此レ、十代目ノ目標ナリ
十代目の大学生生活は、ちょっぴり塩辛い。
「おい、見ろよ。あれって十代目じゃんか」
「間近で見ると普通だな普通。本当に十代目なのか? 南の地を統べる頭領がジャージ姿とかウケるんだけど」
第十代目南の神主のこと南条翔は、妖狐ゆえ大変耳が良い。普段は人の姿に化け、鋭い五感を抑えているのだが、やはり常人よりも耳が良い。
そんな耳を持つせいか、庶民の妖の声をよく拾ってしまう。
今もそう。大学にいる翔はとある二人の民の声を拾っていた。ジャージ姿に着替えて、校舎を移動している己の姿を見た妖の生徒が、十代目の話題で盛り上がっている様子。
遠巻きなのが物寂しくもあるが、確かに彼等の言う通り頭領がジャージ姿などお笑い種だろう。
尊敬すべき師であり対でもある比良利がジャージ姿で現れたら、同じ感想を述べてしまうに違いない。
それだけ庶民の生活に溶け込んでいるという証拠なのだろう。
とはいえ、もう少し大学にいる妖や人間の生徒と仲良くしたいものだ。妖はやたらめったら自分と距離を取り、人間に至っては知人が辛うじている程度。泣きたい現状である。十代目ともあろう南の神主が、大学で友人作りに苦戦しているなんて。
「はぁあ参っちまう。雪之介と天馬がいなかったら、ぼっちだぜぼっち」
両隣に並ぶ妖の友人を交互に見やり、深い溜息をまたひとつ。
「何を言っているの。白木さんもいるじゃない」
へらへらっと笑う雪童子が脇を小突いてきたので、肘打ちを返しておく。真面目に悩んでいるのだと翔が反論した直後のこと、大笑いする声が聞こえた。
おおかた、ジャージ姿の南の神主に対して笑う妖が増えたのだろう。面と向かって笑ってもらいたいものだ。翔は自分のジャージをつまみ、雪之介に不似合いかと問う。
「ぜーんぜん。翔くんらしい格好だよ。浄衣より似合うね」
「そら嬉しくないぞ。天馬、俺のジャージ姿はおかしい……あれ? あいつ、何処に行った」
足を止めて辺りを見回す。
「げっ」引き攣った声を出してしまう。彼はいつの間にか、例の集団の前にいた。場所問わず錫杖を召喚する天馬の目は据わっており、仁王立ちされた妖達は千行の汗を流している。
「十代目に物申したいことがあるなら、直接声を掛けたらどうだ。庶民の生活に馴染みたいというあの方の御心が何故分からないのか。名張の名に置いて、一度お前達に制裁を下してやろう。武の師として」
そのような行動を取ることが、十代目と民の距離を開かせると、何故分からないのか。翔は猪突猛進に天馬の下に向かうと、
「神主がジャージってウケるよな」
参った参ったと空笑い。
烏天狗には早く錫杖を仕舞うよう命じる。
此処には妖だけではない。一般の人間もいるのだ。夜間とはいえ大学には多くの生徒がいる。
渋々と錫杖は仕舞うものの、天馬は不貞腐れたように腕を組んだ。
「何がお笑いの種となっているのか、自分には理解しかねます。翔が民と同じようにジャージを纏い、体育の授業を受けようとする。ご立派なことではないですか」
「ほ、ほらさ。例えば比良利さんがジャージ姿になってみ? 面白い姿じゃん? それと同じだって」
「いえ、面白くはございません。ご立派な姿だと」
まったく話の通じない輩を相手にするのもの疲れるものである。後ろでは雪之介が大爆笑している始末。なんて友人だろうか!
