天之の三奉行の話(記念SS)
書籍版の設定没ネタ小噺になりますが、単品でも読めますのでこちらへ移動。
書籍版はこんな奴らが出てくるんだ~と思っていただければ幸いです。
天之の三奉行と比良利のお話。
指南番をめぐって言い争っていますが、とうの主人公はまったく出ていません。
(まったく。どいつも、こいつも)
天之の北部を統べる化け狐。六尾の妖狐、赤狐の比良利はうんざりしていた。
「何度言わせる。三尾の妖狐、白狐の南条翔さまの御身は我ら天狗族があずかるべきだ」
「なあに寝言を言っているんだい。御身をあずかるのは我ら鼬族に決まっているだろう?」
「ぐぇっ。若造の二人に頭領のお守は荷が重いのでは? ここは蛙族がお役を持ちますぞ」
いいや、ここは天狗族があずかる。ばかを言うんじゃあない、鼬族に決まっている。何を仰るか、蛙族がお役を持つべきだ。呆れかえっている比良利の前で、化け物どもが激しい言い合いを繰り広げる。彼らは『天之の三奉行』と呼ばれる奉行人。いわゆる神職を支えるお役人で、おのおの部族を取りまとめる当主であった。
(ほんの少し、仔狐の話を出しただけで……これか)
比良利は脇息に肘を置くと、深いため息をこぼして三者の様子を見守る。
「聞けば、翔さまは齢十六の幼い半妖狐だとか。ならば護身の妖術も知らないはず。ここは術の知識を豊富に持つ、天狗族に任せてもらおう。必ずや、頭領の肩書きに相応しい強さと逞しさを身につけさせる。息子を助けていただいた恩義もあるしな」
やれ、あっちでは烏天狗の源八が。
「忘れていないかえ? 妖狐といえば化かしを得意とする一族。それに近しく、狐よりも優れている部族といえば、この鼬族だ。ぜひとも、仔狐のお守はあたし達に任せておくれ。表舞台に出しても恥ずかしくない、立派な化かしの妖にしてあげるよ」
それ、こっちでは化け黄貂の千早が。
「おやおや。若造のお二方は分かっておられませんなぁ。翔さまは妖の器になり立てなのですから、妖術だの化かしだの、そんなものは二の次三の次。まずは一端の妖として、生きるために必要な妖の知識に常識、社会を教えてやるべきでございましょう。ここはひとつ蛙族にお任せを」
あれまあ、向こうでは化け蛙の彦が、我が一族こそお役を受け持つべきだと主張している。
さきほどから、ずっとこの調子で、彼らは『第十代南の神主』に選ばれた仔狐をめぐって言い争っていた。それこそ頭領の御前にも関わらず、比良利を差し置いて三者とも自分の部族であずかるの一点張り。その肚の内には一族の当主として譲れない座があるのだろう――分かっている、三者の狙いは指南番の座だ。
(南の神主候補が見つかった今、三奉行が指南番を狙うのは当然のことじゃな)
指南番とは神職見習いに文武を教授し、神職を一人前に育てるお役を受け持つ者を指す。
その座に就くだけで、最も神職に近い地位を得られるだけでなく、上手くいけば政務に関わる神職をその部族好みに育てることができる。いまは神職の地位に就いている妖狐の部族も、かつては指南番の座に就いていたと聞く。指南番は神職の座に就く近道でもあるのだ。
(しかも。此度の指南番はただの神職を育てるのとはワケが違う)
九十九年、天之の妖どもが待ち望んでいた『南の神主』の指南番なのだ。南の地を統べる頭領の指南番は、ひと味もふた味も格が違う。そのお役に就くだけで、後世に名を残すほどの名誉が与えられる。
(ぼんを夏越の大祓に出すと決めた時から、ある程度覚悟をしておったが……)
ちらり。
「天狗の強面を見たら、仔狐は泣くんじゃないかえ? 天狗は顔も振る舞いも怖いからねぇ」
「あんだと? もっぺん言ってみろ、貂の小僧」
「こ・わ・い」
「表に出ろ千早! 毛皮にしてやる!」
「もう一度言えと言ったのはそっちじゃあないか」
「ま、まあまあ。御二方、話が逸れ始めておりますぞ」
まさか、こんなにも早く揉め事に発展するとは……裏を返せば、それだけ当主どもは指南番の地位を欲しているのだろう。その地位を得て、どのようなことを目論んでいるかは、さておき。
なによりこの問題で厄介なのは、指南番決めについて比良利の方から、下手に口を出すことが許されない点だ。指南番は昔から、『天之の三奉行』のお役に就いている部族に任せる習わしがある。もちろん、現在神職を任されている妖狐の部族は、指南番の座に就くことを許されていない。
(頭が痛いのは、指南番の候補が複数いる場合、教授される側の判断に委ねられる点じゃ)
とどのつまり。あのちんちくりん仔狐に決定権があるのだ。
指南番は基本的に、教授される側に認められることでその座に就ける。いくら頭領が「その部族はやめておけ」と言っても、本人が「いいよ」と言えば、それがまかり通ってしまうのだ。
