いつまでもギンコで
本編:南条翔の春休みのSS
とあるギンコの思いと少年とのやり取り。
月輪の社の守護獣と呼ばれている妖狐、オツネは大層気難しい性格をしていると周囲からため息をつかれている。
それはそれは我が儘娘で自分の思い通りにならないとすぐに尻尾を向けてしまう狐なのだ。
そのせいで姉妹同然に育った青葉から毎度のように顰蹙を買い、保護者を務めているおばばは喧嘩する狐達の仲裁に入り、許婚の金狐はメス野狐の下へ遊びに行ってしまう。
最後の狐に関してはオツネの性格難うんぬん関係なしに、北の神主の影響でメス狐の下に遊びに行ってしまうのだが、それはさておき。
とにもかくにも銀狐はとても我の強い。
妖の社に留まることを嫌い、境内を飛び出して人の世界に遊びに行ってしまうのもしばしば。誰よりも銀狐は自由を愛し欲していた。
オツネは守護獣である身分を憎んでいた。
好きで守護獣になったわけではい。
母が守護獣だったために、必然的にその血を受け継いだ。それだけなのだ。
この血さえなければ母を失った先代が豹変することもなかっただろう。
また自分が姉妹のように要領の良い妖狐ならば、立派な守護獣にしたいと願う先代の思いに応えることができただろう。
嗚呼、体内に宿る守護獣の血がすべてを狂わした。
『オツネ。すまなかった。本当にすまなかった』
悲痛な面持ちで頭を下げてくる先代の言葉が脳裏に蘇ってくる。
鬼と化した先代が再び愛情を向けようと手を伸ばしたが、オツネはそれを突っぱねた。出来の良い姉妹に対しては鬼の面を見せなかったことを知っていたから。その愛情は単なる憐れみなのだと思い込み、いつまでも突っぱねた。
それこそ先代が黄泉の国にいってしまうまで。
まさか、こんなにも早く死ぬなんて。
憎む一方で、オツネの心は悼みで悲鳴を上げていた。
本当は先代を許し、もう一度甘えたかったのだけれど、自分の意地っ張りな性格は再び先代を受け入れることができなかった。
最期に己の持っていた宝珠を自分に宿すよう対に頼み、息を引き取った先代。彼の死がオツネの片意地張る性格を強めた。持ち前の自尊心がまるで防波堤を張るように厚くなり、その弱き心を誰に対しても隠すようになった。
誰かに見せれば変わるかもしれない心が、どうせも見せられずにいる。
オツネは傍若無人に振る舞いつつも常に孤独だった。
「ギンコ。こんなところにいたのか」
周囲がオツネと呼ぶ中、ただ一人自分をギンコと呼ぶ妖狐がいる。
縁側でぼんやりと白いヒガンバナ畑を眺めていたオツネ改めギンコの隣にしゃがみ、「探しただろう?」わっしゃわしゃと頭を撫でてくる少年。
なりゆきで自分の体内に宿していた宝珠を受け継いだ元人間の少年、今は半妖狐の翔をそっと見上げる。外貌は人間そのものだが彼は紛れもない妖の器だ。
春休みとやらになったからと、月輪の社に泊まりに来た少年は風呂あがりらしく、体から軽く湯気が立っている。
「ヒガンバナを見ていたのか?」
問いにクンと鳴く。
「そうか、ヒガンバナは綺麗だもんな」
赤かったらもっと綺麗だろうな。
白いヒガンバナに視線を流す翔の横顔を恍惚に見つめていると、その視線に気付いた少年が歯茎を見せるように笑い、自分の体を持ち上げて腰を下ろす。胡坐を掻くと自分をのせ、手櫛で体毛を梳いてくれた。
「ギンコの毛並みはいつ見ても綺麗だな。月の光に映えてらぁ。お前は美人さんだよ、ほんと」
可愛い俺のギンコだと腕に閉じ込めてくれる少年にクンと鳴き、胸部に頭をこすり付ける。
執拗に頭をこすり付けていると、「今日のギンコはとびっきり甘えん坊さんだな」大丈夫、俺はここにいるよ。翔が優しい手つきで胴を撫でてくれた。
守護獣に甘えなど許されない。
呪詛のように先代から言われていた日々を思い出し、ギンコはなんだかとても泣きたくなった。
スンスン鳴いて少年に甘えると、「ゆっくり傷を癒せばいいよ」心を見透かしたように翔が顔を覗き込んでくる。焦ることはない、ギンコのペースで過去と向き合い、清算していけば良いのだと翔。
「きっと許せる日がくる。そしたら思い出せるさ。先代と過ごした優しい日々を。周囲は守護獣うんぬん言うかもしれないけど、ギンコはそのままでいいよ」
守護獣など考えず、ギンコはギンコのままでいればいい。
お前は大好きな自分のギンコだと微笑んでくる少年の頬を舐め、忙しなく尾を振る。そうそうそれがギンコだと笑う少年。クンと鳴き、ぺろっと自分の鼻先を舐めてくる。彼の前ではただの妖狐でいられる。
その解放感に喜びを覚えながら、翔といつまでも戯れているとおばばを抱いた青葉がそろそろ寝るように促してきた。
じきに夜明けが来る。
青葉の言葉に遺憾な気持ちを抱きつつ、ギンコは颯爽と翔の腕から抜け出す。まだ彼と一緒にいたいがあまり我が儘を言うと呆れられる可能性がある。好意を寄せているギンコにとっては避けたいところだ。
