29.王宮にて
「ねー。マイク」
エリスが俺の耳元で囁く。
「なんだ?」
「さっきのあれなんだけどさー。あれって夜も使えるの?」
「あれって?」
エリスは、顔を赤くしながらもじもじする。
「だからさー。あの分身するやつ。あれが夜も使えればさー。あたしもアガサもうれしいかなって」
そういう事か。そうかー。それは考えなかったな。
「エリス。あれが使えるのは私が剣になったときでございますよ。それとも、何人ものマイクを相手にするのが好みでしたら、それでもよろしいですが」
アガサが咳ばらいをする。
「そっかー。残念だな……でも、それも結構楽しいかもね。今度試してみる?」
エリスの言葉に、ガブリエラさんが反応する。
「乱れてる。乱れてるぴょん。やっぱり、そういう人だったんだぴょん」
「いやいや、ガブリエラさんの格好のほうが乱れてるよ」
「これは、神託だからしょうがないんです! 好きでやってるわけじゃないぴょん。あと、さん付けはいらないぴょん」
「いや、もう完全にしゃべり方がなじんでるじゃねーか。ガブリエラぴょん」
ぴょんぴょん言いながら飛び跳ねるガブリエラ、胸もあわせてポヨンポヨン揺れる。
「まあ、そういう話は三人だけの時にしとけよ。それより、どうする? 王宮に行ってみるか?」
ライルがあきれたような声を出す。
「そうだな。ガブリエラ。この間の扉を使えば、すぐに行けるのか?」
「そうですね。あっという間ですぴょん」
「そうか。じゃあ、行ってみるか。王宮に行けばもっと詳しいことも聞けるんだろう?」
エリスとアガサが頷く。二人とも特に反対はしないようだ。
「では、行きましょうか。ライル様はどうします?」
「俺は、いいよ。お前が案内してやってくれ」
ライルがガブリエルを追っ払うように手を振る。どうやら、面倒臭いらしい。まあ、王宮なんて堅苦しいところなんだろうから、ライルは行きたがらないだろう。
「偉い人に会ったりするんじゃないのか? 服はこのままでいいかな」
「冒険者らしい格好でいいと思いますよ」
ガブリエラが頷きながら、ギルド応接室の扉を開ける。
「では、行くぴょん。私の後についてくるぴょん」
初めて魔法の扉をくぐるってのに、ぴょんのせいで緊張感が台無しだ。俺たちは、ガブリエラのお尻にくっついているフワフワの尻尾に続いて扉に入った。
*
「誰だ! 怪しい奴め」
扉を出ると門番らしき男が、ガブリエラに剣を突きつけていた。
「怪しくないぴょん。魔女ギルドのガブリエラだぴょん」
「魔女ギルドの魔女が、そんな恰好なわけあるか! しゃべり方まで怪しいな」
門番は、ガブリエラを怪しむようにぐるぐると周りをまわる。
確かにどう見ても怪しい。バニーガール姿だからな。ガブリエラは深くため息をつくと、尻尾のあたりからローブを取り出し身に着ける。そして、頭に着けたうさ耳を外した。
「あっ! ガブリエラさんじゃないですか。どうしたんですか。さっきの格好」
ローブ姿のガブリエラを見て、今気づいたというように門番が声をあげる。多分気づいてたんだろうけど、全方向から見たかったんだろうな。
「特殊任務だ。今見たことは忘れろ」
突然固い口調になったガブリエラ。門番はこくこくと頷いた。
「大丈夫です。すべて忘れましたぴょん」
ガブリエラが、無言で手の平を門番に向ける。
「いえ。完全に忘れました。女神様に誓います」
門番が、急に真面目な顔になった。ガブリエラ……まさか、魔法で記憶を消す気じゃないだろうな。
「ところで、そちらの三人は?」
「新しい侯爵とその連れだ。今から女神様に会っていただく」
門番が、驚いた顔で俺を見る。
「なるほどー。そうは見えないですけどね。おっと。失礼しました! 侯爵殿! お通り下さい」
門番の敬礼に軽く手を上げる。門番は、奥にある扉を示した。
「あちらが、女神様の部屋への扉になります」
「は?」
驚く俺。ガブリエラが俺を不思議そうな顔で見る。
「どうしました?」
「いや、女神様の部屋ってどういうことだ? ここにいるのか?」
「そうです。もう知っているとばかり思っていました。ギルドで説明を受けなかったのですか?」
