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白狐ノ草子   作者: つゆのあめ/梅野歩
▼web版小噺
12/77

赤狐の兄や、学びの一日

日月の神主、人の世界めぐりのお話(本編にも掲載中)。



「やれ。三尾の妖狐、白狐の南条翔さまが南の十代目に就任してから、我々の環境が変わりましたな」


「まったくまったく。新たな時代を感じますな。おや、比良利さま。こんばんは」


 半月が小舟のように空に浮かぶ夜のこと。

 “日輪の社”を開いた比良利は境内を回って、民達と交流を図っていた。その途中、茶屋で盛り上がっていた妖達の会話が耳に入り、挨拶を交わして話に参加する。

 己の対が就任することによって環境が変わったのだと話すのだから、やはり師として、兄分として気になるところなのだ。


 談笑している二人の妖は化け二頭蛙と、案山子の付喪神。

 彼等は普段、人の世界に身を置いて“人間”を装って生活をしている。


「いやね。翔さまが御就任してから、人の世界に身を置く我等に、より安心感が生まれたという話をしていたのですよ」


 なにせ、十代目は此方の世界の事情をよく知っている。

 それは御時勢の流れであったり、巷で盛り上がっている小話であったり。時に向こうの世界ならではの悩みを親身に聴いてくれるのだから、此方としてもありがたいとのこと。

 さすがは元人間の妖狐さまだと二人は笑声を漏らした。


「妖の世界の悩みは比良利さまに、人の世界の悩みは翔さまに、各々相談するようにしています。両方の悩みを聴いてもらえる環境が出来上がったのですから、我等の暮らしは安泰も同然」


「ご尤も。此方の世界の世間話も、以前より気楽に話せるようになりましたなぁ。翔さまはスポーツに興味があるようで、この前はフィギュアスケートでつい盛り上がってしまいましたよ」


 ふぃぎゅあすけぇと、とは?

 比良利は案山子の出した単語に疑問符を浮かべる。 


「ほお、左様ですか! 私は息子の玩具について話しましたよ。近頃、妖怪ブームでしょう? だから、それに関連するグッズをどう手に入れようかとお話しまして」


 はて、妖怪ぶーむ?

 ブームとはよく分からない単語だが、人の世界では、江戸時代の頃のように妖に関心を持つようになったのだろうか。

 腕を組んで首を傾げてしまう。


 そうしている間も、二人の会話は止まらない。

 妖怪ブームですよね。ああ、本当にあれは凄いですよね。グッズが手に入らないですよね等々、尽きない話題で盛り上がっている。

 その時は右から左に流して終わったのだが、彼等と別れ、時間を置くことで比良利は些少ならず焦燥感を抱く。


「人の世界に身を置く民の心の声を、わしはしかと聞けてないでのはなかろうか」


 彼等の言う通り、妖の世界のことは自分に、人の世界のことは翔に任せれば、双方の世界は安泰であろう。が、自分達はそれぞれ南北の地を統べる者。どちらの世界も知っておかなければならない。

 うんぬん悩んでいると、向こうの出店で一際大きな歓声が聞こえた。何事だと様子を見に行けば、噂の十代目がわざわざ白張に着替え、蕎麦屋で一生懸命麺を打っている。


「十代目、今日はお蕎麦屋で働いているわね。昨晩は水売りをしていたっけ」


「ふふっ。我々の暮らしや仕事の苦労を、身を持って経験したいそうよ。此処の蕎麦屋の主人は頑固で有名なのに、無知な自分に妖の世界を教えて欲しいと頭を下げたんですって」


