サプライズをお届けします!
初めて投稿した小説です。よろしくお願い致します。
そこには妖怪が栄えていた。
その世界にはひとつの小さな島しかなく、大隕石の影響で元々あった島や大陸はすべて沈んだ。
後に出来た島は野稟と呼ばれるようになった。
昔ながらの瓦屋根の家、角が4本生えた牛の牛車、道を照らす鬼火。
街道には甘味を楽しむ鬼カップル、泥棒を自慢の首で捕まえる轆轤首。
それから、荷台を後ろに引いた自転車に跨り、金髪を靡かせ進む緑目の飛脚がいます。
その荷台に沢山の荷物を乗せて、今日は何処へ行くのでしょうか?
◇◇◇
「一目さーん、お手紙ですよ。一目さぁん? なんだ留守なのか」
一目さんの家の前で後ろの荷台を付けた緑色の自転車に降りずにチリンとベルで呼んでも返事が無い。どうやら留守みたい。
慣れた手つきで腰に付けたポーチから不在表を取り出して書くことを書く。えっと時間は……午前10時38分っと。
「リュム!」
「!?」
不在表を筆で書いてると後ろから甲高い声に名前を呼ばれた。そのせいで文字がズレた……書き直しじゃんこれ。
相手に聞こえるように溜息を吐いて、振り返らずに返事をした。振り返らずとも声で相手の顔パーツから髪色瞳の色手と足の形身長体重なんでも知ってる子だしね。
「どしたの飛鳥?」
若干やる気ないような気だるい声を出すと、すぐに反応が返ってくる。
「どうしたのじゃない! 今日は父さんの誕生日だぞ!」
後ろでキャンキャン言ってるの鬼の女の子の名前は飛鳥。この子との関係は……まぁロマンチックに言えば幼馴染だね。
お世話になっている飛鳥の父親、タツ大将の営む加工屋『怒豪の加工所』の職人でもある。
職業も話し方も男っぽいけど一応女の子。黒髪を高い所で結っていて琥珀色の瞳をした女の子。
振り返ったら飛鳥は青い着流しを着て、両手を両脇に当てていかにも怒っているって表情してんだろうな。
そんなタツ大将の誕生日忘れた訳じゃないのに。
「聞いてるのかリュム!?」
「いでででっ! 耳引っ張んな!」
いきなり左耳をギュって思いっきり飛鳥に引っ張られて、まだ耳元でキャンキャン続ける。
マジで痛いから止めさせて飛鳥の顔を見る。あ、予想通り青い着流しだ。
「今日の夜の宴に間に合うのか!?」
「だーかーらー! 間に合うように今頑張ってんだよ!」
邪魔するなって言おうとしたけど、アレが目に入ったから止めた。アレって言うのは……その飛鳥の額にあるのは鬼のシンボルの立派な1本角ではなくて折れた角の痕だ。
「……」
「な、なんだ急に黙って?」
心配そうに言う飛鳥にいつもの調子で返す。
「いや、今日も可愛いって思ってさ」
話を逸らしてみると、飛鳥は顔をしかめた。
「何を言っているのだ?」
呆れた声で言う飛鳥。ここは照れるところなのにさ。
「飛鳥……ここは照れるところだよ」
「話を逸らそうとしても無駄だからな! 夜の宴には来てくれよ!」
「はいはい。可愛い飛鳥お嬢さんのために頑張りますよ」
「違う父さんの為だろ!」
言うこと言い終わった飛鳥は家のある方向に小走りで去って行った。
さて、文字通り鬼の居ぬ間にお仕事お仕事っと。
不在表を書き直して自転車から降りる。そして一目さんの家の郵便受けに入れる。
次は……河童のカッキチさんか。
「河童川ノ底1丁目に向けて出発!」
自転車に跨ってカッキチさんにナマモノの配達するため、軽快にペダルをこいで目的地を目指す。
◇◇◇
「あ、にーちゃん!」
「リンリン号!」
河童川の底に住んでいるカッキチさんに1週間分のキュウリ(懸賞で当たったらしい)を届けたあと、ゆっくり安全運転で進んでいるとまた呼ばれた。
