26.ダンジョン奥にて
安全地帯で一夜を明かす。
ちなみに、テントの割り振りは、男三人女三人だ。
「さて、今日こそは魔族に会えるんでしょうかね」
ケインが緊張した顔で、俺を見る。
「だといいがな」
一列目が、俺とケイン、ディード。二列目がアガサとアミイ。三列目にエリスという順番で歩き出す。
すぐに、三匹のでっかいオークが現れる。
「ひょっとしたら、こいつらがどんどん増えていくだけかもしれないぞ」
剣を構え直し、力を込めていく。
「それは、ちょっと、勘弁してほしいですね」
ディードが、前に出てハンマーを振るう。真ん中のオークがさすがに後ろに下がった。すかさず、左右のオークの盾を俺とケインが破壊する。
「避けてー。マイク」
右のオークにエリスの矢が突き刺さり、左のオークへアミイが攻撃する。二匹のオークは、あっさりと倒れる。それを見た、俺とケインが両側から斬りかかると同時に、ディードのハンマーがオークを叩き潰す。
「好調だな」
落ちている大魔石を拾い集めながら、アミイのチャイナ服を見る。この大魔石の一つ一つが、アガサとエリスのチャイナ服になってしまうのかと思うと、ちょっと虚しくなってくるな。
「エリス。マイクがあたしの太ももをいやらしい目で見てる!」
「いや、見てねーよ」
アミイが、俺の視線に気が付いて声をあげる。
「大丈夫でございます。アミイ。ご主人様は、布にしか興味がございませんので」
「いや、それも違う」
アガサが、俺の事を理解しているような顔をする。
「マイクさんの視線はさておき、確かに好調ですね。これなら今日中に十層までたどりつけそうです」
「そうだな。先を急ごう」
ケインの言葉に頷く。そこからは、ひたすらでっかいオークとの戦いだった。三匹ずつ出てくるオークを相手に、エリスが矢を打ち込み、アミイが掌底を叩き込む。俺と、ケインの剣が、オークの盾を破壊し、ディードのハンマーで敵を薙ぎ倒す。
でっかいオークを三十匹以上も倒したころだろうか、俺たちは、これまでにない大きい扉を発見した。
「いかにもな、扉ですね」
「そうだな。この先に魔族がいると考えて間違いないだろうな」
扉を見つめながら答える。
「ねー。こっちのほうに安全地帯があるよ」
エリスが、扉から左に進んだ道に安全地帯の光を発見する。
「本当だ!」
アミイが、安全地帯へ走っていく。俺たちも、それを追いかけた。
「どうします? マイクさん。ここで、一晩休んでから、あの部屋に挑みますか?」
「それもいいな、連戦で疲れただろう」
「私は大丈夫でございます」
アガサが、平気そうな顔をする。そりゃ、歩いているだけだからな。
「いいねー。休もうよ」
「あたしも賛成!」
「……じゃあ、テントを立てんと」
「そうするか」
ディードの言葉に従い、俺もテントの用意をする。
「じゃー。今日のテントの割り振りを決めまーす」
例によってアガサの作ってくれた食事を食べ終わると、エリスが突然妙なことを言い出した。
「いつも通りじゃないのか?」
ダンジョン攻略が始まって以来、テントの割り振りは男女別で決まっている。
「ご主人様。今日は決戦前でございますよ」
アガサが、俺に耳打ちする。そうか。決戦前か、じゃあしょうがないな。
「じゃあー。くじ引きでー」
にこにこ顔のエリスの言葉に従い、全員がエリスの手にある紐を引いていく。
「引いた? 先端の色が同じ人が、今晩一緒に寝るんだよー」
「赤ですね」
「あ、あ、あたしも赤!」
俺は、手元の紐を見る。色は付いていない。ディードとアガサ、エリスが色の付いていない紐を頭上に掲げる。なるほど、そういうことか。今回のくじ引きには、俺は全く考慮されていないらしい。
「じゃあ、寝るか。ディード」
