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33.大広間にて

「エリス!」

 動けない体に必死に命令を下し、エリスに向かって手を伸ばそうとする。だが、俺の体はもう、ほとんど動かなかった。

 エリスは、俺とアガサの方を見て小さく笑みを浮かべる。

「分かったよ! マイク」

 エリスは、両手を前に突き出す。エリスの手の前で、ミレーヌの雷撃が掻き消えた。

「なに!」

 ミレーヌが驚きの声をあげる。エリスは、ミレーヌを振り返り、歌うように唱え始めた。

「あたしは、あなたの領地、領民、そして騎士。妻でもあり、盾でもある。あなたの行くところ、どこにでも付き従い、すべてのものからあなたを守る」

 エリスの体が輝き、金色の霧へと変わっていく。まるで、アガサが剣になる時のようだ。霧は、どんどん広がっていき、俺とアガサの体を包み込む。

「どうなってるんだ?」

 霧に包まれた俺は、自分の体力が回復していくことに驚いた。抱きかかえているアガサの顔色が、みるみるうちに平常に戻る。

 そして、霧はゆっくりと俺の左手に集まり、白い巨大な盾となった。ゆったりとした円弧を描く形状は、豊満なエリスの体を思い起こさせる。そして傷一つない、美しい表面には複雑な模様が施されており、中央には祈りを捧げる乙女の像が飾られている。