自転車……リンリン号(近所の子供たち命名)を止めて今度は振り返ると後ろには誰も居ない。だから視線を下に合わせると、2本角子鬼のギギ君と尻尾を揺ら揺ら動かしている猫娘のマオちゃんが居た。
「どしたのギギとマオ?」
「リンリン号のにーちゃん。おいちゃんのうたげ行くの?」
大きな猫目をクリクリさせてマオはそう聞いてきた。おいちゃんとはタツ大将のこと。
「おー行くよ。てか同じ家に住んでんだし」
「オレらもいくー! 村中のみんなでうたげー! 楽しいよね♪」
「ウチも! お祭り!」
楽しそうに足元でキャッキャ言ってる子供たち。タツ大将の誕生日はこの桜東の村の祭りの1つに数えられてるからね。はしゃぐのは当然か。
「ぷれぜんと! おいちゃんにあげる!」
「プレゼントなんてハイカラな言葉知ってるね。それは都より西の言葉だよ」
「おいちゃん大好き」
「そっかそっか」
はしゃぐ子供たちを見て思うのは……タツ大将って意外に子供に人気だよね。
タツ大将は加工屋『怒豪の加工所』の頭で、この村で知らない人はまずいない。10尺(約3メートル)の大男で見た目は厳つく、典型的な2本角の鬼という感じ。ウワサでは都の偉い地位に匹敵する権力があるとかないとか。
そのタツ大将にプレゼントねぇ……あ、用意してない。
「にーちゃんは何あげんだ?」
今まさに気にしていたことをギギが聞いてきた。何をあげるのかって言われてもなぁ……
「そういうギギは何をあげる予定?」
質問に質問で返すのは失礼だけど、ギギ相手ならそんなに気にしなくてもいいか。
そうしたらギギも気にしてない様子で答えてくれた。
「オレはこれ!」
そう言って誇らしげに掲げて見せたのは……え?
「風神さんの模型?」
「おいちゃんに作ってもらう!」
「それはプレゼントかい?」
「うん!」
満面の笑みではっきり言われたら何も言い返せないですよギギ君。
タツ大将は加工屋やってるだけあって手先は器用だし作るの好きだから良いけど、作ってもらうって……話を聞く限りタツ大将にあげる気ないだろその模型。てかなんでよりにもよって風神さんなんだ?
あ、風神さんっていうのは子供たちに大人気の架空英雄で兄弟分の雷神さんと共に悪の組織と戦っているって設定らしい。映像樞見ないからよく知らないけど。
「えっと、マオは?」
「ウチは……これ」
マオが後ろから恥ずかしそうに出したのは……これはタツ大将には似合うかな?
「ネズミの髑髏の首飾り……」
「うん。村中のねずみさんに手伝ってもらった」
「それは作る過程? それとも材料として?」
「……あはは♪」
怪しい笑みを浮かべるマオ……顔に返り血ペイントとか似合いそう。
あ、ペイントで思い出した。今日は何も顔に描いてなかった。いつもは星とかヒゲとか描いてるけど、うっかりしてた。
昼食時間も近いし、その時に描くか。今日のペイントは何にしようかな?
「で、にーちゃんは何あげんだ?」
今日のペイントについて思案しているとギギがまた聞いてきた。
そうだそうだ……プレゼント……はぁ。
「ないんだよなぁ」
「えーなんでー?」
「100年以上誕生日祝ってたらもうプレゼントのネタ尽きたよ」
去年は鉄。一昨年はうちわ。その前はうさぎの毛皮。更にその前は臼と杵。毎年被らないようにしてたけど、さすがになぁ……飛鳥も怒るだろうな。
「ひ、飛脚屋さぁぁん!!」
子供たちと和やかな会話をしていると悲鳴に近い声が鼓膜に響いた。今日はよく呼ばれるな。
声の方向に振り向くと、焦った血相をしている老人の顔が飛び込んで……え?
