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第27話 魔女との契約

 手のひらを上に向けて、そこに意識を集中する。すると、透明な小さな球体が、手のひらの上にふわりと浮かんだ。その球体の中には、色とりどりの小さな星が煌いている。その星々を眺めながら、ダーク・ブランカは複雑な表情を浮かべた。

「……こんなに強い星ばかりが、ここに集まるなんて……やっぱり、あなたが元凶なのよねぇ……アステリオン」

 その中心近くで、一番強い光を放つ綺麗な蒼い星に向かって、魔女は呟いて笑う。


 あの若者は、いつも彼女の予言をかき回してくれる。元々、予言などというものは、きっちり正確に成就される性質のものではない。が、これではあまりに、予言者としての面子が立たない。


……これでは、思っているよりもずっと早く、時が満ちる……


 それに、言いようのない不穏な空気を感じる。

 このリブランテに、ある筈のない気配。

 それは、東の魔女の気配――

 

「あと少しなのに……ここに来てあなたが出てくるって……何の冗談なのよ」

 自分の動きを見透かされていたのか。ダーク・ブランカがこの国に関わっているのだと知って、わざわざ東方からやってきたのか。だとしたら、これは相当に厄介だ。ダーク・ブランカは少し考え込んで、やがて決心した様に顔を上げると、球体の乗っていた手を閉じた。そこに宿っていた光ごと、球体も消える。

「行きましょうか、ルイーシャ」

 そう言うと、ダーク・ブランカはルイーシャの手を取った。





 鏡の前できらびやかな衣装を纏ったライディアスは、自身の仮面の中で光る、エメラルドの瞳を見据えたまま、物思いにふけっていた。

 無意識のうちに、幾つもの指輪の光る手が、仮面を縁取っている赤みを帯びた金髪を弄ぶ。もっと上品で淡い光を放っていた先王の髪色とは、似ても似つかない。

「王者の金色とは、やはり違うものだろう……」

 ライディアスは、何時の間にか鏡の中に現われた、白いドレスの女に話しかけるように呟いた。


「……こんなに早くお前に会えるとは、思わなかったぞ、ランドメイアの大魔法使い。お前が、気まぐれな女であるのは承知している積もりだが……約束の期限には、まだ時間があるのではないのか」

 ダーク・ブランカは、白いドレスのひだを軽く摘んで小さく腰を屈めるだけの、ランドメイア風の挨拶をした。

「はい、陛下。あの時のお約束では、三年の後、という事でございました」

「陛下、か……私の師であったお前まで、私をそう呼ぶのか……」

 ライディアスは軽く笑った。

「まあいい。それで?何か計算違いでもあったのか?私は、お前の言う通りに、ちゃんと愚者の役を務めている積もりだが」


 そう言って、彼女に鋭い視線を向けるライディアスに、ダーク・ブランカは感心する。彼は、物事の核心を見抜く目を持っている。こんなごたごたに巻き込まれなければ、さぞかし名君になったであろうと思う。


「運命に翻弄される必要はございませんわ、陛下。ご自分の信じる道を、お取り下さいませ」

「魔女の甘言だな。私は、このメルブランカを愛している。だが、この私のしていることと言えば……」

「三年の沈黙。陛下、それが条件でございました。メルブランカがどうなろうと、例え、滅びる様な事態になろうと、お約束は守っていただく。魔女との契約とは、そういうものですわ。その約束の履行こそが、魔法を発動させる原動力となるのですから」

