めぐる、語り桜
桜をめぐる、七つの小噺其の五。
正反対の性格をしている、青葉と飛鳥の異性語り。
青葉は生まれてこのかた、同世代や年下の男と日々を過ごしたことはなかった。
物心ついた時には女郎屋に売られ、こわい大人から怒鳴られる毎日を。そこから逃げ出して、先代南の神主に拾われてからは、ずっとずっと年上の青年らと毎日を過ごしてきた。
いつだって青葉の周りにいる男は年上だった。
しかし、それにどうこう思うことはなかった。
こわい大人はただただ、怖いとしか思わなかったし、妖狐の青年らはいつも優しかった。生真面目な天城惣七も、少々助兵衛な比良利も、女たらしなツネキも、青葉の境遇に哀れみを抱き、一同胞として受け入れ、親しく接してくれた。異性を意識したことはなかった。これからも、そうやって生きていくのだろうと信じて疑わなかった。
なのに。
「青葉。これやるよ。さっき、竹伐狸のばっちゃんがくれたんだ」
「桜餅、ですか?」
「働き過ぎのおばあちゃんは甘いものが大好きだろ? 俺からの差し入れ。小ぶりだから食べやすいと思うぜ?」
「だっ、誰がおばあちゃんですか!」
「もちろん。青葉おばあちゃんのことーっ!」
笑声をあげながら逃げていく年下狐の背中を睨みつけた後、葉に包まれた桜餅に視線を落とす。そこには桜色に染まった餅がふたつ、しっとりとした塩漬けの桜の葉に包まれていた。
とても美味しそうな香りがする。
「自分で食べようと思わないところが翔殿らしいなぁ」
しみじみと桜餅を眺めていた青葉は、自分の尾っぽが揺れていることに気づき、慌てて尾っぽに力を込めた。ただ桜餅を貰っただけなのに、一喜一憂するなんて巫女らしくない。毅然としなければ、毅然と……。
「青葉、ちゃんと噛んで食べるんだぞ。のどに詰まらせるなよーっ」
「翔殿っ!」
わざわざ戻って、茶々を入れてくる翔にきぃっと尾っぽの毛を逆立ててしまう。ああもう、年下の異性に振り回されている自分がいる。
(翔殿と出逢ってから、毎日が本当に忙しい……)
しかも振り回されることに、嫌と思わない自分がいるので、なんとも救いようがない。
「ええっ。ネズ坊の末助が勝手に外へ出た?」
それは桜咲く、ある夜更けのこと。
翔のアパートにひとつの素っ頓狂な声が響いた。
境内の清掃を済ませ、無事一日の社務を終わらせた青葉にとんでもない知らせが届いたのである。
青葉は右往左往に慌てふためく、旧鼠のネズ坊らを見下ろして唸り声をあげてしまう。
曰く、七兄弟の内の一匹、ネズ坊の末助が勝手に部屋へ抜け出したとのこと。
いつも見張りを買って出るおばばは一階の大家の部屋へ、姉のギンコも翔の携帯を銜え、すぐ帰ってくると子どもらに言葉を残して留守にしている様子。
つまり、部屋にはネズ坊達しかいなかったのだ。
常日頃から子どもだけで部屋を抜け出さないように、と口酸っぱく言っていたし、翔が住まいとしている部屋は三回なので、大丈夫だと高を括っていたのだが……ああ、やはり子どもには見張りが必要である。
(よりにもよって、部屋を抜け出したのが末助とは)
末助は七兄弟の末っ子なのだが、誰よりも翔に懐いたネズミで、とにもかくにも翔の真似をしたがる。あの無鉄砲狐の真似をしたがるネズミなので、そらあもう、やんちゃもやんちゃ。何をしでかすか、想像すらつかない。
旧鼠とて妖、そこらのネズミよりかは強い。が、妖力が小さく弱い子どもなので、猫や人間に襲われてしまえば、あっという間にやられかねない。
すぐに探さなければ。