「飛脚屋さぁぁん!!」
「うわあぁ!?」
「お願いしますぅ飛脚屋さぁん! これを都の孫に!」
「痛たたッ!? とにかく降りてくださいよ」
文字通り飛び込んで来た老人にぶつかり、荷台ごと自転車と一緒に倒れてしまった。倒れた時に車輪が回っている自転車と老人の下敷きになって正直体が痛いのに子供たちはケラケラ笑って見てるだけだし。
ようやく上から降りてくれた老人に続き一緒に起き上がる。荷台と自転車も起こしてっと。荷台の荷物はほとんどなかったからそんなに被害なかった……ふぅ良かった。
あれ? この泣きっ面老人は……天狗のあの人だ。
「あ、じーちゃん」
「じーじー」
「どうもシゲじーさん」
子供たちと一緒にその人物を確認したところ、満場一致でシゲじーさんだと発覚した。
真っ赤な肌に長い鼻をしたシゲじーさん。村の中でも年長者なシゲじーさんがこんなに慌てるなんてどしたんだ? てか今までの威厳ある顔どこ行った?
「えーどこの誰に届ければ良いんですか?」
「それがな……ヂーン!」
「……おい」
いつもの通りにポーチから筆と紙を取り出してメモの準備。そしたらシゲじーさんは紙をぶんどって鼻かみやがった……このヤロウ。
「実はなアムくん」
「リュムです」
鼻をかんだ紙を懐に入れて、ようやく落ち着いたようだ。ゴミを捨てないとは感心感心。
「これを孫のハゲに」
「それたぶんタゲさんですよね」
そう言って大事そうに差し出したのは1通の分厚い文。それを受け取って住所を名前と住所を確認する……やっぱり都か。
都はこの村から遠くて、今日飛んで行くとしたら速くても片道3時間。往復6時間……今の時間は11時を過ぎたところ。タツ大将の宴は18時……他の配達もあるから時間ギリギリ間に合わない。
この文は明日は休みだから明後日配達だ。
「じゃ明後日に届けますね」
シゲじーさんに配達日を伝えて、その文を自転車の文カゴに入れようとすると
「あああああああさささってじゃとぉぉおあ!?」
「じーちゃんうるさい」
「あははは♪」
シゲじーさんの断末魔に混じるように子供たちの声が飛び交う。
なんだか明後日じゃ問題みたいだね……一応聞いてみるか。
「明後日じゃダメ?」
「駄目じゃ! 今日中にパケに届けないと」
「タゲさんね」
「なんのおてがみなの?」
マオが下からシゲじーさんに聞いた。ナイスマオ。こんなに焦ったシゲじーさんなんてめったに見れないし、確かに気になる。
シゲじーさんは悩んだ表情を惜しげもなく出して語り出した。
「これは先祖代々伝わる秘儀の奥義が詰まった古文書じゃ!」
「秘儀の奥義ってなんですか?」
「これをバゲに今日中に渡さなければ……ソゲの命は終わりじゃああ!!」
「タゲさん」
「うおおおぉぉおうぅうううう!! ダムは飛べるんじゃろうがああ!!」
「リュムです。確かに飛べるけ少し語弊あります」
ついには泣き出したシゲじーさんはその場で膝を抱えて座り込んでしまい、子供に慰められている。
そんなに重要な文なのか……文カゴに入れようとしたシゲじーさんの文を眺める……はぁ、なんとかなるか。
「分かったよシゲじーさん」
「うおぉ……お?」
「なんとか届けるから」
「本当かラム!?」
「リュムです」
適当にツッコミを入れて脳内スケジュールを大幅に変更する。配達スケジュールは頭の中に完璧に覚えてるからちょっとソートして……変更完了。
「じゃ村の配達終わらせていきまーす」
「頼みましたぞバム!」
「……行ってきます」
「にーちゃん気をつけてねぇ」
「うたげには遅れないでねー」
もはやほとんど名前の原型ないことにツッコミ入れるの疲れたので自転車を引いて行くことにした。子供の声援を受けながら村の分の配達に出かけた。
えっと、轆轤首の六郎さんと人面犬のチワチワさんの2件を終わらせて都に行けばなんとかなる……昼食抜き決定か。
「……力を使うか」
引いていた自転車に跨って力を込める……と言っても浮くイメージするだけだけどね。
フワフワと浮いて、地面に足がつかなくなる。そして見渡せば村は小さくなっていく。穏やかな風を頬に受けながら1番近い轆轤首の六郎さんの家に行く。
……そういえば今思い出した。
「確かタゲさんの職業って……良いこと思い出した♪」
急に出して来たんだからこれくらいはしてもらわないとね……時間的にも丁度良いし、今までのプレゼントのネタになかったし、ついでに今日のペイントのネタも思いついた。これって一石何鳥なんだろ?
