5.応接室にて
「この奴隷に認められるとは。さすが、マイク様ですな!」
にこやかに笑いながらレイルが言う。
「いや。今、俺のことをごみ虫って言ってなかったか?」
「ごみ虫?高貴な方と言ったように聞こえましたが……なあ、ジル?」
レイルがジルに話しかけると、ジルが深く頷く。そして、奴隷の彼女も何故か頷いている。
「そうか。聞き違いか。別に高貴な生まれではないんだが」
「いやいや、マイク様から溢れ出る気品が彼女にそう言わせたのでしょう。そういえば、私も初めて会ったときにどこかの貴族の方と思ったものです」
「確かに! 旦那様、わたくしもそう思いました」
レイルとジルが、話を盛り上げる。そう言われると悪い気はしない。
「あんまり褒めるなよ。それよりも、彼女は何で奴隷になったんだ?俺なんかより、よっぽど彼女のほうが高貴な生まれに見えるけど」
そういって彼女を眺める。襟ぐりの深い黒のワンピースには、彼女の髪の色に合わせるように、銀色の複雑な刺繍が施されている。腰に巻いたベルトも鈍く銀色に光っていることから、安物ではないのであろう。貴族のお嬢様といっても不思議のない格好だった。
「では、少し長くなりますが。私が奴隷になるまでの経緯を聞いていただきたいと思います。もし、この話を聞いて少しでも私を憐れんで下さいますなら、私を買っていただけますでしょうか?」
「まあ、とりあえず聞くぐらいなら大丈夫だ。特に急いでるわけじゃないしな。」
そう彼女に答えながら、エリスにも目で問いかける。彼女の生い立ちに興味がわいたのだろう、エリスがぶんぶんと首をふって頷く。
話が長くなると思ったのだろう、レイルが応接室へと案内してくれる。
「ありがとうございます。確かにご主人様……いえ、まだご主人様ではありませんね。では、マイク様とお呼びしてよろしいでしょうか。そう、マイク様がさきほど仰られた通り、私はもともと貴族の娘でございます。父は王都にほど近い領地を治める領主でした。厳格でしたが、領民に親しまれ、私には甘かった父と、美しく優しかった母に囲まれ、幼い私は、何不自由ない暮らしをしておりました」
「私の住んでいた屋敷には、母自慢の美しいバラ園がございました。母は非常にバラが好きでしたので、私の名前もあるバラからとってアガサとつけられたのでございます。父と母、そして気さくな領民たちに囲まれて、私は10歳までとても幸せに育ったのでございます」
「しかし、禍福は糾える縄のごとしと申しますように、私の幸せも長くは続きませんでした。父も母も人にに恨まれるような人間ではなかったと思いますが、それは私が子供だったからそう思っていただけなのかもしれませんし、ひょっとしたら父や母に罪はなく、逆恨みのようなものだったのかもしれません」
「ある日、私たちが住んでいる屋敷が襲われました。護衛のものたちもいたのですが、盗賊たちは人数も多く、非常に強かったので、ひとり、またひとりと殺され、私たち親子だけが、屋敷の奥の部屋へと追い詰められたのでございます」
「彼らの雇い主にそうしろと命じられたのか、それともそれが彼らの趣味だったのかはわかりません。彼れらは、父の腹に剣を刺したうえで床に縫い付けてしまったのでございます。幼い私は、さすがに剣で刺されはしませんでしたが、両腕をしばられ床にころがされたのでございます。そして、彼らは私と父のまえで、母を犯し始めたのでございます」
「腹を刺され、血まみれになりながらも母の名前を呼ぶ父。そして、犯されながらも父と私を優しいまなざしで見る母。まさに、地獄のような光景でございました」
「私は、あまりの凄惨な光景をみることに耐えられず、気絶してしまいました。でも、彼らは気絶した私を叩き起こし、父と母の姿を見せるのでございます。そのうちに、父は力尽きたのでしょう。光となって女神様のもとへ召されていったのでございます」
「けれども、彼らは大声で笑いながら母を犯し続け、私はそれを見続けなくてはなりませんでした。そして、最後に私は見たのです。うっすらと母の口元に浮かぶ快楽の笑みを。それを最後に、私はとうとう気を失ってしまったのでございます」
