31.エルフ王宮にて
「あれっ? どうしたのアガサ」
エリスの声で、振り返ってアガサを見る。
アガサの頬には、一筋の涙が零れていた。
「どうしたのでございましょうね。急に涙がでてきたのでございます」
アガサが、嬉しいような悲しいような顔をする。
「まあ、そういうこともあるんじゃねえか」
俺は、そう言ってアガサの頬を拭ってから、抱きしめる。
「もう、大丈夫でございます。ご主人様」
しばらくすると、アガサが小さい声で言い、そっと俺から離れる。
「じゃあ。行こうかー」
エリスを先頭に歩き始める。知っている場所なのだろうか。エリスの歩みには迷いがない。そのうちに、大きく豪華な扉の前に到着した。
「誰だ! 怪しい奴め」
扉の前にいた、エルフ族の男が棒を突きつけ、エリスを止める。
「えー。あたしのこと知らないの? エリスだよ。王女の」
エリスが、訳の分からないことを言い出した。
「何を言ってる? エルフの王女がそんな派手な格好をしてるわけないだろう」
門番は、まったくエリスを相手にしない。
「やっぱり、嘘だったのか」
「ご主人様。それは可哀想でございます。妄想といったほうがよろしいかと」
俺とアガサが、ため息をつく。
「ちょっとー。妄想じゃないよ。ため息つかないでよー」
わめいているエリスに近づき、棒の先端を握る。
「なんだ! 逆らう気か?」
エリスの首に棒を突きつけた、門番が俺に怒鳴る。俺は、構わずにつかんだ棒を少しづつ下げていく。
「ちょ。ちょっとー」
首元の棒を下げられ、エリスがのけぞってリンボーダンスのような姿になる。門番の目が見開かれたのちにだらしのないものに変わる。
俺がさらに棒を下げると、門番も俺の動きに合わせる。それと同時に、エリスは両足を開き、チャイナ服のスリットから白い太ももがあらわになっていく。
「もう、限界だよー」
ついに限界を迎えたエリスが、両足をM字の形に開いて地面に倒れる。
俺は、門番とハイタッチをすると、ポケットからラミラエルにもらった、侯爵カードを取り出した。
「これは! あなたが例の侯爵ですか? 少々お待ちください」
門番は、扉へと近づき何か機械らしきものを動かす。
すると、扉が音を立てて開き、キラキラと光る緑色のドレスを着た女性が出てきた。地面に、横たわるエリスを見て大きなため息をつく。
「……久々に出会う娘が大股開きとは、世も末ですね」
「大変派手派手しい格好でございますね。ご主人様」
アガサが、俺の耳元で囁いた。
*
「初めまして、侯爵。私はエルフ族の女王。エメルディアです」
招き入れられた部屋のソファに座る。
「マイクです。こちらは、アガサ」
俺の言葉に頷くエメルディア。いかにもエルフ族らしい緑のドレスに身を包んでいる。しかし、ドレスはキラキラと光を反射し、深いスリットからは、むっちりとした太ももが足の付け根まで見えて、ひょっとして履いてないんじゃないかと思わせる。
そして、胸元は大きく開き、そこにはエリスよりも大きいと思われる二つの……ゴキッ。
「アガサ。急に首をひねらないでくれ。痛い」
「失礼いたしました。ご主人様の目つきがあまりにも変態的なものでしたから」
「そうだねー。ちょっと見過ぎだよ。マイク」
俺たちのじゃれ合いを見ながら、エメルディアがくすくすと笑う。
「三人とも、とても仲が良いのね。うらやましいわ」
俺は、ちょっと顔を赤くしながら、エメルディアに顔を向ける。
「そうですね。エリスとアガサの二人とも、仲良くさせてもらっています。えーっと……」
はて、何と呼べばいいのだろう。
「エメルディアで構いませんよ。侯爵。もちろん、お義母さんでもいいですけどね」
エメルディアがいたずらっ子のような顔になる。
「じゃあ、エメルディアで。俺の事は、マイクでいいですよ」
「では、マイクさんと。娘とはどこで知り合ったのですか?」
俺は、初めてエリスと出会った時のことや、冒険者ギルドでパーティーを組んだこと。ピピン村でのことや、暗い森での出来事を話す。