青葉は六匹の旧鼠らを腕に抱えると、一階の大家の部屋を訪れ、子どもらを預けた。子どもらを預けておかなければ、自分達も探しに行くと言って飛び出しかねない。
部屋にはおばばもいたので、「私は末助を探してきます」と、かくかくしかじかで事情を説明し、アパートを飛び出す。
(あの小さな体で遠出は無理だろうから、近くでうろついているはず)
体こそ小さく、あれを見つけるのに苦労するものの、末助が近くにいたら妖気でなんとなく察知できるはずだ。
とはいえ、末助がどこへ行ったのか皆目見当もつかない。
(ヒトの世界は高い家屋や複雑な家屋で入り組んでいる……翔殿にも手伝ってもらうべきかもしれない)
屋根から屋根へ飛び移り、電柱から地上を見下ろす。
青葉も生まれこそヒトの世界だが、今のヒトの世界はまるで別世界。異界と言っても過言ではない。今のヒトの世界を熟知している翔に来てもらった方が、早く見つけ出せるやもしれない。
とはいえ、彼は日々神事や神主修行に追われている身の上。今宵は比良利の下で学びに励んでいる。そんな彼をわざわざ呼び出すのは忍びない。もう少し自分の足で探してみるべきだ。
(最近の私は翔殿に頼っている。恥じなければ)
相手は齢十八の狐。
自分より百も下の狐を、そうホイホイと頼って良いものか? いいわけがない。例え相手が選ばれし南の神主でも、ここは年上として頼られる存在でなければ。
と。
青葉は足元から垂直に向かってくる呪符の気配を察知した。
足軽にそれを避けて、地上へと着地する。何奴、指の間に癇癪玉を挟んで構えを取る。
「青葉さん。私だよ、私」
その声は。
青葉は低くしていた姿勢を戻す。目の前にいたのは、南の地を守護する妖祓のひとり。翔の幼馴染にあたる楢崎飛鳥であった。彼女は両手を合わせ、「ごめんごめん」と、言って自分の行いを詫びた。
「何回も呼んだんだけど、青葉さん、気づいてくれなくて。えっと、電柱の上は目立つと思うよ? ただでさえ巫女装束は目立つし」
申し訳なさそうに頬を掻く彼女に、青葉も決まりが悪くなってしまう。
そうだ。ここはヒトの世界。よもや化け物の存在を忘れてしまった世界。青葉の行動一つで騒動が起きかねない、騒々しい世界なのだ。
もしも。電柱のてっぺんにいたところを人間に見られてしまえば、ネズ坊を探すどころではなくなっていた。
「ありがとうございました。以後、気をつけます」
ぺこり。頭を下げて、そそくさとその場を立ち去る。
「あ、ちょっと待って。何か遭ったの?」
見事に呼び止められてしまった。
青葉は困ってしまう。相手は不倶戴天の敵である妖祓、その一方で翔と竹馬の友にあたる存在。気軽に話して良いものなのか否か。こういうところが生真面目と茶化される所以なのだろう。
「楢崎殿、旧鼠を見かけませんでしたか?」
「旧鼠? ショウくんの兄弟だっけ? 七匹、いたような」
「はい。その内の一匹が、勝手に外へ出て行ってしまったようで。それも、翔殿を一番慕っている子で」
「ショウくんを慕っている子なら、すごくやんちゃなんだろうねぇ」
「ええ、それはもう」
「後先考えないで行動しそう」
「ご尤もで」
飛鳥の言葉にひとつひとつ頷いていると、「見かけなかったなぁ」と、彼女は返事した。話を聞くに、予備校の帰りだったそうで、自分の来た道には旧鼠の気配がなかったとのこと。
青葉には予備校がどういうところなのか、まったく想像がつかないが、後半の話を聞いてがっくりと肩を落としてしまった。
やはり。一度、翔に知らせておくべきやもしれない。
