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第21話 捕縛

 リブランテの夜の雑踏の中を、アステリオンとルイーシャは、人目に付かないように、早すぎず、遅すぎずという足取りで歩いていた。

 ラスフォンテ伯爵の屋敷は、王宮に程近い場所にある。一方、メルリーゼの屋敷は、リブリア川を渡り、王宮とは逆の方向にある。馬車を使えば、それほどの距離ではないが、歩くとなると、かなりの距離になる。

 横を歩いているルイーシャを、アステリオンはそっと盗み見た。菫色の印象的な瞳をした娘だ。色の白い、頬骨の張った顔立ちは、ややきつい印象を与えるが、あと数年もすれば、きっと、美人になるだろう。

「馬車で迎えに来られれば、良かったんだけどな……」

 アステリオンが、何気なく話しかけると、ルイーシャは、にっこり笑った。

「大丈夫です。歩くのには、慣れていますもの。私の父は、辺境のノースラポートの領主でしたけれど、あそこは、作物もろくに取れない様な所でした。父は、毎日、フラスコや試験管をいじくり回すのが日課という様な人で、官職にも付かなかったんです。だから、私達、貴族なんて名ばかりで、貧しかった。馬車なんて、めったに乗ったことなかったわ」

「父上は、錬金術でもやってたのかな……」

「さあ……私にはよく分かりませんでしたけど」

「ノースラポートか」


……ノースラポートの領主といえば、確か、ヴァリエ男爵という人ではなかったか。なら、ルイーシャは、彼の娘なのか……


 数年前に、大火でその周辺の人々が、大勢亡くなったという話は、アステリオンも知っていた。その辺りは、今では住む人もない廃虚になっているという。ノースラスフォンテ。現在、そう呼ばれているその土地は、あのラスフォンテ伯爵の広大な領地の片隅にある。


「その橋の下から、船に乗っていこう。リブランテじゃ、上手く使えば船の方が、馬車より早いんだ」

 そう言うと、アステリオンはルイーシャの手を取って、川へ下りる階段を下った。

 アステリオンが、ルイーシャを先に船に乗せて、自身も乗ろうとした時だった。

「え、うそっ、アステリオンさまっ?」

 頭上の橋の上から、彼を呼び止める声がした。

 呼び止めたのが男だったら、アステリオンも足を止めなかったかも知れない。だが、彼を呼んだのは、若い娘だった。


「リラ・ライラ・ラィーザ……」

「お知り合いですの?」

「俺の探している魔法使いダーク・ブランカの弟子の一人だ。おい、リラ。お前の師匠は、今、どこにいる?」

「こっちにいらして、アステリオンさまぁ~」

 どこか甘い鼻にかかったような声で、リラがアステリオンを呼ぶ。

「師匠の居場所を知らないなら、お前なんぞに用はないぞ」

「あらぁ、冷たいのねぇ。知ってるわよ?当然。緑の結晶石の持ち主に向かって、随分な言い草ねぇ。教えて欲しかったら、は、や、く、こっちにいらっしゃって~」

 リラは、橋の上から、アステリオンに手招きをする。

「……ルイーシャ、悪いけど、ここで待っていてくれ」

「ええ」

 アステリオンは、階段を勢い良く駆け上がった。


 階段を上がった所で、アステリオンは、橋の上の不穏な空気に気付く。リブランテの警護隊の一隊が、そこで彼を待っていた。

「リラ、お前、なんのつもりだ?」

「ほんのお小遣い稼ぎ。あのプランクスを抜け出してきたにしては、随分と不用心よねぇ、アステリオンさまってば。メルブランカ中にあなたの手配書、回ってるわよ?」

「随分と、情報が早いんだな」

「ていうか、この王都じゃ、二年前の騒動をまだ覚えている人も多いってことよね」

「……ああ、そっち」

 思っていた以上に、随分と顔が売れてしまっていたようだ。


……だから嫌だったんだよな、リブランテ来るの……


「さあ、この男を捕えなさい」

 リラの声に、警護隊の兵士がアステリオンを取り囲む。アステリオンは、腰の剣を抜いた。数は多いが、勝てないことはない。アステリオンが剣を抜いた、その気迫だけで、兵士は気圧されて半歩あとずさった。

「大人しく捕まっては、貰えない様ねぇ」

「この往来のど真ん中じゃ、ご自慢の攻撃魔法も使えまい?」

「なかなか、事情通でいらっしゃる」

 リラは、微笑を浮かべると、手摺を飛び越えて、橋の下へ飛んだ。

「リラ・ライラ!」

 アステリオンが下を覗き込むと、リラはルイーシャの乗っていた船に下りていて、ルイーシャの喉元に、短剣を当てている。

「おとなしく、捕まってくれるわね?」

「……分かったよ」

 アステリオンは観念したようにして剣を捨てた。




 カザリンは、国王の晩餐会の前に、衣装部屋の秘密の通路を通ってやってきた、新たな訪問者を迎えていた。

「ご苦労でしたね、リラ・ライラ……」

「アステリオン様は、南の塔にご案内しておきました」

 リラの報告に頷きながら、カザリンは、その後ろに控えているリィンヴァリウスとマーシュを見る。

「アランシアの王太子が見付かって、色々な厄介事が、一度に解決するのは、嬉しい事ね。リィンヴァリウス、お前はすぐに、私の手紙を持って、アランシアへ発ちなさい」

 そう言われて、リィンヴァリウスは顔を上げた。

「カザリン様、私はアランシア王より、アステリオン様を一緒に連れ戻る様に、との命を受けているのです。アステリオン様をお連れしないで、国へ戻る訳には参りません」

「心配しなくてもよい。私とて、アランシアに所縁の者。アランシアの王太子に、危害を加えようなどとは思いません。兄が、国境の兵を引けば、アステリオンは無事に帰します」

「しかし、カザリン様」

「お前も、兄上も誤解しておられる様だから、この際、はっきり言っておくわ。私は、アランシアの王女として生まれたけれど、今は、メルブランカの太后です。メルブランカは、私の国です。アランシア王に、こう伝えなさい。この国を守るためなら、例え兄であっても、剣を交える準備があると」

「……畏まりました」

 リィンヴァリウスは表情を殺したまま、カザリンに退出の挨拶をすると、秘密の扉の向こうへ姿を消した。


「……さて、晩餐会の前に、放蕩太子のご機嫌伺いでもしておきましょうか。ついておいで、マーシュ」

 カザリンは、晩餐会用のドレスの上からマントを羽織ると、軽快な足取りで、彼女の甥が囚われている南の塔へと向かった。


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