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白狐ノ草子   作者: つゆのあめ/梅野歩
▼web版小噺
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来ぬ春、それは妖のさだめ

子どもに先立たれたおばば、親に偽りを重ね続ける翔。妖のさみしい、さだめの噺。


 翔は南条夫婦の一人息子である。上にも下にも兄弟はいない。

 今の今まで、それについて深く考えることはなく、兄弟がいたら楽しいだろうなと思うことはあれど、その程度で留まっていた。


 だが、こんにちの暮らしの中で兄弟がいれば、どれだけ良かっただろう、と翔は思い悩む。自分には、兄や的存在の妖狐がいる。妹分的存在の妖狐がいる。祖母的存在の猫又がいる。同胞達がたくさんいる。

 恵まれた環境があるのにも関わらず、翔は無い物ねだりと分かっていながら、兄弟を欲していた。


 その理由は両親だった。


『坊や、どうしたんだい?』


 月が満ちる月輪の社の中庭で、風に揺れるヒガンバナ畑を見つめていた翔は、しゃがれた声によってそっと顧みる。縁側にやってきた齢四百と五十の祖母が、白いひげを花々と同じように揺らしていた。

 聡い祖母は何か遭ったのだろうと勘繰り、優しく声を掛けてくれる。

 誤魔化したところで相手には通用しない。翔は力なく笑い、重い足取りで縁側に歩むとおばばの隣に腰を下ろす。


『悩みかい?』


 率直な問いに、「兄弟が欲しいと思ってさ」翔は苦い笑いを零し、どうしようもない悩みを抱えているのだと目を伏せる。

 おばばを腕に抱き、膝に乗せる。頭を撫で、胸の内を明かした。


「明日。両親と病院に行く予定でさ。ああ、体はどこも悪くないよ。ただほら、あの一ヶ月、俺が意識障害で眠りに就いていたことになっているから、経過を診せようと思ったらしくて。遠慮をしてたら、怖い顔で睨んでくるんだよ」


『親としては、また意識障害を起こして欲しくないんだよ』


「分かっているよ。俺が心配で仕方がないのは、本当に分かっている。けど、今までになく両親は俺に甘くなっちまったんだ。角がまるくなったような物の言い方で、やれ服を買おうだの。やれ食事に行こうだの……可愛がろうとしてくれる。それが心苦しくてさ」


 今までは、自分が何をしようが、何処へ遊びに行こうが、緩い気持ちを持って見ていた。一人息子だからと何かを買い与えたり、特別我儘を聞いたりする親ではなく、しっかりと叱るべきところは叱り、口やかましいところは口やかましく息子に接した。そういう親だった。


 けれど今の両親は辛味を忘れたような態度で息子に接する。

 例えば、学力テストの悲惨な点数を見ても、頑張ったと褒められる。何か欲しいものはないかと、誕生日でもないのに尋ねられる。

 挙句、くしゃみのひとつで学校を休めと勧められる。


 砂糖菓子のように甘い気遣いが翔の心を重くした。

 ここまで親が変わるとは思いもしなかったのだ。一歩引いてみれば、溺愛と言っても過言ではない。

 そんな両親が昨日、病院に引き続き、翔に罪悪を抱かせる発言をした。


「俺の孫を見たい。だから、病院に行って、しっかり体質を治そう。また意識障害にならないように。母さんが、そう俺に言ったんだ」


 神主道を歩むと決めたその日から、翔は結婚の道を捨てている。神に仕える身は伴侶を持てない。そういう決まりなのだ。

 しかし、両親は何も知らない。翔が妖になったことも、人間でなくなったことも、神主になったことも。


 だから期待を寄せるのだ。いつか息子が家庭を築き上げると、そう、信じてやまないのだ。



「おばば。俺は親不孝者だな」



 嫁も孫も見せられそうにない。偽りは作れるだろう。皆が協力してくれるだろうから。


 だが、それは両親を騙していること他ならない。

 翔は悩む。両親とは、特別に仲の良い関係柄ではない。仲が悪いわけでもない。何処にでもいる口やかましい両親と、それを疎ましく思う息子の関係柄だった。


 急に甘くなった両親は、己に過剰な愛情を注ぐことで不安を拭いたいのだろう。それが分かってしまったからこそ、二人に偽りを通すことが心苦しい。

 自分はどうすれば良いだろう。おばばの体毛を撫ぜて声を窄める。


『坊や。お前さんは長生きをして、精一杯の愛情を返してやりなさい。親御さんと一緒にいられる日々なんて、もう百年もない。五十年あれば良い方さ。風が吹き抜けるような一瞬に親御さんはいなくなる。偽ることもたくさんあるだろう。その変わらない姿を誤魔化さないといけない日もくるだろう。家族ではない者達を家族と紹介する日も、きっと来るだろうねぇ。それでも、お前さんは親御さんより長く生きる。百年も、五百年も、千年も』


 妖のさだめなのだと諭すおばば。


『親御さんの本当の幸せとは何だと思う? わたしはねぇ、子供が親よりも長く生きてくれることだよ。子に先立たれるほど、親の不幸はないからねぇ』


「先立つ……」


『過剰な愛情や憂慮を受けても、それを蔑ろにしないで欲しいねぇ。わたしには親御さんたちの気持ちがよく分かるから。もう、四百年も前に子に先立たれたわたしには、痛いほど気持ちが分かるんだよ』


 己だけが妖怪と化したおばばには、その昔、夫や六匹の子供、そして孫達がいたそうだ。家族に皆先立たれ、四百年という長い時を経て、今を生きる猫又は家族を思うと寂しいのだろう。


『姿はあの頃のままなのにねぇ』


 湿っぽい声を出すおばばの頭を撫でる。他に慰め方が分からなかった。


「いつか、母さん達におばば達を紹介できたらいいな。血も部族も違うけど、おばば達はまぎれもない俺の家族だ。すっかり失念していたよ」


 偽り、偽り、そう言って落ち込んでしまったが、家族は此処にいるではないか。此の世界で出来た、愛すべき立派な家族が。


 「ばあちゃん」『なんだい翔の坊や』「俺が立派な神主になるまで」『見守ってやるさ。おばばは長生きだからねぇ』「そっか。なら安心だ」

 『翔の坊や』「なんだばあちゃん」『おばばを看取るんだよ』「孫の務めだろう?」『分かっているじゃないか』「これでもばあちゃんっ子なんだぜ?」


 少しずつ歳は取れど、自分達は変わらない姿で生きる。関わる人間が生きている間、その姿で生き続ける。

 嗚呼、それがただただ寂しい。どうしようもなく寂しい。


(終)


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