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白狐ノ草子   作者: つゆのあめ/梅野歩
▼桜の章:受け継ぎノ編(完結)
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めぐる、小桜

桜をめぐる、七つの小噺其の三。

和泉朔夜とネズ坊の末助。日常の一片。




 ネズ坊のこと旧鼠七兄弟、末っ子の末助は知っている。己が慕っている妖狐の兄が、たいへん花見好きなことを。春の季節になると、青葉に叱られるほど浮かれ、暇さえあれば桜を観に行こうとする。

 今日も寝る間を惜しんで部屋を抜け出そうとしていたところを、青葉に止められていた。


「もう翔殿ったら! 明日は大切な社務があるから、はやく寝るよう比良利さまに言われているじゃあありませぬか」


「少しだけ。な? 近所の桜がもうすぐ花咲きそうなんだよ。だから」


「だめです。今日はもうお休みして下さい。オツネ、翔殿を叱って下さい」


「げっ、ギンコを出すなんて卑怯だぞ! 十分だけっ、いや五分だけでも花見をさせてくれよー!」


 周りから止められるほど、妖狐の兄は花見が好きだ。

 話を聞く限り、どうやら近所の桜がそろそろ開花するようで、翔はそれを目にしたいらしい。

 始終やり取りを眺めていた末助は、大あくびする兄弟達と、駄々を捏ねる翔を交互に見やり、小さな頭を横に傾げた。何度も何度も左右に傾げた。数日前の夜のことだった。





「なんの声だろう?」


 その日、夜道を歩いていた朔夜は足を止める。

 高校を卒業後、大学の交通費や自立、妖祓の修行の意味を込めて、一人暮らしをしている朔夜は、住まいとしているアパートに帰っていた。

 その道すがら、絞り出すような鳴き声が聞こえてきたので、思わず足を止めてしまう。

 それはヒトの声ではなかった。かといって、地を這うような化生の不気味な鳴き声でもない。どちらかといえば、獣の鳴き声に近い。さりとて、聞きなれた犬や猫の鳴き声でもない。金切り声のような鳴き声を発するそれは、小柄な小動物を彷彿とさせる。

 はてさて、なんの鳴き声だろう。


(微かに妖気を感じるな)


 見逃しそうな妖気は半妖か、子どものものだろう。

 妖祓として見過ごすわけにはいかない。朔夜はジャケットのポケットに入れている数珠を触りながら、声の方へと足を伸ばす。

 辿り着いた場所は、平屋のブロック塀。背伸びで確認すると、一匹のネズミが大きな毛虫に鳴き声を発している。両手に花を持つネズミは、必死に尾っぽを立て、威嚇の声を出す姿は妙におかしいもの。毛虫に威嚇など通用するはずないのに。

 おや、このネズミは。


「お前はショウのところにいる、旧鼠きゅうそじゃないか」


 旧鼠とは化け鼠のことである。


 確かネズ坊と呼ばれていたような……。


 きぃきぃ声を上げていたネズミが、きょとんとした顔で朔夜を見つめてくる。

 瞬く間に嬉しそうな鳴き声を上げて、頭に飛び乗ってきた。ネズミとはいえ、握りこぶしほどある体躯なので、突然頭に飛び乗られると重たい。朔夜は反射的に、ネズミを振り落としてしまう。

 しかし、急いで両手で体を受け止めた為、大事には至らずに済んだ。朔夜はホッと胸を撫で下ろし、ネズ坊と視線を合わせる。


「他の兄弟は? いつも七匹一緒にいるだろう?」


 問いかけるとネズ坊はふんふんと鼻を鳴らし、両手に持つ花を見せながら、ふんぞり返った。

 妖とは言え、見た目はまんまネズミ。しかも人語が喋れないときているので、朔夜にはイマイチ、子どもの言いたいことが伝わってこない。

 自慢げにふんぞり返っているので、おおよそ一匹で外に出たのだろう。ネズ坊の持つ花を観察すると、それは桜の花であることが分かった。


(桜の花を摘みにきたのか?)


 推測を立てたいが、なにぶん情報が足りない。そこで朔夜は直球に、桜の花を摘みにきたのか、と問うた。

 するとネズ坊が万歳をする。その際、花を落としてしまったので、子どもは慌てて拾っていた。正直に言おう。まったく伝わってこない。


(一匹で外出。桜の花。万歳……ばんざい? なんで万歳?)


 疑問符を浮かべていると、ネズ坊が手の平の上で座り込んでしまった。すん、すん、と鼻を鳴らし、じっと朔夜を見つめてくる。

 困惑していると、ネズ坊は子どもなりの知恵を振り絞り、大きく口を開けて、そこを指さした。なるほど、これは分かりやすい態度である。


「ええ? お腹が減ったのかい? 君」


 ぶんぶん。ネズ坊がかぶりを横に振る。


「……喉が渇いた?」


 うんうん。ネズ坊が強く頷く。

 何か飲みたい、目が切に訴えてくるので朔夜は困ってしまう。子どもの相手は苦手なのだが。

 とはいえ、幼馴染の兄弟分なので放っておくわけにもいかない。ヒトの世界は、旧鼠にとって危険な場所なこと、この上ないのだから。

 朔夜はネズ坊を連れて、近くのコンビニへ足を伸ばすことにした。本当は自販機を探したかったのだが、悲しきかな、コンビニの方が先に見つかってしまった。ネズ坊も速いところ喉を潤したいようで、飲み物を急かしてくる。行くしかない。


(……ネズミを連れて、コンビニへ行くのは衛生的にどうなんだろう?)