 俺は、盾を構えながら、ゆらりと立ち上がる。

「なんだい? 今度は盾か。それだけで何ができる? 剣も持たずにあたしを倒す気かい?」

 ミレーヌが、俺を睨みつけてくる。俺は、アガサを見て頷く。

「剣はまだ折れておりません。……私もまた、妻であり、剣であります。今、この時こそ剣となり、すべてのものを打ち倒しましょう」

 アガサの体が、銀色の霧となり、俺の右手に集まる。

 そして、それまで以上に輝きを放つ、黒い剣となる。

「俺が元々いた世界には、矛盾という言葉がある」

 もう、うっすらとしか記憶のない、もとの世界の事を思い出す。

「何でも貫く最強の矛と、何でも防ぐ最強の盾。その二つをぶつけ合ったらどうなるのかという逸話だったような気がするな」

「何の話だい?」

「答えは、簡単だ。どちらも素晴らしいものだから、どちらも愛するべきだ。ということさ」

 俺は、ニヤリと笑って盾と剣を構える。

「さて、決着をつけようか。ミレーヌ」

 余裕ぶった俺の態度にいらついたのか、ミレーヌが壊れかけた椅子を乱暴に蹴り飛ばす。

「ずいぶんな態度じゃないか。さっきまで、死にそうだったのに。もう一度、同じ目にあわせてやろうか」

 ミレーヌの剣から、雷撃がほとばしる。

 俺は、雷撃へ盾を向ける。それだけで、雷撃が掻き消えた。

「馬鹿な? なんだ、その盾は」

 ミレーヌが何度も雷撃を放つ。だが、盾はその全てをかき消していく。

 ゆっくりと近づく俺に、恐怖を感じたのか、ミレーヌが後ずさる。

「行くぜ!」

 俺は、ミレーヌへ向かって駆け出す。奴は、先ほどと同じように、魔法の檻を作り出し、必死に防御をかためようとする。

 今度は、さっきまでとは違う。八方から、八人の俺が魔法の檻に盾を打ち付ける。盾の威力に、魔法の檻は霧となって消えていく。

「嘘だ! こんなはずが……」

 ミレーヌが無防備な姿をさらして叫ぶ。俺は、構わずにミレーヌの豊かな胸に、剣を突き刺した。

「ある……わけがあああぁ」

 叫び声を上げるミレーヌの体が、少しずつ霧のようになっていき、やがて、大広間の床へと消えていく。カランと音がして、巨大な魔石が床に転がる。

 俺は大きく息をつき、剣を下ろした。

「勝ったねー」

「さすがでございます。ご主人様」

 いつの間にか、人の姿に戻ったエリスとアガサが俺の腰に抱き付いている。

「ああ。二人のお蔭だよ」

 俺は、二人をきつく抱きしめ、順番に唇を合わせる。

 二人とも積極的に応え、何度もキスを交わす。

 それを繰り返すうちに、熱い吐息を吐き出しながら、エリスが言った。

「いま、どっちに先にキスしたっけ?」

「そうでございますね。どちらでございましたか? ご主人様」

 二人が、俺の顔を見つめる。

「どっちだったかな? どっちもかもしれないな」

 俺は、視線を泳がせながら答えた。


   *


「さて、どうすればいいんだ?」

 大広間の壁にかかった、大きな魔石を見ながら考える。

「壊しちゃえばいいんじゃないー?」

 エリスが、どうでもよさそうな態度で答える。

「そんな、訳にもいかないだろう? 持って帰ればいいのかな」

「あの中に女神様が閉じ込められているとすれば、やはり、壊すのが一番手っ取り早いのではありませんか。ご主人様」

 アガサも、どうでもよさそうに答える。

「二人がそう言うなら、やってみるか」

 ラミラエルに貰った剣を出し、魔石に近づいていく。近くで見ると、深紅の魔石の中に、小さい人のようなものが見える。

 俺は、剣を振りかぶると、一息に魔石を叩き割った。

「うわっ!」

「きゃー!」

 割れた魔石から、大量の光を伴った霧が湧いてくる。失敗か! エリスとアガサを抱きかかえ、後ろへ下がるが、しばらくすると、光が弱まってきたので、ゆっくりと目を開ける。

