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8.森の境界にて

「メガネ、メガネ・・・はっ!」

 つい変な寝言を呟いてしまった。エリスとアガサに聞かれていなかっただろうかと見回すとテントの中は俺一人だけだった。もう朝らしい。

「おはよう」

「おはよー。マイク」

「おはようございます。ご主人様。朝食の用意が出来ておりますよ」

 二人は早々と目を覚ましていたらしい。アガサが朝食の用意をしている横で、エリスがすでに食べ始めていた。昨日からアガサばかりが料理をしているような気がする。エリスは、働く気がないのだろうか?木でできた桶に入っている湧水石に意識を集中して水をだし、顔を洗う。

「ご主人様。どうぞ」

 簡易テーブルとセットになっている椅子に座ると、アガサが朝食を並べてくれる。スープとパンのようなものだ。アガサに礼をいってから食べ始める。

「ご飯食べたら、すぐに出発するー?」

「食べながらしゃべるなよ。エリス」

 肉を挟んだパンを食べながら、エリスが言う。本当に肉が好きだな。だが、ひょっとしたらその食生活があの豊かな胸を支えているのかもしれん。アガサのほうを見ると、自分のパンに肉を挟むかどうか迷っているようだ。無理しなくていいと思うよ。

「できれば朝食の後は、アガサに戦い方を教わりたいんだが。お願いできるか?」

「私の拘束術をみにつけて、数多の女性に扇情的な格好を強要するつもりでございますね。ご主人様の獣欲に限りなし。頼もしい限りでございます。もちろん、私はご主人様の奴隷ですから、そのようないかがわしい目的だったとしても教えることに異論はございません」

「ちげーよ。なんでいかがわしい目的が主体になってるんだ。今後のことも考えてだよ」

「じゃあ、あたしにも弓を教えてよ。どんな武器でも使えるんでしょ?」

「わかりました。では、ご主人様には女性だけでなく、男性も這いつくばらせるような戦闘法を、エリスには男性のハートを射止める弓術を伝授いたしましょう」

 アガサは、そう言いながら食器を片づけ始める。俺も手早く食事を終え、テントを片づけ始める。ちなみに、エリスが働く様子は見られない。

 片付けが終わると、まずはアガサがエリスに弓を教える。立ち木に向かって何度か撃たせると、うんうんと頷いてこちらへ歩いてくる。エリスは、自分で練習させるようだ。

「さすがにエリスは筋がよろしゅうございます。では、ご主人様のほうに移りましょうか」

「それなんだが、実はとあるところから、とある事情で、とあるアイテムを手に入れたんだ。ちょっと使ってみてくれないか?」

 そう、言いながらアガサの胸に”一日千秋”を挟もうとするが、ちょっとボリューム不足で挟めない。これは想定外だ。しかたがないので下着と肌の間に挟むことにする。

「ご主人様。朝からいかがわしい奉仕を金で強要するのはいかがなものかと思います。それにここではエリスからも丸見えでございますし。もちろん、そのほうが興奮するというのであれば、私も吝かではございません、上と下どちらでご奉仕したほうがよろしいですか?」

 アガサが蔑むような、それでいて何故かうれしそうな顔をしてとんでもないことを言い出す。まあ、誤解を与えるような行動だしな。

「そうじゃない。これは、時間を長く使えるようになる不思議アイテムだ。ほら、ちょっとエリスのほうを見てみろ」

「そんな。エリスに顔を見せる様にだなんて。本当にご主人様は変態でいらっしゃいますね」

 そう言いながら、エリスのほうを見たアガサが驚く。エリスは、ちょうど矢を射たところだったが、その矢が空中で停止している。もちろん、エリスも動いていない。

「なるほど。これは不思議な力をもった道具でございますね。いったいどこで手に入れたのでございますか?」

「まあ、そこらへんは気にしないでくれ。」

「ご主人様がそう仰るなら私が気にするところではございません。しかし、これは素晴らしいものです。ご主人様を私の理想の強さに鍛え上げるまで200年はかかると思っておりましたが、これならば今回の旅の間に達成できそうでございます」

「200年もかかったら俺よぼよぼどころか、死んじゃってるけどね。まあ、よろしく頼む」

「はい。では早速始めましょうか。まずは、痛みに慣れることから始めたいと思います」

 ドガッ!

