日月の天敵は身内にあり
日月神主の敵は、人間ではなく、現代生まれの付喪神。
「魔法少女キャッツ・ラブらたんは神主さん達に物申しますのにゃ! 妖とか、妖怪とか、ちょっと怖い名前じゃん? 折角命を持てるようになったのに、人形が化け物になったとか、携帯が付喪神になったとか、カワユクナーイ! そこで神主さんの権限で、これからは妖を妖精さんと呼ぶのはどうにゃ? にゃ?」
さても今宵の話は日月の神主達の日頃、頭領の執務の一部を覗いてみる。
南北を統べる妖の頭領は、多くの民と交流を持ち、時に人の世界の暮らしを、時に妖の世界の形態を、時に双方と雑談を交わし、統べる者として広い視野を持つよう心がけている。
頭領を頼る者も多く、南北の暮らしで些少の問題があれば神主の下を訪れる。
それこそ人間が傍若無人に我等の生活を脅かす、などといった大きな問題から、夫婦喧嘩をしたうんぬんといった小さな問題まで、事細かに耳を傾ける。
これも先導する者の立派な仕事なのである。
三尾の妖狐、白狐の南条翔。またの名を十代目南の神主は、最年少神主として神職に就いた若き妖狐なので、執務の際は対であり、師であり、先輩でもある六尾の妖狐、赤狐の比良利の助手として傍に置かれることが多い。
人生においても、神主においても、妖においても経験の浅い化け狐であるため、ひとりで執務をこなすには荷が重すぎるのだ。
そんな翔と比良利の前に現れた、今晩の妖は少々癖のある者。
目を爛々させ、魔法少女キャッツ・ラブらのこと現代生まれ現代育ちのフィギュア付喪神は、日月の頭領に向かって提案を述べたのだった。
「ぬにゃ? どうしたのにゃ、神主さん変顔になってるのら」
こてんと首を傾げるラブらに、上座に腰を下ろしていた翔は思う。
どうしたもこうしたもない、面会を求めに来たと思ったら、妖を妖精と呼ぶようにして欲しい、だなんて、無茶ぶりにも程がある。
隣を流し見すれば、比良利の小さな溜息をついていた。彼も早々に投げ出したい問題だと思ったらしい。
「まずは理由を聞こうかのう。ラブらよ、なにゆえ改名を求めるのじゃ」
「カワユクナイから!」
即答である。
これには比良利をはじめとする神職達も言葉を失うしかないようだ。
翔は翔で現代生まれの現代育ち付喪神の態度を、諌めるべきだろうかと心中で悩む。やや現実逃避を起こしていた。
「名をかわぁゆくない……支障があるのかのう?」
「あるある! 例えば日本人形さんがいるでしょう? あの子、付喪神になった途端呪いの人形だぁ! 怖い、キャー!! なの。そんなの可哀想だし、ラブらも同じ人形として悲しいもん」
懸命に比良利は彼女の言葉を理解しようとしているが、なにぶん、彼は二百歳のおじいちゃん。相手のボキャブラリーの少なさについていけていない様子。
そこで翔が前線に出て、彼女と対話することにする。遅かれ早かれ、自分にこの役回りは来るだろうと思っていた。
「なるほど、ラブら殿は妖の名についたマイナスのイメージを払拭したいのですね。確かに狐や猫、人形などが妖と名乗れば化け物扱いです。我等の世界ではなんてことのない問題でも、人の世界では“あやかし”や“ようかい”は化け物が前提」
「うんうん」
「しかし、妖精はプラスのイメージが強い。人の世界では好まれる。比良利殿、妖怪と妖精の違いについてご説明を」
実はあまり妖精について知識がない翔は、博学の対に説明を求める。すると比良利は神妙な顔で口を開いた。
「簡潔に申せば、自然界から生まれた神霊。精霊と呼ばれる者達よ。中国の古い書物によれば、昔は妖や魔物も妖精と呼ばれる時代があったそうじゃが」
「なら妖精に名前を変えようよ。英語にするとフェアリーだよ! 可愛いよ! 妖怪は英語にするとモンスター……ラブら、モンスターフィギュアになっちゃう!」
ならフェアリーフィギュアと名乗りたい、ラブらは発狂したように髪をふり乱した。どうもこの付喪神は可愛さを求める厄介者のようだ。
元は萌え系のフィギュアなので、本能が可愛さを欲しているのかもしれないが。
さて、どうしたものか。
化け物呼ばわりが気に喰わないラブらは、ちょっとやそっとじゃ引きそうになさそうだ。比良利が気にしなくても良いのではないかと告げても、ぶぅっと脹れ面をして「やにゃ!」である。
青葉が小声で、その態度はどうにかならないかと苦言していたが、幸いなことにラブらの耳には届いていない。
ふむ、一思案後。脇息に凭れ、翔は銀の扇子を取り出して、勢い良く開く。
「ラブら殿、妖精案を受け入れましょう。この白狐が責任を持って改名を通したいと思います」