「ありがとうございます。マイクさん」

 俺たちの目の前に、女神がいた。今までの女神とは違い、何か近寄り難い雰囲気がある。

「取り戻したのか? 自分を」

 女神が、胸の前で手を合わせ、ゆっくりと頷く。

「良かったな」

「ええ。半分ぐらいですけど」

 女神が、舌を出しながら笑う。

「半分ぐらい?」

「ええ、半分ぐらいです」

「どういうことだ?」

「だから、半分ぐらい力が戻りました」

 半分ぐらいか。言葉を交わすと、さっきまでの近寄り難い感じが失せてくるな。

「ほら。見てください。おっぱいも二つになってるでしょう?」

「いや、おっぱいは元から二つだったろうが。豊かな双丘の話はどうなったんだ?」

 自慢げに胸を持ち上げる女神を見ながら、叫ぶ。

「それは……全部戻った時のお楽しみということで」

「嘘だな」

「嘘じゃないですー。やってみもしないで言わないでください」

 俺は、女神の頭をつかみ、ぎりぎりと力を込める。

「いたたたたた。痛い! やめてくださいよー」

「いいから、説明しろよ。半分ってどういうことだ?」

「この魔石には、私の力の半分ぐらいが込められていたようです」

「じゃあ、残りは?」

 女神は、集中するように目を閉じた。

「うーん。もっと、細かく分かれて、遠くにあるみたいですね。きっと、魔王のところとか、他の魔族のところにあるんじゃないですか?」

「じゃあ、どうするんだよ。それも探しに行かなきゃならないのか?」

 女神が、首を振る。

「まあ、それは後でいいんじゃないですか。この力だけでも今までとは、全然違いますから」

「そうなのか?」

「そうなんです」

 女神が、俺の手を握る。

 気が付くと、俺たちは大広間ではなく、城の前庭に立っていた。

「魔法か?」

「そうです。見ていて下さい」

 女神が、目を閉じて、胸の前で手を合わせ祈りを捧げるような格好になる。すると、女神の体から、キラキラと輝く霧のようなものが湧いてくる。

 不思議な光だ。だが、見ていると心が落ち着いてくるような気がする。

「マイクー。見てー」

 女神をぼうっと見ていた俺に、エリスが叫んでくる。

「なんだ?」

「森が。暗い森が、どんどん緑の森に戻っていってるよー」

 エリスが指さす方向を見る。確かに、エルフ族の王宮の周りにあった暗い森が、どんどんと緑の森に変わっていき、見渡す限りの森が、すべて緑の森になった。

「ご主人様。魔法でございます」

 今度は、アガサが声をあげる。

「魔法?」

「はい。魔法が世界に満ちていくのを感じるのでございます」

 アガサが、嬉しそうに笑う。

「そうなのか? 俺には全く分からないが」

「マイクは魔法が使えないからねー」

 エリスが馬鹿にしたように言う。お前だって、使えないだろう。

「そんなことないよー。ほらー」

 エリスが、ふわりと浮き上がり、驚く俺の目の前まで飛んでくる。

「さすが、エルフ族の王女でございますね」

 大して驚いていない様子のアガサ。それもそのはず、アガサの体もエリスと同じように浮いている!

「どうなってるんだ?」

「力が戻ったことで、世界の半分を人族の住む領域に変えることが出来ました。以前のように世界を魔法で満たすことも。これからは、魔法石に頼らなくても、魔法を使う事ができるのです」

 目を開けた女神が、俺たちに慈悲深い笑顔を向ける。まるで、女神のようだ。

「本当の女神ですから」

「半分だけどな」

 俺の言葉に、女神が頬を膨らませる。

 それから、宙に浮いたまま俺に抱き付いているエリスとアガサを見つめる。

「エリスちゃんもアガサちゃんもありがとう。お蔭で半分だけ力を取り戻すことができました」

 エリスとアガサが、冷たい笑顔を浮かべる。

「エリスちゃんー?」

「アガサちゃんでございますか?」

 二人の答えに、急におどおどした態度に変わる女神。

「……エリスお姉様。アガサお姉様。ごきげんよう。お姉様たちのお蔭で力を半分取り戻せたのでございます。…‥‥私ごときのつまらないお願いですが、できれば、マイクさんに抱き付く場所を作っていただけたらと思いますが、いかがでしょうか?」

「そのうちねー」

「また、機会がございましたら……多分、ないでしょうが」

 エリスとアガサの取り付く島もない様子に、涙目になる女神。

「マイクさん。お姉様方がいじめるんですけど」

「そうか。……それより、何か音がするんだが」

 足元のほうから、ゴゴゴゴゴと何か壊れるような音がする。

「またまたー。誤魔化さないでくださいよ。マイクさん」

「本当に聞こえるよー?」

 エリスが、ピンと立った耳に手を当てる。

「ご主人様。気になっていたのでございますが、この岩の城は女神様の魔力を込めた魔法石の力で飛んでいたのではございませんか?」

「多分、そうなんだろうな」

「では、今はどうなっているのでございましょう?」

 なるほど。そういうことか。

「つまり、落ちるってことか」

「さようでございます」

 アガサが、落ち着いた様子で頷く。

 話している間にも、音は大きくなってくる。まるで、地震のように足元がぐらつきだした。

「逃げよう!」

 エリスが、叫び空中に浮かぶ。

「お姉様! 置いて行かないでください!」

 女神が、エリスに向かって叫ぶ。

「いや。お前、自分で飛べないのか?」

 呆れて、女神を見つめる。

「苦手なんですー! マイクさんだって飛べないじゃないですか!」

「俺は、魔法なんて使ったことないからな。お前は本職じゃねーか」

 口汚く罵りあう俺達を、空中からエリスとアガサが見つめる。

「そんなに仲がよろしいのでしたら、そのまま置いていってもようございますが」

「そうだねー。二人の事だから、落ちても大丈夫だよー」

 女神が、突然手を叩いた。

「そうだ! 飛べないけど、移動はできるんでした。それじゃ、また」

 突然、女神の姿が消える。俺は、呆然と女神のいた位置を眺めた。

「どうするー。マイク?」

 エリスが、ニヤニヤ笑いながら俺を見る。

 俺は、ため息を一つついてから、両手を高く上げた。

「連れてってくれ」

「かしこまりました。ご主人様」

「りょーかいー!」

 アガサとエリスが、俺の手を引っ張りながら空中に浮く。

 俺は、そんな情けない格好で帰還を果たしたのだった。

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