 いやいや、旧鼠は妖なので衛生うんぬんの問題ではないような。

 いや、でも、やっぱりネズミはネズミだし。


 しかし。肩に乗るネズ坊は、忙しなく尾っぽを振って、今か今かとコンビニへ行くことを待ち望んでいる。おとなしく待ってくれるとも思えないので、朔夜は注意を促すことにした。


「ネズ坊、ポケットの中に隠れてくれるかい? 店員に見つかったら危ないからね」


 ぶんぶん。ネズ坊が首を横に振り、桜の花を見せつけてくる。嫌らしい。


「でもねぇ。君が見つかると、ジュースが買えないんだよ」


 すると、ネズ坊が尾っぽで桜の花を持ち、とんとんと己の胸を叩いた。大丈夫だと言わんばかりの態度だ。どうやら策があるらしい。

 ネズ坊は腕を組んで首を傾げると、うんと一つ頷き、肩の上で一回転。構えを取る朔夜の手の平に落ちる。

 あっという間に、それは小石となってしまった。子どもながら化ける力を持っているらしい。


「……尻尾が化けられていないんだけど」


 桜の花を持つ尾っぽが見事に、小石から生えている。不自然なこと極まりない。

 なにより、これを持ってコンビニへ行く朔夜の気持ちを考えてほしいもの。傍から見れば、ちょっとした不審者である。


「まあいいや。ジュースを買うだけだしね」


 四の五の言っても仕方がない。

 朔夜は小石を潰さないよう右の手で包むと、コンビニの自動扉をくぐる。飲み物が押し込められているガラスケースの前に立つと、手の平のネズ坊、いやいや小石が鳴いた。

 慌てて人差し指を立てるが、ネズ坊はこれが良い、と言って尻尾を飲み物へ向ける。


「え? サイダーが良いのかい? 僕は水にしようと思っていたんだけど」


 相手はネズミなのだから、ここは糖分の入っていない水を選ぶべきだろう。

 あれ、けれどネズ坊は妖だからサイダーを与えても良いのか? 体に影響はないのだろうか? 分からなくなってきた。

 混乱しながらサイダーと睨めっこしていると、隣から突き刺さる視線を感じた。一瞥すると、OLさんが怪訝な顔で朔夜を見つめている。盛大な独り言を呟いている、怪しい青年と思っている様子。

 思わず咳払いをしてしまう。悩む時間すら惜しい。早いところサイダーを買ってしまおう。


 と、その時であった。

 小石が大きく震え、ネズ坊の変化が解けてしまう。なんと、変化時間は極端に短かったようだ!

 手の平でへばるネズ坊に、朔夜は悲鳴を上げそうになったが、それ以上にお隣のOLさんが唖然の呆然。何が起きたのか分からない様子。


「ちょっ!」


 慌てる朔夜に感化され、ネズ坊も大慌てで身を隠そうと、手の平から飛び下りる。大切な桜の花を尾っぽで持ちながら、颯爽とお菓子売り場へ。

 そこで目にしたポテトチップスの袋に変化するのだが、あれまあ、なんて小さいこと。ネズ坊の体程しかないポテトチップスの袋になったものだから、さあ、大変。しかも尻尾は隠せていない始末。


「ねっ、ネズ坊」


 後を追い駆ける朔夜を余所に、ネズ坊はなんとか身を隠そうと、近くのカゴに飛び込む。

 朔夜は目を覆いたくなった。こわもてのおじさんのカゴに隠れてどうする。ネズ坊はカゴに揺られ、揺られて、レジの前へ。


(ね、ね、ネズ坊がお買い上げされる!)


 冷汗を流す朔夜の前で、会計が始まる。

 高校生らしき店員が缶ビール、サラダ、チーたらをレジに通していく。そして、小さなポテトチップスの袋を掴んだ瞬間、「あれ?」「ん?」店員と客の両方から声が上がった。


「そんなの、カゴに入れた覚えなんざねーんだが。のけといてくれるか?」


「あ、はい。こんな商品見たことないなぁ」

 

 カゴからぞんざいにのけられた瞬間、ポテトチップスの袋は天井まで高く飛び上がった。ヂュウ! なんて、大袈裟な声を出して鳴きながら、レジ周りをドタバタと走り回る。もはやホラーと言っても過言ではない。

 店員も客も間の抜けな声を出して、身を引いていた。

 朔夜はいっそのこと意識を飛ばしてしまいたくなる。なんでこんなことに。


(ショウ……今度会ったら覚えてろよ)


