助勤の話(記念SS)
書籍版の設定没ネタ小噺になりますが、単品でも読めますのでこちらへ移動。
助勤で出仕前をしている翔と、その同僚である妖狐・茶丸のお話。
書籍版はこんな奴らが出てくるんだ~と思っていただければ幸いです。
比良利が何やら、出仕前狐に頼みごとをしたようですが……。
※茶丸は「る」が言えませんので、台詞が「うぅ」になっている箇所があります。
「ちび。さっき比良利さまから、おつかいを頼まれたんだけど……」
「おつかい?」
助勤をこなしていた翔は、同僚の茶丸から相談を持ちかけられた。
「おつかいってなんの?」
「それがわかんなくて」
「分かんない?」
「おいら。ちっとも字ぃ読めなくて、何を買えば良いか分からないんだ。どれもすごく大切なものだから、忘れずに買って来いって言われたんだけど……ちょっと読んでくれないか? ちびは文字ってやつ読めうぅんだろ?」
「どれどれ? うーんっと、ツツジの甘酒、おはぎと草団子。それに……なんて読むんだ? は、ハルガシュウ? シュンガシュウ? って書いてあるけど」
春画集。
翔は首をかしげる。
初めて聞く単語だ。
「ハウゥガ? ちび、なんだそれ」
「名前からして、たぶん本かな。春画集ってことは、春の画集?」
「がしゅう?」
「絵を集めた本のことだよ。春にまつわる花や行事の絵が集まっている本なのかもしんねえ」
「ということは、ハウゥガは春に咲くお花の絵がいっぱい描いてあうぅ本なんだな? おいらも見てみたいぞ。お花は大好きだ!」
「うーん……本当にあってるか自信はねえけど。みんな春画集って分かるか?」
ぶんぶん。
茶丸を通して聞くも、他の狐らも首を横に振るばかり。誰も知らないらしい。
「すごく大切なおつかいみたいだし、一度玉響さんに聞いてみるか」
七百年生きている狐なら、きっと知っているに違いない。
翔は狐らを率いて、出仕前長の玉響の下を訪れた。
丁度、使いを頼んだ比良利と、付き添いであろう紀緒が一緒にいたので、三人に使いのことで分からない物があると言って『春画集』について尋ねた。
物の正体が分からない以上、これを買うことができない。いったい春画集とはなんだ、と聞いたところで、比良利が血相を変えて人差し指を立てた。
「こ、これ茶丸。それは他言無用と申したであろう!」
うんうん。
言われたと何度も頷く茶丸は、おおよそ意味が分かっていない様子。
「ちび、たごんむようって、どんな菓子だろうな? おいら、あんこが入ったお菓子だと思うぞ」
と、言って尾っぽをくねらせていた。
案の定、ちっとも意味を分かっていなかった。
一方、傍らで話を聞いていた紀緒が美しいかんばせに笑みを貼りつかせた。その目は笑っていなかった。どこまでも冷たい目をしていた。あまりの冷たい眼に、出仕前の狐らが一斉に翔の後ろに隠れてしまうほどであった。ぐいぐいっと翔を押して、狐らは後ろへ後ろへと逃げていく。
「お……お前らずるいぞ」
盾にされた翔もまた、尾っぽと耳を小さくして、ただただ硬直しいていた。美人の取り巻くおどろおどろしい空気に怯えていた。
「六尾の妖狐、赤狐の比良利さま。一生懸命に奉仕を勤める出仕前狐に、なんて使いをさせようとしているのですか!」
「ま、待て紀緒よ。話せばわかる」
「言い訳は後ほど、憩い殿で聞きましょう」
「アダダダっ、これ紀緒! わしは北の神主であるからして、ここで尾っぽを捩じるでない! 妖狐らが見ておる! 情けない姿にさせるでない!」
「情けない使いをさせようとしたのは、どこの情けない北の神主でしょうか!」
「仕方がなかろう。わしとて娯楽がっ、アデデデッ」
「そういうものは、ご自分でこっそりと手に入れて下さい!」
「暴力おなごは嫌われるぞよ!」
「誰がそうさせているのでございましょう!」
目の前で繰り広げられる怒鳴り声やら、狐の鳴き声やら、言い訳やら、一方的な組み伏せ技やら。とにもかくにも、北の神主と北の巫女の取っ組み合いはすごかった。圧倒的に紀緒の優勢であった。
「さあさ。みなさん、おつかいのことは忘れて、持ち場に戻って下さいね」
呆けた顔でその光景を眺めていると、玉響がつよく手を叩き、さっさと出仕前狐らを解散させた。その顔は大層疲れていた。ついでに立派な七つの尾っぽは萎れていた。
結局、『春画集』とはなんだったのか。
翔はアパートに帰宅すると、さっそく携帯で意味を調べた。一連の流れで、なんとなく察しはしていたものの、いざその意味を知ると、重いため息が出てしまった。
「……やっぱりエロ本の一種だった。春画集はこっちでいう写真集みたいなものか」
それを無垢な出仕前の狐らに買いに行かせようとするとは。
「知らないって怖ぇな。もう少しで、罰ゲームばりの買い物をさせられるところだった」
助兵衛狐の肩書きは伊達じゃない。
「ったく、神主がそんなの欲しがっていいのかよ。罰当たりじゃね?」
とはいえ、まあ、休みも娯楽もない毎日は窮屈で息苦しいことだろう。
少々可哀想に思えたので、後日グラビア雑誌を買って、比良利にこっそりとプレゼントした。ヒトのおなごばかり載っているので、妖狐の比良利の趣味に合わないやもしれないだろうが、何も無いよりマシだろう。
なんて同情を寄せてしまったばっかりに、翔は新たな悩みを抱える羽目になる。
「ぼん。ヒトのおなごも、なかなかのものじゃのう。わしゃあ、すっかりぐらびぃあの虜になったわい。是非また持って来てくれぬか。なあに、タダとは言わぬ。わしのとっておきを見せてやろうぞ!」
「うえへ、まじ勘弁してよ。もう今週で三回目だぜ。近くのコンビニまで、チャリで二十分はかかるんだぞ」
「どうせ暇じゃろう?」
「……これでも毎夜一生懸命、助勤に励んでるんですけど?」
「仕様がない、お駄賃として油揚げをつけてやろう。三枚でどうじゃ?」
「釣られるか!」
助兵衛狐のおつかい役を担ってしまった。早いところ返上したい。
(終)
出仕前。
神職を補佐する立場で、現在神職を担っている妖狐族が受け持つことが出来る。
翔も出仕前を半ば強制的に受け持っており、夏休みの間は出仕前をこなしている。妖狐の茶丸は出仕前の仲間。「る」が上手く言えず、翔に「ちび」と愛称で呼んでいる。