「とにかく。天馬、お前は一々突っかかり過ぎなんだよ。そっちもさ、俺に何か言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれな。世間話でも歓迎するから」
顔を引き攣らせて笑みを浮かべている妖達がこくこく頷く。天馬が一瞥すると、誰かが言うのだ。「十代目はご立派です!」と。
ああ、また大学の友人作りの夢が遠のいた。額に手を当て苦虫を噛み潰したように唸っていると、別の方角から黄色い悲鳴が一つ。
嫌な予感である。生唾を呑んでそっと首を捻れば、きらきらとした眼を向けて駆け寄ってくる蝶化身、白木夕立の姿。
「翔さま、今日もお美しいお姿で! ジャージ姿の貴方様はまた一味も二味も凛々しいです!」
頬を紅潮させる彼女が感極まって、飛びついてこようとするので翔は両手を広げた。受け止める寸前で、天馬の逞しい右腕が夕立の身を受け止める。
迷子になってしまった両手をそのままにする翔の前で、夕立が半べそを掻いた。ついでに相手の腕を叩いた。
「な、な、何するんですか名張くん。お呼びじゃねえです」
「どさくさに紛れて何をしている」
「蝶聞きの悪い! べ、べぇつに翔さまのお腕に抱かれたいとか思っていません。ただ少し、触れられたらいいなぁって。うう、疚しい意味じゃないですよ。ほんとですよ」
指遊びをする蝶化身が背に翅を出すや、身を包んで自分を隠してしまう。鼻を鳴らした天馬が地に彼女を落とすことにより、夕立が尻餅をついた。
「女の子には優しくして下さいよ。もう」
ぶうたれる蝶化身がすくりと立ち上がるや、腕を腰に当て、天馬と対峙の姿勢を見せた。
「いつもいつも十代目のお傍にいるのですから、大学では夕立に隣を譲ってください。武の師かなにか知りませんけどね、夕立の方が先にファンになったのですよ!」
「自分はファンになったつもりはない。従者だ」
「ちょ、それこそ従者にしたつもりはないんだけど! 天馬は俺の師匠だろうよ!」
「なら夕立だってそうです! お仕えする者です!」
「話がややこしくなるから、夕立はファンでいてくれ! な? な?」
翔の嘆きなど素知らぬ二人の間に青い火花が散る。
「翔さまの魅力を十は言えますからね」「馬鹿を言え。数など数えきれない」「お世話するのは女の子の仕事ですもん」「弟子の身の回りは師がするものだろう」「夕立の方が翔さまを思ってます」「十代目と隣に並ぶため覚悟を易々と口に出すような気持ちは持ち合わせていない」「お慕いする気持ちだって」「同じことだ」
「さすがは名張くん。分かっているじゃないですか。翔さまのことを」
「ふん、好敵手として認めてやらんでもないな」
しくしくと涙を流し、地面に「の」の字を書く。
どうしてこうなるのだ。二人が揃うせいで、いつも周囲の者達を引かせている。もしや自分に友人が出来ないのは二人のせいでは。嗚呼、何も知らない人間の生徒達が自分達を避けて過ぎている気がする。
「俺は、ただ、普通の大学生として過ごしたいだけなのに」
すると肩に手を置かれた。顔を上げれば、自分のジャージについて話題にしていた妖の一人がハンカチを差し出してくれる。
「十代目、なんだか……大変なのですね。お力になれることがありましたら、どうぞお声掛け下さいね」
他の者達もジャージについて謝罪し、力になると言ってくれたのだから、なんて良い妖達なのだろう。
涙ぐむ翔は妖に縋り、「大学にいる時だけ、普通の大学生になりたいんだけど」どうしたらなれるのかと泣きついた。
ついでに人間の生徒に引かれないようにするにはどうしたら!
耳と尾を出した翔が取り乱したため、それを妖達が宥めたのだった。雪之介はすっかり笑いのツボに入っており、ひとりでひぃこら笑っていたとかいなかったとか。
だからだろう。
最近の翔は、もう大学に行きたくないと布団をかぶってしまうことが多い。自分で決めた道ゆえ、本当に大学をやめることはないが、行きたくない気持ちは募るばかり。
もっと普通の大学生として過ごしたいのだが、夢は遠いのだから涙ちょちょぎれである。
「翔殿。また学び舎で何かあったのですか? 尻尾だけ見事に布団から出て」
亀布団になるとベッドの縁に腰掛けた青葉が苦笑いを零し、彼女の膝に乗ったおばばが面白おかしそうに言うのだ。
『おやおや、三つの尻尾が大層に萎れちまって。オツネの出番かねぇ』
銀狐で機嫌が治る翔も翔である。
こうして彼の大学生活は過ぎゆく。今の目標は妖と人の友人を増やすことなのだが、これは口が裂けても幼馴染達には言えない。
(終)
翔にとって初めての苦戦です(笑)
友人作りは大得意なのですが、大学生になってからてんで駄目な模様。




