表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白狐ノ草子   作者: つゆのあめ/梅野歩
▼桜の章:受け継ぎノ編(完結)
53/77

めぐる、零れ桜

桜をめぐる、七つの小噺其の一。

錦雪之介と名張天馬。




 彼、錦 雪之介は偶然、悲しい会話と光景を目にしてしまう。

 それは親から使いを頼まれ、日輪の社で買い出しをしていた時のことだ。

 味噌を売る店の真横で、井戸端会議をしている小雀らが南の十代目のことを、早口でぺちゃくちゃと、けれどひそひそ声で話していた。


 端的に言えば、悪口(あっこう)

 されど十代目自身のことではなく、十代目が選んだ武の師についてだった。


 小雀達はあれこれ面白おかしく噂する。

 どうして、十代目は悪名高き烏天狗の名張一族を師に選んだのだろう。誑かされたのだろうか。唆されたのだろうか。口車に乗せられたのだろうか。そうだ、そうに違いない。

 十代目は齢十九の狐。未熟な点も多い。若いあまりに誤った判断を下したのだろう。そうだ、そうに違いない。


 でなければ、誰が名張の末裔を指名するだろう!


 笑い種にする小雀らは、味噌屋の前を通り過ぎる天馬を、厭らしく一瞥している。おおよそ、天馬は翔との稽古を終えたのだろう。山伏装束姿の彼は、ひそひそ声を素通りしていた。聞こえているだろうに。ああ、能面の横顔がやけに物寂しい。


(何も知らない癖に)


 雪之介は小雀達の井戸端会議に、軽く舌を出すと、そっと人差し指を出し、連中の足元に氷を張った。

 間もなく、滑って尻餅をつく小雀らに見つからぬよう、早足でさっさとその場を去る。

 そして、その足は社を去る天馬の背中を追い駆けた。石段のところで追いつき、隣に並ぶと、挨拶もなしに吐息を頂戴する。


「錦。その内、噂好きの小雀に目を付けられるぞ。あれは良し悪し関係なく、噂を流して楽しむ妖だ」


「あはは。それは楽しみだね。僕と天馬くん、どんな噂を流されるんだろう? 揃って、コソ泥呼ばわりされたりするかな?」


「楽しんでいるだろ?」


「もちろん。流される噂が、楽しみで楽しみでしょうがないね」


 ぜひとも、仲良しこよしの噂を流してほしいものだ。

 へらりへらり笑う雪之介に、「相変わらず物好きな奴だな」と、天馬が苦笑いを零した。能面を崩す、その表情に雪之介は満面の笑みを向けてやる。物好きも何も、自分はしたいようにしているだけだ。悪いことなんて何もしていない。


 ヒトの世界の神社に戻ると、二人で社殿の裏にある桜を見上げた。なんとなく、咲いている姿を見つけたので、天馬と夜桜を楽しむことにしたのである。

 大手の名所より、ちっぽけではあるが、それでも花咲く桜は美しいと思った。ひらり、ひらり、と雪のように落ちていく花びらは、いつまでも目に焼き付けたくなる。

 薫る桜の甘い空気を肺いっぱいに吸い込むと、嫌なことも、腹立つことも、心から抜けていく。桜の美しさに、少しばかり酔っているのやもしれない。


「日本人って本当に桜が好きだよね。散る姿が日本人の気質に合うとかなんとか。僕はあまり、散る桜の姿は好きじゃないけど……断然、咲き誇る姿の方が好きだなぁ」


「自分は好きだな。やはり、桜は散る姿は美しく思える」


「でもさ。桜は咲き誇る姿が絶頂だと思うんだ。なのに、散る姿の方が綺麗だなんて、桜にとってしてみたら災難じゃん? 咲き誇る姿を褒めてほしいだろうに」


 散る姿は確かに美しい。

 けれど、雪之介は咲き誇る姿の方が、もっと美しいと思った。満開の花を咲かす、その姿は強い生き様を感じる。


「散る姿もまた、生き様のひとつだと自分は思う」


 咲き誇る姿は確かに美しい。

 けれど、天馬は散る姿こそ、最も美しいものだと語った。何事も終わりを美しく締める、それだけで人生に有終の美を飾れる。そんな気がするのだと彼は語った。

 天馬は軽く目を伏せ、「自分もそんな人生を歩みたい」と、軽く肩を竦める。


「始まりがどうであれ、途中がどうであれ、終わり良ければ総て良し。美しく散りたいものだ」


 翳りある言葉だった。

 生まれながらにお家に縛られている、天馬だからこそ、そう思うのだろう。そんな彼を雪之介は否定するつもりなどない。天馬の人生は天馬のもの。自分の人生観を吹き込んで、あれこれ説き伏せるもの、おかしな話だろう。