「妖狐になって期間が短い分、少しでも妖の世界を知ろうとしているのね。十代目は九代目のこともありますし、期待されること多いでしょう」


 見上げるほど非常に長身な高女(たかおんな)のご婦人方が、和気藹々と話している。

 店では麺を打ち終わった翔が、海坊主主人の指示で釜の火を強くしていた。

 命令口調にも関わらず、彼はそれこそ弟子のように快く返事をしているのだから、頑固で有名な蕎麦屋の主人も苦笑い。

 きっと純粋に学びたい彼の気持ちに根負けし、一日体験をさせているのだろう。翔の根気強さは南北でも一、二を誇る。


 ああやって妖の世界にいる民の暮らしを知ろうとしているのだ。


「あ、比良利さん! 見てよ、俺が打ったんだこの蕎麦。ちょっと食べていってよ。形はいびつだけど、ダシは親方が作ったんだ! むっちゃ美味しいんだよ、この蕎麦のつゆ」


 比良利は半ば強引に押し付けられた不格好な蕎麦を啜りながら、危機感を覚えた。

 このままでは、いずれ翔は自分の背に追いつき、肩を並べる。それだけならまだしも、背を追い越し、兄弟分が逆転してしまいかねない。

 人、妖の世界の双方を知る南の十代目。妖の世界しか知らない北の四代目。そのような図が出来上がってしまいそうである。


 比良利にも自尊心があるため、それだけは避けたいと冷汗を流す。


 だったらどうするか。

 答えはひとつ、自分も知る努力をするしかない。九代目と張り合っていた頃のように日々精進、日々学びを怠らないようにしなければ。

 少しずつではあるが翔の知識によって、人の世界の文化を知り始めた今日この頃。しかし、まだ勉学の時間は足りない。


 だが、露骨に学び始めると、いかにも十代目と張り合い始めたと笑われかねない。


 相手は齢二百も年下の仔狐。

 大妖としての余裕も見せたい比良利である。


「さて、どうしたものか。どうすれば効率よく、しかもあやつに悟られぬよう学べるか……ふむ。やはり、まずは暮らしを体験することが大切なのじゃが」


 だったら身近な人物の暮らしに乗り込むのが一番なのではないだろうか。

 比良利はあくどい笑みを浮かべると、事前に青葉に連絡を入れて実行に移すのだった。


 ただし、赤狐は気付かない。自分の行動の心意が北の巫女には筒抜けだということを。



「比良利さまったら、すっかり翔さまに対抗心を燃やして。負けず嫌いなお方なのですから……問題を起こさないと良いのだけれど」




 ※



 大学の夜間部に通っている翔は、今宵も無事に講義を終え、正門まで妖の友人達と和気藹々駄弁っていた。

 面子は雪童子の雪之介、烏天狗の名張天馬、蝶化身の白木夕立の三名。翔が普段から共に時間を過ごす者達である。

 神主ゆえ身分の壁はあるものの、三人に関しては此方の世界では取り敢えず一般の妖として扱ってくれる。


 珍しく神主修行もなく、比良利にたまの休日を言い渡されたので、翔にとって久しぶりの穏やかな夜となる。


 折角なので四人でファミレスにでも行こうか。

 青葉達には行く前に自分の食事は用意しなくて良いと伝えているので、気軽に誘える。


 皆に声を掛けてみると、夕立は喜んで頷き、雪之介もあっさりOKをしてくれた。天馬だけが面子のせいか乗り気ではなさそうだったのだが、「翔が誘うなら」ということで、一応来てくれるみたいだ。


 しかし、この予定は自分達とすれ違う人物によって崩れる。

 正門を出ようとした翔達に対し、暮夜でも目立つ和傘を持って大学に入る縞の着物を纏ったひとりの青年。

 見事に染まった紅の長髪を靡かせ、さも当たり前に大学の敷地に入って行くものだから、翔も皆も反応に数秒遅れてしまう。


「ひ、ひ、比良利さん?!」


 逸早く我に返った翔は、急いで踵返すと対の前に回って何をしているのだと頓狂な声を上げた。

 希少な和服姿の赤狐は首を傾げ、何を驚いているのだと己に問う。


「わしも久方ぶりの休みを頂戴したので、たまには此方の世界を己の足で探索しようと思った次第。確かぼんの学び舎は此処じゃろう? どのようなものか、対であり、兄分であるわしが見定めてやろうと思ってのう」


