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白狐ノ草子   作者: つゆのあめ/梅野歩
▼日輪の章:祟りノ編(完結)
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雨の後は、きっと上天気(一)

発端は比良利と紀緒の喧嘩。

七日間、比良利は暮らしで、紀緒は奉仕で、翔の所で世話になる話になってさあ大変!な御話。



(なんでこんなことになったんだ……)


 日輪の社、参集殿の大広間にて。

 南の地を統べる妖、三尾の妖狐、白狐の南条翔は遠い目を作り、力なく脇息に肘を置いていた。

 齢十九であろうと、翔は妖を統べる頭領なので、時に市井の妖から相談を受けることがある。

 それは霊能者から調伏されかけた重たい相談から、ヒトの世界で暮らすか妖の世界で暮らすかで大喧嘩になった夫婦に軽い相談まで多種多様。みなの声を聞き、相談に乗り、それを解決することで市井の妖と交流を深めることができる。

 なので極力、市井の妖らの話には耳を傾けるようにしているのだが……。


「なぜ、わたくしが比良利さまと肩を並べているのでしょう」

「知らぬ。ツネキに聞くが良い」


 まさか、神職から相談を受ける日が来るとは。


 翔は視線を右へ流す。

 うつくしいかんばせを顰めて、赤狐にそっぽを向く美人狐が尾っぽの毛を逆立てていた。


 そのまま左へ流す。

 双子の対が六つの尾っぽの毛を逆立てて唸り声を上げている。


 双方の間で身を小さくしているのは北の守護獣であり、今回の相談主。目が訴えている「助けてくれ。どうにかしてくれ。死にそうだ」と。


 まあ、その、あれだ。

 要するに北の神主と北の巫女が大喧嘩したのである。


 一体全体、何が原因で喧嘩したのか、翔には皆目見当もつかない。

 いつもの調子で日輪の社へ足を運んだら、物々しい雰囲気を醸し出している紀緒と顔を合わせた。ひと目で不機嫌と見抜いた翔は何か遭ったのかと思い、拝殿にいる比良利に声を掛けた。が、彼が振り返った時の表情で、「やばい。この二匹、喧嘩している」とすべて察した。そのような顔をしていた。


 とはいえ、翔は二匹の喧嘩を幾度か目にしている。


 大体、こういう場合は一日二日ほど放置しておくのが良い。

 三日目を迎えると、ころっと元の雰囲気に戻っているのだ。大人の喧嘩というものは、そういうもので、露骨に言い合うことはなく、冷たい態度で意地を張り合うことが多い。二百歳狐の比良利と紀緒も例外ではなく、やはり態度で意地を張り合うことが多い。


 今回も三日目で元の鞘に収まるだろう、と思っていたのだが、七日経ってもこの調子。おなじ場所で奉仕をしている翔でも少々気が滅入ってしまうのだから、同じ屋根の下で暮らしているツネキは大弱り。いつもハナタレと馬鹿にしてくる翔に泣きついてくるのだから、相当参っているのだろう。

 翔は脇で様子を見守っている青葉やギンコに視線を流した。

 ギンコの方は興味なさそうに毛づくろいしているが、青葉の方はおばばの頭を撫でながら、苦笑いを浮かべるばかり。彼女の気持ちは翔と同じようだ。


『まったく、だいの大人が子ども達を困らせているんじゃあないよ。なんで喧嘩しているんだい』


 くわぁっと、おばばが大あくびした。

 さすが年の功。先陣を切ってくれた。こういう時頼りになる。

 すると狐らが口を揃えて「喧嘩なんぞしておらぬ」「なにもありませぬ」と返事した。うそをつけ。だったら、その態度はなんだ。翔はそっぽを向き合う二匹にため息をつく。

 よほどひどい喧嘩でもしたのだろうか。お互いにちっとも視線をやろうとしない。


「何でもないなら、ツネキも俺なんかに相談しないって」


 ここは頭領として聴くべきか、それとも同胞として聴くべきか。ひとまず翔は後者を選んだ。

 大広間は静まり返るばかり。一切合切、返事がない。


(うへえ。こんな二匹の仲裁に入るのかよ。冗談きついぜ)


 翔とて仲裁に入ったことは何度もある。

 幼馴染二人が喧嘩した時だって、青葉とギンコの姉妹喧嘩(きょうだいげんか)した時だって、「まあまあ」と間に入ってお互いの言い分を聞き、仲直りさせていた。が、今回の相手は比良利と紀緒だ。正直に言って「まあまあ」なんぞ軽い口で間に入れるほどの相手らではない。ほら、今だってお互いに醸し出す、あのとげとげしい空気がなんとも……ああ、胃が痛くなってきた。


『お互いが何でもなくてもねえ、周りが迷惑をこうむっている。それを自覚できていないようなら、神職なんて大層なお役が務まるわけないと思うよ』


 さすがおばば。

 顔を顰めている翔の気持ちを、臆することなく代弁してくれる。

 だから頼れるおばあちゃんなのだ!


 すると比良利が軽く舌を鳴らした。

 おやまあ、彼が舌打ちなんてらしくない。拗ねた子どものような顔をしている。まあ、反応を見せたということは、少しだけ、ほんの少しだけ思うことがあるのだろう。

 それは紀緒も一緒で、わざとらしい咳払いをした。話す気配はなさそうだ。


(話せないほど喧嘩したのかよ。それとも、それどころじゃないくらい怒ってるのか?)