寝床にしている本殿へおとなしく向かおうとした直後、
「ギーンコ」
何処に行くのだと彼から呼び止められた。
足を止めて振り返れば、立ち上がった彼がおいでおいでと手招き。
「久しぶりに一緒に寝よう。俺と寝てくれるだろう?」
瞳に光を宿すギンコに、翔が「な?」と同意を求めてくる。
「翔殿!」若かりしオスメスの妖狐がうんたらかんたら、と青葉が注意を促しているが知ったことではない。うんうんと頷くとギンコは翔に部屋で待っていて欲しいと鳴き、急いで本殿へ向かった。
自分のお気に入りとなっている黒衣を銜えると、少年のいる部屋まで疾走。
故意的に半開きになっている障子をすり抜け、尾で閉める。
置行灯が照らす一室。
敷布団を敷いて寝る準備を整えている翔がギンコに気付き、「お、来たな」ちょっと待ってろ。すぐに布団を敷くからと少年は目尻を下げてきた。
クンと鳴いて返事した後、ギンコは部屋の隅に放置されている鞄に目を留める。その上に放置されている衣服に首を傾げ、黒衣を畳に置くとのそりのそり歩み、それを見つめた。
それは翔が今日着ていたTシャツである。
ギンコは脳内にある衣服の知識を手繰り寄せ、確かこうしていた筈と耳を折りたたんで頭を衣服に突っ込んだ。狭い空洞を突き進み、穴から顔を出す。
「よし、終わったぞギンっ、な、な、なんだと?!」
寝床の準備を終えた翔の表情が一変する。
彼はわなわなと体を震わせ、爛々と目を輝かせながら、
「ぎ、ギンコ。そのままだぞ」
動いちゃだめだぞ。今、写メを撮るから! 言うや台に放置していたスマホとやらを手にし、それを惜しみなく構える。
「はーい、ギンコ。こっちを見て……あ、置行灯まで移動できるか? 綺麗に取れない。……そうそう。じゃあ、はいチーズ」
まばゆい光をたく翔はスマホを睨むように確かめ、へにゃりと表情を崩す。
「やべぇ可愛い」
ゆるゆるに表情を緩ませる翔。
それで自分を撮っていることを知っているギンコは見せて見せてと鳴きながら服を引きずり、よたよたと彼に歩む。
すると翔が発狂したように歓喜の声を上げた。
「これ以上俺を喜ばしてどーすんだよお前! なにその可愛い姿! あぁああ動画がいいかな。こういうのって」
Youtubeにアップしたいくらい可愛いんだけど! いやでもこの姿は俺が独占したい気もするっ! ギンコは世界一! 等など大興奮の翔。
彼の気が済むまで写メを撮られたギンコだが、無事に自分の写メを見せてもらい、シャツから脱出することにも成功する。
大満足している翔はまた一つギンココレクションが増えたとクンクン鳴き、いつか写真にしようと欲望を口にしていた、が、いまいちギンコには分からない。
ただ彼はいつだってギンコをギンコとして見てくれる。守護獣のオツネとしては見ず、大好きなギンコとして見てくれる。それが本当に嬉しい。
だから彼にはオツネと呼んで欲しくない。
「さあギンコ。寝よう」
置行灯の蝋燭を消し、先に毛布に潜り込んだ翔が手招きしてくる。
自分のために隙間を作ってくれる彼にクオンと鳴き、ギンコは黒衣を銜えて毛布に潜り込む。毛布を下して腕に閉じ込めてくれる少年の鼻先を舐めると、己の鼻を押し当ててくる。愛されているのだと実感した。
「こうして一緒に寝るの、俺の部屋以来だよな。あそこではいつも一緒に寝てたっけ」
やっぱりお前の体温はあったかい、翔は綻び、頬を寄せてくる。
「これから春休みだから、ここに泊まり来ることが多くなる。泊まりに来たら一緒に寝てくれよな」
己の孤独を見抜いている少年は傍にいて欲しいと願い、自分の心を代弁してくれた。
だから彼は大好きなのだ。いつも傍にいてくれるから。己の心を理解してくれるから。守ってくれるから。
男気ある少年の優しさにクンと鳴き、ギンコは自ずからすり寄って彼に自分の素の心を見せる。
翔の前では自尊心など張らなくても良い。張ったところで崩されるだろうから。
彼の傍にいることでいつか、先代のことを許せる日が来るかもしれない。
淡い期待を寄せながらギンコは宝珠の御魂を宿した少年の傍らで眠りにつく。
自分の名はオツネ、守護獣の肩書きを担うオツネ。
けれど南条翔の前ではギンコ、彼に愛されるただの妖狐ギンコ、願わくば少年にとっていつまでもギンコであり続けたい――。
(終)
守護獣の肩書きがギンコを束縛していました。だからこそギンコは守護獣の肩書きを嫌い、先代の守護獣に対する思いを呪詛だと思っています。
先代のことが大好きだったからこそ、彼の放った言葉は傷となって心に残っているのです。
翔にオツネと呼ばれたら相当不機嫌になります。同じように他者からギンコと呼ばれたら不機嫌になります。
ギンコの名は翔だけの特別、にしてもらいたいのです。