と、いうことは。
(ぼんを言い包めたら勝ちのようなものじゃ。はあ、これはどうしたものか)
比良利は想像する。
もしも奉行人らに言い寄られたら、仔狐はどうするだろう。何十年、何百年と生きている化け物どもに口で勝てるだろうか? 齢十六の狐が、何百年も生きている妖どもを相手に勝つなんて、そんなの……。
(……余計、頭が痛うなったわ)
あの仔狐はたいへん素直。単純狐なので、ああ、うん、うん……考えなかったことにしよう。考えるだけで頭の芯が痛くなる。
「赤狐や。頭領のお前さんは、どの部族に仔狐を任せようと思っているんだい?」
前触れもなく黄貂の千早から話を振られる。すっかり蚊帳の外へ放り出されていた比良利は、その声に驚いて、脇息の上に置いていた肘を滑らせてしまった。
「ぼうっとして。まさか、あたし達の話を聞いていなかったんじゃあないよね?」
「まさかまさか。一向に話の輪に入れてもらえぬものじゃから、自慢のわらべ歌でも披露しようかと考えておっただけじゃよ。さあて、どうしたものかのう。どの部族も優秀じゃて」
姿勢を正して糸目の端をつり上げる。当たり障りのない返事が気に食わなかったのか、飄々と笑う比良利に対して、千早はすかさず言葉を重ねた。
「神職はあの仔狐を、まこと南の神主にする気はあるのかい? ちっとも動く様子がないじゃあないか。南の神主になりえそうな金の卵を見つけたのだから、早いところ育てるべきだろう?」
言うや否や、彼は帯にたばさんでいた扇子を引き抜いた。
「はっきり言うよ。いまの神職は行動と判断、何よりうつくしさに欠けている! それでよく神職を名乗れたもの」
さらに彼は勢いよく扇子を開き、うっとりと頬を緩める。
「その点、天之の地を想うあたしは誰よりもうつくしい。天之の地、うつくしいと言っても過言じゃあない。ふふん、嫉妬してくれても構わないよ。いや、嫉妬する他あるまい。あたしの美貌には誰も敵わないのだから!」
ええい、じゃあかしい。誰も聞いておらんわ。
比良利は己に酔い痴れる千早に白目を向ける。相変わらずの自己陶酔っぷりである。その視線をどう受け取ったのか。千早は勝ち誇った顔で、ぱたぱたと扇子を動かす。
「赤狐、細い細い糸目が物語っているよ」
「はあ」
「お前もあたしの美貌が羨ましいんだね! 嫉妬しているんだろ!」
「……はあ」
何を言っているのだ、この獣。ばかなのか。
喉元まで出掛かった言葉をゆっくりと呑み込む。危ない、危ない、もう少しで感情的に悪態を飛ばすところだった。頭領としてあるまじき姿を晒すところだった。
「みなまで言わなくて良いよ。頭領とて一妖。そういう気持ちを持っても仕様のない話だ。いやはや、美しすぎるのも罪だねぇ。あたしはとても申し訳なく思うよ」
「わしはお主の幸せそうな頭が大層、羨ましいわ。もう好きに申せ」
相手にする気にもなれない。帰ってしまおうか。
「とにもかくにも。決めるべきところは早く決めないと、次へ進めないじゃあないか。荒れた天之の地をいつまでも放置しておくわけにもいかないだろう?」
「ご尤もじゃのう」
「分かっているなら、早いところ次へ進んでおくれよ。まったく、のろのろ歩く亀よりも鈍間だよ。さすが七つ化けしかできない狐、といったところかねぇ」
「ほっほう。七つ化けの狐が鈍間であれば、さしずめ九つ化けの貂はせっかち、といったところかのう。九つ化けができるのじゃから、もう少し余裕を持って生きることをすすめるぞよ」
「お生憎様。せっかちなあたしは居ても立っても居られず、すでに仔狐が南天之の人里で暮らしていることを風の噂で耳にしてしまってねぇ」
「おおっ、それは初耳! この鈍間狐、今すぐにでも夜風に当たって噂を聞かねば。いやはや、どこから吹いた噂なのか、とても気になるわい」
和気あいあい。ちゃんちゃらすっとぼける比良利と、へらへらおちゃらかす千早の眼光はたいへん鋭い。双方、からかいを楽しむ振りをして相手の出方をうかがう。
(相も変わらず、臆せず頭領のわしに食ってかかる奴よ。千早め、どこまで調べておる)
(この程度の揺さぶりでは動じないか。顔色ひとつ変えないとは、さすが腹黒狐といったところ)
(よもや仔狐の住まいを、もう掴んでいるのではあるまいな。人里で連れ去られては敵わぬぞ)
(やはり簡単に尾っぽは見せてくれるほど、北の神主は甘くないねぇ)
両者の視線が交わることで、取り巻く空気がぴりっと張りつめた。そして寸時もせず、肚の探り合いが始まる。どちらとも『化かし屋』の異名を持つ化け物。言葉巧みに相手を惑わすことは十八番であった。
「その様子だと噂はまことなんじゃあないかい?」