 だから雪之介は、なるほど、と同調した。それを踏まえ、言葉を続ける。


「なら、天馬くんが散るのは千年後だね」


 目を丸くする天馬に、「そうでしょう?」と、雪之介は一笑を零す。


「だって天馬くんは翔くんの武の師なんだよ? そりゃあ、千年は長生きしないと。目を放すと翔くんはすぐ無茶するだろうし。それに、千年も立派に師を務めてみなよ。誰も君を悪く言う奴はいないよ。いや、言えるものか。千年もお役を果たした烏天狗を、誰が悪く言えるの?」


「錦……」


「翔くんは千年長生きをして、この地を見守ると宣言している。なら、天馬くんは千年長生きするつもりで、立派にお役を果たしてみせてよ。そして、咲き誇ってよ。周りがなんと言おうと、誰彼が悪く言おうとさ」


 立派に咲き誇った天馬が、桜のように散る時、きっと誰もが美しいと思うことだろう。少なくとも、雪之介はそう思う。


「文句が言えなくなるまで、満開に咲き誇って、そして散っていってよ。天馬くんならできるでしょ? なにせ、第十代目南の神主の師匠のひとりなんだから」


 微かに烏天狗は目尻を下げた。


「お前は時々、大きなことを言って自分を困らせてくれるよ」


「大きなこと? 違うよ。僕は事実を述べているだけ。君にはそれだけの力量がある。僕は信じているよ」


「お前は出逢った当初から変わらないな。初対面の時から、今まで変わらない目で自分を見てくる。それに自分はいつも救われている」


 花びらを攫う風が二人の間を吹き抜ける。雪のように舞い上がるそれは、天馬の肩や雪之介の眼鏡にとまった。

 眼鏡を取り、花びらをつまみながら頬を緩める。


「天馬くんもでしょ。僕が人間になりたいと夢見ても、それを否定することも、笑うこともしない。いつだって真摯に聞いてくれる。それに僕は救われている」


 木葉天狗の父を持つ繋がりで、烏天狗の名張と接する機会を得た雪之介は、あの日の出逢いに心から感謝している。

 そして、今もこうして友人として接してくれるのだから、天馬は雪之介にとってなくてはならない、大切な存在だ。

 そう思っているから、先ほどの小雀達の噂が聞くに堪えなかった。


「天馬くんは、他人に冷たく振る舞っているようで、じつは情に(あつ)い。覚えてる? 僕が雪消病(ゆきげびょう)を患って、溶けて消えそうになった時、一番に見舞いに来てくれたよね。そして、誰よりも怒ってくれたっけ。ふざけるなって」


 雪之介は大病を患ったことがあった。

 雪の化生らが恐れてやまない、雪消病(ゆきげびょう)(かか)り、生死を彷徨った。本当に恐ろしい大病であった。高校一年の頃だ。


「お前が病のことを黙っていたのが悪い。見舞いに行った時には、すでにお前の足が溶けてなくなっていた」


「うーん。黙っていたというか、僕が気づくのが遅れたんだよ。あの時は」


「同じようなものだ。今思い出しても腹立たしい」


「消えた足は雪で作りなおせるって言ったら、余計に怒鳴ってくれよね。そういう問題じゃないってさ。あんな天馬くん、二度とお目に掛かれないよ。あれが僕達にとって初めての喧嘩だったね」


「ああ。そうだな」


「病室に響くほど怒鳴り散らしたくせに毎日、見舞いに来るんだから、本当に律儀な性格をしているよ。僕の大好きな水ようかんを持って来るんだもん。普通に接して良いのか、気まずく接すれば良いのか分からなかったよ。退院までそれが続くしさ」


「退院するまで信じられなかったんだ。お前が死の病を患っていた。その現実があまりに衝撃で……自分は何もできなかったな」


 雪之介は天馬の脇腹を肘で勢いよく小突いた。


「っ、錦」


 不意打ちに天馬が睨んでくるが、雪之介は変わりなく笑って、颯爽と彼から逃げた。


「何もできないのは、お互い様。僕は君のお家のことで、何もできずにいる。それが歯がゆいったらありゃしない」


 それでも、それでも、だ。

 現状をなにも変えられなくとも、こうして傍にいて、友として居続ける。それだけでも、何かしてやれていると考えて良いのではないだろうか?