「ショウくんは知っているの?」
「いえ。あの方は、まだ学びの最中でして」
「でも知らせておいたほうが良いと思うよ。ショウくん、心配性だし」
「もう少し、私の足で探して、それでも無理ならば手伝っていただこうと思います。末助のことなので、近くで花摘みをして遊んでいる気がして」
それでは。
丁寧にお辞儀をして、飛鳥の前を去ろうとすると、「ちょい待ち」と言って、またしても呼び止められた。
「じゃあ、一緒に探すよ。私は妖祓の中でも、妖の気配を掴むのが上手いから」
「しかし」
「大丈夫、大丈夫。青葉さんが駄目って言っても、勝手にするから」
楢崎飛鳥という人間は、わりと、いや結構、強引な人なのかもしれない。
呆気に取られる青葉を余所に、彼女は呪符を額に当てて、唱え詞を唱え始めた。旧鼠の気配を感じ取ったのか、こっちだと言って歩き出す。微かに気配を感じる、とのこと。
こうして夜道を二人で歩き始める。
周囲に隈なく目を配り、お騒がせネズミを探す。
反面、二人の間に会話は一切生まれない。立場が立場だし、青葉自身、じつは人見知りだったりする。奉仕をしている時は誰とも隔たりなく話ができるが、それは巫女という立場があるからで。
一個人で話すとなると、話題すら思い浮かばない。言葉に喉がつっかえてしまう。何を話せば良いのだろうか。いいや、いっそ会話なんて生まれない方が良いのかもしれない。半端に話題を広げても、気まずさが広がるだけだ。
(確か翔殿にとって、楢崎殿は初恋のお相手でしたっけ)
青葉は飛鳥を盗み見る。少しだけ、心がもやっとした。
彼が妖にならなければ、彼はずっと彼女を見つめていたのだろう。和泉朔夜や楢崎飛鳥を大切に想っていたのだろう。ずっと、ずっと、ずっと。
「こっちにはいないね」
ひえ。声を上げそうになった。盗み見たことがばれてしまったか。
ゆっくりと喉に詰まった悲鳴を呑み込み、「そうですね」と短く返す。
さすがに素っ気なかっただろうか。半ば強引とはいえ、手伝ってもらっているのだ。もう少し、愛想よくしても良かったような。
「本当にショウくんに言わなくて良いの?」
「え。あ、はい。まだ、彼に頼るのは早いと思いまして」
余計な心労を掛けさせるのは本意ではない。彼は多忙な日々を過ごしているのだから。まだ、頼るべきではない。まだ。
「言えばきっと、翔殿は走って来てくれると思うのですが……私で解決できることは、自分で解決したいのです」
彼はちょっとしたことですら自分のことのように心配を寄せて、解決に導こうとしてくれる。頼もしい一方で、少々恐ろしい。その思いの丈が、いつか翔を潰してしまうのではないか、と。先代のように無茶が祟って、不遇の最期を終えてしまうのではないか、と。
あのような悲しい思いは二度と味わいたくない。
「翔殿の荷を、少しでも良い……私が肩代わりしたいのです」
ぽろりと吐露する。
飛鳥はこぼれんばかりに目を見開き、静かに笑みを浮かべた。
「そっか。なら、他の人を応援に呼ぼうかな。数は多い方が良いと思うし」
「へ?」
「幼馴染の家族だもの。早く見つけた方が良いでしょう? 私も早く見つかってほしいよ」
そう言って飛鳥は片目を瞑り、携帯を取り出した。それは翔がいつも使用しているため、機械音痴おばあちゃんの青葉でも、携帯の名前と用途は知っている。
どうやら彼女は、もう一人の幼馴染に連絡を取ってくれるようだ。確かに妖祓であれば、ネズ坊を探す時間もグッと短くなるに違いな「えええ?」え?