一同が瞠目する中、目を輝かせるラブらは本当かと聞き返した。神主は嘘をつかない、翔は強く返事する。
「けれども、その前に幾つか御覚悟をいただきたい。まず改名にあたり、我等が通せる範囲は南北の領地のみ。統べる土地外に、名を通すことはできませぬ」
「えー」
「不満はあるでしょうが、土地土地に統べる妖や神使がいます。皆、それらの頭領に従い、生きているのですから我等が出るのはおこがましいことです」
「それもそっか」
ラブらは仕方がない、と条件を呑む。
「あとは?」
「改名をするということは、今までの名を捨てるということ。妖は確かに化け物の意味が含まれるマイナスなイメージを持つ名でありますが、一方で親しまれている名でもあります。それを変えるのですから、民の反感もありましょう」
「でも可愛い方が良くない?」
「しかし、愛着がある方も多いでしょう。人間の世界でプラスのイメージを持つ妖もいます。例えば座敷童なんかはそうです。それに、妖萌えは今や当然の基盤ではございませんか。雪女や妖狐、付喪神等々、昔と違い可愛く描かれていることが多い」
「むぅ、それはそうだけど」
扇子を勢い良く閉じ、翔はラブらにとどめの一言を放った。
「それを改名することで『DQNな名前キター!』と民の反感を買う御覚悟、並びに妖萌えを想う人々を萎えさせる御覚悟があるのならば、この白狐が一肌脱ぎましょう」
勝負はあったようだ。
萌えが最高の褒め言葉なら、萎えは最悪の貶し言葉と思っているラブらは血相を変え、「それは絶対ヤにゃー!」再び発狂した。
これで仕舞いにしても良いが、それでは頭領として名折れ。相手の擁護も忘れない。
「ラブら殿は付喪神になりました。それに確かな意味があり、天命があります。付喪神の人形を想い、此度の案を出されたのが貴方様の優しさならば、これから先、妖の名についたマイナスのイメージを払拭させるのも貴方の役目なのかもしれません」
「ラブらが? ……そっか、魔法少女キャッツ・ラブらたんだもんね! 付喪神になったのは、カワユイを二つの世界に届けるためかもしれないもんね!」
「可愛いは正義。貴方様の天命、白狐は赤狐と共に見守っております」
見事に言いくるめた翔の完全勝利である。
妖精案のことなどすっかり忘れたラブらは、問題解決だと指を鳴らし、早速夫に事を報告すると立ち上がった。
ちなみにラブらの夫はガラケーの付喪神、わりとネガティブな妖なのだが、またの機会に紹介することにする。
どたばたと足音を立て、退室していくラブらの背を見送る。
完全に彼女がいなくなったところで、翔達はぐったりとその場に項垂れる。
「駄目じゃ。またもやラブらの日本語が理解できんかった。わしは、どこまでも未熟者じゃ」
「いや、比良利さん……俺も半分以上は理解不能だったから。妖精ってなんだよ。妖って字が入っているじゃんか。でも良かった、諦めてくれて」
「萌え……学ぶべきかのう」
「多分俺達じゃついていけてない世界だと思う。あー、また厄介な問題を持ってこないことを願うよ」
翌日の晩。
「ということで、カワユサは正義を浸透させるためにユニットを作りたいのにゃ。女グループはラブらたんが集めるから、男グループは頭領二人にしてもらいたいの! ケモノ耳萌えユニット且つ、神主で頭領だから和風萌えもくると思うのにゃ!」
アイドル提案書を差し出してくるラブらに、翔と比良利は顔を引き攣らせた。
「あ、アイドル……俺と比良利さんがアイドル……歌うの? 踊るの? 舞はするけど、これはなんというか、かんというか」
「紙に描かれている浄衣の図が……ギラギラしておる。金と銀の浄衣とは如何なもの。このような格好をしろと……一応、わし等は頭領で神主。先代が知れば、わしはこ、こ、殺されるわい! 民に大笑いされるわい!」
「アイドルを作るのだから、キャラも作らないとにゃ! ここは王道に俺様系と、わんこ系」
「……比良利殿、こういう場合の対処をお教えいただきたいのですが」
「……ふむ、教えよう。良いか翔。頭領は狡く賢くなければならぬ。しては」
「伊達眼鏡で鬼畜系を目指すのも……にゃ?! 赤狐たんと白狐たん、何処に行ったのにゃ!」
大間からトンズラした日月の頭領に。
傍らでラブらの考えた衣装と日月の頭領を比べ、クスクスと笑う日月の巫女達がいたりいなかったり。
民を統べる頭領は、交流を深めることで日々精進しているのである。
(終)
大量生産が当たり前となった日本では、多種多様な付喪神が生まれています。ゆえに長生きする妖と意思疎通ができたり、できなかったり、だそうな。
この問題が出る度に必然と翔が前線に立たされるそうです。