「気づけば、私は盗賊たちのアジトらしきところへ攫われておりました。そこで、15になるまでは小間使いのようなことをさせられておりました。多分、私の体つきが幼かったので、彼らも性的な興味がわかなかったのでございましょう」
「しかし、それも16になったころに終わってしまいました、彼らの私を見る目が変わり、私の仕事は小間使いから性欲処理の道具へと変わったのでございます。ありと、あらゆる穴を使われ、女として生まれてきたことを呪いました。」
「そんな暮らしが何年続いたのでしょうか。いつしか私は、彼らに大事にされていることに気付いたのでございます。きっと私の体が彼らに深い満足を与え続けたのでございましょう」
「そして、ある日私は気づいてしまったのでございます。その日も、私は何人もの男の方を相手に、満足を与え続けておりました。その時、つい鏡に映った自分の姿を見てしまったのでございます」
「驚くべきことに、私の顔はあのときの母の顔とまったく同じでございました。口元に浮かぶ快楽の笑みを見て、私は半狂乱に陥ったのでございます。私は、自分の映った鏡を叩き割ると、その破片で部屋にいる男たちを皆殺しにしてしまったのでございます」
「そして、血まみれの服のまま町の中をフラフラと歩き回り、道行く男の人達に切りかかったのでございます。おかしくなっていたとはいえ、許されるようなことではございません。そうして私は捕まり、罪を償うために奴隷となったのでございます」
そう話をまとめると、アガサはそっと目を閉じた。きっと、己の罪の深さについて考えているのだろう。こんな、話を聞いて彼女を見捨てるわけにもいかない。同意を求めようと横にいるエリスを見ると、彼女は鼻をグスグスならし、両目から涙をあふれさせていた。
「ぐすっ……買ってあげてぇ、マイク。その金貨200枚でアガサの笑顔を買うの! そして、この暗い世の中をすこしでも明るくするのよ!」
涙声のまま、エリスがレイルに向かって叫ぶ。ちょっと感極まって違う方向へ行っている気もするが。レイルもこの話を聞くのは初めてなのか、うっすらと涙ぐんでいる。
「ありがとうございます。マイク様。エリス様。金貨200枚とは心強いですが、彼女を買うためには金貨81枚で大丈夫です。マイク様、ギルドカードを見せていただけますか?」
そう言いながらレイルが手を差し出す。この状況で、買いませんというわけにもいかないだろう。ギルドカードを取り出す。
「アガサ。隷属カードを出してくれ」
言われたアガサがワンピースの裾から手を入れ、ギルドカードと同じぐらいのカードを取り出す。まさかと思うがパンツに入れていたんじゃないだろうな。
「さて、このカードを統合すれば奴隷契約の完了です。マイク様に与えられている女神の加護がアガサにも与えられます」
二つのカードを重ね合わせると、謎テクノロジーなのか、この世界お得意の女神の加護とやらなのか、なぜか二つのカードが一つのカードへと変化する。なんとなくだが、アガサとの繋がりが出来たような感じがする。きっと、気のせいではなく、これも女神の加護による効果なのだろう。
「お二人の末永き付き合いをお祈りいたします」
「よかったねー。アガサ。これで今日から私たちのパーティー”エリスと愉快な仲間たち”の一員だよ」
まだ涙ぐんでいるエリスが言う。涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだな。そう思っていると、気をつかったのかジルが店の奥へエリスを案内していく。化粧直しでもさせるのだろう、アガサもついていく。
「いや、助かりました。ところで、マイク様は奴隷を買うのは初めてなのでしょうね?」
なぜか、ほっとしたような表情を浮かべるレイル。
「そりゃ、そうだ。何か注意事項でもあるのか?」
「注意事項というわけではありませんが……実はですね。通常奴隷というのは奴隷にされる時に魔女ギルドの魔女によって記憶を奪われるものなんですよ」
「へー。なる・ほ・ど?」
