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竜が紡ぐ ~竜と人間の星の物語~  作者: 涼太かぶき
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第6話〜代償〜

「嫌だ……助けて……!」

 愛美は壁を背に逃げようとする。

 だが恐怖のあまり足がすくんでその場に座り込んでしまった。


「君は凄いね……今まで見たことがないよ」

 未来は座り込んだ彼女の頬を撫でる。だがすぐ横の壁を殴り、余計彼女を怯えさせる。

「純粋過ぎてつまらなくなってきちゃったなぁ……ねぇ?ぐちゃぐちゃにしていい?」


 次の瞬間、近くの床の一部が崩れて乱威智が斬りかかってきた。

「ずいぶん早いなぁ?もっと楽しませてよ……!あともぐら叩きですか!?」



 あまりに戻るのが早かったからか奴はイラついていた。

 未来は振り返りつつ、右の拳を刀に合わせて振りかざした。

 それを予測の上だった。一度挑発に乗ってしまえばこちらのペースだ。


 地に左足を踏み直し、体と刀の軌道を内側に変える。

 そのまま内側から未来の右腕に催眠の攻撃を入れる。


 続けて逃がさないように、刀を彼女の腕に絡ませて、遠心力で三周ほど回り浅い催眠効果を与えた。

 ジーニズの意識を合わせた特殊な攻撃な為、彼女からは一切血は出ていない。

 だが彼女の顔色にあまり変化は無い為、まだ終われない。


 そのまま彼女の奥の壁に右足を着地させ、壁を両足で蹴りつける。

 その力で反対側の壁まで、瞬間移動並みの速さで跳ぶ。更にターンしてバネのように壁を蹴り直す。


 更に加速のかかった見えない速さで再び斬りかかる。

 彼女もやり返すような勢いだ。後ろへ倒れながら地に手を着いて宙返りをする。

 飛び込む俺の腹部を、その上げた足で絡ませて速さを抑えてきた。

 彼女の怪力は腕だけではない事に驚き、速さに急なブレーキがかかる。


 彼女は宙に浮いた軌道の中で態勢を整えたて足を離した。

 そして俺の腹部に、重い拳のアッパーが振り上げられる。

 少々苦しいが、それで怯んだなんて思わせたくない。


 歯を食い縛り、回転の軌道をもう一度作り出す。拍車をかけ、地面に潜り込む。

 すぐに地上に出て、彼女の背後から右後頭部目掛けて蹴りを入れる。

 普通の移動でも良いが、柱などが近くに無い分こちらの方が若干速いし、奴が先程イラついていたからだ。


 蹴りなど軽く押さえられる事も分かっていた為、彼女の右首を左手を伸ばして掴む。そのまま後ろに引いてバランスを崩させた。


 俺は右手の刀を地面に刺す。よろけた彼女の後頭部目掛けて、刀を軸にした回転蹴りを入れる。

 それすらも手で押さえられることも読んでいる。


 案の定、左手で後頭部の蹴りを触れずとも押さえてきた。

 俺の右足を掴んで動きを封じないって事は面白がってるのか、催眠が効いて余裕が無いのか……?


