共に学び、過ごし、生きる
翔と青葉の小噺。
二人とも互いに家族の気持ちを強く宿らせている、そんなお話(本編にも掲載中)
「青葉。こんなところにいたのか」
三尾の妖狐、白狐の南条翔は月輪の社を出て人間の世界に降り立っていた。
彼は探し人を見つけると浄衣の袖口をそよ風に靡かせながら、この地に建っている社殿の切妻造に飛び乗り、屋根の上にいる一尾の巫女の下に歩む。
惚けるように人の世界の景色を屋根の上から眺めている妖狐は抱えていた膝を軽く崩し、天を仰ぐように顔を覗き込む翔の視線と合わせた。「翔殿」力なく笑う彼女が問い掛けてくる。稽古はもう良いのか、と。
翔は答えた。今日の稽古は終わった。これからは自分の時間を過ごすつもりだ、と。
彼女の隣に腰掛けると、「青葉は何しているんだ?」質問を返す。
「外界の景色を見たくなったのです」
青葉は単なる気まぐれだと微苦笑した。
膝を抱えなおす彼女、「人の世界も随分変わりましたね」夜だというのに光の粒があんなにも散りばめられて。そう指差し、人の世界を不思議そうに見つめる。
「昔、ここ一帯は川と森林ばかりでした。今では大きな家ばかり。箱のような家があんなにも地から生えて。石の森にすら見えます」
幕末生まれの少女にはビルビルが石の森に見えて仕方が無いのだろう。
あれが住まいだとは信じられないと言わんばかりに、ビルを見ては首を傾げている。物心ついた頃から“石の森”の中で育ち、過ごしてきた翔にとってあの光景は当たり前なのだが、百年以上生きている妖狐にとってはそうでないらしい。
しかし、青葉の気持ちは分からないでもない。百年で人間の暮らしは二転も、三転も変化しているのだから。
人間だった少女を流し目にしていると、「人間の暮らしも変わりました」目まぐるしい移り変わりについていけそうにない。彼女は苦笑した。
「俺も、百年後に青葉と同じことを言うんだろうな」
聞き手となっていた翔が肩を竦めると、「ええきっと」青葉が首肯し、年月などあっという間なのだと教えてくれる。
「百年後は一望しているこの景色がどうなっているのでしょうね」
「空飛ぶ車が出てくるにはまだ早いだろうし、アトムもまだ生まれていないだろうな」
「空を飛ぶ車にあと、む、ですか?」
「うーん、ロボットって言っても青葉には分からないよな。命の宿ったカラクリ人形と言えば通じるか? 今の人間はロボット技術に精を出しているんだ」
「それは何ゆえでございましょう?」
それをする意味を問う青葉に、「何でだろうな」実は俺にもよく分からないのだと、翔はおどけてみせる。
「神様に近付きたいのかもしれない。ロボットに命を吹き込んだり、クローンを生み出して医療技術に役立てようとしたり。命を左右する力を手に入れたいのかもな」
「翔殿のお話はとても難しいのですが……命を生める力など、我々妖ですら成せえないこと。ただの人間にできるのでしょうか?」
「それだけ科学文明が進んでいるんだよ。でもさ、科学が進めば進むだけ“視えない”俺達の存在は忘れ去られていくに違いない」
そうなれば、妖と人の間にできている溝は今以上に深くなるかもしれない。それはとても淋しいと翔は吐息をついた。
「だけど双方の架け橋になりたいのでしょう?」ジッと見つめてくる青葉と視線がかち合う。不意を突かれた翔だが、小さく頷き、なりたいと明言した。
ならば、時代を問わずに自分の志した道を歩めばいいと青葉。自分達もその道を歩むから。あどけない笑みを見せ、巫女は持ち前の尾を翔の三尾のひとつと重ねた。
「貴方様なら架け橋になれます」
「先代と比べると凡才だけど」
ついつい自分を卑下してしまう。仕方が無いではないか、先代の実力を知れば知るほど己の凡才に嘆いてしまうのだから。
「ふふっ、確かに先代と比べると才は敵わないでしょう。しかし、翔殿の双方を想う気持ちは惣七様以上。貴方様ならきっと妖たちを導き、人間たちと友好を結ぶ橋となれます」
