28.ギルド闘技場にて
「アガサー。宿の前に何か落ちてるよ」
「そうでございますね。エリス。触ってはいけませんよ。汚れてしまいますから」
朝、宿の前で寝っ転がっている俺を見て、アガサとエリスがひそひそ声で話す。
「おはよう。アガサ。エリス。爽やかな朝だな」
俺は、平静を装って二人に声を掛ける。
「しゃべったよー。アガサ」
「空耳でございましょう。美女二人をほったらかしにして朝帰りをするようなごみ虫がしゃべるはずなどございません」
「そうだねー」
どうやら、朝まで帰ってこなかったことを怒っているらしい。
「違うんだ。あれは、ライルが……」
「いいわけでございますか? ご主人様」
「‥‥…ごめんなさい。二度としません」
アガサの目の冷たさに、俺は土下座をして謝った。
「反省してるー?」
エリスが俺の背中に足をのせてぐりぐりする。俺は、こっそりエリスのスカートの中を覗こうと、視線だけを動かす。
「あまり反省していないようでございますね」
アガサと目が合ってしまった。
「いや、反省してるよ」
俺は、あわてて視線を下に下げる。見上げたエリスの太ももに、キスマークがあったような気がするが気にしないでおこう。
「いいんだよー。男の人だもの、色々あるよねー」
「そうでございますね。殿方には色々あるものでございます」
二人が顔を合わせて、にこやかに微笑む。そんなに怒っているわけではないらしい。
「分かってくれて、うれしいよ」
「もちろんだよー。でも、女にも色々あるっていうのも分かってくれるよねー」
「さようでございます。そうでございますね……例えば、今日の服は少し気分にあわないようなのでございますが、ご主人様には分かっていただけますよね」
ニヤニヤ笑いの二人が、俺を見つめてくる。俺は、ため息をつくのがばれないように注意しながら答えた。
「そうだな。ギルドに行ってから服を買いに行こうか」
*
「やっほー。アリエラ。久しぶりー」
「昨日もあったじゃない。覚えてないの?」
ギルドに行くと、アリエラがこめかみを押さえながら出迎えてくれた。どうやら、昨日エールを飲み過ぎたらしい。
「そうだっけ? よく覚えてないよー」
エリスが、笑いながら魔石をカウンターに載せる。
「相変わらず。凄い数ね。さすが、ダンジョン攻略を成功させただけはあるわね」
アリエラが、大魔石の数に驚く。
「まあねー。これでCランクになれるかな?」
「Cランクは、まだだな。言ったろう? 俺と手合わせして勝ったらCランクにしてやるってな」
奥の部屋から、ライルが出てくる。後ろからは、何故かバニーガール姿のガブリエラさんがついてきた。
「どうしたんだ? その格好。まさか、また神託か?」
「そうだ……ぴょん。これなら、マイクさんもイチコロだっていう神託が下りたのだ……ぴょん」
ガブリエラさんが、顔を真っ赤にしながら語尾にぴょんをつける。
「神託ってどうやって聞くんだ?」
「それは王宮に来れば分かる……ぴょん」
意地でもぴょんは付けるらしい。恥ずかしいんならやめればいいのに。
「まあ、このウサギ娘のいう事は置いといて。せっかく来たんなら俺と手合わせしないか? マイク」
ライルは、昨日の酒の影響はないらしい。
「俺は、別に構わないが……」
「よし! じゃあ、せっかくだから闘技場のほうに行こうぜ。剣は、俺のを貸してやるよ」
「実剣でやるのか?」
「そりゃそうだろう。真剣勝負だぜ。お前の本当の全力を見せてくれよ」
俺は、アガサと目を合わせる。アガサが、俺に小さく頷く。
「いいぞ。じゃあ、ライルも全力をだしてくれよ」
「もちろんだ」
ライルは、頷くとガブリエラさんと歩いていく。
俺も、アガサとエリスを連れて、後を追った。
*
「さて、じゃあやるか」
俺から10mほど距離を置いてライルが言う。ライルの後ろには、何故かガブリエラさんが立っている。
「ガブリエラさんも戦うのか?」
バニーガール姿のままのガブリエラさんが真剣な顔で頷く。どうやら、本当に戦うらしい。
「どういうことだ?」
不思議に思いながら、剣を構える。
