エピローグ
「いやー。しかし傑作だったな」
ライルがエールを煽りながら、大声で笑う。
「たしかにそうですが、あんまり笑ったら失礼ですよ」
ケインが、苦笑いを受かべる。ケインの右腕には、いつものようにアミイがひっついている。
「だってよー。魔族を倒して格好良く帰ってくると思ったら、女にぶら下がってくるとはな。まるで、洗濯物みたいだったぜ」
「仕方がないだろ。あのまま、あそこにいたら死んでたんだから」
憮然とした顔で答える。
「だからって、あんなに足をばたつかせるこたぁなかったんじゃないか?」
「あのな。ライルだって、あの高さで吊り下げられたら、俺の気持ちがわかるさ」
俺は、ますます仏頂面になる。
実を言うと、かなり怖かった。二度と経験したくないね。
「でも、すごいじゃない!世界の半分を救うなんて!」
アミイがとりなすように言ってくれる。
「そうですね。一緒に冒険したことがある僕もうれしいですよ」
ケインがアミイに同意する。ねー。アミイが、ケインに向かって可愛らしく小首を傾げる。それを、温かいまなざしで眺めるケイン。周りを無視して、桃色の空気が広がる。
「仲が良くて、結構なことだな」
ライルが、ニヤニヤ笑いを浮かべる。
俺も、二人を見ながら頷いた。
「それで? これから、どうするんだ。マイク?」
ライルが真面目な顔になる。
「どうするって?」
「決まってるだろ? 残り半分の世界をどうするかってことだ」
俺は、ちょっと考える。
「どうするかな」
「まあ、しばらくのんびりするのも悪くねえさ。まだまだ、獣人族やドワーフ族の国を復興するだけでも、時間がかかるだろうしな」
「そうだな」
「それに、俺たちの力はもう使えない。ちょっと寂しいがな」
ライルが、小さく笑う。
そう、俺たちの力、侯爵としての別世界の自分を呼び出す力はもう使えない。女神が、力を取り戻した影響で世界が安定したからだそうだ。
「それが、世界の正しい姿ならしょうがないな」
俺は、あきらめたように言う。
「もちろんだ。それに、これからは魔法の力が使える」
ライルが、煙草のようなものを加え、指の先から炎をだして先端に火をつける。
「結構、便利なもんだぜ」
勝ち誇ったような、顔をするライル。
「凄いな。俺は、まだ魔法がほとんど使えないんだ」
俺は、ため息をついた。
「まあ、焦るなよ。そのうち使えるようになるさ。そうしたら、冒険に旅立てばいい」
「そうだな。そう言えば、俺の冒険者ランクはどうなってる?」
「ああ。Eランクに戻しておいた。また、一から頑張るんだな」
「そうか。ありがとう」
ライルに向かって、小さく頭を下げる。
「Eランクに戻るんですか? マイクさん」
ケインが、驚いて声をあげる。
「ああ。侯爵としての力がない上、まだ魔法も使えないしな。せっかくだから、最初の状態に戻してもらった。まあ、これから頑張るよ」
「でも、エリスとアガサがいるじゃない! 二人がいれば……」
なおも言葉を続けようとするアミイの肩を、ケインがポンと叩く。
「二人に頼るのも変な話だしな。もう一度、俺だけの力でランクを上げてみたいんだ」
俺の、すっきりとした表情を見て、アミイも納得したようだ。頷くと、ケインに甘える様に、抱き付いた。
「さて、ここらへんでお開きにするか。マイク。どうだ? このあと俺とどっかに行かないか?」
ライルがポンと手を叩く。
「はあ? お前、よくそんなことが言えるな。絶対にやだよ」
俺は、首を左右に振りながら立ち上がる。
「そうか? 結構気に入ってると思ったんだがな。じゃあ、とっとと家に帰れよ。せっかく、この町の家をくれてやったんだから」
「そうだな。さっさと帰ることにするよ。じゃあ、おやすみ」
俺は、みんなに手を振ると、冒険者ギルドの酒場を出た。
ゆっくりと街並みを見ながら、家への道を歩く。あの、大広間での戦いから、一週間がたっていた。