「……そうでしたか。急に、劇的な出会いを求めて旅立つなんて言い出したものでしたから、心配していたのですが……マイクさんのようにいい人に出会えたようで良かったです」
エメルディアが安心したように微笑む。
「娘は、私たちエルフ族の中でも特別な力を持つと予言された子です。きっと、マイクさんの役に立つ日がきましょう」
「そうなの? 初めて聞いたよー」
驚くエリスを見て、エメルディアが優しく微笑む。
「その予言があったから、あなたの直感を信じて送り出したのです」
「そっかー」
全然、特別な力を持っているようには見えないけどな。いや、常に性的なハプニングを起こすのは、特別な才能なのかもしれない。それ以外は、思いつかないけれど。
「それはそうとして、魔族が侵攻してきていると聞いたんだが」
俺の言葉に頷くと、エメルディアは立ち上がり窓の方へ向かった。俺たちも、エメルディアの後に続いて窓から外を見る。
「岩が浮いてるよー。マイク」
「そうだな」
この部屋は、かなり高いところにあるらしい。足元には、エルフ族の街並みが見え、町の端には円形の城壁が見える。
そして、城壁の外側に巨大な岩が浮かんでいた。
「あれは、魔法で浮いているのでございましょうか?」
「多分そうだと思います。今の私たちには、あのような大規模な魔法は使えませんが、世界が魔法であふれていたころには、あのような魔法も存在していたようです」
アガサの言葉に、エメルディアが答える。
「どうして、あそこに浮いたままなんだ?」
「古い時代の魔術で防壁が張られているのです。今までは、なんとか持っているのですが、多分あと二、三日で破られてしまうでしょうね」
「……そうか。じゃあ、明日、こちらから仕掛けるか」
俺は、エリスとアガサを振り返る。
「いいよー」
「お伴いたします。ご主人様」
二人の言葉に、エメルディアが喜ぶ。
「ありがとうございます。マイクさん。今日は、ここでゆっくりと休んでください。……隣の部屋に食事を用意してあります。どうぞ、寛いでくださいね」
*
「初めまして。マイク君。エリスの父のドルフだ」
隣の部屋へ入ると、豪華なテーブルにエルフ族の男が一人座っていた。何やら腕組みをして、俺のほうを睨んでいる。これは、例のパターンなんだろうか。
「初めまして。マイクです」
警戒しながらも、笑みを浮かべてドルフさんの前に座る。すると、親しげに話しかけてくるドルフさん。
「マイク君は、あれかな。お酒はいけるほうかな?」
違ったー。これは、女ばっかりの家族の中で虐げられているお父さんが、味方が増えて喜んじゃうほうのパターンだ。
「はあ。そこそこですね」
注がれた酒を口に運びながら、適当な事を口にする。
「あら。あなた、マイクさんは明日決戦なんですから、あまり飲ませないでくださいよ」
ドルフさんの隣に座ったエメルディアが、窘める。
「いやいや、少しぐらい飲んだほうが戦えるってもんさ。なあ、マイク君?」
いつの間にか、俺の横に座ったドルフさんが、俺のグラスに酒を足す。
「はあ。そうですね」
注がれたものを飲まないわけにもいかない。俺は、開いたグラスをドルフさんに差し出す。
「おー。さすが侯爵。さあさあ、どんどん飲んで」
ドルフさんが、調子に乗って俺のグラスに酒を注ぐ。
「あ・な・た」
次の瞬間、エメルディアの冷たい声が響き、ドルフさんがビクッとする。
「いやー。いかんいかん。ちょっと調子に乗りすぎたかな」
ドルフさんは、頭を掻きながら自分の席に戻った。
「マイクー。これ、食べなよー。お母さんの得意料理なんだよ」
いまのやりとりをまったく気にしていないエリスが、俺にビーフシチューのような肉を差し出す。エルフ族なのに得意が肉料理なのか。首を傾げながら食べるが、確かに旨い。
「旨いな」
「あらー。マイクさんったらお上手ね。ほら、こっちも食べてみて。自信作なの」