 比良利なりに目立たない服装で来たようだが、着物に和傘は非常に目立つ。

 しかも講義は終わっているのだ。一時間もすれば、大学は閉まるだろう。


「折角じゃ。ぼん、案内するがよい。学びは終わったのじゃろう?」


 だが比良利は大学に入る気満々である。彼なりに未熟な翔の身の上を心配し、此処を視察してくれようとしているのであろうが、これでは悪目立ちである。

 此処には多くの妖も通っている。なるべく騒動にはしたくない。


「だったら比良利さん、これから俺と街に行こう。貴重な休みなんだし、いつもお世話になっているから感謝の意味も込めてご飯を奢るよ」


 だから学び舎は諦めて欲しい、と喉元まで出掛かった言葉は嚥下する。


 強引に比良利を踵返させると、その背中をぐいぐい押して正門へ。

 予定していた皆との食事は後日改めてすることにし(さすがに三人とも比良利相手に気楽な食事はできないだろう)、赤狐と夜の街を目指す。

 まさか比良利が狡賢な笑みを浮かべていたなんて、翔は知る由もない。



 さて、不思議な形で対と人の世界の街を歩くことになった翔は、比良利に何を食べたいかを尋ねる。


 本当ならば日頃から世話になっている感謝の気持ちとして、高級な寿司でも奢ってやりたいのだが、なにせ身分は学生。バイトをしているわけでもないので、あまり贅沢はできない。

 それでも、できることなら比良利の口に合う食事を奢ってやりたい。


 肩を並べる彼に視線を流すと、「あれ」いつの間にか比良利がいなくなっている。たった今まで隣にいた筈なのに。


「お兄さん。今晩の予定は決まっていますか。決まっていないなら、是非うちの店で飲んでいきません? 今ならコース付き飲み放題二時間がお安い価格で」


 比良利は見事に勧誘に足を止められていた。 

 急いで彼の下に向かうと、「兄ちゃん。早く家に帰ろう!」当たり障りない台詞と、勧誘してくる店員に頭を下げて腕を引く。


「これ、ぼん」


 まだ相手の話は終わっていないようだったと比良利が注意するものの、最後まで聞いたら店に誘われるのは目に見えている。


「比良利さん。あれは勧誘だから、右から左に流して。捕まったら高い店に案内されるんだよっ……また、いないし!」


 今度はどこへ行ったのだと周囲に目を配る。

 「あ゛!」翔は頭を抱えた。比良利は、人相の悪そうな人間三人に絡まれていた。肩をぶつけられたようで、糸目をつり上げる彼に慰謝料を請求している。

 はっきり言おう。人間に分が悪すぎる。相手を誰だと思っているのだ。北の地を統べる頭領、齢二百の赤狐さまなのに!


「だから、謝れっつってんだろうが餓鬼。慰謝料ねぇなら訴えるぜ」


「わしに非があれば謝罪しよう。しかし、先にぶつかったのは其方であり、故意的であったのも見抜いておる。それを踏まえた上で謝罪の要求など片腹痛いわ。主等、ただの下賤な追い剥ぎではなかろうか?」


 人間が比良利の着物の袂を掴んだものだから、翔はやめてくれ、それ以上はお前達の命がないと心中で叫ぶ。

 幾度も繰り返すが、妖の価値観は人よりも慈悲深く、時に残酷だ。

 同胞に極めて優しい妖。けれど、同胞ではない輩、そうでなくなった妖に対しては冷酷である。


 ということは。



「愚かな人間よ。罪を他人に擦り付け、身ぐるみを剥ごうなど極めて悪行。あろうことか、この比良利に向かって手を挙げようなど笑止千万」



 閉じている和傘を逆手に握りなおすや、「その身を持って」糸目を開眼し、「罪の重さを知るがいい」横一線に撃を飛ばす。

 それによって三人の身を吹き飛び、比良利の背後に落下。

 瞬く間のことだったため、通行人の目には見えなかっただろうが、翔にはしかと目に焼き付いた。一線の撃が急所の鳩尾に入った、その瞬間を。


「あちゃー」


 額に手を当て、現状に嘆く翔。

 不快な顔で輩を見やる比良利は、命を取られなかっただけでも救いだと思え、そう言い切り、自分の隣に並ぶ。


「さて、ぼんよ。どのような食事を堪能させてくれるのじゃ? できることならば、わしは肉が良いのう。やはり肉が一番よ」


 随分前の質問に対する答えをどうも、である。

 翔は耳と尾を出して、それを地面に向かって垂らしたのだった。



 肉が食べたい比良利の要望に応えられそうで、翔の財布にも優しい場所は、当初予定していたファミレスだった。

 此処ならば手軽に肉も食べられ、出費も抑えられる。


「翔よ。扉が一人でに動いたぞよ。これはどのようなカラクリじゃ。ほう、立てば勝手に開いてくれるとは賢い扉よ。いや、まさか……付喪神になりかけでは? ほほう、透明な板は硝子のようじゃが、それを衝立にするとは人間とは考える生き物よ」