 いきなりアガサが俺の胸を蹴り飛ばす。まったく反応できなかったため、まともに喰らった俺は、5mほども吹き飛ばされ、無様に転げまわる。痛い!声を出そうとするが、胸があまりにも痛くて出るのはうめき声だけだ。

「いかがでしょうご主人様。それが肋骨が2・3本折れた時の痛みでございます。この程度の痛みは、ニヤリと笑って戦い続けていただかなければ私の理想のご主人様とは申せません」

 アガサがニコニコと笑みを浮かべながら近づいてきて、転げまわる俺をさらに蹴り飛ばした。

「どうやらこの状態では、女神の加護による回復が強く働くようでございますね。きっと、疲れることもないのでございましょう。まさに、理想的なご主人様育成空間でございます」

 確かに回復が強く働いているようで、徐々に痛みが引いていく。なんとか立ち上がった俺を再度アガサが蹴り飛ばす。

「回復して立ち上がっているようでは駄目でございますよ。痛みを我慢して立ち上がり、私の攻撃を防げるようになるまでは、続けさせていただきます」

 アガサの美しい顔がサディスティックな笑みに彩られる。ひょっとしたら教師の選定を間違ったのかもしれないとも思うが、考え直す。勉強だろうが仕事だろうが、自分で味わったものだけが自分の血肉となるものだ。前の世界の人生が果たして本当だったのかすら疑わしいが、すくなくともその人生で得られた教訓は嘘ではないだろう。今は、それに縋って行動するしかない。

 何度も蹴られ殴られ転がっているうちに、痛みに耐えることもできるようになり、少しは痛みの中でも体を動かせるようになってきた。さっきまで?いや、ずいぶん前まではまったく見えなかったアガサの攻撃も少しは見えるようになってきた。

「おや。どうにか攻撃を防ぐようになってきたようでございますね。もう、ここの時間で3年ほど経過しておりますが」

 気持ちよく殴れなくなってきたのが不満なのか、何故かアガサはつまらなそうな顔だ。まあ、3年もやれば一応入門期間は終わったぐらいだからな。素手の攻撃ぐらい防げなけりゃやっていけないだろう。

「次は、これでございます。10年目ぐらいまでには、軽く避ける様になっていただけますでしょうか」

 そう言いながら、どこからともなく木剣を取り出し、切り付けてくる。そんな簡単に避けられる訳はなく、何とか防御しようとするが、攻撃の強さにまたもや吹っ飛ばされてしまう。

「魔物の攻撃に対しては、あたっていない状態にすることが重要でございます。奴らの攻撃というのは我々の攻撃とは違う理の攻撃でございます。拳や剣を避けたつもりでもあたる場合が多いのでございますよ。ですから、避けるだけではなく当たらない結果を得ることを意識して動くことが重要なのでございます」

 左腕が骨折した痛みに耐えながら立ち上がる俺に向かって、アガサが不可解なことを言う。避けるのではなく当たっていない結果を得るとはどういうことだ?さっぱりわからん。

「大丈夫でございますよ。分かるまでやっていただきますから」

 また攻撃が当たるようになって楽しいのだろう。アガサはまるで疲れも飽きもないようだ。だが、素手の攻撃は防げるようになったんだ。それが、木剣に変わっただけと考えれば避けられないわけがない。俺は、集中してアガサの攻撃をみて避けようとする。

 ガツンッ!

 再度、吹っ飛ばされ地面を転げまわることになる。おかしい。確かにアガサの攻撃を見て避けたはずなのに。なぜか、攻撃を受けている。

「くすくす。そんな簡単に避けられる訳がないでしょう。先ほど言ったことをよく考えてください」

 アガサが上品に口に手を当てながら笑う。だが、反対の手では俺に容赦のない攻撃を続けているのだ。確かに避けているのに攻撃が次々と当たる。考えろ。感じるだけじゃだめなんだ、考えろ。