ガブリエラの言葉に首を振る。確かにギルドでは、女神様がいるということは説明されたが、俺は、この世界の人々は信仰深いんだなとしか思っていなかった。
それに、俺が出会った女神は、この世界を見守っているだけだと言っていた。だから、どこか世界と離れたところにいるんだと勝手に思っていたが……まさか、王宮にいるとはな。
「どうしたのー。マイク」
エリスが心配そうに俺を見る。俺は、何でもないというように首を振った。
「この扉の向こうに女神様がいるのか?」
「そうです。今回は、侯爵一人で来るように仰せです」
「えー。あたしも会いたかったなー」
エリスが残念そうに言う。アガサは、あまり興味ないみたいだな。
「多分、後でお会いできますよ。侯爵、よろしいですか?」
ガブリエラの言葉に頷き、扉を開ける。中からは、白い光があふれてきて様子が分からない。俺が、ガブリエラを振り返ると、大丈夫ですという顔をして頷く。
俺は、あきらめて扉の中に歩を進めた。
*
「初めましてマイクさん。それとも、お久しぶりのほうがよろしいでしょうか」
いつもとは違い、いかにもといった白いフワフワのドレスを着た女神が目の前にいた。
「どうかしました?」
小首を傾げてこちらを見る。
「いや。いつもとずいぶん違う様子だからな」
女神は、俺の言葉に頷く。
「そうですね。マイクさんとは夢で何度も会っていますが……厳密に言うと、あれは私ではないんです。なんといいますか、私の中の奔放な部分が飛んで行っているというか。とにかく違うんですよ」
思い出したのか、女神の顔が赤くなる。
「どういうことだ?」
女神との事を思い出し、ちょっと気まずい気持ちになる。
「説明いたしましょう。少し、長い話になりますが」
俺は、女神の部屋にあるソファに座りながら頷いた。
「ここにいる私は、本当の私ではないんです。もちろん、マイクさんの夢に出てくる私も」
「じゃあ。本当のお前はどこにいるんだ?」
「本当の私は、ここではないところに捕らわれているんです」
女神が、申し訳なさそうに目を伏せる。
「それなら、ここにいるお前は何なんだ?」
「そうですね。分かりやすく言うと、残りカスのようなものでしょうか」
「ずいぶん、自分を卑下するような事をいうな。冒険者に加護を与えたり、色々やってるじゃないか」
俺は、自分の冒険者カードを見る。これがある限り冒険者は、女神の加護を得る。そういう話だったと思っていたが。
「そうですね。でも、それが限界なんです」
「本来は、もっと力があるっていうことか?」
「ええ。私の力が本来のものだったら、この世界にはもっと魔力があふれ、人々は魔法を使って暮らしていけることでしょう」
「使ってるじゃないか。魔法石とか」
「もともと、この世界はもっと魔法がありふれた世界だったんです。でも、ある時を境に魔法を使った進化は止まってしまった。それでも、魔法を基本にして進化してきた世界は、魔法なしでは暮らしていけません。私が、力を込めて作った魔法石を使って細々とやっていくしかないんです」
「なるほど。魔法石は魔女ギルドが作っている訳じゃないのか」
「ええ。私が残りの力を使ってようやく作り続けているだけです。でも、もうその力も終わりが近づいています。先程も言った通り、所詮、今の私の力は残りカスのようなものですから」
女神は、自嘲的な笑いを浮かべる。
「そうかな。俺には、いつものお前よりよっぽど女神らしく見えるが」
「そうですか?」
女神が嬉しそうに笑う。
「そういえば、いつも会う方の私は、もっとマイクさんと親しい感じでしたね。どちらの方がいいでしょうか?」
「話しやすいほうでいいんじゃないか」
俺の言葉の何がうれしいのか、女神はパンと手を叩く。
「じゃあ、夢の中みたいな感じでもいいですか?」
「そりゃいいけど。……ああ、別に服は着替えなくてもいいぞ」
服を着替えるためか、走りだそうとする女神を止める。
「そうですか? ガブリエラみたいな服のほうがいいかと思ったんですけど」
「いや。今、真剣な話をしてるんじゃないのか? ぴょんとか言われたら台無しだろ」
