ギンコは不機嫌さん
ギンコが機嫌を損ねてしまった理由(本編にも掲載中)
契機は青葉が出した話題。
神職として活躍する第七代目南の巫女は、すっかり廃れてしまったひっ迫している社を支えているために副職として着物の御直しをしているという。
翔は今年の四月に十代目南の神主に就任するものの、月輪の社を支えるまでの力はまだなく、財に関しては青葉の力を借りることが多い。そんな彼女が御直しを依頼した相手から、着物を数着頂戴したという。
頂き物であるため処分することはできず、けれど普段から巫女装束を身に纏っている彼女にとって、それらは着る機会がなく扱いに困っていると言う。
そこで彼女は翔に着物を欲しがるおなごはいないかと声を掛けてきた。いれば譲るとのこと。
なにぶん、翔の知るおなご達は皆、現代人であるため着物を欲しがるような知人は思い当たらない。かぶりを振り、力になれそうにはないと旨を伝えた。「そうですか」落胆する青葉は質屋にでも売ってしまうかと悩む素振りを見せる。くれた相手には失礼だが、自分が持っていても宝の持ち腐れだと彼女。
しかし、青葉も一端のおなごである。着物を持っていても損はないだろう。
翔は彼女に休みの日は着物にすればいいと案を出した。困った顔を作る彼女に、祖母猫又のおばばも便乗する。
『そうだよ青葉。お前さんは生真面目だから、仕事も休みもすべて巫女装束にしているじゃないか。少しはおなごを意識しても良いよ。年頃なんだから』
「し、しかしおばば様。私は神職に身を置いていますし」
「青葉。俺だって神主出仕だけど、修行以外は私服じゃないか。仕事は仕事、私情は私情、気持ちの切り替えは大切だと思うぞ。ちょっとは自分のために時間を割いたっていいじゃないか。ほら、貰った着物とやらを着てみろって」
尻込みする彼女を半ば強制的に指示し、着物に着替えるよう促す。
渋々と自室に消えていった青葉が程なくしてお下がりの着物で現れると翔はおばばと絶賛した。
控えめの臙脂と白が入った矢絣模様。矢の羽根を模ったような柄はおとなしい性格の青葉にとても合っており、彼女の美を非常に引き立てていた。巫女装束しか着ないため新鮮な姿でもある。
「なんだよ、めちゃめちゃ可愛いじゃんか!」
「似合う似合う」翔は気恥ずかしそうに縮こまっている青葉に着物は自分が持っていた方が良いと助言。遠出をする時には、是非それを着て欲しいと願い申し出た。
最初こそ口を噤んでいた彼女だったが、満面の笑顔で「お世辞は受け取っておきます」とのこと。
青葉はその日一日中、褒められた着物を身に纏って過ごしていた。
ご機嫌なのは一目瞭然で度々自室に向かっては鏡面台と向き合い、ニコニコっと頬を崩す。おばば曰く、青葉は女郎屋で過ごしていた少女。おなご扱いをほとんど受けず、先代に拾われても神職に身を置いたため、ああいったお洒落には縁がなかったらしい。
異性に容姿を褒められることは、女にとって宝。翔に褒められて嬉しかったのだろう。おばばは微笑ましそうに彼女の様子を見守っていた。
そこで話が終わるかと思いきや、後日ちょっとした問題が発生した。
銀狐のギンコが青葉の着物を拝借しようとし、姉妹喧嘩が大勃発してしまったのだ。悪戯は止めるよう祖母に注意を促されると、ギンコは拗ねたようにそっぽを向いて部屋を飛び出し、本殿に引き篭もってしまう。翔が人の世界にいる間の出来事だった。
事情を聴いた翔がギンコに声を掛けるものの、珍しく反応を示さない。完全にへそを曲げてしまっていたのだ。
これはどうしたものか。
おばばに相談するものの、いつもの我儘だから放っておくよう苦笑されるだけ。喧嘩した青葉には当然、相談はできない。ますます翔は頭を悩ませた。
自分としては皆で和気藹々と時間を過ごしたい。またギンコの不機嫌な姿は可愛いが、無視されるのは心に大きくダメージを受ける。
(まず、なんでギンコが青葉の着物を取ろうとしたんだ? 衣類になんて興味がないだろうに)
ギンコはまだ人型に変化できる妖狐ではない。
嗜好も獣寄り。青葉の着物に興味があり、それで遊ぼうとしていたのならば話は別だが。
うんぬん悩んでいた日の夜、『聞いてよショウくん!』幼馴染の飛鳥から嘆きの電話が入った。一ヶ月に一度はある嘆きの電話は十中八九、彼女の片恋相手のことである。深い溜息をっつきながら、どうしたのだと内容を尋ねると、彼女はビィビィと喚きながら事を伝えた。
