4.レイル商会にて
「さて、冒険者登録と冒険者ギルドの説明をしましょうか」
さきほどの情報に満足したのか、にこやかに笑うアリエラ。
「頼む」
「ちょっと長い話になるし、知っていることもあるだろうけど、冒険者ギルドの仕事について話すわね」
「いや、初めてのことが多いだろうから詳しく頼む」
「見た目によらず素直なのね。いいことよ」
そう言うと、アリエラは冒険者ギルドの仕事について話し始めた。
本当に長かったので、ちょっと寝そうになったが、アリエラの話をまとめるとこういうことらしい。
この世界におけるエネルギーは、元いた世界の様にガスや電気ではなく、昨晩使った燃焼石のような、魔法石によって賄われているらしい。家庭で使う場合には、バッテリーのように魔法石を所定の場所にセットすることにより、水道から水が出たり、コンロから火が出たりするらしい。なんとも、便利なことだ。この技術は、何とかという名前の魔女が初めて実用化し、これまた何とかという魔女が発展させ、何とかという魔女が初めて水道を開発し、何とかという魔女がコンロを、何とかという魔女がオーブンを、何とかという魔女がシャワーと風呂をと続くのだが、ちょっと意識が遠くなって聞こえなかった。
だが、この便利な魔石を作れるのは、魔女ギルドの魔女のみらしい。魔法を使えるから、魔女というのだから当たり前のように聞こえるが、異世界に来たというのに魔法が使えないというのは、がっかりだ。
「しかも、魔女が魔法をつかうときに、魔素というものが発生するの」
アリエラが顔をしかめながら説明する。この魔素というのが、この世界における最大の問題らしい。
「魔法を使うと魔素が発生する。そして、その魔素は境界を越えて暗い暗い森に飛んで行く」
まるで、歌うようにアリエラが続ける。
「……そして、魔物が生まれるの」
「なるほど」
納得の設定だ。だから、この世界には魔物がうようよいるらしい。
「そこで、冒険者ギルドでは魔物を倒し、その体から魔石を回収する」
「回収した魔石はどうなるんだ?」
「魔石をつかって、魔女ギルドの魔女たちが魔法石をつくるのよ」
「なるほど」
なるほどばっかりだが、確かに納得のいく説明だ。いってみればリサイクルのようなものか。魔物を倒すと出てくるのが魔石。その魔石をもとに作られるのが、生活を便利にする魔法石。どうりで、似たようなものに対して明確に違う名称がつけられているわけだ。
「魔法石をつかうことによって、私たちの生活は支えられている。町の人達の生活も、村で農業をする人間族、果樹園をつくるエルフ族、魚や家畜を育てる獣人族、道具を作るドワーフ族といったすべての種族の生活もね」
アリエラが、急に真面目な顔になって言う。キリッとした表情のアリエラは、とても美しい。いけない課外授業を頼みたくなる。
「そして、魔法石を生み出すためには、魔石が必要なわけだ」
物分かりの良い生徒のような顔で言うと、アリエラは頷いた。
「そう。そのために、魔物を倒すのが冒険者ギルドの仕事。魔石を得るためだけじゃない、魔物を倒し続けなければ、この町も村も魔物に蹂躙され、飲み込まれてしまう。私たちが住んでいるこの国は、広大な暗い森の中に浮かぶ泡のようなものなの。外縁部にあたらしい村が作られることもあるけれど、魔物が大量に発生して村が潰されてしまうこともある。その時に、命を懸けて村人を逃がして、魔物を倒すのも冒険者の仕事よ」
アリエラが、秘密を明かすように言う。
「だからこそ、冒険者ギルドでは女神の加護をその身に纏い、できるだけ多くの魔物を倒してくれる冒険者を募集しているというわけ。どう? それでも冒険者ギルドに登録する?」
最後に、そうまとめたアリエラが問いかけるようにこちらを見る。だが、別に断る理由もない。魔物との戦いはすでに経験しているし、魔物を倒す理由があることも分かった。豊かな生活のために、魔物を倒すという理由は、若干利己的なようにも感じられるが、現代人の生活とて似たようなものだ。声高に否定するほどではない。
「もちろんだ」
大きく頷く。アリエラは、安心したように微笑み、カウンターの引き出しからエリスが持っていたようなギルドカードを取り出した。
「では、冒険者登録を始めますね。名前と年齢をどうぞ」
「名前は、マイク。20歳だ」
どうやら心配していたのと違い、紙に自分で名前を書くわけではないらしい。だが、こんな簡単な質問で大丈夫なのだろうか?そう思っているとアリエラが答える。
