あいや、眠りを妨げる無礼者のお手を拝借
其の妖の世界を垣間見るちょっとした小噺。人間の傲慢で妖を怒らせると……(本編にも掲載中)
ねえ、そこのお兄さん。
ああ、貴方ですよ。茶髪染めしている貴方。え、急いでいる? そんなこと言わずに。通りすがりの僕とお話をしましょう。なあに、少し気になっただけなんですよ。え、何が気になったか? それは貴方の素行です。
今、お兄さん。そこの雑木林に立てられている小さな木の柱を蹴り倒しましたよね。駄目じゃないですか、あれは慰めの柱。所謂墓標ですよ。紙垂が掛けられていたでしょう? ストレスが溜まっているからって、人の眠りを妨げるなんて良くないですよ。
く、苦しいな。
随分とストレスが溜まっているようですね。人の胸倉を急につかんでくるなんて。かなり苛立っていると見ました。
でもそれは眠りを妨げられた彼等もそうですよ。彼等が誰だか分からない? さあ、どこの彼等だと思います? とにかく今すぐ慰めの柱を直して、真摯に謝罪してください。でなければ取り返しがつかなくなる。あれは人間の僕等の手では負えない墓標なのですから。誰だって嫌でしょう? 眠りを妨げられたら。
早く墓標を建て直してください。これは警告です。人間の愚行が彼等を怒らせてしまう。そうなれば誰もっ……アイタタッ、いきなり殴っ、あ、お兄さん! 行ってしまった。困ったな、僕が直しても良いけど許してはもらえないだろうな。あのお兄さん。
※
やあ、お兄さん。三日ぶりですね。どうしたんですか? そんなに青ざめて。
え、墓標を直したい? 大丈夫ですよ、僕が直しましたから。貴方は安心して此処を去れば良い。……ふーん、憑かれている? 寝る度に耳元で人の囁きが聞こえるんですか。気のせいでは?それから、体も動かなくなる? 金縛りに遭う? ふーん、で、僕にどうしろと? 一応僕は警告をしたじゃないですか。聞いてくれなかったのはお兄さん、貴方ですよ。
寝るだけじゃない? 起きている時も人の目を感じる? ……へえ、どこかのガキが常にこっちを見ている。目が合うたびに口角が持ち上がるんですか。なるほどね……ねえお兄さん。ひとつ面白いお話をしてあげましょう。
あのお墓はね、人以外のお墓なんですよ。
人間の目を誤魔化すためにこじんまりとした墓標を建てているんです。
昔、あそこにはとある集落がありましてね。戦によって絶命した村人達のお墓なんですよ。つまり一人のお墓じゃないんです。人ではない彼等のお墓を荒らすようなことがあれば、そこの主が憤る。主は常に弱者の味方、傲慢な人間など許しはしない。たとえ人間を愛していても、ね。
僕は人間の味方ではあるけれど、貴方のような人間は守ることができない。同族とはいえ逆鱗に触れてしまった人間を守る義理はない。
ああ、お兄さんはどうやら墓標以外も彼等を怒らせるようなことをしたようですね。これは僕のような一小僧じゃ話を聞いてもらえないでしょうね。許しを乞う術を知っていても、彼は僕の話を聞いてくれないでしょう。僕から言えるのはひとつ、「どうか改心を」
――赤子の泣き声は我が身を裂き、その涙は心を八つ裂きにする。
誰じゃ、我が子を泣かす者は。この身を持って憎しみを力としようか。子を傷付けられて黙る親はおらぬ。子供達を泣かした者は誰じゃ。さあ同胞を泣かす者はだあれ? 傷つける同胞は同胞と呼ばぬ。では同胞ではないお前は。
あいや、皆のお手を拝借。同胞のためにお手を拝借。我等を忘れた傲慢人のためにお手を拝借。音を鳴らして我等のことを思い出させようか。
さあ、このお手も借りよう。お手だけで十分。お手だけで十分。お足はいらぬ。
「ねえショウ。赤狐は彼をどうしたの?」
「さあ。俺は比良利さんの意思に従ったまで」
「君は、人間を愛していてもやる時はやるんだね」
「同胞も同じ扱いをしているよ。同胞を傷付ける同胞は同胞とは呼ばない。人間なら尚更慈悲がないだろうな。それが妖の価値観なんだ。朔夜」
「僕達妖祓も、人間の傲慢は庇えないしな」
「あいや、眠りを妨げる無礼者のお手を拝借。お手を拝借。結んで開けるお手は必要。何処までも歩けるお足は不要。比良利さんはそう歌っていた」
「つまり彼は」
「拝借されたのか、不要とされたのか。どちらにせよ、失ったものはあると思うよ」
「どっちなの?」
「どっちだと思う?」
(終)
人間の身勝手で妖を怒らせると、妖祓も庇えなくなる。そんなお話。