「こういうことだよ」
ガブリエラさんが、目を閉じ両手を前に掲げる。しばらくすると、光の霧のようなものが集まってきて、剣の形となった。ライルは、ガブリエルさんからそれを受け取る。
「なんだそりゃ」
「マイク。これが今使える魔女の力だ。違う世界から剣を呼び出し、侯爵に与える」
ライルが、剣を構える。
「魔女は、この剣を通じて侯爵に攻撃を避ける可能性を伝える。そして、俺達侯爵は自分の裁量で攻撃を行うってわけだ」
「ライル。あんた、侯爵だったのか?」
「そうだ、王都を守る十二人の侯爵の一人。それが俺だ。もっとも、最近の魔族の侵攻のせいで、侯爵も減る一方なんだけどな」
「それで、俺か?」
「おっと。これ以上は、俺に勝ってからだ。いくぜ。マイク」
同時に、ライルが俺に斬りかかってくる。
速い! 今まで戦った魔族と比べても遜色のない攻撃が俺を襲う。俺は、避けるのが精一杯だ。
「避けるのは上手だな! マイク。だが、これはどうかな?」
ガブリエラさんが、何か力を込めているのを感じる。すると、俺の前にいるライルの姿が、突然陽炎のように揺らぎ消える。
「何だっ?」
驚いていると、突然ライルの気配を背後に感じる。俺は、慌てて前方に身を投げ出し、ごろごろと転がる。
「今のを避けるとはな」
背後に現れたライルが、ニヤリと笑う。俺は、素早く地面から立ち上がり、ライルへ剣を向ける。今のは、何だ? 魔力による瞬間移動なのか。
「移動したんじゃない。別の世界の俺をガブリエラが呼び出しているんだ」
また! 背後から、ライルの声がする。俺は、力を込めた剣で背後からの攻撃を防ぐ。
「そんな剣じゃ、この攻撃は防げんぞ」
何とかライルの攻撃を流すが、同時に俺の剣がパリンと割れる。まるで、魔族の攻撃を受けた時のようだ。俺は、二人のライルから横っ飛びで距離をとる。
「ほら。マイク。本気を出せよ」
再び一人に戻ったライルがニヤリと笑う。俺は、離れて見ているアガサに向けて叫んだ。
「アガサ! 来い!」
アガサが、三度例の文言を口にしようとする。
「それはいい! 急げ!」
「早いのは嫌われますよ。ご主人様」
アガサが、不満そうな声をだしながら、銀色の霧になり、俺の右手に剣を形づくる。俺は、剣に力を込めながらライルとガブリエラさんを睨む。
「魔女の力か……」
「どうだ? なかなか凄いもんだろう。俺一人じゃお前に勝てそうにないからな」
「そうだな。……だが、もう分かった」
俺は、剣に力を込めながら、もう一つの力を引き出そうとする。魔族と戦った時と同じだ。攻撃を避け、相手を倒す可能性を探る。それだけじゃない、相手を倒す結果を引き出す。別の世界で、ライルの攻撃を躱し、奴を倒している俺を引き出すんだ。
「ガブリエラ! 魔力を練り上げろ! マイクは、もう気づいたようだぜ!」
ライルが、ガブリエラさんに叫び、俺に向かって突進してくる。その姿が、突然消えて、おれの両側に二人のライルが現れる。
だが、俺にもそれは分かっていた。俺は、両側のライルの背後に現れ、それと同時にガブリエラさんの背後にも現れる。そして、三人の俺がそれぞれ、ライルとガブリエラさんの首に剣を突きつける。
「参った!」
ライルが、剣を投げ捨てる。
「参りました……ぴょん」
ガブリエラさんが、両手を下ろしうなだれる。
離れて見ていたエリスが、歓声を上げる。
「アガサ。戻って来い」
俺は、手に持った剣に声を掛けた。剣は、再び光の霧となり、やがてアガサの姿になる。
「お見事でございました。ご主人様」
「ああ。アガサのお蔭だよ」
俺は、アガサの腰を抱き、ライルを振り返る。
「さて、勝ったことだし、続きを話してもらおうか?」
「そうだな。でも大体わかっただろう?」
ライルが、顎を撫でながら答える。
「俺も良くは分からないんだが、世界というのは、この世界一つだけじゃなくて、ちょっとずつ違う世界が無数にあるそうなんだ。まあ、魔女連中がそう言ってるだけかもしれないんだがな」
「嘘では、ありませんよ……ぴょん」
ガブリエラさんが、口を挟む。いつまで、その語尾は続けるんだ?