 その受け止められた力を利用して、足をそこへ踏み込み体を回転させる。

 そのまま彼女の右後頭部へジーニズと催眠させる斬撃を放った。


 勿論その攻撃は命中する。

 崩した右足と押さえた左手。そして前に倒れる彼女は、自然な動作で右手を地面に付こうとするはず。

 両手が使えない状況では催眠攻撃を防ぐ事は不可能だ。


 本物の未来なら俺の挙動に気が付いて離れるはずだ。それ程、奴への睡眠効果が早く出てるって事だな。


 彼女が態勢を整えて五メートル程身を引いたが、もう遅い。今のは確実に入った。

「くっ……」

 彼女が気だるそうに首元を押さえているが、血も出ていない。ちゃんとジーニズとも意識を合わせられたみたいだ。


「はぁ、ナイスだジーニズ」

「そのうち効いてくるはず……もう少しの辛抱だ!頑張ってくれ乱威智!」

 ジーニズの言う通り油断はできない。未来はまだ抗ってくるかのように睨み付けてくる。


 彼の兄貴にとっては体に取り憑いて意識をも操っている今が、よっぽどのチャンスなのだろう。

「あいつが本気を出す前に畳み掛けるぞ!」

 声を張り、勢いをつけて駆け出す。二体の立体影を編み出して未来を攪乱し、斬りかかる。


 だが、彼女はそんなもの気にしないかのように二つの攻撃をかわす。天井から襲いかかる本物を見分けてきた。

 一瞬で上部に回り込まれ、右足の蹴りで地に落とされる。


 すかさず空中から右手のパンチが繰り出され、病室の入り口の方の壁に叩きつけられる。彼女のカウンターが見事に決まった。

「そろそろかなぁ……?」

 彼女は反対側の壁にいる愛美の方に振り返った。


 愛美はさっきから何だか様子がおかしい。ぐったりしたまま、ただ呆然と何もない所を眺めている。

 未来はゆっくりと歩いて彼女に近付いて行く。

 それに気付いたのか、彼女は急に震え出してうずくまっている。


 普段の威勢のある彼女とは別人に思える。明らかにおかしい。

「なんか愛美っごほっ……ぐはっ……!お、おかしくないか?」

 喋ろうとしたら少し噎せて血を吐いた。

 声が掠れてしまった。出来るならもう少し痛手を防いで片付けたいとも思った。


「そうだな……何か術にかけられているのかもしれない」

 あいつは焦ってイラついた様子を時々見せている。

 俺達が恐れる程、卑怯な手も使ってこない。


「にしては……脅してくる様子もないな」

 と彼に問いかけたら、溜息混じりの説教が帰ってきた。

「ダメージを受けているのにあんな巧妙な技を……無茶しすぎだ」

 彼の説教を耳で流すと、未来がいきなり投げてきた瓦礫を軽々と避ける。


「しかもあんな高速移動能力をいきなりいくつも……」

 いつも心配してくれる結衣を思い出す。でも甘えてなんかはいられない。

「まだ終わっちゃいない。なら……!お前にも姉ちゃん達から学んだ俺の根性見せてやるよ」


「一度火が付いたら、燃え尽きるまで止まることなんて自分が許さない」

 愛美が突っ走る寸前に話すいつもの口癖を真似した。

 結衣も俺もそんな愛美に憧れていた。だから俺が未来を止めなきゃならない。


「はぁ……」

「へぇ」

 あいつの声がジーニズとまたしてもハモった。

「息が合うのはそちらの兄弟も同じみたいだな」

 俺はすかさずにやけながら喋る。


「こそこそ喋りも大概にしろよ!」

 拳を俺に振りかざすが頭を右へ避けた。彼女の拳は後ろの壁を破壊する。

「そういう家族の幸せ話聞くたびにイライラすんだよ……!」


 奴の挑発に成功したようだ。ジーニズにも家族の話を聞いた時にも拒絶されたことがあった。

 この兄弟の過去には、こんな魂の姿になる程のきっかけが何かあったはずだ。


 未来の壁を破壊した土煙のタイミングに合わせ、俺は彼女の首目掛けて刀を叩き込み、そして数メートルほど退く。

「思うように転んだな――僕は君の家族は素敵だと思うし、割り切れた」

 ジーニズは決意を露にする。俺も自慢じゃないが同感だ。


「でも兄さんにはそれは難しいだろうね」

 少し間が空いたが、土煙が消える前に彼女は一気に距離を積めてきた。

 あまりの速さに殴り飛ばされた。と思えたが彼女の拳は俺をすり抜ける。当たったのはまた俺が作り出した影の能力、分身分離ぶんしんぶんりだ。


 それが壁に当たる同タイミングに合わせて、壊れた壁の影から俺が回転しながら飛び込む。

 また催眠の斬り込みを首に当てた。彼女は地面に膝と手を付いている。


 そういえば先程からどうも周囲の音が聞こえ辛い。

「銃の音で流石に耳がお釈迦になったのかもしれないな」

「お釈迦になるのはお前の頭だ。てか髪白すぎ」

 耳下を押さえていると、不意に背後から頭をコツンと殴られる。そして驚いて振り返ると……


「なっ……!優華ゆうかか!こんなとこで何してるんだ?」

 そこには水色の髪のポニーテール。幼馴染のあおい優華がいた。

 服は昼と同じ戦闘服。なんだが……スカートの丈を長くしたセーラー服。持っている武器の釘バットと言い、明らかにヤンキーだ。