 白い魔女の言葉に、ライディアスはため息をついた。頭では理解していることだが、心の軋みは止めようもない。


「……分かっている。それで、今宵は何なのだ」

「思いがけない拾い物をいたしました。ルイーシャ、こちらへ」

 ダーク・ブランカが呼ぶと、控えの間から一人の少女が現われた。少女は、ライディアスの前に来ると、深く頭を垂れた。


 ライディアスの怪訝そうな様子を気に止めもせず、少女は抑揚のない声で言った。

「初めてお目に掛かります、陛下。ルイーシャ・ラ・ヴァリエと申します」

「ヴァリエ……?まさかそなたは、あのヴァリエ男爵の娘か?……顔を上げよ」

 ルイーシャが、ゆっくりと顔を上げた。その表情は固く、顔色は生気のない白である。そして、その菫色の瞳は、ただ眼前のものを映すだけの、鏡でしかなかった。


「……見るものを魅了せずにはいられない、綺麗な瞳だが……物を語らぬ瞳だな」

 ライディアスは、ダーク・ブランカが娘に掛けたであろう魔法を非難するように、魔法使いに言う。

「しかし……これが、ヴァリエの残した菫色の封印……女神の瞳石か」

「御意にございます。……陛下、その様に見詰めるものでは、ございませんわ、ルイーシャが困っております」

「ああ……そうだな。これは、まことに……見る者を惑わす魔の瞳だな……」

 ライディアスは、気が抜けたように、椅子に座り込んだ。ルイーシャは、ダーク・ブランカに言われて、再び隣室に下がる。


――女神の瞳石。


 それは、手にすれば、何でも願いが叶うと言われる、魔法の石だ。古来、数多の王者を惑わせてきたという、魔のモノ。その強力な魔力に触れた者は、命すら脅かされるという、危険な石――


「……あれが。錬金術師ヴァリエ男爵が遺したという……」

 魔女の言によれば、ヴァリエ男爵はそれを生成することに成功したのだという。かつて、ランドメイアという魔法の島で魔術を学んだ男爵は、類まれなる魔法使いとしてこの国に舞い戻った後、辺境に引き籠ってその魔法を完成させた――

「……先の陛下が、その願いを叶える為に望まれた……そして、その命を削ることになった原因を作った魔石……あれが……」


 ランバルト王は、その魔石を手に入れる為にメルブランカという国、そのものを代価とする契約を、東の魔女と呼ばれる魔法使いと結んだ。結局、王は魔石を手にすることが出来ず、契約は履行されず、メルブランカも未だ滅んではいない訳だが……代わりに、王はその命を失ったのだと言えた。あまりに大きすぎる代償だ。


 聞けば聞くほどに、正気の沙汰とは思えない話だろうと思う。例え、魔石を手に入れたとしても、国を失ってしまっては本末転倒もいいところではないのか。そうまでして、ランバルト王は、一体、何を望んでいたというのか……


「……ダーク・ブランカ。ランバルト王は、この王国が滅ぶのをお望みだったのだろうか。それほどまでに……この国を疎まれていたのか」

「ランバルト王には、そうしなければならない理由があった。それだけの事です」

 何度聞いても、ダーク・ブランカはそう言うばかりだ。

「その理由とは、何なのだ?国を引き換えにしても叶えたかった、ランバルト王の願いとは、何だったのだ?」

「今はまだ、お教え出来ません。私との契約が成就されれば、いずれ、お解かりになりますわ」

「……なかなか、口が固い」 

 ライディアスは苦笑しながら立ち上がると、鏡のほうに向き直り、晩餐会の為に仕立てさせた豪華な衣装を、丁寧に確認する。


 三年間、暗君として玉座に座るという条件を代価にした自分も、似たようなものなのかと思う。分を超える願いは、身の破滅と表裏を成す。そうと分かっていても、自分はそんな魔女の契約に縋らざるを得なかった。


 最近になって思う……ランバルト王も、そうだったのか、と。

 

「その女神の瞳石が、わたしの許に来たという事は……」

「はい。魔女の契約の果たされる時が、程なく参ります」

「……やはり、大魔法使いといえども、計算違いはあるのだな」

 ライディアスが面白そうに指摘する。

「私は、神様ではございませんと、以前にも申し上げたかと存じますが」

「そうだったな。この世界に、完璧などというものはない、か」

「今、このリブランテに、数多の強い星が留まっております。その星々の影響で、思っていたよりも早く、事態が動きました」

「……そうか。では、いよいよなのだな。私が、ルイーシャの瞳に宿る女神の瞳石を手に入れられれば……」

「はい。……陛下が犠牲になされた、この二年という時の代価として、陛下の願いが一つ、成就いたします」

 ダーク・ブランカが、淡々とした口調で答えた。


――この国の玉座に、正しき王が座ること。

 それが、ライディアスが心に秘めた願いだった。


 そしてそれは、先王ランバルトが、ライディアスに残した試練に他ならない。国を継ぐべき者ではない者が、国を継ぐために、彼が真の国王になるために、果たさなければならない試練だった。


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