「まあ、そういう事にしておこう。魔女っていうの、その色んな世界から、結果を選び取る力があるらしい。最も、全員が出来る訳じゃなくて、高位の魔女がっていうことらしいがな」
「つまり、ガブリエラさんは高位の魔女ってことか?」
「そうだぴょん」
ガブリエラさんが、偉そうに胸を張る。どうやら、語尾がなじんできたらしい。
「そりゃ、凄いな」
「そうじゃない。お前のほうが凄いんだ。マイク」
ライルが俺を見る。
「どういうことだ?」
「魔女っていうくらいだから、当然この力は女しか使えないんだ。だから、魔女は俺たちのような攻撃感覚に優れた冒険者と組む必要がある。そして、魔女の力は回避や防御にのみ有効なんだ。これは、性別ゆえの特性ってことになってる」
「じゃあ、どうやって攻撃するんだ?」
「だから、俺たちのような冒険者と組むんだ。俺たちは、魔女の作り出した剣から回避したり、敵の背後に回り込んだりする可能性を指示される。だが、攻撃自体は俺たちの判断で行うんだ」
「なるほど」
「そのために、侯爵になる男は、類まれな攻撃感覚が必要になる。例えば、普通の剣で魔族に傷を与えてしまうような」
「それで、あの条件か」
「そういう事だ。だが、マイク。お前は違う」
ライルが、真剣な顔をする。
「お前は、この世界の人間と別の世界の人間が偶然同じ場所で重なった結果生まれた男なんだ。だから、お前には魔女の力と男の力、両方の力が備わっているらしい」
「それで?」
「その結果、お前は防御にも攻撃にも、魔女と同等の力を使うことができる。魔女たちは、お前を生み出すために何百年も偶然を待ち続けたらしいぜ」
ライルが、呆れたように話す。
「じゃあ、アガサは何で剣になれるんだ?」
俺の、質問にガブリエラさんが答える。
「アガサは、別世界から流れ着いた聖剣と人間を、私たち魔女が掛け合わせて生み出した娘です。ですから、アガサには全ての世界の剣の可能性が秘められています。」
「よく分からんな」
「私たちにも良くは分かっていないのですよ。偶然うまくいったというのが本当のところです。本来、アガサはエルフではなく、人族なのですよ。それが、剣と融合した結果、今のような姿になり、記憶も失ってしまったというわけです……ぴょん」
「いや、もうぴょんはいいから」
真面目な話が台無しだ。
「そうですか? 本来は、アガサは私たち魔女の一員だったと思うのです。これは、推測になってしまいますが、剣と融合した瞬間に私たち周りの魔女もすべてアガサ個人に関する記憶を失ってしまったのです。多分、剣という存在に書き換わってしまったせいだと思うのですが」
俺は、アガサを抱き寄せ聞く。
「だ、そうだ。何か言いたいことはあるか?」
アガサは、首を振って応える。
「特にはございません。私は今の自分に満足しておりますし、ご主人様がいれば大丈夫でございます」
「そうか」
アガサの気持ちはうれしいが、何か釈然としないものがあるな。
「そうだ、ライル。アガサの奴隷契約を解くわけにはいかないのか? 今の話を聞く限り、別に罪を犯して奴隷になったわけじゃないようだし」
「そりゃ、できないことはない」
ライルが、ガブリエラさんを見ると、彼女も頷いた。
「今すぐにでもできますよ。どうします?」
俺が、アガサを見ると、小さく首を振った。
「なんでー?」
いつの間にか近くに寄って来ていたエリスが聞く。
「奴隷解除など必要ございません。私はご主人様の愛の奴隷でございますから」
アガサは、涼やかな笑みを浮かべて言った。