「ややっ。お主は頭領のわしより、どこから吹いたやも分からぬ風の噂を信じると? 三奉行のお役に就いている者が、実のない話を信じるとは。なんと嘆かわしいものじゃ」
「あたしは噂を信じた、なんて一言も言っていないけれど?」
「しかしながら。噂を信じていない、とも申しておらぬのう」
「お前は我ら三奉行に何も話してくれないじゃないか」
「それはとんだ言い掛かり! わしはまだ一言もこの場で話すとも、話さないとも申しておらぬのに……さすがは九つ化けできる貂。野を飛び跳ねるウサギよりもそそっかしい。危うく、鼬族の忠義を疑うとことじゃった。誤解を招くことが上手いのう」
にっこり。化け獣どもは今宵一番の笑みを浮かべる。
「赤狐。お前はまこと良い性格をしているねぇ。尊敬するよ」
「そう褒めてくれるな。お主ほどではない」
それは互いに一歩も引かず、譲らず、不敵で少々黒い笑みであった。
(頭領の肩書きを利用して、あたしの立場に揺さぶりをかけてくるとは)
(野心を見せていても当主は当主。一族を手玉に取られたら、迂闊なことはもう言えまい)
(忌々しい。それであたしを封じたつもりか)
(からっ下手な揺さぶりをかけてきたお返しじゃよ)
(すっとこどっこい狐め。必ずやあたしに喧嘩を売ったことを後悔させてやる)
(わしに喧嘩を売ろうなんて三百早いわ。おっぺけ貂)
ついでに肚の内に渦巻く感情も少々黒かった。
しかし。その一方で、比良利は己の不利を感じざるを得ない。千早はあくまで『天之の三奉行』の奉行人として純粋な疑問と、正論をぶつけている。
指南番だのなんだの黒い肚の内はともかく、荒れた南天之の地を最優先にして考えている。九十九年の月日を経て、ようやく念願の南の神主候補が現れたのだから、一刻も早くそれを育てるべきだと進言してくる。それは奉行人として、しごく当然の道義であり正しい思いだ。
なのに。頭領を筆頭に、神職らは次の『南の神主』の育成にあまり意欲を見せない。傍目から見ても、その態度は消極的だ。そう思われても、仕方のない振る舞いをしている。
(我ら神職のせいで、妖狐らに根も葉もない噂が立てられるやもしれぬ)
現在、天之の地を統べているのは妖狐の部族だ。神職が不祥事を起こせば当然、妖狐らの評判も下がる。比良利は北天之の頭領を担っているので、妖狐らの当主ではないものの、部族の代表でお役に就いている自覚はある。
(このままでは、天之の地を統べる部族として示しがつかなくなる)
妖狐の部族に迷惑を掛けることにも繋がりかねない。
(千早もちろん、傍観している彦爺や源八も、神職の振る舞いに思うことがあろう。それどころか千早のように指南番の座を得るため、水面下でおのおの動き出しているやもしれぬ)
いつもは味方についてくれる彦爺ですら、今回ばかりは油断ができない。
(ぼんの気持ちを優先してきたが、いよいよ限界か……)
これは社の威信と信頼に関わってくる問題だ。ならば。
「安心せえ。三尾の妖狐、白狐の南条翔は我ら神職の下で日々を過ごしておる。あれは元ヒトの子。妖の暮らしはもとより、化け狐の己にすら戸惑っておる。それゆえ、まずは妖狐の間で交流を深め、少しずつ妖に慣れてもらっておるよ。なにせ、あれは齢十六の仔狐じゃて」
並行して神職がどのようなものなのか、その目や鼻、耳、手足で体感させている。ぬかりはない。比良利は軽快に膝を叩いた。
「わしが南の神主候補を放っておくわけなかろう。誰よりも、双子の御魂の目覚めを待っていたのはこの比良利じゃぞ。どれほど、片割れの目覚めを待っておったと思ってる」
たとえ、それが齢十六の狐であろうが、何だろうが関係ない。目覚めさせた時点で己の双子だ。
「やれ、あれを神主にする気なのか否か――それは愚問というものよ」
けらけらと笑い、向けられる疑惑の目をひらり、とかわす。言わずもがな、今のはすべてこの場をおさめるための嘘であったが、これで良かった。この場では嘘にしておいて良い。
(嘘をまことにすれば、誰も文句なんぞ言えまい)
糸目の奥に隠れている、燃ゆる瞳を化け物どもに向ける。
はてさて。こちらを見つめる、その視線にはどのような思惑が含まれているのやら。
(まずはぼんをどうにかせねば。あれに協力してもらわねば話にもならぬ)
所詮、相手は齢十六の仔狐。言い包めることなんぞ容易い。
今しがた、奉行人に言い包められたら……と、頭を痛めていた姿はどこへやら。飄々と笑みを浮かべる比良利は、たいそう悪い顔をしていた。
そして、災難は仔狐のこと、南条翔へと降りかかるのだ。
(終)
天之の三奉行。
神職直下のお役人で、神職である妖狐族を支えている。
現在支えているのは蛙族(社寺奉行)・鼬族(勘定奉行)・天狗族(町奉行)で、一番格が高いのは社寺奉行を担っている蛙族。




