繰り返しているせいで、翔の周りは見事に散らかっていた。

 比良利の糸目が遠いものになっているので、その散らかりようは凄まじいのだろうが、優先は(ふみ)である。片付けなんぞ後ででもできる。

 翔の隣では、ツネキが数本の花を見比べ、どれにしようか悩んでいた。


「ツネキ、お主は何をしているのじゃ」


 比良利が問えば、クンクン、クオンとツネキが意地悪い声で鳴く。

 物の見事に顔を引きつらせている比良利の様子から、ケッタイなことを言われたのだろうが、残念翔はそれを助けてやるつもりはない。同じく意地悪い笑みを浮かべ、「比良利さんも書いてみたら?」とボールペンで指す。


「ツネキの奴、ギンコと紀緒さんに贈る花を選んでいるだぜ? 手紙の代わりに」


 文字が書けない代わりに花を贈る。

 ツネキらしい発想だった。

 「知らぬ」と足蹴にして、さっさと二段ベッドの上段へあがってしまう比良利を見やり、「たまには良いと思うぜ」と、真新しい便箋を手に取って軽く目を瞑る。


「ちっとも文章は浮かんでこないけど、相手のことを考えながら書くって新鮮な気持ちになれる。元気? の一言くらい書いてみたら? 業務連絡ばっかりじゃ味気ねえと思いますー比良利殿」


「ふんっ、鼻で笑われるじゃろうよ」

「そうかな? 俺は嬉しいと思うけどな。紀緒さんにとって、比良利さんは家族も同然だろうし」


 やかましいと言わんばかりに枕を投げられた。

 ずいぶんと子ども染みた態度だが翔は無視する。空気を読むだけ無駄だと分かったから。

 だから、そう、だから意地悪く、けれど無邪気に言ってみせるのだ。


「――この比良利が相手をする限り、何度でも忘れさせてやる。お主の帰る場所はここじゃ」


 がばり。

 比良利が布団を蹴飛ばし、ぎょっとした顔でこちらを見下ろしてくる。

 シシッ、翔はいたずらが成功した子どものように笑い、「素敵な告白だと思いマス」と言ってからかった。


「比良利さんって、気障(キザ)なんだなあ。いやあ、素敵で無敵で胸がトキメキそう」

「……ツネキ、まさかお主が話したのか?」


 ふんふん。ツネキは鼻で笑い、軽く舌を出した。


「喧嘩するのはいいけど、ちゃんと言葉には責任持たないといけませんよ。比良利殿。紀緒さんの帰る場所は、俺の下じゃないんだから」


「……紀緒の奴か。あいつめ、話おったな」


 額に手を当て、布団に沈む比良利を余所に翔は語りを続ける。


「紀緒さんはいろんなことを話してくれたよ。苦しい過去に、恐れている未来に、どれだけ比良利さんやツネキに救われたかをさ。大切な家族なんだなって教えてくれた」


 そんな家族と時に喧嘩することもあるだろう。

 けれど、時が経てば経つほど、喧嘩する怒りの熱よりも大切な感情が優先されるのではないだろうか。少なくとも日輪の者達には、優先されるべき感情があると思っている。


「紀緒さんは優秀だし、すごい巫女だけど……やっぱり俺は青葉に支えてもらいたい。ギンコと三人で一緒に月輪の社を立て直すと、守っていくと誓ったから」


 だから、青葉とギンコには早く帰ってきてほしい。

 一方で共に過ごせない日々は少しだけ物足りない。

 ゆえに、そう、ゆえに慣れない(ふみ)を書いている。元気かどうか知りたくなる。比良利はそうではないのか?

 まったく返事をしなくなった比良利に笑い、「北の神主さまって意外と意地っ張りなんですねえ」と、揶揄してやった。


「しょーがないな。ツネキ、俺と一緒に比良利さんになりきって手紙を書こうぜ。なんて書く?」

「待てぼん」

「じつはすごくさみしいですって書いてやるか!」

「ぼーんっ!」


「げっ、比良利さんが下りてきたっ! あだだだだだ! 尻尾捩じりは卑怯っ、卑怯だから! あだだだだだだ! おじいちゃんっ、暴力反対!」


 烈火の如く下りてきた比良利に腕と尾っぽを捻られ、翔はギブギブと声を上げる。


「調子に乗りおってっ! 反省せえ!」

「反省するようなことしてねえじゃんか!」

「小生意気な狐め!」

「頑固ジジイよりマシっ、イッテー! 拳骨はイッテーッ!」

「誰がジジイじゃハナタレ狐め!」

「比良利さんでぇすっ、あだだだだ!」


「ぼーん!」

「比良利さんの気障(キザ)狐ジジイー!」


 世にも珍しい南北神主の(一方的な)取っ組み合いは、ネズ坊らの腹の虫が鳴くまで続いたのだった。


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