テントに潜り込み、耳を塞いで寝ることにした。隣から、変な声でも聞こえて来たら明日の朝、顔を会わせるのが気まずくなってしまう。だが、アガサとエリスの話声が気になって寝られない。しばらく、寝返りをうちながら、ごろごろしていると、俺たちのテントにアミイがやってきた。
「ケインが寝ちゃったんだけど! どうすればいいの?」
「なるほど。つまり、アミイは女性として意識されていないということでございます。今後、劇的な出来事がない限り、これ以上の関係に進むのは難しいといえましょう」
泣きそうな顔のアミイに、アガサが現実を叩きつける。俺は、安心して寝ることにした。
*
「ぎゃあああああああっ!」
目を覚ますと、突然男の叫び声が聞こえた。いや、叫び声で目を覚ましたのか。
「どうした?」
跳ね起きてテントの外へ出ると、俺以外の全員が起きていた。
「扉のほうから聞こえたわ!」
「そうですね」
「いこうー」
全員が頷き、昨日の扉の方へ走る。近寄ると扉が開いている。
「どういうことだ?」
「誰かが、先に入ったのかもしれません。急ぎましょう!」
俺たちは、そのまま扉の中へと駆け込んだ。
「やっときやがったか。ダンジョン攻略者め」
扉の中に入ると、でっかいオークのさらに二倍もあるような巨大なオークが立っていた。オークの目の前には、前にギルド前で俺に絡んできた髭面の男たちがへたり込んでいる。何人かは怪我をしているようだ。
「こいつらを適当にいたぶって遊んでりゃお前らが来ると思ったけどよ。もう、こいつらには用はねえ。とっとと殺しちまうとしよう」
オークがその巨体に相応しい、巨大な剣を振りかぶる。
「ま、待ってくれ……」
髭面の男が、手の平をオークへ向ける。オークは、構わずに剣を振り下ろした。
「ちっ」
間に合うか?俺は、自分の剣に最大限の力を込めて、髭面の男とオークの剣の間に差し込む。
ガンッ!
まるで剣をハンマーで殴られたような衝撃に、剣を取り落としそうになる。同時に、オークの攻撃が当たった俺の剣にヒビが入った。
「はっ。俺の攻撃を受けるとは、中々やるな人族」
巨大なオークが、興味深そうに俺の剣を見つめる。俺は、構わずに後ろの仲間たちに声を掛けた。
「ディード。アガサ。エリス。こいつらを、部屋の外へ引っ張り出せ! ケイン。アミイ。時間を稼ぐぞ。手伝え!」
「わかったよー」
「かしこまりました。ご主人様」
アガサとエリス、ディードが髭面の男と、仲間たちを連れて部屋の外へ出ていく。俺は、ひびの入った剣に力を込めて構える。
「よし! やるわよ!」
巨大なオークを見ても、全く臆していないアミイが俺の横に立つ。ケインは、俺たちの後ろで剣に力を籠め続ける。どうやら、練習場で俺に使った技を試すようだ。
「アミイは奴の注意を引き付けてくれ。俺は、盾を何とかする」
「大丈夫? 剣がボロボロだけど!」
「後一回ぐらいなら、持つだろう」
俺が、ケインを守るように巨大なオークの正面に立ち、アミイは横から後ろへ回り込もうとする。そうは、させないと巨大なオークが剣を振り回す。
俺は、オークが剣を振った隙に、懐へ入ろうとするが盾に阻まれる。だが、俺の剣も使えるのは、後一回だろう。最も効果的な時に使わなくてはならない。攻撃を仕掛ける様に見せて、戻るを繰り返す。
「何か企んでいるようだな。人族」
巨大なオークも俺たちが、ケインを待っている事に気づいたようだ。狙いをケインに絞ろうと、前へ出てくる。
「いいですよ! マイクさん」
その時、ケインから声がかかる。俺は、再度限界まで力を込めた剣を、巨大なオークの盾に叩きつける。俺の剣が半ばからバラバラになるが、巨大なオークの盾も弾かれ無防備になる。
「今よ! ケイン」
アミイがケインを振り返る。だが、その瞬間巨大なオークの目がギラリと光る。
「先にお前を殺してやらあ」
狙いを変えた巨大なオークの剣がアミイに迫る。俺は、アミイを助けようとするが間に合わない。
ギインッ!
