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第7話 魔女に呪われた少年

 アステリオン・ラスタークは、大方の予想通り、娼家のベッドの中に身を埋めていた。高いびきで眠り込む男の頭を、その膝に乗せて、その寝顔を眺めていたのは、カラという名の娼婦である。

 小さな明かりの中に浮かぶ男の寝顔を愛しげに見ながら、時折その髪を撫でて、カラは、こんな夜がいつまで続いてくれるだろうかと、ふと思った。


 アステリオンは、何と無く今まで相手にしてきた男達とは違っている。カラは、時折そう思う。肩書こそ、鉱山の囚人の監督官という下級役人なのだが、やっぱりどこか違うのだ。

 普段は、楽天的で裏表のない愛嬌のある顔をしているのに、時折、ふと、その表情に高貴な衣を纏う。それが、何なのかは分からなかったが、自分とは違う世界のものであることだけは、カラには分かっていた。


 カラには、今という進行形の時間しかない。過去は、禁忌の領域であり、未来は考えても仕方のないものであった。自身については相変わらず、それは変わることはなかったが、アステリオンという男の過去と、そして、多分、そこから生まれてくるのであろう未来は、彼女にとって、いつしか興味深いものになっていた。


……俺は、この街に、宝探しに来たんだぜ。それが、このプランクスの山の中に埋まってるんだ。宝って何かって?……何でも願いが叶う魔法の石だよ……


 初めて会った夜に、アステリオンが言った言葉は、カラの中でいつまでも消えずに残っている。宝を見つけて、この男は、何を願うのだろう。

「……いずれ、ここからいなくなる人なんだろうけど……ねぇ、アスティ。あなたは、どこへ行く人なのかしら……」

 吐息混じりに呟いたその言葉に、アステリオンは、ただ軽く寝返りを打っただけだった。



 嵐の気配を感じさせるような風の音が、窓を叩いた。その音に引き寄せられて、窓辺に目を遣ったカラは、閉め忘れたカーテンの隙間から、外の闇を見た。ちょうど、その窓の明かりに切られた闇の中で、何かが動いた様な気がした。

「この、歓楽街に、魔王の使者というのでもないだろうけど」

 呟いて、カラは蝋燭の明かりを手に、窓辺に寄る。闇が、光と入り混じって揺れる。その光に照らし出されて、不意に白い仮面が闇に浮かび上がった。

「……!」

 瞬間、窓が勢い良く開いて、吹き込んだ風が、手元の炎を消し去った。悲鳴を上げかけたカラの口を、すでに仮面の男が押えつけていた。ついでに、もう一方の手は、腰に掛かっていて、カラは身動きのできない状態である。

「静かに……乱暴はしない」

 声の感じからすると、かなり若い男である。カラは、取り敢えず肯定の答えとして、軽く頷いた。

「……アステリオン・ラスタークという男を捜している。知っているか?」

 カラは、どう答えたものかと、仮面の若者を見上げた。だが、カラが、その結論を出すよりも早く、ベッドの中から、男の声がそれに答えた。

「アステリオンなら、ここにいる。俺の女に気安く抱き付いたりしてもらっちゃ、困るな、お兄さん」

 アステリオンに言われて、若者は動揺した様に、あたふたとカラを解放した。カラは、思わず微笑する。悪い男ではないようだ。


 それにしても、月隠れの夜に、こんな場所に、アステリオン・ラスタークを訪ねる。一体、どういうことなのだろう。カラは薄暗闇の中、ベッド脇のテーブルに近寄って、そこにあったマッチの小箱を手に取った。

「窓、お閉めなさいな。明かりが点けられないわ」

 カラが言うと、その若者――リシスは言われるまま、窓を閉めた。


 リシスが窓を閉めて振り向いたのと、カラがマッチを擦ったのと、ほぼ同時だった。リシスの瞳に、マッチの小さな火に照らされたアステリオンの顔が映った。

「……まさか。あなたが……アステリオン?」

 リシスは、その顔をまじまじと見詰めた。


 聞かれた当人は、億劫そうに寝ていたベッドから起き上がると、ブランケットを肩から落として、露になった肌を気にする風情もなく、欠伸と共に大きな伸びをした。

 引き締まった体躯と日焼けした褐色の肌は、たくましい男を連想させるが、どう見てもその体つきは大人とは言い難い。要するに、少年の体なのだ。その顔も、端正という部類には入るのだろうが、まだ微妙に幼さも残している。


 少なくとも、見掛けだけで判断すれば、アステリオン・ラスタークは、紛れもなく、まだ十代の少年に過ぎなかった。しかし、リシスを見据えた、透明なマリンブルーの瞳は、その童顔には似合わない鋭いものだった。


……初めて会うと、ちょっとびっくりすることがあるかも知れないけど……

 キャルに言われた言葉の意味を、ようやく理解した。

……これ、びっくりどころの話じゃないだろう……


「アスティは、そうね、多分あなたより、十年は余計に生きてるわ。……ねぇ?」

 カラが、確認するように、アステリオンの顔を覗き込んだ。

「こいつが、二十をこえてなきゃな」


……てことは、三十前後?……


 頭の中で勘定する。これが、キャルの言ってた呪いって奴なんだろうか。つまり、彼は年を取らない。


……本当にそんな不可解なことが……この世界には、あるのか……


 リシスはアステリオンの顔を見詰めたまま、呆然としている。修道院の小さな世界しか知らない自分に、世界はどれだけ広いのだろうかと思う。

「で?俺に、何の用だ?」

「え……あ、ああ」

 声を掛けられて、リシスは気を取り直す。

「私は、リシス・リンドバルトと申します。アステリオン、あなたに、お願いがあって参りました。私を、王都リブランテへ、連れていっていただきたいのです」

「はぁ?リブランテ?」

 アステリオンが素っ頓狂な声を上げる。

「用心棒として、同行していただけないでしょうか?」

「用心棒?」

 アステリオンのマリンブルーの瞳が動いて、リシスを観察する。

「リブランテなら、街道を真っ直ぐ東へ行きゃぁつく。この国じゃ、盗賊どもだって、真っ昼間にゃ、現われやしない。女子供ならともかく、剣を下げたいい若いもんが、大袈裟に用心棒付きとか、一体どこのお坊ちゃまだよ」

 呆れ声に、リシスは返す言葉に詰まる。


……素直に同意はしないでしょう。ですが、それを説得なさるのも、リシス様の試練の一つ、頑張って下さいませ……


 ルイーシャを連れて行こうとしたあの男は、ラスフォンテ伯爵というこの地の領主なのだという話だった。その手から逃げ切るのは、相当な困難が予想される。キャルはそう言った。だから、強力な助っ人が必要なのだ、と。


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