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白狐ノ草子   作者: つゆのあめ/梅野歩
▼web版小噺
40/77

よりどころ

blogに載せていた話。

人語もヒトの知識も乏しい妖狐になりたての狐と、かつてヒトの子だった白狐の話。



「翔殿、お茶ですよ。また狐らと戯れていたのですか?」


「青葉か。戯れていたんじゃなくて、交流していたんだよ。市井の妖を知るのも、頭領のお役だろう?」



 夜のしじま。

 三尾の妖狐、白狐の南条翔は(おの)が守護する月輪の社で数匹の狐を世話していた。

 それは南の地に流れ着いた身寄りも、頼りもない化け狐らで、人語もヒトの知識も乏しい狐であった。翔にとって頓珍漢と言っても過言ではない獣語を話す狐らであった。


 神職狐を介して話を聞く限り、それらに自我が芽生えたのはごく最近の話。

 ふと気づくと、周りの状況と判断ができるようになり、「自分はいま山の中にいる」と認識したという。そのお山もすっかりくたびれ、食べられそうな実も虫も動物もいなくなったので、途方もなく流浪することになったそうだ。化け狐ゆえに生き延びることができた。


 さりとて、化け狐ゆえに土地土地にいる妖に追い出されてしまった。

 最初は一匹の狐がそのように流浪していたそうだが、一匹、また一匹と同胞を見つけ、やがて小さな群れとなって行動するようになった。

 そんな最中、妖狐が統べる日月の社を噂を聞きつけた。なんでも、あそこには元人間の化け狐が頭領になっているのだとかナントカ。

 だったらきっと、ああ、きっと自分達を受け入れてくれるに違いない! 元人間の化け狐が頭領になったのだから、元狐の化け狐を受け入れないわけがない。

 小さな希望を胸に抱き、千日千夜大地を駆けて、ここ月輪の社を訪れたのだという。


 悪意ある狐らではなかった。

 ただ少々無知が目立つ田舎者狐であったので、南北の神主がどのような姿かたちをしているのか、まったく分からず、最初はヒトのかたちをしている翔や青葉を恐れて威嚇してきたのは蛇足にしておこう。


 事情を聴いた翔はこれらを比良利に話し、しばらくの間、狐らを月輪の者であずりたいと申し出た。

 化け狐らはとくに元人間の化け狐に期待を寄せているようだったので、それに応えたいと思ったのだ。比良利も思うところがあったようで、「狐らの暮らしについてはこちらで模索しよう」と返事してくれた。本来ならばそれも翔がやるべきことだろうが、まだまだ未熟狐ゆえ、暮らしについては比良利の厚意に甘んじた。早く一人前の頭領になりたい、と心の中で思った。


 閑話休題。

 翔は化け狐らと参集殿の大広間で物を広げていた。

 いずれここで暮らしていくであろう化け狐らに、銭として使用している爪や貝殻を見せ、これで物を売買していると教えてやる。ただ翔は獣語が話せないので、もっぱら猫又のおばば、金銀狐のギンコとツネキが身振り手振りで教えていた。

 おぼんを持った青葉が広い器に茶を注ぎ、化け狐らに差し出すと、彼らは不思議そうに首をかしげる。


「お茶なんて山の中にはねえもんな」


 翔は笑いながら、小さな湯呑みを手に取って、それに口をつけた。

 それを見た化け狐らは飲み物だと理解し、さっそくそれを飲み始めるが、湯気立ったそれに総身の毛を逆立て、かちんこちんに固まっていた。

 それにまた一つ笑い、狐らの頭を撫でてやる。


「飲めそうにないなら水を用意するから無理すんな。少しずつ受け入れてくれたらいいさ」


 いぶかしげに茶を睨む狐らに微笑むと、素直に鳴いてきた。返事してくれたのだろう。


「比良利さまから言付けです。明後日(みょうごにち)、この子らを連れて洗濯狐の暮らす巣穴に向かうと。洗濯狐らが彼らにここでの暮らしを教えてくれることになったそうで」