信じていると少女に微笑まれ、翔はつい照れ笑い。相手の尾と結んで、気持ちを露にした。
「ありがとう青葉。でもな俺一人じゃ、きっと無理だ。青葉やギンコ、おばば達がいないと。俺はいつも誰かに支えられ、助けられて生きている。宝珠の御魂を宿した妖の力ひとりなんてこれっぽっちのものにしかならない。だから青葉、一緒に頑張ろうな。大丈夫、青葉はもう一人じゃないって」
不安に駆られ、それを拭うように此処で時間を過ごしていた少女の心意を見透かす。
青葉の瞠目を他所に、最愛の家族を失い、巫女として常に月輪の社を先導してきた彼女に言う。「百年後も此処で景色を一緒に見よう」と。
きっと昔話に花が咲くことだろう。その時が楽しみだと一笑すると、おもむろに立ち上がり、素早く巫女の身を横抱きにする。間の抜けた声を出す彼女を無視し、切妻造の屋根から勢いよく飛び出した。
「か、かぁあ翔殿!」
一回転して着地すると、身を小さくして怯えを見せる青葉に、「前もこれをしてビビッたよな」おばあちゃんも可愛いところがあるものだと翔は大笑い。
見る見る顔を紅潮させる妖狐は、尾と耳の毛を総立ちにさせると胸部を拳で叩いた。
「ま、またこのようなことをして人をからかうのですから!」
「楽しい思い出を作ってあげただけじゃん。百年後のためのさ。あー、百年後は青葉をおばあちゃんとはからかえないよな。俺もおじいちゃんだろうし。よし、今、目一杯おばあちゃんと呼んでやるよ」
「翔殿っ、私はおばあちゃんではありません! 早くおろして下さい!」
「暴れるなって。落としちまうぞ、おばあちゃん」
「もうっ、知りません!」
ぷうっと頬を膨らませて腕を組み、そっぽを向いてしまう巫女。百歳も生きているおなごだが、彼女の心はまだまだ少女のようだ。
一頻り笑声をあげた後、これ以上機嫌を損ねられては敵わないと彼女を地におろし、翔は青葉に「帰ろう」と言葉を手向ける。
「そろそろおばばが昼寝、いや夜寝? から目覚めて、ネズ坊達が腹をすかせる頃だ。帰らないと、あいつ等、むっちゃ煩いぞ。ギンコと輪をかけて鬼ごっこしていたから、家屋が散らかっているかもな」
まだむくれている少女に、「ほら早く」ひとりで帰っちまうぞ、翔が茶化すと一緒に帰ると巫女が唸るように返事をする。
へそは曲げているようだが彼女は翔と共に帰る選択をした。それは自分を家族と認め、受け入れてくれるからだろう。嬉々する気持ちを胸に抱え、翔は巫女を手招きして歩き出す。第二の我が家に帰るために。
ふと早足で肩を並べてくる青葉からこんな言葉を投げかけられる。
「惣七様のように、前触れもなく消えたりしないで下さいね」
迷わず翔は彼女の頭に手を置き家族を失うことを恐れている少女に、「俺はお前等と生きる」簡単には死んでやらないと目尻を下げた。
「青葉。俺が一人暮らしをするようになったら部屋に来いよ」
「え、お部屋に?」
「そう。俺は五十年百年、人間の世界に住まいを置く。人間の生活と妖の生活を両方知るために。なら共に勉強しよう。俺の道についてきてくれるんだろう? 青葉も今の人の世界を知る必要があるだろうし、時に骨休みだって必要だから」
くしゃくしゃの髪を撫ぜてやる。
呆けた顔を作る巫女は大きく頷き、「貴方と共に学びます」満面の笑顔を見せた。
それでいい、彼女は笑顔が似合う。青葉を直視した翔も同じ表情を作る。
「約束だぞ青葉。ちゃんと俺の部屋に遊びに来てくれよ」
「はい。翔殿も忘れないで下さいね」
「ああ勿論だよ。さあ帰ろう。俺達の我が家に。いい加減帰らないとギンコたちに怒られちまう」
(終)
ある意味夫婦な二人ですが(一応年頃なので異性として意識することもありますが)、お互いに相棒、最愛の家族として日々を過ごしています。
凡才の翔に対し、青葉の出でた才は必ず彼を助けるでしょう。そして翔の誰よりも優れた強い想いは、青葉達を必ず助けることだと思います。