変異体退治へ
「じゃあ、まずはこれを見て」
俺たちの前に立ったセレナさんが、空中に3DCGホログラムの地図を表示させた。
初めて空間投射されたホロCGを見て、香住ちゃんの目が輝く。どうやら、ファンタジーだけじゃなくこのようなSF的なものにも興味があるようだ。
セレナさんから装備一式を購入した香住ちゃんは今、俺たちと同じ《銀の弾丸》の蒼銀のツナギとジャケットを着ている。
そして、腰の後ろには小型のSMG──サブマシンガン。肩にかけたサスペンダーには、SMG用の予備マガジンと、数個の手榴弾のようなもの。
あれ、手榴弾ではなくフラッシュグレネードというものらしい。爆発する代わりに閃光を発して、相手の視力を一時的に奪う武器だそうだ。
拳銃ではなくSMGをセレクトしたのは、拳銃よりもある意味で扱いが簡単だからだとセレナさんは言っていた。
基本的に単発でしか撃てない拳銃に比べて、限定的ながらもエリアアタックが可能なSMGは、素人が扱ってもある程度の効果が期待できる。
だが、香住ちゃんが持っているのは小型で小口径のSMGなため、威力不足という欠点もある。「人間相手ならともかく、変異体相手だとあまり効果は期待できない」とはセレナさんの言である。
つまり、牽制用ってことだね、きっと。
さすがにセレナさんを始めとした《銀の弾丸》のみんなも、香住ちゃんを戦力とは数えていない。でも、何が起こるか分からないので、身を守ることができるだけの装備は必要なのである。
あ、もちろん俺がプレゼントした長剣も腰に佩いているぞ。香住ちゃんにとっては、SMGよりも長剣の方が扱い易いだろうし。
そして何より大事なことは、こうして武装した香住ちゃんはいつも以上にキュートであるということだ。あとで絶対に写真を撮らせてもらおう。
なお余談ではあるが、SMGの取り扱いのレクチャー後に試射をしたところ、香住ちゃんはなかなか見どころがあるとセレナさんが言っていた。少なくとも、俺より射撃センスはかなりいいらしい。
運動能力の高い人間は、何をやらせてもそつなく熟してしまうのかね。くそ、悔しくなんてないからな。
心の中でそんなことを呟いている俺も、ジャケットは新調した。しかも、今度のジャケットはリバーシブルタイプで、表面はこれまで通り《銀の弾丸》のイメージカラーである蒼銀のメタリックなジャケット。そして裏面は都市迷彩柄。用途に合わせて選べるようだ。
しかも、これまでのジャケットに比べて若干ながらも防御力が増したらしい。もっとも、その分やや重量も増しているようだけど。
おそらく、ジャケットの中に仕込まれているチタンプレートが増量されているのだろう。
そういえば、古いジャケットのささくれ立った袖を見て、セレナさんが呆れていたっけ。
「一体どうやったら、このジャケットがここまでダメージを負うの?」
と聞かれたので、白くて大きなイモムシの変異体と戦ったと言っておいた。うん、全くの嘘じゃないよね。あのオークと呼ばれていた白いイモムシ、この世界で言えば間違いなく変異体扱いだろうし。
さて、それよりも今はセレナさんの話に集中しなくては。
なんせ、これから俺たちはこの都市に紛れ込んだ変異体を退治に行くわけだから。
「これまでに、例の変異体が出現したポイントはここ」
セレナさんがそう言いながら手元の装置を操作すれば、宙に浮かんでいるホロCGの中にいくつかの光点が灯った。
「見ての通り、出現ポイントはダウンタウンに集中しているわ。そして、出現ポイントの近くには下水道へと繋がる出入り口が必ずあることから、変異体は下水道を利用、もしくは下水道に棲み着いていると考えていいでしょう」
宙に浮かんだホロCGに別の色で線のような物が重なった。なるほど、あれが下水道を示しているんだな。
「このように、この都市の地下に張り巡らされている下水道はかなり複雑よ。地図を頼りに少しずつ攻略していくしかないわね」
