30.魔女ギルドにて
「……魔王?」
「あー。疑ってますね、マイクさん」
女神がほっぺたを膨らませる。
「いや。疑ってるわけじゃないが。魔王って、馬鹿じゃないのか?」
「馬鹿じゃないですー。魔族の王だから魔王でしょ」
「まあ、おかしくはないか。それで? そいつはどこにいるんだ?」
「さー?」
女神が両手の手の平を上に向ける。
「知らないのかよ。お前、そいつのところにいるんじゃないのか?」
「多分そうなんだと思うんですけど。もう、力が無くて感知できないんですよ」
首を振る女神に、俺も納得する。
「じゃあ、どこにいけばいいのか分からないわけだ」
「そうですね。でも、そのうち向こうから攻めてくるんじゃないですか? そしたら、マイクさんが、こう、ズバーッとお願いします」
「何が、ズバーッだ。簡単に言うなよ」
女神の適当な言い方に、呆れる俺。
「まあ、本当に魔王と名乗っているかどうかは分からないんですけどね。でも、マイクさんが会えば、きっとわかると思いますよ」
「ずいぶん適当だな」
「いいんですよ、適当で。もう、何百年も待っていたんです。それが、明日だろうが一年後だろうが、どっちでもいいことじゃないですか」
「え? どういうこと? お前の力はもうすぐ尽きちゃうんじゃないのか?」
女神の言葉に驚く。今日明日にでも力が尽きるのかと思っていた。
「あー。そう思っちゃいました? そんな、すぐじゃないですよ。細々とやってれば、あと百年ぐらいは、大丈夫です」
「そうなのか。じゃあ、そんなに焦らなくてもいいんだな」
安心して、ソファに深く腰掛ける。
「それで、結局のところマイクさんはどうなんですか? 助けに来てくれます?」
女神が瞳をうるうるさせながら、俺を見つめる。ため息を一つついて答える。
「ああ。助けに行くよ」
「ありがとうございますー。やっぱり、私の魅力にメロメロなんですねー」
「そういうわけじゃない。それなりに、この世界でも守るものができたからな」
「そうなんですか?」
不満そうな顔をする女神。
「やっぱり、ここは、私のために頑張って欲しいんですけど」
「それもないとは言えないが……それだけじゃ、ないってことだ」
俺はソファから立ち上がる。
「あれ? もう行っちゃうんですか」
「ああ。だいたい話は分かったからな。二人と相談して、どうするか決めるよ」
「でもでも。マイクさんは、これから決戦にむかっちゃうんですよね」
「多分な」
「多分ですかー? でも、きっと行ってくれますよね。それなら……」
女神は、自分の服をちょっと持ち上げた。綺麗な太ももが露わになる。
「……子種を残すために、頑張っていったほうがいいんじゃないですか?」
*
残りカスのようになった俺は、女神の部屋の扉から外に出る。
そこには、何故か子供になったアガサがいた。身長は百センチぐらいになり、黒い子供用のドレスを着ている。
「どうしたんだ、アガサ? まるで、十歳ぐらいに戻ったみたいじゃないか。ああ、気にするな。たとえちっちゃくなっても俺の愛は変わらないからな」
小さいアガサに駆け寄り、抱き上げる。軽い。こういうのもありだな。そんなことを考えていると、小さいアガサが俺の脳天に、チョップをかました。
慌てて、アガサを地面に下ろす。
「ずいぶん乱暴になったな」
「私は、アガサではない」
なぜか嬉しそうな顔をした小さいアガサが、訳の分からないことを言い出した。
「おいおい、どう見てもアガサじゃないか。耳だって、ほら……あれ? 普通の耳だな」
なんという事だ、アガサの耳が普通の耳になっている。
「分かったようじゃな。私の名はラミラエル。当代の魔女ギルド長じゃ」
小さいアガサ。いや、ラミラエルか。彼女が、腰に手を当て胸を張って答える。
「おーい。門番君。また、変な奴がいるぞー」
俺は、手を上げて門番を呼んだ。門番が、ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
「怪しい奴はどこですか? 侯爵。私には見えませんが」
門番が、あたりをきょろきょろする。
ラミラエルが門番に向かって手をかざす。門番は、慌てて敬礼した。