「冒険者になる資格があるかどうかは、女神様によって判定されます。冒険者にふさわしい方のカードには、女神像が浮き上がり、同時に女神様の加護が与えられるのです」
ハイテクだな、おい。そう思いながら、カウンターの中を覗き込もうとすると、アリエラが小さく驚きの声をあげた。まさか、駄目だったのか? そう思いながらカウンターの中を覗いこもうとする前に、アリエラがギルドカードを目の前に突き出してきた。
「凄いですね。レアカードですよ」
「レアカード?」
レアという言葉は、この世界にもあるらしい。そんなことを思いながらカードを見るが、そもそも普通のカードとレアカードの違いが判らない。
「見てください! 女神様のお召し物がいつもと違うでしょう!」
そう、言いながらアリエラが自分が持っているスタンプのようなものと、ギルドカードを見比べられるように並べてくれる。確かに違う。スタンプに描かれている女神はいかにも女神然とした、スケスケ衣装に身を包んでいるのに対して、ギルドカードに描かれているのは、
「体操服だ……」
そう、体操服とブルマをお召しになった女神だった。
「マイクさんは、この服の名前をご存じなんですか?何かこう……活動的な中にも、そこはかとない背徳感がある不思議な服ですね。」
「背徳感か。まあ、そうとも言えるな」
「でも凄いです。レアカードの方は特に女神の加護も大きいと言われているんですよ」
「そうですか。では、女神様に感謝をしないといけませんね」
とりあえず、思っているのとは逆のことを言っておく。あまり、この話題は引っ張りたくない。早く別の話に移らなくては。
「そういえば、ランクが書いてないですね」
「まだ、ランクが決まってないからですね。マイクさんはこれまでに、魔物を倒して魔石を取得したことがあります?一定量があればFランクをとばして、Eランクから始められますけど」
これは、いいことを聞いた。すぐに、リュックサックから昨日の戦いで得られた魔石をざざーっと取り出してカウンターに載せる。ちょっと多すぎたのか、アリエラが目を見開いた。
「これだけあれば、十分Eランクで可能ですよ。旅の間に貯めたんですか?3か月くらいかかったでしょうに……あれ? 中魔石まであるじゃないですか。本当に期待の新人さんですね!」
「中魔石?」
「ほら、他のより一回り大きい魔石があるじゃないですが、これは結構強い魔物を倒さないと手に入らないんですよ。Eランクになるには、小さい魔石が10個もあれば十分だったんですけど……でも、この魔石はギルドで買い取らせてもらいますから、無駄にはなりませんけどね」
そう言いながら、アリエラが魔石をカウンターの穴に入れていく、計量装置のようになっているらしい。
「全部で、銀貨3枚と、銅貨40枚です」
アリエラがそういった瞬間。ギルドカードが先ほどのエリスのカードの様に仄かにひかりだし、きちんとしたプレートに変化した。同時にEランクの文字が見える。
「いやー。みんなに褒められちゃった。Eランクに上がるまで1年もかかるなんて天才だなって言われちゃったよー。登録終わった? マイク。Fランクの間は、あたしが面倒見てあげるよ。」
満面の笑みを浮かべてやってきたエリスをみて、アリエラがそっと目をそらした。何となく、雰囲気を察したエリスが、こちらを見る。
「すまん」
「あやまんないでよ。あたしが惨めじゃない!」
エリスが叫ぶが、他に言いようもない。だが、エリスはすぐに何かを思いついたのか、期限のよさそうな顔に変わった。
「Eランクになったんなら、パーティー組めるじゃない! あたしと組もうよ」
「いやいや、エリスさんのような天才と俺じゃー釣り合わないですよ」
あっさり、断っておく。涙目になるエリスに、アリエラが何か耳打ちした。
「ねー。パーティー組んでよー。……組んでくれたら、その……夜もがんばっちゃうから!」
明らかにアリエラの入れ知恵だ! まあ、どうせ野営の時に見張りを頑張る的な意味に思ってるんだろうけどな。だが、騙されてやるのも男の甲斐性だ。
「よし、その言葉忘れるなよ」
「ホントに! やったよーアリエラ!」
そんなにうれしいのか、アリエラと手を取り合ってぴょんぴょん飛び跳ねるエリス。プルンプルン揺れる胸にアリエラさんもご満悦だ。
「じゃあ、パーティー名も決めなきゃ! エリスと愉快な仲間たちでどうかな?」
「いいんじゃない? エロスとつがいな仲間たちね。」