《銀の弾丸》のメンバーの半分以上──約三分の二ほど──が、ブレビスさんと一緒にもう一つの依頼へと向かった。なので、セレナさん率いるこっちの班は大体十人ぐらい。これだけの人数では、広大な下水道を虱潰しにするのは難しいだろう。
作戦としては、まずは下水道の各ポイントにセンサーとカメラを設置して、下水道に紛れ込んでいると思われる変異体の行動パターンを割り出す。その後、そのパターンを元にして改めて変異体を追い込んで退治するのだそうだ。
うーん、これ、今日一日では終わりそうもないな。俺たちが協力できるのは今日だけなんだけど。もちろん、そのことは予めブレビスさんやセレナさんには話してある。
もしも今日中に終わらなかったら、日を改めてまたこの世界に来よう。もっとも、その時には既に問題の変異体は退治されてしまっているかもしれないけど。
「セレナ隊長! 標的である変異体の画像データなどはないんですか?」
俺の隣にいたマークが、しゅたっと手を挙げながら尋ねた。
そう言えば、今回の標的が変異体であるとは聞いていたけど、どんな変異体であるかは聞いていなかった。
俺たちが暮らす現代日本でも、最近では町の至るところに防犯カメラが設置されている。当然、この都市でもそのようなセキュリティカメラの類は存在するだろう。
であれば、問題の変異体が偶然写り込んでいる可能性は低くはないはずだ。しかも、この依頼は都市の軍関係者からのものらしいから、当然それらの事前資料も提供されているに違いない。
「依頼者から提供された資料の中に、いつかの写真があったわ。でも、どれもはっきりとは写り込んではいないのよ。みんなも知っての通り、ダウンタウンには防犯カメラの類は少ないしね」
セレナさんの言う「ダウンタウン」とは、今俺たちがいるこのブロックのことだ。
この巨大な未来都市は、大きく三つのブロックに分けられている。一つが富裕層や都市の運営機関が存在する「アッパータウン」、貧困層が根城にする「ロータウン」、そして、その二つの中間で一般の市民層が暮らす「ミドルタウン」だ。
そのミドルタウンの中でも、ややロータウンに近いエリアの通称が「ダウンタウン」である。
各種セキュリティが厳重で、安全と快適な場所であるアッパータウンと、それよりもやや劣るものの、それなりに安心して暮らせるミドルタウン。そしてその反対に、ロータウンはほぼ無法地帯と化しているとか。
アッパータウンほどではないが、快適で安全なミドルタウンの中でもロータウン寄りに位置し、ロータウンほど無法地帯ではないものの、安全面にはやや難のあるのがこのダウンタンエリアだ。だが、都市の中で最も活気に満ちている場所でもあるという。
俺たちが先程通過したような、様々な商品を扱うマーケットが存在し、時にはアッパータウンから買い物に来る者もいるらしい。マーケットには時に違法品まで堂々と売られているそうだから、このエリアのセキュリティがかなり曖昧だという証拠だろう。
そんなダウンタウンなので、町角にセキュリティ・カメラなど設置しようものなら、あっと言う間に略奪されて細かなパーツに分解され、マーケットの店頭に列ぶらしい。って、ここ、そんな恐い所だったのか。
ちなみに、俺と香住ちゃんが最初に転移してきたあの路地は、ダウンタウンからロータウンへと繋がる路地だそうだ。あの路地を逆に進むとロータウンへと迷い込み、下手をしたら二度と生きて戻って来られなかったかもしれないと、後でセレナさんやマークから聞かされた。
……運が良かったな、俺たち。
そんな場所柄なので、問題の変異体が写った画像などは少ないそうだ。しかも、提供された数枚の画像データも、かなり写りが悪い。ぼんやりとした人影らしきものが、かろうじて判別できる程度だ。
「……これじゃあ、あまり参考になりませんね」
「香住ちゃんの言う通りだなぁ」
宙に浮かんだいくつかの3DCGの画像を見つめながら、俺は香住ちゃんの言葉に頷いた。
