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白狐ノ草子   作者: つゆのあめ/梅野歩
▼書籍版小噺
42/77

お風呂の話(記念SS)

書籍版の設定没ネタ小噺になりますが、単品でも読めますのでこちらへ移動。

ギンコの恋敵、蛇帯(じゃたい)という妖が登場しております。

書籍版はこんな奴らが出てくるんだ~と思っていただければ幸いです、


現代っ子の翔が妖の世界のお風呂に入った話。



「妖の世界の風呂は慣れねえな……」


 一日の稽古を終えた翔は憩殿で風呂を借り、湯船に浸かるために体を洗っていた。

 深めの木桶に湯を汲み、ヒノキ台から乾いた笹の葉と米ぬかを掴むと、笹の葉を湯にひたし、よく濡らした上で米ぬかをつける。これで優しく体をこすれば、垢が落ちるのだそうだ。

 妖が棲む異界には「石鹸」という代物がなく、日頃から「米ぬか」で体を洗っている。これで本当に体の垢が落ちるのか、疑問に思うところだか、こちらの文化だと割り切って使用している。

 けれども。未だに割り切れないものもある。


(うーん。石鹸代わりの『米ぬか』はまだ我慢できるけど、シャンプー代わりが『ふのり』ってのはなぁ……)


 翔は風呂場の隅に置いてある、小ぶりの壷を覗き込む。

 そこには大量の赤茶海藻が、ふよふよとお湯に浮かんでいた。

 この海藻は「ふのり」と呼ばれるもので、刺身のツマとして使用されることが多く、スーパーで刺身の盛り合わせなんかを買うとよく見かける。このお湯に浸かった海藻「ふのりの粘液」が、こっちの「シャンプー」なのだ。


(海藻の汁で髪を洗うのに、まだ抵抗があるんだよな。変な色してるし、磯の臭いがするし。まあ、臭いの方は狐の五感のせいだとは思うんだけど)


 米ぬかで髪を洗うことも可能らしいが、それにも少々抵抗がある。

 どうも髪を米ぬかや海藻の粘液で洗う、その現実が自分の中で受け入れ難いようだ。米ぬかや海藻特有の臭いを気にしてしまう。それこそヒトの世界でも、江戸時代辺りでは当たり前のように使用されていたものらしいので、そこまで身構えずとも良いのだろうが……現代生まれだからこそ、偏見を持ってしまうのやもしれない。


(こっちで暮らし始めたら、当たり前のように使うんだろうけど、海藻の汁はなぁ……今度シャンプー買ってくるか?)


 髪は最後に洗おう。

 翔はふのりの粘液を尾っぽのひとつにかけて揉み込むように洗う。

 それが終わると意を決し、ふのりの粘液を頭にかける。磯の仄かな香りが鼻孔をくすぐり、思わず身震いしてしまう。この匂いに慣れるまで時間が掛かりそうだ。

 ふのりの粘液を綺麗に洗い流すと、ゆっくりと湯船に浸かる。


「んーっねむい。今日も一日中、神主舞の稽古だったからな。体がバキバキだ」


 またひとつ、あくびをこぼしたところで戸が開いた。


「げっ。蛇帯!」


 半開きの戸から入ってきたのは、蛇帯であった。帯の体をくねらせ、湯気立ちこもる風呂場に侵入してきたのだから、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「こらこら蛇帯。俺はまだ入浴中だぞ。あとで遊んでやるから、今は出て行ってくれないか?」


 一応、この化け物はおなごの怨念、嫉妬心から生まれた化け物なので、性別的にはメスである。

 湯浴み中のオス狐の下へ来てしまったら、たいへん意味深長な場面になりかねない……らしい。翔の目には帯の化け物が遊びに来た、で終わるが、周囲から口やかましく言われるので、すぐにご退室を願いたいところ。