「おーっと! 魔女ギルド長じゃないですか」
どうやら、本当に魔女ギルド長らしい。どうみても子供だが。
「それで? 魔女ギルド長が俺になんか用か?」
「女神様の話を聞いたか?」
「ああ。捕らわれている自分を助けてほしいとか言ってたな」
「引き受けたのか?」
「まあ、一応な」
「ならば良い。頼んだぞ」
言いたいことは言ったのか、ラミラエルが部屋から出ていく。
「さすが、幼女から女神まで、見境なしでございますね。ご主人様」
いつの間にか、俺の背後にいた本物のアガサが冷たい声を出す。俺は、恐る恐る振り返った。
「いや、違うよアガサ。ちょっと引っかかったふりをしただけだ」
「さようでございますか」
「そうそう、それに女神とは話をしただけだし」
「さようでございますか」
アガサの返事に、脇から冷たい汗がでるのを感じる。
「それより、今度は女神を助けてやらなきゃならないらしい。付き合ってくれるか?」
エリスとアガサの二人に問いかける。二人は、久々のこそこそ話を始めると、しばらくしてニッコリと笑った。
「そうだねー。行くのはいいんだけどー」
「御主人様に付いて行くことに異論はございません」
そう言いながら、二人は女神の部屋の扉に近づいていく。
「ちょっとだけ、話をつけてくるよー」
「少々お待ちくださいませ。ご主人様。……二時間ほど」
二人が顔を向かい合わせ、頷き合うと、女神の部屋の扉を蹴り飛ばし、クスクス笑いながら部屋の中へ入って行く。きっと、俺には分からない相談が行われるのだろう。
俺は、頭を掻きながら、部屋をでた。
*
部屋を出てると、真っ白な廊下でガブリエラが待っていた。
「ギルド長には、お会いになりましたか?」
「ああ。なんで子供がギルド長なんかやってるんだ?」
「子供ではありませんよ。あれは、長命を保つために魔法で体の成長を遅くしているのです。実際には、かなりのお年のはずですが」
「そうなのか」
それならば納得だ。
「もちろん、私は違いますよ。見た目通りの年齢です」
ガブリエラがローブを脱ぎ、黒いワンピース姿をさらす。上から下までじっくりと見て考える。見た目通りの年齢ってどういうことだ?
「ちょっと、よく分からないな。もう少し見せてもらってもいいかな」
言いながら、ガブリエラの周りをぐるぐると回る。ただ、見ているのもなんなので、たまに立ち止まってうんうん頷いてみたりする。
「なるほど。わからんな」
どうせ暇なので、ガブリエラと遊ぼう。
「わかりませんか?」
「そうだな。出来ればへそを見せてもらえないかな?」
ガブリエラが、真っ赤になる。
「そ、それは、必要なことなんですか」
「当たり前だろ。いや、別にいいんだ。見せてもらえなければ、あそこにいる門番に、ガブリエラは魔法で若さを保っていると伝えるだけだ」
「わ、分かりました。ちょっとだけですよ」
そう言いながら、ガブリエラがワンピースの裾をまくる。俺は、しゃがみこんで下から、三角形のあたりを、いや、へそをみるんだったけ?
「ど、どうでしょうか?」
ガブリエラが内またになりながら聞いてくる。
「うーん。分かった……確かに、見た目通りの年齢のようだな」
俺の言葉に、ほっとしたようにガブリエラがワンピースの裾を下ろす。
「そういえば。王宮というからには、王がいるんだろう? どうしてるんだ?」
十分暇が潰せた俺は、今度こそ聞きたいことを話す。
「王は心労がたたって臥せっております」
ガブリエラが目をふせる。まあ、こんな状況じゃしょうがないだろう。
「じゃあ、今後の事は誰と話せばいいんだ?」
「ギルド長でしょうね。案内します」
ガブリエラが廊下の奥を指し示し、歩き出す。俺は大人しくついて行った。
「ああ、マイクか。座ってくれ」
部屋へ入ると、ラミラエルが俺に席を進める。何か、慌てているようだ。
「何かあったのか?」
ガブリエラが、手元の紙のようなものを見ながら頷く。
「悪い知らせじゃ。魔族がエルフの王宮に侵攻を開始したそうじゃ」
「エルフの王宮?」
「そうか。マイクは知らないんじゃったな。この王宮から……そうじゃな、徒歩なら三か月ぐらいかかる場所にエルフの王国がある。そこには、エルフの王宮があるんじゃ」