「シゲキとカスミの言う通りね。これまで確認されている変異体のデータベースにアクセスしても、画像が不確定すぎて該当するデータはなし。でも、変異体が人型に近いヒューマノイドタイプであることは間違いないわ」
化学兵器や細菌兵器などの影響を受け、突然変異した生物が変異体と呼ばれる存在だ。普通は野生動物が変異体へと変質するわけだが、かなり稀ではあるものの、時には人間も変質してしまう場合があるらしい。
ヒューマノイドタイプとは、そんな元人間の変異体の総称だ。場所によっては猿などが変異した場合も、ヒューマノイドタイプと呼ばれることもあるらしいけど。
だが、北米エリアに猿の変異体はほとんどいないらしい。そういや、南米大陸には猿が棲息しているのに、北米大陸には野生の猿って棲息していないって聞いたな。それを考えれば、北米エリアに猿の変異体がいないのも納得だ。
しかしごく少数だけど、かつて動物園などで飼育されていた猿が変異体となり、その子孫が棲息している場合があるらしいので、全くいないわけではないそうだ。
もしかすると、今回の変異体もそうした猿が変質したものの可能性もあるかもしれない。
どっちにしろ、相手は人間かそれに近い体形をしているのは間違いない。
あと、変異体に襲われた被害者は全員死亡している。しかも、その死体は食い荒らされたような跡まであったらしい。その辺りもまた、今回変異体が絡んでいると考えた根拠の一つだとセレナさんが説明してくれた。
そして、俺たちは下水道へと足を踏み入れた。
当然ながら下水道の中は真っ暗で、俺と香住ちゃんは例の暗視ゴーグルを装着している。
両耳を覆うヘッドセットは、無線の受信機でもある。そのヘッドセットから伸びたマイクは、口元に装着した防毒マスクの中に引き込まれていた。
今日は防毒マスク、有害なガスを防ぐというより下水道に充満する悪臭対策だ。今回に限り、肺に防毒フィルターを内蔵しているセレナさんやマークたちも、防臭対策として防毒マスクを装備していた。
下水道に潜っている《銀の弾丸》のメンバーは、俺と香住ちゃんを含めて七名。地上に四名ほど残り、俺たちの行動をバックアップしつつ設置していくセンサー類の動作を確かめる役割だ。
今も、マークが下水道の壁にセンサーを設置し、それが正常に動くか地上班とセレナさんの間で確認が行なわれている。
俺と香住ちゃんは、背中を向け合って周囲を警戒。香住ちゃんはSMGを構えているが、俺はいつものように聖剣を鞘から引き抜いて両手で保持だ。
下水道と言っても日本のものとは違い、かなり広い。そのおかげで、聖剣を振り回すことに不自由はない。
だけど、開けた野外とはやっぱり違うので、仲間を傷つけないように注意する必要がある。
まあ、聖剣先生は現在非殺傷モードなので、万が一味方に当たっても感電するだけだが。それでもフレンドリーファイヤは避けたいので、注意するに越したことはないだろう。そのあたり、聖剣が上手くやってくれるはずだ。きっと。
「問題なくセンサーは動いているみたいね。じゃあ、次へ行きましょうか」
セレナさんの指示に従い、俺たちは真っ暗な下水道を再び歩き出す。暗視ゴーグルの緑がかった視界は、当初はちょっと戸惑ったものの、慣れればそれほど不自由はない。それに、俺は一度地底世界で暗視ゴーグルを使っているし。
移動する一行の先頭は、実は俺だったりする。「《サムライ・マスター》が前に立たないで、誰が立つってんだ?」というマークのありがたい言葉を、メンバーたちが受け入れてしまったからだ。
だから、俺は《サムライ・マスター》なんかじゃないってのに。とはいえ、先頭に立つのは別にいいけどさ。だけど、背中から撃つのだけは勘弁して欲しい。本当に。
そんな取り止めもないことを考えながら、周囲に注意しつつ極力足音を殺しつつ歩いていく。
そして、とある曲がり角に差しかかった時。
緑がかった暗視ゴーグル越しの視界の片隅を、何かが蠢いていることに俺は気づいた。