 自動扉で大はしゃぎする比良利によって、赤っ恥を掻いてしまったが、グッと我慢する。

 自分だって妖の世界では無知も無知なのだ。このような反応をして、比良利に赤っ恥を掻かせている。


 だからお相子、そうお相子。

 何度も自分に言い聞かせ、店員の訝しげな眼に耐えた。


 ようやく座ることが出来たと思ったら、比良利がおもむろに草履を脱いで、ボックス席の長椅子の上で正座をしようとするので、それを必死に止める。

 これも仕方がない。向こうの世界には椅子、という文化が根づいていないのだから。


「比良利さん、これがメニュー表ね」


 「めにゅう?」メニュー表を受け取った比良利は片仮名に弱いので、言い直す必要性がある。


「えーっと献立表かな、献立表。此処に載っている料理の中から、好きなのを選んでよ。肉系ならこの頁かな」


 懇切丁寧に説明しているというのに、比良利はデザートの頁に目が釘点けである。

 彼は甘党なので、菓子は大好物なのだ。和菓子の欄を見つめ続ける彼が翔をチラ見し、再びデザート欄に目を落とす。

 それを繰り返してくるため、翔は自分もデザートの頁を開いて目を落とす。


「パフェとかもお勧めだよ。後で果物パフェを俺も頼むから、比良利さんも頼んだらいいよ」


「ぱふぇとは、この絵か。この白いとぐろはなんぞや?」


 ソフトクリームの巻状をとぐろ、誤った表現ではないが、もっと別の言葉が欲しいものである。

 赤狐に冷菓だと教え、いい加減、デザートの頁から放れさせる。

 料理が決まると注文するために店員を呼ぶ。その流れの中で、比良利が呼び出しボタンに興味を示したため、快く譲ってやる。気分は弟を持つ兄である。


 いつもと逆転した光景に微笑ましい気持ちを抱く翔だが、さすがに比良利が女性定員の制服に鼻の下を伸ばし、悪さをしようと手を持ち上げたため、容赦なく己の尾で叩いた。


 こればかりは師弟関係ないと思っている。


 料理が来る間、翔は比良利と会話を楽しむことにした。

 いつもならば、神主、頭領、師弟の立場が先立つため、雑談は控えている。

 けれど此処は人の世界。妖の世界では話すことのないくだらない話を、この場でなら話せると思ったのだ。


「前から思っていたんだけど、比良利さんと紀緒さんって付き合いは長いの?」


 お冷を口にする比良利が眉根を寄せる。


「なにゆえ、そのようなことを聞く」


 意地悪く口角を持ち上げると、相手は此方の心中を察したようだ。


「先に申しておくが、疚しい関係ではないぞよ。そのようなことをすれば、紀緒にしばかれるわい」


「それは勿論分かっているけど、紀緒さんって日本美人じゃんか。男心を擽られる容姿をしているから比良利さん、美味しい立場にいるなぁって」


 自分もつい見惚れてしまう七代目北の巫女。

 彼女はなんだかんだで、比良利のことをいつも心配している。

 それこそ女癖が悪い比良利が倒れれば、誰よりも献身的に看病している姿を翔は目にしているのだ。何かしら感情は宿っていると思えてならない。

 無論、神職に就いた時点で異性愛は捨てているだろうが。


 それを指摘すると、「あやつはわしにとって第二の家族じゃよ」それ以上も以下もないと比良利は肩を竦める。

 豊富な胸はつい揉みたくなると付け加えて。


「紀緒はわしと惣七の二十年先輩に当たる巫女。あやつの方が、先に巫女に就任しておるのじゃよ。ゆえに支えてもらうことも多かった」


「そうか。俺と青葉みたいな関係なんだ。俺もあいつに支えてもらってばかりだからな。勿論ギンコにも……もっと神主がしっかりしないと」


「そうじゃのう。おなごばかりに負担をかけさせてはならぬのう。しかし、無理をして紀緒、それにツネキをわしは困らせてばかりじゃ」