「ネズ坊と一緒にいるの? 朔夜くん。うん、うん……それはショウくんに奢ってもらわないとね。分かった。青葉さんに伝えておくよ」
鞄に携帯を仕舞い、彼女は仕方なさそうに肩を竦めた。
「朔夜くんが見つけたみたい。いま、一緒に花見をしているんだって。一時間くらいしたら、家に送るって」
「花見……ああもう、あの子ったら! 翔殿の真似をしたのですね!」
この頃の翔は花見をするために、夜な夜なひとりで外を出歩いている。それを真似たのだろう。
これは翔に多大な責任がある。家に帰ったら、きつく言っておかなければ。
眉をつり上げて怒り心頭に発していると、「お腹減ったね」と、飛鳥が話題を切り出した。
「青葉さん。ケーキは好き? 近くの喫茶店、零時まで開いているんだ」
「へ?」
「せっかくだし、何か食べて行こうよ。あっちこっち探し回って疲れたでしょ? 自分にご褒美しなきゃ」
あれよあれよと事が決まり、口を挟む暇もなく、青葉は飛鳥と喫茶店に入る羽目に。目立つ巫女装束をしているというのに、飛鳥はその格好でも大丈夫。コスプレイヤーと言ってフォローするから、とちんぷんかんぷんなことを言ってくる。
また銭など一銭も持っていないのに、彼女は勝手にチョコレートケーキを二つ、それからオレンジジュースと紅茶を頼んでいた。唖然としている青葉には、「私の奢り」と言ってくる始末。ああ、この状況、どうすれば。
とりあえず、運ばれてきたオレンジジュースを飲んで落ち着こうそうしよう。
「ねえ。青葉さん」
「はい」
ストローの飲み方が分からず、それをのぞき穴を除くように眺めていると、飛鳥が笑いながら軽い話題を振ってきた。
「ショウくんのこと好き?」
「はい……はい?」
前言撤回。まったく軽い話題ではない。
突然の話題に、思わず聞き返してしまう。
飛鳥を凝視すると「もちろん、異性としてね」と、言ってくるので目を白黒させてしまった。相手は気まずい空気を和らげようと、気軽な話題を振ってきたようだが、青葉にとってはとんでも質問である。
好きとはなんぞや? いや、嫌いじゃない。当然、大好きだ。大切な家族として。だが異性は正直……え? である。
異性とはあれか、ギンコのように恋慕を抱いているのか、と……そう聞きたいのか。この妖祓。
「ど、どうしてそんなことをっ」
「え? 女子同士のお茶会といえば、恋バナから始まるものでしょう?」
「こ、こいばな?」
「あれ? 妖の世界には恋バナってないの?」
「お花は食すことがありますが」
「はい? 食べる?」
「えっとお花のこと、じゃないのですか?」
「恋バナはお花じゃないよ」
じゃあ、なんの花? いや鼻? もはや異国語である。
頭がくらくらしてきた。楢崎飛鳥という人間がよく分からない。
「だったら質問を変えるね。ショウくんと普段どう過ごしてるの?」
「どうって言われましても」
妖の社にいても、家にいても、神事や奉仕のことばかり話しているような、そうでないような。
戸惑う青葉に対し、飛鳥がやや意味深長な笑みを浮かべ、頬杖をついた。
「ショウくん。いつも青葉さんやオツネちゃん、コタマおばあちゃん、妖達のことを話すんだけどね。青葉さんのこと、こう話してくれるの。青葉はすごく頼れる巫女さんで、聞き上手の料理上手で」
彼は普段、幼馴染にそんなことを言っていたのか。
頬が熱くなってきた。そわそわしてしまう。
「でも泣き虫で実は甘えん坊の、甘い物好きおばあちゃん」
「おっ、おばあちゃん?!」
つい耳と尾っぽを出してムキになってしまう。誰がおばあちゃんだ、誰が!