 今日の入学式で恐らく三年ぶりに見掛けた。名前順も近く、距離も近かったが別の事を考えていて話す機会がなかった。

「ほんとさっきはずっと下向いてたわね……好きな人と一緒のクラスになれなかったのそんなにショック?」

 その時に考えていた事をズバリ射抜かれる。


 会って否や俺の事を煽ってくる彼女は周りの状況を見て、身を引き始めた。

「それよりこれはどんな状況?それと髪色似合ってないよ」

 そもそもこいつも未来にベタベタしてたから余計話し辛かったんだ。


「違うからな。愛美が心配だっただけだ」

 でも二人が心配だったのは事実だ。というか兄弟なんだから当たり前だ。

「仲違いしてるのに?」

 なんで知ってるんだ?そうか、彼女も結衣や愛美とは定期的に会ったりしてるからか。


「久しぶりの会話は冥土でしろやぁ!」

 答える間も無く未来が殴りかかってくる。優華を庇いつつかわし、左足で未来の腕へ放った蹴りが掠った。

 だが躱してもなお、廊下の壁に突飛ばされる。時間を稼げたのか、おかげで優華を巻き込まず済んだみたいだ。


「ど、どうなってるの……?」

 困惑している彼女へ直ぐに指示を出す。

「大丈夫だ!落ち着け。まず部屋にいる愛美を守ってくれ!」


 彼女は無言のまま病室の奥に向かう。

「二人もろとも喰らってやるっ!」

「させるかよ!」

 そろそろ未来も限界が近いはずだ。


 一度当たれば催眠の攻撃は命中精度と威力が増す。これは生命である限り抗えない。

 ジーニズの話によると、この特殊な催眠に抗体を作る事は、逆に眠気を引き起こすらしい。

 身体的な問題は一切起こさないらしい。弱化の特殊ウイルスみたいなものなのだろうか?詳細を聞いても今度話すとはぐらかされてしまうか、違う話に逸らされてしまう。


 次はこちらが先行だ。彼女目掛けて走り出し、俺の姿が一瞬消える。

「またその攻撃か……全て見切ってやる!」

 天井と地面から飛び出した立体影は彼女の背部に催眠の攻撃を入れる。


 大量の分身分離が壁や床から溢れ出し、断続的に襲い掛かって奴の目を錯乱する。

「ならお前のその隙を突く!」

 左右からも二体の立体影が現れ、居合いの準備をする。もう止めることはできない。


 分身と影の能力は一緒ではない。

 音速の移動により分身を生み出し、それを分離させて無構造の自分を見せる。

 だが無構造のため威力が薄く実体が無いに近い。それが分身分離。


 その分離した分身へ、更に速い移動を重ねて実体化させる。

 通常視力と人間の脳では、二つに触れても一切比べが付かない立体人間。それが立体影。

 つまりそれを使っている時の俺は、立体影との間を色んなルートで行ったり来たりしている。


 分身分離の威力は薄くても、数があれば周囲の視界や聴覚も防げる。

 そして必ず隙が生まれる。そこを立体影である本物が仕留める。


 これは父さんから教えて貰った遺伝能力。遺伝能力全般は十二歳でなくても使える伝伸でんしん能力と言う。だがこの技は俺が更に編み直したものだ。


 あいつは未来自身の体を人質に取らない。つまり自守もしなければまずいという状況だ。

 更に攻撃して隙を作れない状況下で、奴は守るか見切ることしかできない。

 この間にも睡魔は彼女の体を襲うが、分身分離の翻弄は緩まる事もない。


 これが結衣が勧めてくれたトレーニングで鍛えた体力だ。

「これで決める!」

 廊下の双方から立体影の居合い斬りが放たれる。


 今度は本物だと気付いた彼女は、その居合いを両手のラリアットで振り払った。

 寸前で立体影から分離させた居合いの攻撃と、ほぼ同時に左右二つの天井にヒビが入る。

 そこからもう二つの立体影が飛び出す。交差斬りの催眠攻撃を、未来の首から背部目掛けて浴びせる。


 交差した二つの影は未来の左右で着地し、前方に抜けていき重なる。

 他の分身は仕事が終わったかの様に全て消えていき、影は乱威智の元へ集まっていく。


「解くよ。刀を仕舞うんだ」

 ジーニズの言われる通り、刀を鞘に納めると白くなった髪も元に戻っていく。

「家族を容赦なく斬れるなんて、あんたの精神力は相変わらずね」

 優華が少し引いた声色で聞いてくる。


「はぁ、はぁ……死ぬ訳じゃない。お、お前もこれが最善策だって……分かってるんだろ?」

 説得するほどの体力なんて残ってない。鞘に仕舞った刀で地面に杖付きながら答えた。


「ちょっと待って?あれ?僕は初対面だよね。触れてくれないの?」

 もう限界かもしれない……

「ちょっと――どうしたの!?顔が真っ青よ……?」


 ジーニズと優華の声を上の空で聞いていた。気づいたら俺はそのまま地面に倒れ混んだ。

 まずい。未来と愛美の様子もまだ見れてないのに、まだ安心できないのに……

 段々と意識が遠くなっていく。


「あれほど無理をしたんだ。疲れたんだろう。っというか僕の紹介は?」

「お前……こいつに何をした?」

 気を失いつつもジーニズの鞘が引っ張られながら、がしがしと掴まれていることは分か

った。

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