あり得ないほど間抜けなパーティー名を、あり得ないほどの聞き違いでアリエラが復唱する。まあ、名前なんか何でもいいや。あとでこっそり変えてもらおう。
「でも、二人だけではパーティと認められないわ。それにEランクの依頼も出せないし」
アリエラが、真面目な顔になって言う。どうやら、3人以上のパーティーを組み必要があるらしい。
「じゃ、どうすればいいの?」
「Eランク成り立ての二人とパーティー組もうなんてもの好きはいないだろうから、荷物持ちとして奴隷を買うのがいいと思うんだけど」
アリエラがとんでもないことを言い出した。だが、エリスが普通に頷いているところを見ると、この世界では奴隷を買うことは普通らしい。でも、リュックさえあれば何でも入るんじゃないのか?そんな疑問を持ちながら、リュックを眺めているとアリエラが言う。
「あのね、野営用のテントなんかも必要になるでしょう? 下の口と同じようにリュックの口も口より大きいものは入らないの。」
「なるほど、分かりました。では早速奴隷を買いにいってきます。」
これ以上、エリスに下品な話を聞かせる訳にはいかない。とりあえず、冒険者ギルドを出ることにした。
*
「これは、これは、マイク様。ようこそいらっしゃいました」
奴隷を買うといってもまったくつてがない。まあ、商人なら分かるかもしれないとエリスにレイルという男の店を聞いてみると、予想よりも大きくやっているようですぐに分かった。
「レイル商会か。ずいぶん儲けているんだな」
冒険者ギルドほどではないが、広い店の中に案内されながら言うと、レイルは揉み手をしながら商人らしいにこやかな笑みを浮かべた。
「まあ、なんとかつぶれない程度にやらせていただいております。それで、今日はどんな御用で。恩人の頼みとあれば勉強させていただきますよ」
「実は、Eランク冒険者になったんだが、パーティーの人数が足りないといわれてな。荷物持ち用の奴隷でも買ったらどうかと勧められたんだが、いかんせんこの町で商人の知り合いといえばレイルしかいない。なにか伝手があるかと思って来てみたんだが、見当違いだったらすまんな」
そう答えると、レイルは急に驚いたような顔をした。
「奴隷ですか。一応私の店でも扱ってはおります。ジル! マイク様にふさわしいような奴隷を5人ほど連れて来てくれないか?」
「はい、旦那様。……例の奴隷はどうします?」
「もちろん、連れてこい。ひょっとしたら、マイク様のお気に召すかもしれん」
そういうと、レイルはソファーに座るように指示した。エリスと並んで腰を下ろすと、にこやかな笑みを絶やさずに話しかけてくる。
「こちらのお綺麗なお嬢様はどちらで知り合ったのですか?先日会ったときはお一人だったはずですが」
「ああ、このあいだ教えてもらったゴブリンの巣で助けたんだ。名前はエリス」
綺麗と言われてうれしいのか、お嬢様という言葉に反応したのか。エリスがにこやかにほほ笑み小さく会釈する。黙っていれば、馬鹿なのがばれないからな。お嬢様気分を味わっているらしい、エリスは放っておいてゴブリンの巣での出来事をレイルに話して聞かせていると、エリスの下着の話にたどりつく前にジルが奴隷を連れてきた。
「どうでしょう旦那様。荷物持ち用に相応しい奴隷を見繕ってきたのですが」
ギルの言葉に合わせて順番に奴隷たちが現れる。どうもギルはレイルに比べて商才にかけるようだ。3人目までの女性? を見てそう考える。次々と現れる女性は、皆体格の良い筋肉質な方々ばかりだった。
確かに、荷物持ち用とは言ったが何かこうあるだろう? いや、まさかエリスに遠慮したのか? だったら一人で来るんだったと後悔している前を、4人目のカバのような女性が通り過ぎていく。まるで動物園だ。
だが、最後の一人らしい女性が現れると、さっきまでの気分はどこかへ吹き飛んだ。なるほど、最後にとっておきを残しておくとは、ギルはいい商人になるな。
最後の女性は、エリスと同じエルフ族のようだった。だが、髪の色はエリスとは違い銀髪。体つきもエリスに比べてスレンダーだった。胸は小ぶりだが、ヒップはキュッと上を向いている。エルフ族の特徴ともいえる耳は、ピンと立ったエリスとは違い、横に広がっている。クルクルと表情の変わるエリスと比べると、落ち着いた表情をしている。じっと、見つめていると彼女が口を開いた。
「私の罪を償うため、このごみ虫をご主人様と呼びたいと思います」