フーッと毛を逆立てる青葉に一笑し、「笑うと可愛い素敵な狐さんだって言っていたよ」と飛鳥は言葉を重ねた。
青葉は頭を抱えたくなった。からかうなら、是非からかったままでいてほしいものだ。最後に褒めるなんてずるい。とてもとてもずるい。
「ショウくんの口からそんな話を聞いているものだから、青葉さんはどう思っているのかなぁって」
どうもこうも。
青葉は運ばれてきたチョコレートケーキを見つめ、それにそっとフォークを入れた。
「私はそれまでの育ちにより、異性に対する感情が、あまりよく分からないのです……ただ、翔殿はとても大切です。彼も家族の私達を大切にしてくれます。だから、決して失いたくない狐です」
失いたくないから無理をしてほしくない。
失いたくないから自分を大切にしてほしい。
失いたくないから家族を優先してほしい、幼馴染ではなく――家族を。
仄暗い気持ちになってしまった。変なことを思っている自分がいる。口に出さなかっただけ、自分を褒めたいが、抱く思いはあまり褒められたものではない。
だからだろうか。少々意地の悪い質問を飛ばしてくる飛鳥に、青葉も少々意地の悪い質問を投げた。
「楢崎殿はどうして、翔殿ではなく、和泉殿を?」
翔のことだから、全面的に好意を出していたことだろう。
しかしながら、飛鳥は翔ではなく、朔夜に想いを寄せていると彼から聞いたことがあった。その時の顔は少しだけ切なそうであり、さみしそうだった。
だからこそ聞きたい。なぜ翔ではなく、朔夜だったのか。青葉はあまり朔夜のことを知らないが、翔の好意に応えても良かったのではないか、と思う。
不意打ちだったのだろう。飛鳥に苦い笑みを返された。彼女は湯気だっている紅茶にミルクを注ぎながら、「どうしてだろうね」と曖昧に肩を竦めた。
「朔夜くんを好きになった理由なんて、よく分からないんだ。ただ、この人が良いと思ったら、もう止められなくて。気づいたら、朔夜くんを好きになった。ショウくんが私を好きになった理由もきっとそう。異性を好きになることに、明確な理由はつけられないと思うんだ。この人が良いと思った時点で、きっと恋になる」
恋。
青葉には分からない感情だ。翔は大切だが、やはりそれは恋と呼ぶには遠い。どちらかと言えば、天城惣七に向けていたような、家族愛の方が優る。
「とはいえ、ショウくんを好きになれば良かったと思う時もあるんだ。朔夜くんと違って、ショウくんはハッキリ好き嫌いを言ってくれるから」
それは分かる。彼は嘘をつけない、正直な性格をしている。
「大切に想われていたのは知っていたのに、ショウくんとの距離が近すぎて、その想いが重りに感じていた時期もあったんだ」
「想いが重りに」
「うん。想いが重いになって、正直離れたい時期もあった。ほら、ショウくんって良くも悪くも一直線でしょう? それは恋も幼馴染の関係も同じ。だから朔夜くんと一時期、ショウくんの想う気持ちに疲れちゃうこともあって」
あの頃がとても懐かしい。
飛鳥がティーンスプーンで紅茶をかき混ぜたところで、口を挟んでしまう。
「翔殿の思いの丈の強さに、応えようとは思わなかったのですか? お互いに応えていれば、疲労を感じることもなかったのではないかと私は思います」
受け止めてばかりだったから、だから、疲労したのではないか。鋭い指摘にすら飛鳥は笑みをこぼすばかり。
「あの頃は受け止める、が当たり前だったんだ。きっとね、私達はショウくんの気持ちに胡坐を掻いていたんだと思う。恋も幼馴染の関係にも」
なのに、心のどこかでそのままでいてほしいと思う自分達もいた。
だから翔は恋も幼馴染の関係にも執着してしまった。最初の頃はきっと、純粋な想いで留まっていたのに、不変を願う自分達の想いに応えようとして、彼の優しさや想いを捻じ曲げてしまったのだろう。飛鳥は淡々と語る。