どういうことだ?記憶を奪われるのが普通。なのに、奴隷になった理由を語るアガサ。
「つまり、先ほどの話は嘘なんですよ」
「なんだとー!」
あんなに長い話が全て嘘? さすがに気を荒げるとレイルはうって変って真面目な表情を浮かべた。
「嘘というかちょっとしたジョークですよ。これには理由がありまして……今回は、マイク様がたまたまお金をもっていらしたので、正規の値段で売ることができたんですが、本当はたとえ銅貨1枚しかもっていなかったとしても、彼女をマイク様のもとへ送るつもりだったんです」
「どういうことだ?」
「これは、私の商人としての勘ですが。多分、アガサは魔女ギルドの魔女、しかもAクラス以上だったのではないかと思います。その魔女が何か問題を起こして記憶を消され、奴隷にされた」
「訳ありというのはそれか」
「そうです。そんな訳ありの奴隷を一般人に売るわけにはいきません。そこに、たまたま先日私の命を救ってくれたあなたが偶然現れた。何か、運命的なものを感じないわけにはいかないでしょう」
「考えすぎじゃないのか? たまたまと偶然だ」
「2回重なれば必然というじゃないですか。それに、あなたに恩を返すチャンスでもある。記憶はありませんし、もちろん魔法は使えませんが、魔女というのは騎士や、貴族のパートナーになるために、非常に多岐にわたる教育を受けているものです。戦闘から家事、夜の奉仕まで完璧になるまでね。もちろん、さっきの長話は嘘ですから彼女は正真正銘の乙女ですよ」
「まあ、いいだろう。とにかく彼女を買ったことは事実なんだ。済んだことをいってもしょうがない」
「さすがマイク様。それに昔から言うじゃないですか、立ち耳エルフは聖女のごとし、寝た耳エルフは娼婦のごとしって。素敵な夜は保障されたも同然です」
この世界の人間は、エルフの耳に関する下世話な話が大好きらしい。門番が言っていたこととは、全く逆の説が出てきた。
「どちらが聖女かは、そのうちわかるだろうさ。そんなことより、後学のために聞いておきたいんだが、奴隷の値段というの通常どれくらいなんだ? 例えば、さっきの3人の場合だと?」
「そうですね。彼女たちですと、一人金貨5枚くらいですかね。もっと綺麗な娘でも、10枚くらいまでが相場です」
「ずいぶん安いな。じゃあ、アガサの81枚っていうのはずいぶん高いじゃないか。いいたかないが、恩を返してくれる話はどうなった?」
「いやいや、彼女の場合は、彼女自身は金貨1枚なんです。でも、彼女が着ている服がうちで扱っている服の中でも最高級品でして。その値段が金貨80枚なんですよ」
「そりゃ、おかしいだろ。別の服を用意できないのか?」
あまりの値段設定のおかしさに思わず叫んでしまう。しょせん泡銭みたいなものだから、それほど惜しいわけではないが、自分の80倍もする服を着るというのはさすがにおかしくないか?
「この服は呪われた服なので、脱ごうと思っても私には脱げないのでございます。ご主人様」
いつの間にか背後によってきていたアガサが言う。どうせ嘘なんだろうけどな。
「もちろん、夜は自然と脱げます。ご主人様の獣のような眼差しが、私のこの薄布を吹き飛ばすのです」
まるで、へたな詩を詠むように期待させるようなことを言う。
「脱げないものはしょうがないだろう。俺は、女性を疑うような小さな男じゃない」
格好つけて言ってやるが、アガサの後ろから部屋へはいってきたエリスをみて後悔する。
なぜかアガサの服と色違いの服を着ている。アガサの黒に対してエリスの服は白を基調としており、胸元に施された刺繍は金色だ。腰には、同じように鈍い金色の光を放つベルト。深い襟ぐりからは豊かな胸が、いまにも零れ落ちてしまいそうだ。
「博識なご主人様は、膨張色という言葉をご存じでいらっしゃいますよね」
同じ大きさでも色が黒のものよりは、白のもののほうが大きくみえるというやつか。いくらなんでも、その説明は無理があると思うぞアガサ。そう思いながら、エリスのほうを見やると、まさに満面の笑みといっていい表情をしながら、叫んだ。
「脱ーげーなーいー」
そりゃ、そうだろうさ。