「なるほど。じゃあ、ドワーフや獣人の国もあるのか?」
「あったというのが正確じゃな。今は、ドワーフと獣人の国は存在しない」
ラミラエルが、昔を思い出すように目を細める。
「魔族にやられたってことか……」
「そうじゃな。国を無くしたドワーフや獣人はこの国に逃げてきた。といっても、昔の事じゃからな。今生きている者たちは、ずっとこの国にいるものがほとんどじゃろう」
「それで? 戦況はどうなんだ」
「良くはないようじゃ。魔族は空中に浮かぶ岩のような城から攻撃を続けているらしい」
ラミラエルが、手紙を見ながら答える。
「そこでじゃ。マイク」
「何だ?」
「エルフの王宮へ行ってくれんか?」
「それは、いいが。どうやって行くんだ?」
「先ほどの、回廊にエルフの王宮へ続いている扉もある。それを通れば一瞬でエルフの王宮へ着くじゃろう。あとは、向こうで考えてくれ」
「適当だな」
「エリスもおるし、変な事にはならないじゃろう。向こうの連中と協力して、魔族を倒してくれ」
頷いて立ち上がる。
「そういや、剣がないんだ。適当なのを貸してくれないか?」
「アガサがおるじゃろう」
「そうじゃねえよ。普段使う剣だよ。なんかないのか?」
「そういうことじゃったか。なら、これを持っていけ」
ラミラエルが、部屋の壁に掛けてあった剣を取り、渡してくれる。
「いいのか? 大事なものなんじゃないだろうな」
「今回の侵攻が防ぎきれなければ、どのみちこの王宮も同じ道をだどるじゃろう。それならば、マイクに使ってもらった方が良い」
「そうか、じゃあ借りてく。あとで返すよ」
俺が、剣を腰につけていると、ラミラエルがクスクスと笑う。
「剣を返すつもりとは、マイクは中々の自信家じゃな」
「まあ、死ぬつもりはないからな。負けそうになったら、逃げてくるよ」
答えながら、部屋を出る。
扉が沢山ある部屋へ戻ると、門番が声を掛けてくる。
「出陣ですか? 侯爵」
「まあ、そんなところだ。俺の連れを見なかったか?」
「いいえ。見ておりませんが」
門番と話していると、扉の開く音がした。
「やっほー。マイク」
「お待たせしました。ご主人様」
エリスとアガサの二人が、手を振っている。チャイナ服姿で。相変わらず、エリスは白、アガサは黒を基調にして、それぞれ金と銀の刺繍がふんだんに施された見事な服だった。
「どうしたんだ? その服」
「いいでしょー。女神様にもらったんだー」
エリスがニコニコ笑いながら答える。
「とっても快く、服を差し出していただきましたよ」
アガサが冷たい笑いを浮かべる。
「……そうか。仲良くなったんなら何よりだ」
どれくらい仲良くなったのかは、聞かないでおこう。そのうち女神が夢で話してくれるだろうしな。
「それで、これからどうするのー。マイク」
「ああ。どうやら、エルフの王宮に魔族が侵攻してきているらしい」
「大変じゃない! 早く行こうよー。マイク」
エリスが急に慌てる。まあ、エルフだからな。自分の国が心配なんだろう。
「エルフの王宮まで通じている扉があるのでございますか? ご主人様」
「そうらしい」
アガサに答えるが、考えてみるとどの扉がそうなのか分からないな。困っていると、パタパタ音を立てながらラミラエルが走ってきた。
「マイク。これを渡すのを忘れておった」
ラミラエルが、カードのようなものを渡してくる。
「なんだこれは?」
「侯爵のカードじゃ。冒険者カードの代わりと思ってくれればよい」
ラミラエルの言葉に頷き、カードをポケットにしまう。
「それより、エルフの王宮に続く扉はどれなんだ?」
俺の言葉にラミラエルが、一つの扉を指さす。
「あれじゃ。王宮の中に直接通じておる」
「そうか。じゃあ、行ってくる。朗報を期待しててくれ」
俺たちは、扉の前に立ち、もう一度ラミラエルを振り返る。
「期待しておるぞ。……気を付けるのじゃぞ。……マイク。二人の事を頼むぞ」
ラミラエルは、俺たちを順に眺めてから、もう一度アガサを見つめる。
まあ、そういう事もあるんだろうさ。
俺たちは、ラミラエルに手を振り、扉をくぐった。