 しかし。蛇帯は蛇のような頭をぶんぶん、と横に振った。出て行きたくないらしい。それどころか、帯に巻きつけている手ぬぐいを差し出してくる。


「え? まさかお前、体を洗いに来てくれたのか?」


 うんうん。蛇帯が誇らしげに頷く。


「でも、お前……体が帯だから、濡れたらまずいんじゃねーの?」


 ぶんぶん。蛇帯が頭を横に振った。多少の濡れなら大丈夫、と体をくねらせる。

 けれども、うつくしい黒帯を持つ蛇帯なので、やはり濡れるとまずいような気がする。見るからに黒帯も高そうなので、濡れたことで弁償! なんてなったら面倒である。

気持ちは嬉しいが、ここは出て行ってもらうほうが得策だろう。

 と、ふたたび戸のすき間から侵入者が一匹。


「あっ、ギンコ! なんだよ、お前まで来たのか?」


 なんと銀狐まで風呂場に侵入してきたではないか。

 乾いた手ぬぐいを銜えているので、きっと目的は蛇帯と同じだろう。二匹が顔を合わせた途端、鳴き声と奇声と火花が散った。こんなところで喧嘩は、さすがに勘弁してほしいのだが。


(たぶん、俺はこの光景を幸せだと思うべきなんだろうけど……)


 二匹のメス妖から好意を寄せられているのだから、おおよそ翔は幸せ者だろう。が、どうしてだろう。微妙な気持ちになって仕方がない。

 やはり相手がそれぞれ、狐や帯の化け物だから?


(せめてヒトのかたちをしている女の子だったらなぁ)


 好意を寄せられているのはまんま狐に、まんま帯。

 妖達はみな、彼女らを美人と言っているが……美人ってどういうものだっけ?


(ヒトのかたちだったらっ、だったらなぁっ)


 とても惜しい気持ちになる翔はまだまだ青い狐だろう。


「お前ら。気持ちは嬉しいけど一旦、風呂場から出ろ? な? 俺は入浴中だかうわああっ! ギンコ、蛇帯っ、こっち来るんじゃねえよ!」


 二匹がぴょんっと飛び跳ねて、湯船に飛び込んだ。一緒に入ろうとしたのだろうが、ギンコはともかく蛇帯は帯の化け物なので、湯なんかに浸かれば当然。


「ぎ、ギンコ溺れてねえか? そんで蛇帯ぃいいい! お前っ、何やってるんだよ! 自分の体が帯だってこと忘れてるだろ! 色がっ、帯の色が変色してるぞ!」


 右腕でびしょ濡れギンコを抱き、左手でぐったりとしている蛇帯をすくい上げる。あっという間に首や胴体に巻きつかれた。ぴったり張りついて離れない。


「…………蛇帯サン。お前、こんな時に何してくれてんだよ」


 なんのその。蛇帯は嬉しそうに体をくねらせた。

 さも、してやったりと言わんばかりの態度に、抱えられているギンコがきゃいきゃい、きゃあきゃあと鳴く。みごとに総身の毛は逆立っていた。帯が変色している事態だというのに、どさくさに紛れてけったいなことをしてくる蛇帯は、かなり計算高い妖なのかもしれない。ギンコのように、腹黒い妖なのかもしれない。

 引き剥がそうとすると、より一層つよく巻きついてくるので、翔は困ってしまった。


(まさか、蛇帯なりに抱きついてきてるのか? ……ははっ、ま、まさかな)


 と、いうより、もしやこれはセクハラをされているのでは?

 いやいや、あまり深く考えないようにしよう。


「湯浴み中に失礼します、翔殿。オツネと蛇帯を見掛けませんでしたか? あの二匹ったら、私の目を盗んで、貴殿の下へ行こうとっ」


 半開きになっていた戸が全開になった。

 その向こうに立っていた青葉は、風呂場の光景を見るや否や、顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。


「きゃああああっ! ばかばかばかっ! 翔殿っ、破廉恥です!」


 いったい全体、この光景のどこが破廉恥か分からないが、ぜひぜひ言わせてほしい。


「ばっきゃろう! 破廉恥は俺の台詞だ! 全員いますぐ風呂場から出て行けーっ!」


 翔の叫び声は屋敷中に響いた。

 夜明け前のくだらない、けれども、平和で穏やかな時間だった。


蛇帯。

蛇のような帯、帯のような蛇。女の子。

翔を絞め殺そうとしたが、翔が帯を褒め、蛇帯に優しくした結果……恋心を抱いてしまう。

翔のことが大好きなので、ねぐらである葛籠(つづら)へ翔を持って帰ろうとする。

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