「覚えておいてよ、天馬くん。君を悪く言う連中もいれば、それに腹を立てる物好き雪童子もいるってことをさ。僕は昔も今も、そしてこれからも、君のことで一喜一憂する友人であり続けるよ」


 だから、どうか天馬も一喜一憂する友人でいてほしい。

 軽い足取りで天馬と距離を取ると、彼は雪之介を見つめ、「仕方がないな」と、一つ頷いた。今日一番の表情の柔らかさは、彼の気持ちそのものを表していた。雪之介も嬉しくなる。願わくは、ひとりでも味方がいることを、天馬には忘れないでいてもらいたいもの。


「錦。さっき自分に言ったな。千年生きろと。ならお前も、千年は生きろ」


 逃げ足が止まる。

 振り返ると、「ひとりでは荷が重い」と、烏天狗がはにかむ。


「十代目の無鉄砲っぷりは、いくら腕があろうと自分ひとりでは無理だ。錦、お前も千年生きて、自分と、翔の見守ってくれ。そして、無茶をしそうになったら、友として止めてくれ。なにより――咲き誇り、散っていく姿を、お前に見守ってほしい」


 切々な願いと想いが、なんとまあ、くすぐったい。聞いているこっちが、こっ恥ずかしくなってくる。

 さりとて、天馬は羞恥心すら持たず、願ってくるのだ。咲き誇る姿を見守ってほしい、と。

 それが友人の頼みなら、頷くしかないではないか。雪童子が、否、雪の化け物が千年生きられるか、少々不安ではあるが、出来る限り願いは叶えたい。



「あ。天馬に雪之介じゃんか。夜桜を楽しんでいるのか?」



 おや。この声は。

 確認すると、思った通り、そこには和傘を差して花見にやって来る妖狐が一匹。真っ白な白地に、赤い蛇の目模様が描かれた和傘は大層目を引いた。

 翔は手を振り、仲間に入れてくれ、と言って話の輪に入ってくる。


「桜はいいよなぁ。満開の姿も、散る姿も綺麗で」


「翔はどっちが好きなんです? ちなみに錦は満開派で、自分は散る派ですが」


「え? ぜんぶひっくるめて好きに決まってるだろ。俺は欲張りだから、その時その時を楽しむんだよ。どっちが好きかなんて決められねーや」


 天馬と雪之介は顔を見合わせ、軽く噴き出した。翔らしい答えだ。


「欲張りな答えを聞いたら、僕もそれで良くなったよ。あーあ。翔くんには敵わないや」


「はあ?」


「本当に。その時その時を楽しむ、なんて、欲張りでなければ出ない答えです」


「天馬まで。なんだよ、俺、なんか変なこと言ったか? 普通そうじゃねえの? どっちも綺麗だから、どっちも楽しむ。そういうもんじゃねーの?」


 忙しなく顔を覗いてくる翔に、二人はいつまでも笑う。

 白狐は本当に大物になりそうだ。きっと、桜の木のように満開に咲き誇り、そして美しく散って、そのお役を果たすのだろう。その時その時を楽しむのだろう。

 だったら、自分達も同じように楽しみたいもの。咲き誇る姿も、散る姿も、すべて楽しみたい。


「おい雪之介。天馬。さっきから変だぞ。お前ら、本当は何の話をしてたんだ?」


 三人の中で誰よりも長生きする部族にいて、誰よりも早死にしそうな妖狐を見やり、雪之介と天馬は口を揃えた。


「もちろん」

「桜の話ですよ」


 お互い千年生きてほしい。なんて、そんな願いを言い合っていた、こっ恥ずかしい話、口が裂けても彼に言えるわけがない。


(終)

千年後も、この関係を大切にしたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