街2
【サシャ】
おじさん、と呼ばれ思いの外ショックを受けてしまった。
(そうか…おじさんかぁ…俺、まだ28なんだけどな…このくらいの子からしたらやっぱりおじさんになるのかなぁ…)
「あの、おじさん?」
もう一撃受けて、内心ちょっと泣きそうになりつつみうを見ると何故かみうも泣きそう…というか青褪めていた。
「あの、ごめんなさい、私…」
(しまった! 言った傍からこれじゃ駄目じゃないか! しっかりしろよ、俺!)
「悪い、みうが謝る必要はないよ。」
「でも…」
「本当に大丈夫だから。みうは悪くない!」
重ねて告げても不安そうな顔。
数分前の自分を殴りたくなる。
「なぁ、みう。俺の事はサシャって名前で呼んでくれないか?」
「でも、大人の人…」
「だめか?…ん~、でも[おじさん]は年取った気分になるから、名前か、せめて兄ちゃんとか…」
苦笑いしながら告げるとしばらく目をパチパチさせてから小首を傾げて口を開いた。
「サシャお兄ちゃん?」
ぐはっ! なんだ、この可愛さは!
ヤバい! うっかり目を離したら拐われそうだ!
「…呼びづらいだろ? サシャ兄、で良いぞ」
「サシャ兄?」
駄目だ、可愛さが減らない! むしろ増えてる! どうしたら良いんだ!?
「目を離さないようにするしかないか」
「?」
「何でもない。とりあえず街に入るか」
実はずっと街道の端に寄って話し込んでたので、街に入るべく門に向かう。
「サシャ兄、あの人達は何をしてるの?」
みうが、俺達が向かう先にある入門待ちの列を指す。
「何て言えば良いのか…悪い人が街に入って来たら困るから街に入る時に、自分はどこそこの誰々でこういう理由で街に入りますよーって門の所にある関所で兵士に教えてから入るんだ。
簡単に身分証や荷物を見せたりもしてな。
それで、怪しい人が居たら兵士が関所内で詳しく調べたりもする」
「へいし…あの大きな玄関に居る変な格好のおじさん達?」
「そう、国に雇われてて皆を守るために戦ったりあーやって悪い事が出来ない用にしたりするのが仕事の[兵士]。大きな玄関が[門]、街の入口だ。」
「おまわりさんみたい」
「おまわりさん?」
「うん、あのね、いつも交番に居て、困った時は助けてくれるの。迷子になったり、落とし物したりとか。
後、悪い事したら捕まっちゃうの。」
みうの説明はまんま兵士の仕事だが、おまわりさんやらこーばんというのは初めて聞いた。
大陸のほぼ中央に位置するダラー国には多種多様な人が集まるが、みうはあまり見かけない黒髪黒目だし、顔立ちもちょっと違うし、あまり交流のない国の出なのかもしれない。
入門待ちの列に並びながら何となくみうを見上げる。
ずっと抱き抱えてるが、森で生活していたからか筋肉質なわりに、全体的に細くて小さく軽いのでちっとも負担にならない。
今は少し緊張も解れたのか、手は俺の服を握ったままだが少し体の力は抜けている。
ただ色々あったのと、怪我は治したが失った血液は直ぐには戻らないので、周囲に興味を持つ余裕はなさそうだ。
(顔色が悪い。早く治癒士に見せてゆっくり休ませてやった方が良いな。
手続きは…明日で良いか)
【みう】
なんだか頭がボーっとしてサシャ兄に抱かれたまま門をくぐった。
兵士さんは私を見てサシャ兄に何事か聞いていたけど、サシャ兄が何と答えたかは分からない。
気が付いたら、私は知らない家の知らないベッドで寝ていて、周りには誰も居なかった。
窓の外から色んな声がするけど、体が重くて動けない。
頭ももやがかかったようにぼんやり重くて、喉も痛くて、でも誰も居ないから怖い…寂しい。
(ママ…パパ…お兄ちゃん、お姉ちゃん…ケイナ…マイナ…)
浮かんでくるのは昔死んだ家族の顔と目の前で失ったばかりの家族の姿
ふわふわで気持ち良くっていつもお腹に埋もれるように寝たちょっとキラキラ光る真っ白な姿、一緒に森を駆け抜けた姿が、徐々に紅く染まり黒く焼け焦げ、傷だらけになっていく。
「ぁ…ぁあ、あぁぁぁ…や、だ…いや!…」
逃げるように必死で頭を振っても消えてくれない。
声を出す度痛む喉を無視して悲鳴をあげそうになった時、ギュッと抱き締められる感触がした。
「よしよし、大丈夫…大丈夫…」
抱っこされて、頭や背中を撫でられて、聞き覚えのある声に目を開ける。
「サ、シャ、にぃ…」
「喉がガラガラだな、喋りにくいだろ、少し水飲もうな」
少し体を離した時にサシャ兄の顔が見えた。
サシャ兄はそのままベッド横の小さなテーブルから水を取り、そっと飲ませてくれる。
「街に入った辺りから意識が朦朧としてたから覚えてないだろ?
怪我とショックのせいで高い熱が出て、3日間寝込んでたんだよ」
「ねつ…」
「あぁ、心配した。まだ少し温かいが大分下がったようで良かったよ。」
落ち着かせるようにゆっくり撫でられると少し落ち着いてきた。
そのままギュウッとサシャ兄にしがみつき目を閉じる。
また、ケイナとマイナの血だらけの赤黒い姿が浮かんできて、サシャ兄の胸に頭をグリグリ擦り付けながら必死で閉じた目の端からじんわり涙が滲んでくる。
「大丈夫…大丈夫…我慢するな…泣いて良いんだよ…
どういう経緯かは分かんないが、大切な家族だったんだろ?
辛いよな? 悲しいよな? 我慢しないで全部涙にして流しちまえ。」
サシャ兄の言葉にどんどん涙が溢れてくる。