 比良利の表情が、何処か力ないものとなる。


「もう少し、あやつ等を大切にせねばならぬ。それは分かっておるのに、己の不甲斐なさが際立ち、結局は迷惑を掛ける。精進が足らぬのう……なんじゃ、その目は」


 語り手の詰問に翔は口角を緩める。

 腕を組んでテーブルに上体を預けると、「大切なんだなぁと思って」そこまで想われる紀緒やツネキはきっと幸を感じているに違いない。


 だから、彼等は同じように比良利を想い、親身に心配するのだろう。倒れないかどうか、常に見守っているのだろう。倒れないよう傍で支えるのだろう。


「比良利さんの気持ちの強さは、誰より紀緒さんとツネキが知っている。俺も、見習わないと。青葉やギンコ、おばば、ネズ坊に……本当の家族を想える妖狐にならないと。身近な人達を想えず、民なんて守れないよ」


 稀に聞ける比良利の気持ちを知れて、翔としては満足である。

 自分も兄やのようになりたい。その気持ちは風船のように膨らむばかりだ。


 けれども、比良利は不満足のようで、今度は質問者に立つ。


「ぼんは、青葉やオツネを家族と思っておるようじゃが、別の感情はないのかのう」


 仕返しなのだろうか。

 けれど、翔も答えが比良利と似ている。


「如いて言えば、妹もしくは娘かな。あいつ等って、俺以上に知る世界が狭い。青葉は一つの世界に囚われすぎていたし、ギンコは外に出られなかった。俺もそうだったけど、一つの狭い世界に閉じこもるって良くないことだよ」


 大切にしている其の世界が決壊したら、それこそ己の居場所も存在価値も失う。そんな誇大な感情を抱いてしまうのだから。

 経験があるからこそ、翔は二人に広い世界を見て欲しいと切に思う。

 自分の教えられる世界は二人に見せたいし、教えてもらえる世界は是非知りたい。そうして、もっと、もっと視野を広げていきたい。



「妖になって戸惑いこと、傷付くことは多かったけど、得るものも多かった。まさかこの歳で妹や娘、祖母ちゃん、それから兄分ができるなんて思わなかったよ。でも兄弟とかいなかったから、すげぇ嬉しいんだ。朔夜のところに兄貴が二人いるんだけど、いつも羨ましくてさ」



 矢継ぎ早に語る翔と、聞き手に回った比良利。


 その光景こそ、まさしく兄弟分のやり取りと言えよう。懸命に自分のことを話す己に、比良利は呆れもせずに笑いながら話を聞いている。

 話が途切れたのは、料理が運ばれてのこと。


「あ。ドリンクバーを付けていたんだっけ!」


 まずは飲み物を取りに行かないと。翔は立ち上がり、赤狐を誘う。

 お冷があると指さす彼だが、ドリンクバーはドリンクを何杯も飲んでこそ元を取り返せるのだ。お冷で留めるなど奢る翔が許さない。


「う、うむ……お主の飲料水の色が緑茶よりも濃い緑じゃが、それは毒?」


「メロンソーダだよ」


「めぇろんそうだ?」


「比良利さんも同じものにしてあげるから。甘いから、絶対気に入るって!」


「わ、わしは遠慮「何事も経験だっていつも言っているじゃんか」返す言葉もないわ」


 飲み物にドン引いている比良利が、数十分後、綺麗にハンバーグセットを平らげ、デザートも飲み物も完食。

 大層お気に召したようで、ご機嫌にメロンソーダをおかわりしていた。



 ファミレスを出るとバスセンター近くの店を見て回り、比良利に人の世界の商店を教える。


 例えばコンビニエンスストアはこっちの世界でいう便宜屋、リサイクルショップが献残屋、自動販売機は水売りの役割を担当、塾を指さして個別に学び舎もあることを教える。


 大いに興味を示した比良利が、なにより目を輝かせたのは電気屋の電化製品。テレビは勿論、ドライヤーに感動し、「これで己の髪を乾かせるとは」自動で温風を起こせる機器は、長髪を持つ比良利にとって画期的な発明だったようだ。

