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第17話 私たちの秘密

 ルイーシャは、緊張から解放されて、気が抜けた様にベッドに座り込んだ。するとそこへ、今度は窓をノックする音がした。

「誰っ?」

 ルイーシャが身を竦めて誰何すると、窓から少年が顔を見せた。

「ルイーシャ・ラ・ヴァリエ?」

 ルイーシャが頷くと、少年はにっこり笑って窓を開け、窓枠によじ登るとそこに腰掛けた。

「無事で良かった。怪我でもされてた日には、リシスに申し訳が立たないからな。俺は、アステリオン。リシスのお迎えだ。遅くなって、済まなかったな」

 ルイーシャが、疑わしそうにアステリオンの顔を見ていた。

「ああ、そうか」

 アステリオンは腰の皮袋を外すと、ルイーシャに向かって投げて寄越した。袋はベッドの上に落ちた。ルイーシャが怪訝な顔をすると、アステリオンが説明した。

「リシスから預かってきた。それを見せれば、分かってくれるって、リシスは言ってたんだけど?」

 ルイーシャが袋を確認すると、中から小さな薄紅色の玉石が現れた。

「赤の結晶石……ですね。あなたが、キャルさんの言っていたアステリオンさん。思っていたよりお若いんで、驚きました。リシスさま、お怪我なさったと聞きました。ご無事なのですか?」

「ああ、怪我はしているが、まあ大丈夫だ。ていうか、キャルの奴、随分と余計なことを言ってるんだろ?」

「あら、キャルさんは、あなたの自慢ばかりでしたわ」

 ルイーシャが真面目に返すと、アステリオンはどこか引きつった笑みを浮かべた。

「あ……そう。ま、雑談は後で。おいで」

「窓から、ですか?」

 ルイーシャが、半信半疑という感じで窓辺に寄った。

「何か、屋敷の中が騒がしいみたいだからな」

 言いながら、アステリオンが手を差し出す。ルイーシャは、少しの間その手を見据えて考え込む。伯爵に言われた言葉は、間違いなく彼女の心に迷いを生んだ。差し出された手を、無邪気に取るのを躊躇う程に。それでも……


 自分は知らなけらばならないのだ、と思う。

 本当のリシスを。

 あの恋が、幻などではなかったという、確証が欲しい。

 揺らぐ心をまるごと抱き止めて欲しい。

 あの時のように……そんな思いが募る。


「……どうした?」

「いえ……」

 問われて軽く首を振り、何か決意した様な顔をして彼女はその手を取った。

 アステリオンはルイーシャを軽々と背負うと、その手を自分の首に巻きつかせて掴まらせ、更にはロープで二人の体を結び付けて、そのまま石の壁をそろそろと降りていった。






 同じ頃、リィンヴァリウスとマーシュの二人も、やはりラスフォンテ伯爵の屋敷の一室に監禁されていた。

 扉には鍵が掛かっていたが、窓から出られない事もない。そう考えて、リィンヴァリウスが窓から外の様子を伺っていると、人の怒鳴り声と共に、にわかに屋敷が騒がしくなった。

「何かあったみたいだけど……」

 マーシュが周囲の気配を伺う様に、扉に耳を当てて、その向こうの音を聞く。しばらくそうしてから、マーシュは、懐から細い針金を取り出すと、鍵穴に差し込んで軽くひねった。そんな妹の姿に、兄としては苦笑するしかない。