「そ、そうですね。真面目な話でした。マイクさんと話してると、ついつい気が緩んじゃいますね」
女神が、にへらーという顔になる。
「いや。話を進めようぜ。今度は本当の話なんだろう?」
「そうです。夢の中の話はちょっと忘れてください。あれは、何ていうか乙女の妄想みたいなものですから。マイクさんの気を引きたくて、ついつい言っちゃうんですよ」
そうなのか? 色々考えた俺が馬鹿みたいだが、黙って頷く。
「ところで……どうです、この服? 興奮します?」
俺の前で立ち上がった女神が、クルリと回る。スカートがふわっとめくれ、俺の視線は女神の太ももに釘付けになる。
「あ。答えなくて大丈夫ですよ。さすがマイクさん。目だけで十分わかりますよ」
女神が、照れる。俺は、咳ばらいをして女神を睨んだ。
「真面目な話をするんじゃないのか?」
「真面目な話ですよ。マイクさんが私に魅力を感じてくれないと、話が進まないじゃないですか」
「というと?」
「さっき、言ったじゃないですか。あるところに捕らわれてるって」
「言ったな」
「どこだと思います?」
「まあ、普通は魔族のところなんじゃないのか?」
顎に手をやり、考える。人族のところにいないなら魔族、当たり前のことだ。
「正解! それで、どうでしょう」
「何が?」
「助けてあげちゃおうかなー。なんて、思いません?」
女神が、両手を胸の前で合わせて、潤んだ瞳で見てくる。
「あまり」
「ほらー。そういうと思った。エリスちゃんとアガサちゃんがいれば十分なんでしょ!」
「そうとも言うな」
俺は、冷たく言い放った。
「なんでですかー?」
「いや、だってお前本当の事言ってないだろ。大体、俺をこの世界に連れてきた時の話はどうなったんだ? この世界を見守るのが仕事だって言ってただろ。それに、今回初めて人を送り込むみたいなことも言ってたじゃないか」
女神は、急に眼をきょろきょろと動かす。挙動不審だな。
「いや、見守ってるじゃないですか。ここで」
「言い方だな」
「それに、初めてって言った方が男の人の受けがいいじゃないですか」
「急にビッチ理論持ち出すなよ。つまり嘘をついたってことだな」
俺の言葉に、女神が俯く。十秒ほども、そうしていただろうか。急に、キッと顔を上げ一気にまくし立てた。
「そうです。嘘をつきましたー。だって、何百年も世界を見守ってるとか、それってババアってなるじゃないですか。私だって女の子なんだから若く見られたいんですー。それに、初めてなんです、きゃっ、ていう方が喜ぶでしょ。マイクさんだって喜んでたじゃないですか」
「言い訳オンパレードだな」
俺の呆れたような声に、また顔を俯かせる。
「……怒ってますか?」
「いや、別に怒ってないよ。この世界を楽しんでるからな」
「そうですか! それなら良かったです!」
急に元気になる女神。
「よし。じゃあ、本当の事を言え。全部だぞ」
「えー。全部ですか?」
「言わないんなら、俺は帰るけどな」
「えー! 待ってくださいよ。言います。言いますからー」
立ち上がる俺に女神が縋りつく。胸が、ふにょんと当たるが気にしない。
「あのですねー。ずいぶん前のことなんですが、急に強い魔族が現れたんですよ。今、思えば私が送り込んだ人が魔族と融合したんでしょうね。それで、なんやかんやあって、私をここから奪っていっちゃったんです」
「それが、何百年も前の話か?」
「そうです。それまで魔族の領地のほうが少なかったんですが、この何百年間の間に魔族が優勢になって、人族大ピーンチって訳なんですよ。でも、人族も何もしてなかったわけじゃないんです。アガサちゃんみたいな最強の武器を作りだしたんですよ。それを見て私もピーンと来たわけです、魔女ギルドが提唱する異世界の人と現界の人の融合が出来れば、いいんじゃないかって」
「それが、俺という訳か。それなら、何となく筋が通るな」
俺は、納得して頷いた。
「それで? 肝心な事を聞いてないぞ。誰からお前を助け出せばいいんだ?」
女神が、目の前で人差し指を立てながら答えた。
「魔王です」