『朔夜くんったら、女心が全然分かっていないんだよ! 今日頑張って可愛い格好をしようとミニスカを穿いていったら、“仕事に支障が出ないかなそれ”だって! も、信じられない! 私がどういう気持ちでミニスカを穿いていたと思っているんだろう! 思わず仕事人間だと罵ってきちゃったよ!』
「飛鳥は朔夜に可愛いと言ってもらいたかった。それなのに、鈍感朔夜は仕事を出してお前を失望させたのかよ。どんだけ鈍感なんだ? あいつ」
『そうなの。ショウくんは女心が分かっているね! ……ショウくん私と付き合おう! も、朔夜くんなんて知らないっ、知らないもん!』
「ったく、そう言って結局朔夜を諦められねぇのは自分でも分かっているだろう? あー嘆くな嘆くな。きっと今頃あいつも反省してお前に謝りたいと思っているだろうさ。電話を待ってみろよ。あいつの性格上、自分の失言はすぐに謝罪する奴だから」
耳をつんざくような嘆きを耳にしながら飛鳥を宥めていた翔だったが、ふと脳裏にギンコの姿がちらつく。
そういえばギンコもメス狐である。狐とはいえど妖狐である以上、感情があり、理性があり、自分を持っている。青葉の着物を拝借しようとして彼女と大喧嘩をしてしまった銀狐だが、それは羨望からきているのでは? 自分が青葉の姿を見て可愛いと連呼していたから。
顎に指を絡め思案に耽っていた翔は絶対にそうだと確信を持つと、嘆いている飛鳥に相談を持ち掛けた。
二日後の夜。
翔は大きな紙袋を手に提げて月輪の社に赴いた。本殿に向かい、へそ曲がり銀狐に会いに行く。
用事がないと本殿に引き篭もってしまっているというギンコは、その日も四隅で身を丸め、見事にぶすくれていた。
一度意地を張るとそれを崩すまでに時間を要するのだとおばばは言っていた。放っておけば機嫌も直る。それを待つのも手だが、生憎自分は気が短い。「ぎーんこ」翔が呼びかけると、銀狐が一瞥してきた。普段のように甘える素振りは見せない。まだ機嫌を損ねているようだ。
そこで翔は銀狐の体を持ち上げ、強行的に狐を連行する。
驚く銀狐を無視して自室として使用させてもらっている和室に足を運ぶと、ギンコを鏡面台に座らせて紙袋をひっくり返した。
「まずはこれ」リボンが掛かった麦わら帽子を手に取ると、銀狐の頭に被せる。ん? 視線を持ち上げるギンコが顧みてくる。これは何だと言いたげな目だが、翔はそれどころじゃない。鏡面に映った銀狐を目にして大興奮。可愛いを連呼してスマホを構えた。
次に花のコサージュ。右耳にゴムを引っ掛けて着飾ってやる。またもや翔は身悶え、「これも一枚!」スマホを構えた。
数枚のスカーフをギンコに見せ、どの柄が良いかと尋ねる。コサージュやリボンもあると伝えれば、銀狐は次第に機嫌を良くしていった。
途中から自分で選び、翔にスカーフを結んで欲しいだのコサージュを付けて欲しいだの甘えたに鳴いてくる。
すべて飛鳥のお下がりではあったが、翔はギンコの楽しそうな姿に笑みを浮かべ、銀狐の要望に応えてやった。
(ギンコも女の子なんだよな。こうしてお洒落をしてみたかったに違いない。そして可愛いと言われたかったんだ)
着物を着ることは無理だろうが、別の形でお洒落をすることは可能だ。
飛鳥のお下がりは譲り受けているため、ギンコの私物にして良いことを相手に言うと、それはそれは嬉しそうに尾を振り、銀狐は翔の唇をちょこんと己の鼻先で奪ったのだった。
こうしてギンコのお洒落道具は翔の部屋に置かれ、事あることに銀狐はお洒落を楽しむようになる。
今のところは桜色のスカーフがお気に入りのようだ。それを銜えては翔の下を訪れ、首に結んでくれとねだってくる。それを目の当たりにした金狐から嫉視と狐火を頂戴するのだが、これは余談にしておく。
青葉は着物を自分に合せてお洒落を楽しんでいるようだし、ギンコはギンコで自分でお洒落をする方法を見い出せた。
これにて一件落着だろう。
『お手柄だねぇ坊や』「大したことはしていないよ」おばばと共にお洒落を楽しむ娘狐たちを見守っていた翔は微笑ましい気持ちを抱いた。
「え? お前達もお洒落をしたい? ……あちゃー姉ちゃん達を見て真似っ子したくなったな」
後日、旧鼠七兄弟が青葉やギンコのようにお洒落をしてみたいと駄々を捏ね、翔を大いに困らせることになるのである。
(終)
別名:保護者な翔と娘たち。
青葉は勿論、ギンコも女の子なのでお洒落を嗜みたい年頃です。娘やネズ坊達の願いを叶えるために奔走する翔は完全に保護者的ポジションに立っています。翔自身世話を焼くことは嫌じゃないようです。