「えらい特技を身に付けたもんだな」

「大陸を一往復もすれば、こんなものでしょう?……え?」

 突然、マ-シュが手を掛けていたノブが、扉ごと外側に引っ張られて、マーシュは扉と共に、部屋の外に転がり出てしまった。


 扉の向こうから、あまりに予想外のものが出てきたことに、驚きを隠せない顔をした覆面の若者がそこに佇んでいた。

「お前、まさか……マーシャか?」

 男が、マーシュの実の名を呼んだ。

 その声を聞いて、リィンヴァリウスは、マーシュと男をまとめて部屋の中に引っ張り入れると、後ろ手で扉を閉めた。

「それに、兄上まで……」

「クロード兄様?」

 マーシュは、覆面の男を見上げる。

 男が覆面を取ると、果たして、次兄のクロードがそこにいた。


「ラスフォンテの屋敷で、剣を振り回して歩くなんて、お前、気でも違ったのか?」

 リィンヴァリウスが呆れたように言う。

「これも、仕事の内なんですよ」

「お前は、ランドメイアの星見の塔に召喚されたのだと、そう聞いていた。それが何故……」

「……塔は降りました。私には、他にやらなければいけない事があるのです。それより、兄上こそ、どういう事なのです?アステリオン様を探しに、ファーズへ行かれたのではないのですか。それに、マーシャ、お前はダーク・ブランカ様の所で花嫁修業ではなかったのか?二人共、この様な所で……」

「アステリオン様は、今、このリブランテにいらっしゃる。そういう事だ」

「アステリオン様が……?」

 人の声が近付いて来て、クロードは言葉を切った。

「マーシャ……こちらから出るぞ」

 リィンヴァリウスが、マーシュを促す。マーシュは軽く頷くと、身軽に窓枠を乗り越えて、すぐ側の木の枝に飛び移った。その後に、クロードとリィンヴァリウスが続く。その時、木の下に人の気配を感じて、三人は、それぞれ枝にしがみついたまま、気配を消した。



 建物の陰から、辺りを伺うようにして、一人の少年がお姫様の手を引いて小走りに出てきた、と思ったら、彼らは再び夜の闇へ消えていった。

 あっという間の出来事である。

「……っ、アステリオン様……一体何をなさっているんだ、あのお方は」

 リィンヴァリウスが苦々し気に言う。

「は?」

「えっ?」

 クロードとマーシュが、同時に声を上げた。

 闇に消えた少年、あれがアステリオンだというのか。

「どういう事なの……」

 マーシュは、アステリオンの消えた闇を見詰めたまま、言葉を失っていた。






 カラはメルリーゼの屋敷のバルコニーで、夜風に吹かれていた。

 夜の静寂の中で、先刻から、密かにうごめくものの気配を感じていた。


……いつからだろう……


 ふと、他愛もない疑問が浮かぶ。

 いつから自分は、野兎の様にその気配を伺うことが出来るようになったのだろう。何時の間にか身に付いてしまっていた。何の抵抗もなく……ただ、今迄生きてくるために必要だった。それだけの理由で。


「……用件は何なの?」

 苛立ちを含んだ声で闇の中に問う。と、木立ちが揺れて、低い声が答えた。

「義務をお忘れではなかったのですね」

「当然でしょう。私を誰だと思っているのです」

「そのお言葉、皇帝陛下もお喜びでしょう、キャラシャ様」

「前置きはいいから、用件を言いなさい」

「星見の塔の者が、この都に紛れ込んでいる、と……」

「例のランドメイアの星見?」

「……はい。あれは、星の軌道を変える者。我々の使命を妨げる者です」

「分かっています……半年前は、邪魔が入って仕留め損ねたけど、今度は間違いなく、始末するわよ。それで、その星見はどこに隠れているの?」

「それが、このリブランテでは占術盤が上手く扱えないようで、行方は未だ掴めず……」

「星見となった者は、その資格の証として、万物を映す瞳を与えられる。星見の千里眼、それはそれは、綺麗な蒼紫の瞳。あんな目立つ目印を持つものを、半年も見つけられないなんて、不甲斐ないこと」

「……それで、本国からレイヴン様が、お運びを」

 男が告げた名に、カラは顔を顰める。

「……レイヴン・レイズ。わざわざご苦労なことね」

「状況打開の為に、巫女様のお力をお借りしたいので、なるべく早い時期に一度お出で頂きたいと……」

 告げられた内容に、今度は大きなため息を漏らす。

「……分かりました。もう行きなさい」

「では、失礼いたします……グラスファラオンの栄光の為に……」

 気配が消えた。


 カラはバルコニーの縁にもたれ掛かって、しばらくリブランテの街の灯を眺めていた。闇に浮かぶ数え切れないほどの美しい灯。だが、その美しい地上の星は、一つとして、決して自分のものにはならないのだという事を、カラは知っていた。

「アステリオン……」

 束の間の幸せを与えてくれた男への、別離の言葉を心の中で呟いて、カラはそこから立ち去った。

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