村を見下ろして、自転車のペダルを機嫌良くこぐ。ペダルこいでも意味ないけどね。
今思いついた計画のシュミレーションをしていると轆轤首の六郎さんの家が見えてきた。一旦シュミレーションを止めて降りる準備するか。
「六郎さーん、彼女さんから贈り物ですよ♪」
いつものように軽快なベルと共に笑顔で明るい声で出して大切にお運びします!
◇◇◇
「……むぅ」
「飛鳥……落ち着きなさいよ」
「……ぐぐ、リュムめ……遅れるなと散々言ったのに遅れるとは男の風上にも置けん! 後で新作棍棒の餌食にしてくれるわ!!」
「まるで愛しい旦那の浮気現場を目撃して報復を家でネチネチ考えてる鬼嫁になってるよアンタ」
「? 何を言っているのだ尚子? 自分は約束を守れない男は許せないと言ってるだけだ」
父さんの誕生日を祝しての宴は18時から始まって早数時間……屋敷の大広間いっぱいに村民を押し込めて、隙間を許さないように食べ物と酒が並ぶ。足の踏み場もないとは正にこの事。そして、絶え間なく聞こえる祝いの言葉と活気つく話声は周りの小さな音なら聞こえなくなりそうなほど大きい。
自分はお父さんの右横で酒を飲みながら廊下に一番近い襖と庭に通じる障子を何度も見ていた。それが気になるらしい友達の尚子は自分の事を鬼嫁と言うが……自分は鬼だ。
適当な返答をしたと思ったが、磯女の尚子は眉間に手を当てて呆れているように見えた。自分は何もおかしなことは言ってないと思うが?
「そうだよね。アンタは皮肉利かないもんね」
そう言って酒を飲む尚子。
尚子は綺麗な友達で髪は濡れているように艶がある。足は蛇のような形をしていて透けている。その足を蛇のように巻いて座っている姿は優雅の一言に尽きる。尚子に惚れている村民も多いだろうな。
「がははっ!! 飛鳥もそんなにしょぼくれるな」
「しかし父さん」
隣で父さんが赤く大きな盃に入っている酒を一気に飲み乾した時にそう話しかけた。周りが騒がしくとも父さんの声はよく耳に届く。
「男は仕事が一番! アイツに限ってサボって遅れている訳じゃないじゃろうて!」
豪快に笑いながらそう言うが……自分はもやもやするばかりで解決しない。
「それにな飛鳥」
「……ん?」
「アイツはちゃんと来る。安心しろ」
急に真面目に話す父さんに面食らいながらもハッとした。毎年リュムはこの日だけは遅れることはあっても、必ず来てくれる。この日だけじゃなくて何かの行事の時は遅れても参加してくれた。だから……きっと今回も間に合うだろう。
「父さんありがとう」
「いやぁ可愛い飛鳥を苦しめた時はアイツは針山印の高下駄で足血だらけにしてやるからな」
父さんに礼を言った直後、足に痛そうな高下駄の話が出てきた。心なしか足が痛い。
そんな自分に構う事なく、父さんは本日何杯目になるか分からない酒をまた飲み始め、自分も目の前にある机から食べ物を取ろうとしたその時、自分の座っている一から一番近い襖が勢いよく開かれた音が響いた。その音で騒がしかった大広間が静まり返った……もしかしてリュム?
リュムの名を呼ぼうと口を開こうとしたが、耳に入った声と目に見える男の姿はリュムとは似ても似つかなくて、背中に悪寒が走った。それは大広間に居たみんなも同じようだ……そこに居たのは、嫌いな奴だ。
「ようクソジジィ」
「白頭の若造か、よく来たな」
「なぁに近くを通ったのでね」
白髪の長いを揺らしながら父さんに向かって脇目も振れず来る。その内机に上がって来て、靴を履いたままの状態で食べ物を足で払いながら父さんの目の前で止まった。食べ物を粗末にした事を腹を立て、掴みかかろうとしたが尚子に止められた……止められる理由は分かる。
この男、狸伯はこの村の出身で、犯罪者だ。その悪行は数知れず……産まれたばかりの赤子を焼き払ったという話すらある。
「タンジョービオメデトータツサンオクリモノデモドーゾ」
棒読みでそう言って懐から取り出したのは紙の束。その紙には何か書いているようだが……これは一体なんだ?