 電池式のドライヤーならば、向こうでも使用できるだろう。翔はいつか、贈り物をする機会があれば、これを候補に入れておこうと脳内リストにメモする。


 同じ電気屋で、翔自身がついつい足を止めてしまったものにも、比良利は興味を示す。


「ぼんよ。それはなんぞや」


 手にとったゲームソフトを棚に戻し、「俺の好きな玩具なんだ」頬を掻いて苦笑い。


「妖になる前は、よくしていたものなんだけど」


「今はしておらぬのか? わしは使命さえ忘れなければ、お主の玩具を取り上げる気などないぞよ」


「甘い比良利さん! これは使命さえ忘れさせてしまう、おっそろしいものなんだ! 現代の子供達をトリコにしてやまないゲーム……それこそ学びも忘れてしまうほど、夢中にさせてしまう」


 神主になると決めたのだから、こういったものは控えるべきだと翔なりに考えている。が、どうしても好きなゲームシリーズの新作だったため、再びソフトに手を伸ばし、パッケージをまじまじと観察。


 唸り声を上げ、身悶えてしまう。


「これだけは買ってもいいような、いやだめだ。修行が第一優先。そう、優先。いやいや、でも、三年ぶりの新作……新作……」


「それは面白いものなのであろうか?」


「うん。比良利さんも、体験してみる? 多分、俺と性質が似ているから、熱したら冷めにくいと思うけど……あ、だけど、やってみて損はないかもしれない。妖の世界でゲームの付喪神も出て来るかもしれないし、こっちに住む世界の妖もいるから、会話も弾むかも」


 試しに誰でもできるゲームを貸してやると翔が申し出れば、「熱するか分からぬがのう」比良利が肩を竦めて、適当に流してしまう。


「絶対に熱中するよ」


 電気屋を出ながら翔は反論する。

 それこそ寝不足になる人間も出るのだと言えば、和傘を差す比良利が「わしは身を弁えておるわい」寝不足になどならないとおどけた。

 つられて和傘を召喚し、それを差す翔の前を通ったリーマンが、光景に我が目を疑っていたのだが、それこそ話に夢中で気付くことができなかった。



 こうして束の間の休日を堪能した翔は、比良利に人間の街を案内しては妖の世界の暮らしと比べ、これからもっと、どうより良くするかを話した。

 結局、神主として民について、暮らしについて、守護するべき世界について話す流れになってしまったのだが、翔は兄やと思う存分人の世界の街を歩けて満足だった。


 比良利は何も言わなかったが、彼は彼なりに“此方の世界”に興味を持っているのだ。もっと興味を持ってくれたらいいと翔は思う。

 そうすればきっと、共存という素晴らしい理想に近付ける。そう信じているのだから。




 ちなみに人間の世界の暮らしを目にした比良利は、高度な技術に知識がてんてこ舞いになりそうだと唸っていた。

 自動扉に、異文化を取り入れた食事、片仮名表記の多様。ついて行けるまでに時間が掛かりそうだと溜息。

 学びはこれからも継続していかなければならない、と強く決意した。


 だが、学んだことは向こうの世界に住む民達の交流の一つとして盛り上がっている。


「おや、懐かしいですな。比良利さま、それはテトリスじゃございませんか。どうしたのです?」


「我が対の勧めで、げぇむとやらを体験をしておるのじゃよ」


「ほほう! 翔さまがお勧めを。それはどのようなげぇむで?」


 こうして生粋の妖の世界出身者、人の世界の出身者、共々を深めていく。

 比良利は己が代表として率先的に学ぶことで、新たな風を吹き込むのだと確信を得た。時間が出来れば、また対の生活に紛れ込むのも良いと細い笑みを浮かべる。


 そして、いつまでも博学の座は、この比良利が受け持とう。それは兄やとしての意地でもある。



 比良利は人知れず欠伸を噛みしめる。

 それにしても、このげぇむとやら、対の宣言するように熱すると恐ろしい機器である。


 白狐には口が裂けても言えないが、今宵の赤狐は寝不足、とんだお笑い種である。



 (終)


 比良利や紀緒、ツネキも、ちゃんとお休みをもらっています。殆どを妖の世界で過ごしますが、翔が十代目に就任してから人の世界に足を運ぶようになっています。

 どうしても比良利は翔に兄や以上にはなって欲しくないようです。

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