「純粋な想いを寄せていた頃のショウくんを忘れていた私は、結局ショウくんを異性として好きになることはなかった。思い出していたら、もしかしたら……なんて思う日もあるよ」
でも、そんな日なんてもう来ない。彼の方がそんな日を望んでいない。
飛鳥は紅茶を啜って喉を潤すと、青葉に向かって優しい微笑みを向けた。
「今のショウくんと青葉さん達の関係こそ、私達が理想にしていた幼馴染の関係だったと思うんだ。想い想いあって支え合う。そういう関係を目指したかった」
「今からでも」
「できないよ。想い想いあっても、支え合うことはできない。私達は相容れない種族になった。何かあれば対峙する。ショウくんは覚悟を決めている」
それでも翔は幼馴染をつよく想っている。青葉の心をもやっとさせるほど。
「ねえ青葉さん。私や朔夜くんは、ショウくんのことをよく知っている。一言えば、十分かる関係だと自負している。でもね」
これからの翔のことはよく知ることができない。隣に並ぶことはできないのだ、と飛鳥は子どもに言い聞かせるように青葉に告げた。
「何年、何十年、何百年経っても青葉さんはショウくんを知ることができる。誰よりも理解者になれる。想い想いあって、支え合うことができる。でもね、私や朔夜くんはそれができない――だから私達の関係に妬かなくて良い。怖がらなくても、ショウくんは青葉さん達を捨てないよ」
どきり。
心臓が飛び上がりそうになった。どうして、それを。
目を白黒させる青葉に、「顔に書いてある」と彼女は片目を瞑る。これが言いたくてお茶に誘ったのだと、飛鳥はあどけなく笑ってみせた。
「たくさん振り回すだろうけど、ショウくんをよろしくね」
青葉は妙に悔しくなった。何もかも心を見透かされている。そんな気がして。
「楢崎殿。ひとつ」
「なあに?」
「もしも今、翔殿にその、気持ちを告げられたら如何しますか?」
どうしてこんな質問を投げたか分からない。
ただ、答えが無性に聞きたくなった。
少々間を置いて、「応えるかも」と返事する飛鳥に、青葉はすかさず食い下がった。
「だったら、お渡しすることはできません。”かも”なんて、とても曖昧で狡い。私やオツネなら応える、の一択ですよ」
「うわあ。青葉さん意地悪」
「どちらが先に意地悪をしたと思っているんですか」
「ふふ、私だね。でも、それで良いんだよ。青葉さん、もっと自信を持ってね。今のショウくんは幼馴染より、妖達のことの方が大切だから」
じっとり睨む青葉と、おどける飛鳥の視線がまじり合う。
自然と笑みがこぼれてしまうのは直後のことであった。なぜであろう。短時間でも、本音で語りあったからこそ、分厚い心の壁が少しだけ薄くなった気がした。神職と妖祓がお茶だなんて、他の神職にばれたら一大事だが、いまはそれすらどうでもよく思えた。
「いやあ、自分でも思うけど、我ながらめんどくさい性格をしているよ。感情ですぐ一喜一憂する」
「それなら私だってめんどうくさい女です。一喜一憂してしまうので」
「ねー、めんどくさいね」
「ねー、めんどうくさいです」
笑いを噛み締め合う。いま、飛鳥と心が通じ合っている気がした。
(そういえば、楢崎殿くらいの年頃の方とお茶なんてしたことなかったなぁ)
もっと本音で語りあえたら、もっと気さくな関係になれるやもしれない。
もしも、それが現実として叶うのなら、それこそ翔の思い描く人間と妖の共存世界の一片なのだろう。
「やばい、長居しちゃった。青葉さん。はやくショウくんのアパートへ行こう。もう、そろそろ朔夜くんがネズ坊を送ってくれる頃だよ」
「はい。今すぐ」
喫茶店を出た青葉と飛鳥に待っていたのは、ちょっとしたマラソンであった。すっかり長居してしまった喫茶店を後にして、ふたりは夜空の下を走り抜ける。
途中、桜の花びらがふたりを追うように待っていたのだが、まっすぐアパートを目指す青葉や飛鳥の目には留まらなかった。
(終)
好きにも種類がある、でも、それで良い。