町の人達も、魔法があふれる世界に慣れてきたようだ。すれ違う人たちの顔は、みんな明るく輝いているように見える。
あの日に大量に拾った魔石も含めて、ギルドから俺に家が一軒与えられた。最初は、王都にある侯爵用の家をくれるという話だったが、俺も、エリスとアガサもこの最初の町の家を選んだ。
大邸宅とはいかないが、三人で住むには十分な広さだ。冒険者ギルドにも近い。十分ほど、町を歩き、俺は家へ到着した。
「ただいまー」
所有者に反応する魔法のカギがガチャリと音を立て、俺は玄関のドアを開ける。
「おかえりなさいー! エリスにしますか? アガサにしますか? それとも、め・が・み?」
なぜか、メイド服を着た女神が立っていた。
「どうしたんだ?」
岩の城で分かれて以来、音沙汰がなかったので、どこか遠くへいったのかと思っていた。
「あのですねー。女神様の力が、半分とちょっとあったので、ちょっとの分で、夢の中にいた私を、実体化してもらったんですよー」
女神が、くるくると回りながら話す。スカートがふわりと浮き上がり、俺はついしゃがみこみそうになる。
「じゃあ。女神の本体はどうしたんだ?」
「なんか。今度は、攫われたりしないように、遠くから見守っているとか言ってました」
「適当だな。じゃあ、お前は女神じゃないわけか」
「そうとも言いますし、そうでないとも言えます。まあ、どっちでもいいじゃないですか。呼び方も、今まで通り女神でいいですよ」
女神が、俺に抱き付いてくる。すると、奥の部屋から咳払いが聞こえてきた。
「はっ! 失礼しました。旦那様。奥様達が、おかえりなさいのキスを所望すると申しております」
「そうか」
メイド女神が、俺を奥の部屋へと案内する。
「おかえりなさい。あなた」
「おかえりなさいませ。旦那様」
今日は、二人とも奥様役らしい。俺は、二人を抱きしめキスをした。
「どうだったー? 冒険者ギルドは」
エリスがいつもの口調に戻って聞いてくる。
「ああ。Eランク冒険者からもう一度やりなおすことになった」
「そっかー。じゃあ、またどこかの村にでも、魔石を届けに行く?」
「そうだな。せっかくだから他の国にでも行こうかと思ってる」
「それは、よろしいですね。ご主人様。たっぷりと、ご主人様の魔法の修行が出来そうでございます」
アガサも、いつもの口調で笑いを浮かべる。きっと、恐ろしい特訓方法を考えているのだろう。
「いいですね。私も連れてってくださいよ」
女神が、言いながら俺に抱きつこうとする。だが、前に立ちはだかったエリスの豊満な胸にはじきかえされ、体勢を崩したところをアガサの軽い足払いを受けて、地べたにはいつくばる。
「……酷いです」
「メイドが、旦那様に触れるなど百年早いのでございます」
アガサが、冷たい目で女神をみる。
「そうだねー。そのうち、奥様役もやらせてあげるよ」
エリスが、女神を起こして服を整えてやる。
「本当ですか? さすが、お姉様。優しい!」
女神なのか、メイドなのか、お姉様なのか、奥様なのかよくわからない。俺が、考え込んでいると、エリスとアガサが女神に耳打ちした。
女神が、俺のもとにてとてと走ってくる。
「旦那様。奥様方が…‥明日からの旅立ちの前に、旦那様の頑張りを期待しているようでございます」
二人を見ると、すでにベッドで横たわっている。
黒いネグリジェと、白いネグリジェ。寝た耳と、ピンと立った胸。豊かな胸と挑発的な尻。剣と盾。魔法と侯爵。魔族の世界と人族の世界。そして、元の世界と今の世界。
そうだな。二つあってもどちらかを選ばなきゃならないなんてことはない。二つを、二人とも愛することが大事な事なんだ。
俺は、女神に手を引かれ、ゆっくりとベッドへ向かった、
ここまで、読んでいただきありがとうございました。
ひょっとしたら、魔法が使えるようになった世界の話を続けるかもしれませんが、ここで一度、完結にしたいと思います。