 関係ないと言えば関係ないが、あれは幼馴染の兄弟分なのだから、彼に何か奢ってもらわなければ気が済まない。


 八つ当たりを胸に刻みながら、朔夜は小柄なポテトチップスの袋が逃げ込んだ雑誌売り場の前に立つ。雑誌と雑誌の間から、ひょっこりとネズ坊の顔が出たところで、手の平を差し出す。子どもは安心したように、そこへ飛び乗った。尾っぽで握っている桜の花も忘れずに。


 結局、騒動となったせいで、早々コンビニから退散する羽目になった朔夜は、少し歩いた先の自販機で飲み物を買う。

 ネズ坊お望みのサイダーを買うと、私有の駐車場でペットボトルを開けてやるものの、そのままでは飲めない。そこでネズ坊を膝に乗せ、キャップにジュースを注いで子どもに差し出す。

 朔夜の苦労なんぞ露ひとつ知らない子どもは、大喜びでキャップを受け取った。それを美味そうに飲むので、ついつい大きなため息が出てしまう。人の気も知らないで。


「まったく。さすがはショウの兄弟分だよ。目が放せないというか、世話が焼けるというか……とにかくショウに似ているよ」


 ショウ、という単語に反応したネズ坊が、朔夜に再び桜の花を見せてくる。

 尾っぽを振りながら、桜の花を見せつけてくるネズミを見つめ、ようやっと子どもの心意を掴んだ。


「なんだ。ショウにそれを見せようとしたのかい?」


 うんうん。ネズ坊は頷く。


「ショウを喜ばせるために摘んだとか?」


 うんうん。ネズ坊はまたひとつ頷く。


「ということは、お前は末助だな?」


 大当たりだと言わんばかりに、ネズ坊がチュウ、と鳴いた。

 朔夜の脳裏に翔の話が蘇る。曰く、旧鼠七兄弟は揃いも揃って、翔や青葉、ギンコを兄分、姉分として慕っている。その中でも末っ子の末助は、翔のことが大好きで、いつも彼の真似ばかりするとか、しないとか。

 そうか。このネズ坊は末助。桜好きの翔を喜ばせたくて、ひとりで外出し、これを摘んできたのか。


「ショウに贈りたかったんだな。お前」


 膝に乗る末助の鼻を指先で押してやる。じゃれるように、甘噛みしてくるネズミに目を細めた。


(ショウは言っていたな。ネズ坊は瘴気事件の一件で、親を失ったって……しかも、目の前で殺されたって……)


 しかし。子どもらは、その悲しみを表には出さず、大人達に甘えることで解消しているとのこと。

 敢えて兄弟を置いて、自分ひとりで外に出ているのは、翔を喜ばせて、うんと彼に甘えたい末助の心の表れやも知れない。独り占めにしたいのやもしれない。

 朔夜も三兄弟の末っ子。気持ちはなんとなく分かる。後で彼にLINEをしておかなければ。


「お前は妖祓の僕に怯えないんだな」


 人差し指にじゃれついてくる末助に笑い、「さあ。家に帰ろう」と、声を掛ける。


「どうせ黙って抜け出したんだろう? 君の家まで送るよ。ああ、でも、せっかくひとりで外に出たんだ」


 うんっと首を傾げてくるネズ坊に、「お兄ちゃんと夜道を散歩しよう」と、提案する。

 末助は万歳して頷いた。先ほどまでは意味が分からなかった万歳だが、今の朔夜にはなんとなく伝わってくる。子どもは抱っこされたいようだ。

 朔夜は両手でネズ坊を持つと、まなじりを和らげた。


「いつか僕が、妖祓が数珠を手放す日が来るといいな」


 妖は未だに苦手な類だし、どちらかといえば、嫌いな分類になる。けれど。


「妖のお前と、こうして過ごす時間は楽しく思えるよ。さっきみたいな騒動はごめんだけどね」


 叶わぬ遠い理想を胸に抱きながらネズ坊に顔を近づけると、子どもは無邪気に頬へすり寄ってきた。くすぐったいと声を上げる朔夜の顔からずり眼鏡が落ちると、末助はそれを持って顔に掛けようとする。

 思わず噴き出してしまった。掛けられるはずがないのに、一生懸命に掛けようとする旧鼠の姿が可愛くて仕方がなかった。


 片隅で思う。

 遠すぎる理想を叶える為に、幼馴染はいつまでひた走るだろう。

 だったら、自分もひた走ろう。理想を叶えた先の光景は、きっと眩しいものに違いない。



「そろそろ行こうか、末助。散歩がてら、お兄ちゃんと桜でも見ようか」



 他の兄弟には内緒にしておいてくれ。

 骨張った人差し指を立てると、ネズ坊も糸のように細い指を立てて、真似っ子をした。相変わらず、その手には桜の花が握られている。

 

 翔を喜ばすために摘まれた桜の花は、かの有名な名所の桜よりも、色鮮やかで綺麗なものだと思った。


(終) 



数珠が手放せる日を、他愛もない話で笑える日を、ヒトと妖の隔たりが無くなる日を、夢見ている。

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