 翔は交互に二匹を見やり、彼らの立場になって考えてみた。

 二匹はいつも冷静である。何か騒動があれば、それに対応するための心構えを持っている。ゆえに翔の方が感情的になる方が多いのだが、今回はその冷静さがない。

 例えば比良利が茶々を入れるように紀緒をお触りすることはあるが、いつも成敗されている。

 比良利も己の行いを自覚しているのだろう。投げ飛ばされようが、張り手を受けようが、文句ひとつをこぼさず甘んじている。まあ、当たり前のことをしているので翔もそこは受け止めておくべきだと思っているが……。

 

(比良利さんと紀緒さんが、ここまで喧嘩をこじらせているのは珍しいよなぁ)


 一体どのような原因が彼らをここまでさせてしまったのか、少々気になる。

 しかし、いまの様子では口を割ってくれないだろう。翔は早々に原因の追究をやめた。下手に追究したところで、喧嘩がこじれてしまうのが関の山だ。

 かといって、このままにしておくと奉仕に支障が出る。ツネキも可哀想だ。


(二匹は毎日顔を合わせている。嫌ってほど距離が近いんだよな)


 翔は顎に指を絡め一思案、彼らの様子や日常を振り返り、軽く脇息を叩いた。


「分かった。喧嘩の原因は聞かない。その代わり、比良利さんと紀緒さんは七日間接触禁止。奉仕も暮らしも別々にしよう」

「ええっ?! か、翔殿。本気ですか?」


 素っ頓狂な声を出す青葉に、大真面目だと翔は頷いた。


「二匹っていつも一緒じゃん? それこそ奉仕も暮らしも。そら嫌にもなるって。いくら家族とはいえ、ちょっとくらい離れたいことだってあるじゃんか。このままだと空気も悪いし、奉仕に支障が出る」


 寧ろ、家族だからこそ離れたいことだってある。

 今回の場合、おなじ場所、空間、時間を坦々と過ごすばかりでは解決にならない。何年何十年一緒に過ごしている二匹は、いま一度離れて過ごす必要があるだろう。


「頭が冷え切るまで距離を置くって時間も、時には必要だと思うよ。比良利さんも紀緒さんも、気持ちが落ち着くまで一回離れちゃいなよ」


 翔は得意げに語る。

 我ながら、なかなかの名案である。

 七日間接触禁止、と厳かなことを言ったが、要は二匹が顔を会わさなければ良いのだ。奉仕については神主と巫女、それぞれ単独で出来る奉仕をやれば良い。暮らしについても、どちらかが家を出て、宿を借りれば良い。妖の世界にも宿は存在する。そこで思う存分、自分の時間を満喫するのも良いのではないだろうか? きっと良い気晴らしになるだろう。うんうん、我ながら名案だと「では七日間、ぼんのところで世話になろうかのう」え。


 翔はかちんと固まる。

 いま、比良利はなんと言った?

 ぎこちなく赤狐の方を見やれば、いつもの調子で笑い、きゅっと口角をつり上げていた。


「接触禁止の旨、承知した。お主の言う通り、我らのせいで奉仕に支障が出るのは申し訳ない。そこのおなごがどう思っておるか存じぬが、わしはお主の案を受け入れようぞ」


 いや、だからって、なぜに自分のところで世話になる話に行きつくのだ? 翔の予定では片方は宿にでも泊まってもらう予定だったのに!

 冷汗を流していると、「七日の間、わたくしも翔さまにお世話になります」と、紀緒が満面の笑みを浮かべてきた。


「翔さまのご意向に従い、わたくしはそこの赤狐さまと距離を置くことにしまする。ああ七日と言わず、十日でも、ひと月でも構いませぬよ。泣き言を漏らしたら、距離を縮めますゆえ」


「ほっほう。口を開けば愚痴しか漏らさぬおなごが、よう言うわ」

「あらあら。口を開けば助兵衛しか漏らさぬ狐が、何か仰いました?」


 ようやっと視線を合わせた二匹は、鼻を鳴らし、またそっぽを向いてしまった。


「暮らしについては、寝ても覚めても、そこのおなごと顔を合わせるゆえ、わしが出て行こう。対の暮らしも気になっておったからのう」

「奉仕については、どう足掻いても神主と巫女が必要な時がありますゆえ、北の巫女に青葉を代役に立てます。わたくしは七日間、南の巫女となります」


「勝手にせえ」

「ええ。勝手にします」


「ぼん、そういうことじゃて、七日の間世話になる」

「翔さま。七日間、どうぞよろしくお願いいたします」


 お互いがお互いに翔の世話になる、なんぞと言ってきたので、ああもう、泣きそうである。

 だったら、思う存分、二匹が納得するまで喧嘩してくれ。自分を巻き込むんじゃない。

 匙を投げたくなる翔だが、その心を見抜いたツネキが見捨てないでくれ、と言わんばかりに鳴いてくるので、一層泣きたくなる。ハナタレ狐と馬鹿にして良いから、ぜひぜひ見捨てさせてほしい。


「(……青葉、どうしよう)」

「(だから言ったじゃないですか。翔殿、本気ですか? って……)」

「(こんなことになると思わないじゃないか)」


 思わず青葉に泣き言を漏らしてしまう。


「(比良利さんも紀緒さんも良い大人だから、俺達が困っていたら、空気を読んでくれると思ったのに!)」

「(寧ろ、離れられる好機(チャンス)と思ったのでは……)」

「(まじか。お互いに心底で離れたいって思ってたわけか。いや、だからってさ)」

「(喧嘩をしていても我らより年上の妖狐ゆえ、それぞれ都合の良い流れに持っていくのはお上手なのですよ)」

「(……はあっ、青葉とギンコの姉妹喧嘩(きょうだいげんか)の方が可愛いと思えてきたよ俺)」


 ひとこと言わせてほしい。

 この狐たち、すこぶるめんどくせえ!


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