その時、ケインが巨大なオークに叩き込むはずだった攻撃を、アミイを斬ろうとする剣へと変えた。剣は軌道を変えられ、アミイを吹き飛ばすにとどまる。
「すみません。マイクさん」
ケインの聖剣が、砕け散る。
「いいさ。アミイを見てやれよ」
俺は、折れた剣を構えて、二人と巨大なオークの間に立ちはだかる。
「人族ってのは、無駄なことが好きだな。後ろをこそこそとついてきた奴らを助け、俺を倒せる機会をすてて、女なんぞを助ける」
巨大なオークが刃こぼれした剣を眺めながら、首を振る。
「そうだな。だが、それが楽しいんだからしょうがないだろう」
俺は、笑いながら折れた剣をオークに投げつける。
「馬鹿な奴め。剣もないのに俺と戦おうってか」
巨大なオークが馬鹿にしたように、俺の投げた剣を躱す。
「いいえ。剣ならここにございます」
俺の横にアガサが並んだ。その目は、前にいる巨大なオークを見てはいない。俺だけを見て、歌うようにあの文言を口にする。
「私は、ご主人様の、領土であり、領民であり、騎士でございます。常に私はそばにあり、ご主人様のために敵を屠ります。……わが身は数多の世界で、女であり、剣であったもの。今この時こそ剣となりて、御身のお役にたちましょう」
「ああ、あいつを倒してやろうぜ。アガサ」
アガサは、俺の答えに微笑み、銀色の霧となる。
光は、俺の手の中に集まり、黒い刀身を持つ剣となった。
「なんだそりゃあ? 女が剣になりやがった」
驚いている巨大なオークの前で、ゆっくりと剣を構え、剣に力を込めていく。先ほどまで使っていた剣とは、全く違い、いくらでも俺の力をため込んでいけるような気がする。
「俺の手には剣がある。さあ、勝負を続けようぜ」
「抜かしやがれ、へし折ってやらあ」
巨大なオークも剣を上段に構える。俺は、奴の攻撃を躱し、盾を打ち破り、剣を突き刺す可能性を探る。いつものように、頭の中に何本もの糸が浮かんでくるような感じだ。俺は、その糸を選り分け、もっとも強い糸を探り出す。
「おらあっ!」
巨大なオークが雄たけびを上げる。残った盾で自分の体を守りながら、剣を振り下ろす。
俺は、剣を避ける可能性を持った位置に体を置き、力を込め続けた剣を突き出す。俺の剣は、巨大なオークの盾を破壊しながら、奴の胸に深く突き刺さった。
「やりやがったな。人族め」
俺が剣を引き抜くと、巨大なオークが倒れ込んでくる。そのまま、霧の様になって消えていき、残ったのは大きな魔石だけだった。
「やりましたね。マイクさん」
アミイを抱きかかえた、ケインが近づいてくる。
「残念だったな。魔族に傷を与えられなくて」
俺は、魔石を拾い上げてケインに渡そうとする。
「いえ、僕はアミイを守る方を選んだんです。後悔はしていませんよ」
魔石を受け取ろうとはせずに、ケインはアミイを愛おしそうに見つめる。
「おー。さすが、ケイン。これで、アミイも満足だねー」
エリスが、駆け寄ってきて二人を祝福する。
「うん! アガサの言ってたとおりだね!」
ケインに抱きかかえられたまま、アミイが嬉しそうに笑う。ディードも二人の後ろに立ち、満足そうな笑顔を浮かべた。
「そういえば、髭面さんたちは大丈夫か?」
「そんな名前じゃねえよ。俺にはランクスって立派な名前があるんだ」
髭面さん。ランクスが、足を引きずりながら俺の傍へ来る。
「無事でよかった。仲間の怪我も大丈夫か?」
「ああ。なんとかな。お前のお蔭で誰も死なずに済んだ。ありがとう」
「そういえば、今度会った時は魔石をあげる約束でしたね。これで良ければ持っていきますか?」
俺は、拾ったばかりの大きな魔石を見せる。
「馬鹿言うな。確かに魔石が欲しくてお前らをつけてきたんだが……助けられた上にそんなものまでもらえねえよ。こないだのことは忘れてくれ」
「そうですか。それなら、ほかの魔石でもいいですよ」
「これからは、そういう事はやめるよ。俺も思い出したんだ。魔物に村の仲間を殺されて、誰かを助けるために冒険者になったんだってことをな」
ランクスは、そう言って笑った。
冒険者の気持ちか。誰かを助けることが冒険者の気持ちならば、今日ここでランクスたちを助けられた俺にも冒険者の気持ちがあるのだろうか。
「マイクはあたしを助けてくれたじゃない。それに、今日はランクスとアミイとケインも。きっと、これからたくさんの人を助けられるよ」
俺の気持ちに気付いたのか、エリスが笑顔を浮かべながら抱き付いてくる。
「本当にそうかな?」
「そうだよー。それにマイクが助けるだけじゃないよ。”エリスと愉快な仲間たち”は、いつでもマイクを助けちゃうんだからね!」
エリスは、強く俺を抱きしめ、唇をふさいだ。