「洗濯狐か。こいつら、洗濯できるかな」


「適正であれば洗濯を教え、難しそうであれば洗濯した物を運ぶ飛脚を担ってもらうとのことですよ。もちろん、最初は洗濯以前に暮らしの規律を教えなければならないでしょうが」


「時間は掛かるだろうさ。こいつらは狐のまま生を受け、狐のまま死を迎えると思っていた。そこに新たな生きる道が定められたんだから、受け入れるのには時間が掛かると思う。でも大丈夫、こいつらならやっていけるさ」


 わしゃわしゃと狐らを撫でてやれば一匹、また一匹、翔の膝に乗ってくる。

 ついでにギンコも乗ろうと狐団子の中に交じり、それを追いかけてきたツネキも無遠慮に膝の上に乗って来た。すっかり翔の膝は狐団子でまみれた。

 それがついつい愛おしくなり、翔は腕と尾っぽでみなを抱きしめる。


「もしも暮らしが肌に合わなくても、お前らは白狐の子ども。またここを頼ってくれよ。この白狐、お前らの拠り所になりたい」


 齢十九の狐ゆえ、大層青臭い言葉であろうが、まことの気持ちだと翔。


「忘れてくれるな。白狐はいつも、お前らと一緒だ」


 自然と零れる言葉は、果たして己の想いなのか、それとも受け継がれてきた魂からの叫びなのか。

 頬を舐められたので、お返し舐め返してやる。すっかり翔は頭領であり、化け狐の心となっていた。


 優しく様子を見守っていた青葉が、そっとこのようなことを言ってくる。


「翔殿が、十代目に選ばれてまことに良かった」


 きょとん顔で彼女を見つめる。


「なかなか難しいものです。よそ者の誰かを受け入れる、だなんて。翔殿は率先して、化け狐らを受け入れ、その心の拠り所となろうと努めております。その姿を見ると、ああ、だから貴殿が宝珠の御魂に選ばれたのか、と思うのです」


「何言ってるんだよ青葉。最初に俺を受け入れて、心の拠り所になってくれたのはお前らじゃん」


「え?」


「元人間のぺいぺい化け狐がさ。人間のままがいい。化け狐になりたくねえって、愚図愚図泣いているのを、お前がギンコがおばばがツネキが、みんなが受け入れてくれた。今思うとすごいことだぜ? 妖祓と繋がっている人間臭い半妖狐が、毎日のように月輪の社に遊びに来るのを受け入れるのって。あれは俺にとって心の拠り所になった。色々あったけど、やっぱりあの時間は俺にとって化け狐を受け入れるのに大切な時間だった」


 だから。


「今度は俺が誰かの心の拠り所になりたい。元人間の餓鬼だった俺を、南の神主として受け入れてくれたみんなのようにさ」


 そうして長い長い時の中を生き、昇る命を、沈む命を見守りたい。

 翔は照れくさそうに口端を舌で舐めると、「だから早く一人前の神主になりてぇ」と言って、その場に寝転んだ。


「比良利さんみてぇにもっと色んなこと決めてぇ。自分で月輪の社を切り盛りしてぇ。ついでにつよくなりてぇ。比良利さんに勝ちてぇ」


「ふふっ、それはそれは。まずは武の師である天馬殿に勝たねばなりませんね」


「何十年掛かるんだろうな。今の俺じゃ、青葉にも勝てねえし」


「百年後を楽しみにしてますね」


「明日にでも勝ちてぇって。ああもう、一人前の神主って遠いなくそう」


 あれやこれやと愚痴をこぼす翔を、狐団子になっている化け狐らがいつまでも、いつまでも、不思議そうに見守っていた。

 その目には小さな安堵と、大きな期待が宿っていた。



 その数百年後、流れ流れ着いた狐らが立派な化け狐となって、身寄りなく流れ者を受け入れる宿屋を作ったのは先の話。

 その宿屋の名前は『拠り所』、十代目が狐らに伝えた言葉が由来になったのは、はてさて先の話。



(終)

明日は誰かの拠り所になれたらいい

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