「なんじゃいこれは? つまらんもん寄こすな」
父さんは機嫌良かった顔に眉間を寄せていた。父さんにとって良い物ではなかったらしい。自分もその紙を見ると……どうやら小切手や権利書などのようだ。
「おや、受け取ってくれない?」
「こんなもんより酒寄こせ」
楽しい宴の雰囲気は何処へやら。みんなどうすれば良いのか全く分からない状態だ。自分は今からでも掴みかかりたいのだが、ここで掴みかかったらどうなるやら。
狸伯は父さんに受け取られなかった紙の束をまた懐にしまった。すると今度は狸伯の視線が自分に向けられた。思わず自分は身構え、狸伯を睨むが通じない。むしろ怖い笑顔で微笑まれた……背筋がひやりとする。
「これは飛鳥さん。相も変わらず愛らしい」
……何故男というものはこう、歯の浮くような言葉を言うのだろうか? リュムもよく言うし。
そんな事はさて置き、何か自分に話がありそうだ。
「……何か?」
とにかく自分は狸伯に対して良い印象がないため、声をかけられる度に身構えてしまう。
声を気持ち低くして、警戒心を剥き出しにして、それでも狸伯の態度は変わらない。聞きたくもないのに狸伯の口が言葉を発する。
「時に飛鳥さん。お父上殿は今年でお歳はいくつですか?」
「……今年で999歳ですが?」
何故急に歳を聞くのだろうか? 疑問に思いながら次の言葉を待つ。
「そうですか。来年は1000のおじいさんになりますね」
「何を言うか若造。まだ現役じゃ」
今まで黙っていた父さんが狸伯に文句を言うが、狸伯は父さんを構う事なく続ける。
「あと400年前後の命なのですから、そろそろ」
狸伯が言葉を続けている途中で、それは起きた。
爆発音が鳴り響くと同時に庭に通じる障子が赤く光った。何事かと大広間に居た村民みんなが障子を見た。その爆音は光を変えて何度も起こった。そしてはしゃぐギギとマオが障子を勢いよく開く……そこには暗い夜空を彩る赤青黄緑の花火が打ち上げられていた。
「キレー!」
「すげー!」
「はて、今花火の時期か?」
大広間で固まっていた村民たちは続々と庭に出て花火観賞をしている。しかし今はまだ春になったばかりだ。なのにもう花火が打ち上がっているのか?
「これは……リュムの仕業じゃ」
父さんが開いた障子から夜空を彩る花火を肴に酒を飲みながらそう言った。これが、リュムの仕業?
「これは愉快! 驚きの贈り物じゃ!」
自分はこの花火をどう見ればリュムの仕業だと分かるのか分からなかったが……父さんがまた嬉しそうに笑ってくれたなら良かった。
「リュム……ああ、あの配達業『空』のクソ生意気なガキですか……チッ邪魔しやがって」
狸伯が何か言っていたようだが、花火の音で自分の耳には届かなかった。
綺麗な花火を見ながら、リュムの帰りを待つ。
帰ってきたら花火はリュムの仕業なのか聞いて、お疲れ様の言葉をかけてやろうと考えながら自分も花火観賞を楽しむことにした。
……早く帰って来い、リュム。
◇◇◇
「さすが都の花火職人タゲさん。良い花火だ。花火ペイントも良い感じだし」
「もうこれっきりにしてくださいよリュム」
「えータゲさんのために秘儀の奥義の文、速攻配達してやったのに」
「ただの風邪薬なのにマゲじぃちゃん心配しすぎ」
「シゲさんね」
「でもこれで安心して仕事できますよ。ありがとうございます」
「どういたしまして……でもタゲさん風邪引いてませんよね?」
「……彼女が風邪引いて仕事にならなくて……あはは」
「老人の心、孫知らずだね」
閲覧いただき、ありがとうございます。