エメルディアが、別の皿の料理を進める。こちら、蒸した肉のようだ。
「何なのでございましょう。この空気は。本当に、私たちは明日、あの岩の城と戦うのでございましょうか?」
横を見ると、アガサが辛そうな顔をして肉料理を食べている。
「そんなに、無理しなくていいぞ」
「いえ。やはり肉こそが豊かな山々を築くのでございましょう。私は、ご主人様のためでしたら、限界を超える覚悟でございます」
すぐにアガサが、限界を超えたため、その場はお開きとなり、就寝と相成った。
*
「お久しぶりです。マイクさん」
「いや、今日会ったばっかりじゃねーか」
控え目な声の女神が俺の前に立っている。なぜか、白い修道服を着ている。
「どうしても、会いたくなってきてしまいました。いけない娘ですね。私」
そう言われると悪い気はしない。
「いや、別にいいんだ。来てくれて嬉しいよ」
俺の言葉に、女神が瞳を輝かせる。
「本当ですか。さすが、マイクさん。優しいですね!」
「そうかな」
「ええ。ところで、アガサお姉様と、エリスお姉様はお元気ですか?」
「メロメロじゃねえか。いったい何があったんだ? いや、やっぱり言わなくていい。男としての自信を無くしそうだ」
女神が、胸の前で両手を合わせ、祈りを捧げるような恰好をする。
「ああ。アガサお姉様とエリスお姉様が、無事に明日の戦いから帰ってこれますように。私はいつまでも祈り続けております」
「いや、お前が女神じゃないのか? 誰に祈ってるんだ」
「そうですね」
急に、真顔に戻る女神。
「いやだなー。冗談ですよ。冗談。お二人とはちょっとお話ししただけですよ」
「そうか。冗談か。安心したよ」
「充実した話し合いでした。……具体的には、下のお口でたっぷりと……」
「おいおい、具体的な話はやめろよ。冗談じゃなかったのか?」
「もちろん、冗談ですよ」
「そうだろう。そうだよな」
すがるような目つきの俺に、女神は艶然と笑った。
「いよいよですね。マイクさん」
「なにがだ?」
「あれですよ。私の体を取り戻すっていう話」
「あー。あれか、ちょっと忘れてたな」
「ひどいですよー。エメルディアさんの胸に見とれて忘れてましたね」
「否定はしない」
開き直って答える。
「ぐっ! 正直すぎる答えのほうがグサッときますね。でも大丈夫ですよ」
「どういうことだ?」
「言ったじゃないですか。今の私は残りカスみたいなものだって」
「そうだな」
「つまり! 私が本当の姿に戻れば、エメルディアさんなんか問題にならないような豊かな双丘が、マイクさんのものになるわけです」
「おいおい、大きく出たな。……本当か?」
「さすがはマイクさん。その野獣のような目が素敵です。アガサお姉様の蔑むような目には、かないませんけれども」
女神が、潤んだ目で中空を見つめる。いったい、何を思い出しているのか非常に気になる。
「とにかく、豊かな……そう、エリスお姉様の包み込むような柔らかいあの……それを超える素晴らしいものが、マイクさんの手に入るんですよ。どうです? やる気出てきました?」
女神は、とうとう太ももをこすり合わせながら、両目を閉じる。
「いや、どっちかというと、やる気を失ってきたんだが」
「やる気だしてくださいよー」
「まあ、できるだけ頑張るよ」
「そうですね。これくらいの方がマイクさんらしくて素敵です」
「じゃあ。そろそろ寝かせてくれ」
俺が、目を閉じようとすると、女神が俺の前にひざまずく。
「あのですね。マイクさん」
「なんだ?」
「いままで、ずっとマイクさんと話してきたのは、こっちの私じゃないですか」
「まあ、そうともいうな」
「行ってみれば、私が正妻といえなくもないわけでもないわけですよ」
「そうなのか? そうかもしれないが」
「でしょう? だから、決戦前には私に、その‥‥…種付けしていってくれませんか?」
そう言いながら、夢の中の女神はそっとスカートをまくり上げた。