 攻撃を受けながら痛みにたえ、そして深く深く考える。

「おや。今のは中々良かったようでございますよ」

 アガサが攻撃の手を止める。いや攻撃が終わったときに当たらないところに俺がいたのだ。

「さすがに、10年ともなるとそれぐらいはできるようになっていただかないと困ります。とはいえ、これで一つ階段を上がったのも事実でございます」

 たしかに一つ何かをクリアしたような実感がある。攻撃が当たらないようにするということは、言ってみれば攻撃の中の本当の攻撃を判別する。いや、ちょっと違うな。攻撃が当たる可能性のある未来を避けて攻撃の当たらない未来を選択するようなものだ。不確かな魔物の攻撃を避けるために、それ以上に不確かなこの世界で確たるものを得るために。俺は、ひとつのとっかかりを得たような気がした。

「さて、まだまだ時間はございます。とは申しましても、私も飽き……少々疲れてまいりました」

 飽きちゃったかー。そりゃ、10年以上も俺を痛め続けたら飽きるだろうな。

「じゃあ。今日はここまでにするか?」

「いいえ。ご主人様も防御の練習ばかりでは飽きるでしょう。せっかくですから攻撃方法を覚えるためにも剣の素振りをされてはいかがでしょうか。私の攻撃を見て十分覚えておりますでしょうし」

 あーこれは、あれだな。部活の先輩が自分が帰るときに「後輩ども!あと2時間素振りやっとけよ!」っていうパターンのやつだ。

「なにか御不満でもありましょうか?ご主人様。」

 だが、強くなるために教えを乞うている俺がアガサに逆らうわけにはいかない。

「いや。やるよ」

「では、始めてください。そうですね。30年ほどやっていただきましょうか」

 そう言って、アガサはなぜか横になった。肩肘をつきながらこちらを眺めている。すでに今日はもうやる気が限界を迎えてしまったらしい。

 俺は、素振りを始めた。


   *


「ふー。言われた通り1時間くらい練習してきたよー」

 エリスが、俺とアガサが練習してる場所へと戻ってきた。

「久しぶりですね。エリス」

「久しぶりだな。エリス」

「え! まだ、一時間しかたってないけど。別に久しぶりじゃないよね? やだなーもうj

 そう言いながら軽く肩を叩いて来ようとするエリスの手を、自然な動きで避ける。

「中々の動きでございます。ご主人様」

 アガサが、俺の動きを見て練習の成果を見て取ったのだろう。珍しく褒めてくれる。俺は、アガサに感謝の気持ちを込めた笑みを返す。

「あれー。なんか二人が急に仲良くなってる。どうしたの?」

「拳で語り合うことで仲が深まることもあるのでございますよ。エリス」

 主に俺が殴られるだけだったような気がするが。

「そうなんだー。じゃあ、あたしとももっと練習しようよ。アガサ」

 そう言いながら、エリスがアガサの腕にまとわりつく。アガサの腕がエリスの胸に挟まれ、アガサは嫌そうな顔をしながらも、実は嬉しそうだ。俺は? 俺とは、仲を深めなくていいんですかね。

「練習でございますか。もちろんよろしゅうございますよ。どこか1日はエリスのために時間を使ってよろしいでしょうか。ご主人様」

 アガサが、人の悪そうな顔をして問いかけてくる。

「いいんじゃないか」

 俺も、にこやかに答える。多分、時間いっぱい弓を撃たせるつもりだな。

「やったー!じゃあ出発しようか!」

 そう言って歩き出すエリスを見て、アガサを見る。アガサも頷いて立ち上がった。

「やっぱり二人とも急に仲良くなってるよ。長年連れ添った夫婦みたい」

 エリスが俺たち二人を見て訝しむ。

「心配しなくても大丈夫ですよ。エリス」

 今度はアガサがエリスの腕にまとわりつきながら、耳元で囁いている。何を言ったのか分からないが、エリスの顔が赤くなる。

「よーし。出発!」

 なぜか機嫌のよくなったエリスがアガサと腕を組んだまま歩き出す。俺は、自分の手をじっと見る。剣を持ちなれた人間の手だ。だが、これは女神に与えられたものじゃない。時間こそ与えてもらったが、俺自身が作り上げた手だ。自信をもって、ぎゅっと手を握り、二人に続いて歩き出した。

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