25.ダンジョン中層にて
「よっと」
袈裟切りにオークを倒す。
昨日のアミイとの特訓の成果か、剣の切れ味が良くなったような気がする。
「気のせいよ!」
アミイが、オークを吹っ飛ばしながら笑う。
「そんなに早く強くなったら、苦労しませんよね」
ケインが、苦笑いしながら、三匹目のオークを倒す。
「階段でございますよ。ご主人様」
アガサが、俺を無視して階段を指さす。
「よーし。四層目に突入だよー」
エリスが、片腕を上げて階段を下る。
俺たちは、ダンジョン地下四層目に入った。
階段を下り、しばらく歩くと遠くにオークの集団が見える。
「四匹いるようですね」
「これ、どんどん増えるんじゃない!」
「そのようでございますね」
「……オークが多く湧くダンジョン……」
「どんどん、やっつけよー」
「ちょっと待て。誰か面白い事言っただろう」
全員がディードを見つめる。ディードが照れたように笑った。ちょっと怖い。
「まあ、いいや。どんどん倒して行こうぜ」
「先頭を三人編成にしましょう。僕とアミイとマイクさんが前衛でお願いします」
「いいわよ! 道も広くなってきたしね」
確かに、ダンジョンの道幅はだんだんと広くなってきている。そのせいか、待ち受けるオークの数も増えているようだ。
俺達も、ケインの言葉にしたがい、前衛の数を増やし対処していく。
「まあ、順調だな」
横に並ぶケインに声を掛ける。
「そうですね、この調子ならオークの数が倍に増えても大丈夫だと思います」
ケインが頷く。その日は、特に問題もなく、六層目の安全地帯に到達した。
「じゃあ、昨日の続きをするか」
剣を持ってアミイの前に立つ。すると、アミイが意外そうな顔をした。
「え⁉ あれで終わりなんだけど」
「いや、そんな訳ないだろ? もっと教えてくれよ」
「いや。本当に。……あとは、自分で練習するだけよ」
「マイクさん。アミイのいう事は本当ですよ。あとは、才能次第ということらしいです」
ケインが、剣を振りながら答える。
「そうよ! ケインぐらい才能があれば、斬撃を飛ばせるようになるし。なかったら、ちょっと剣の切れ味が良くなるくらいかな」
「あとは、自分の努力次第ってことか」
俺も、ケインの横に並び剣を振ってみる。
「努力じゃなくて、才能よ!」
アミイが、絶望的な事を言う。
「才能。ご主人様に縁のない言葉でございますね」
アガサが、冷たい目をする。
「そうだねー。すっごい長い事特訓してたからねー」
天才エリス様が、見下したような目で俺を見る。
「そうなんですか? マイクさんは、あっという間にDランクに上がったじゃないですか。それで、才能がないなんて」
「違うんだよー。何か、不思議アイテム使って、何年も特訓したらしいよー」
「はあ。不思議アイテムですか?」
「あるとところで、時間を気にせず修行できる機会があったんだ。それで、アガサに徹底的に鍛えてもらったわけさ」
エリスの言葉に不思議な顔をするケインに、多少ぼかして説明する。
「普通の人でしたら、とっくに死んでいるくらいの時間鍛えたのでございますよ」
アガサが、懐かしそうな顔をしながら、全員に食事を配る。
「そうなんですか。マイクさんは、どうして冒険者になったんですか?」
食事を食べながら、ケインが聞いてくる。
「なんというか……成り行きだな。ケインはどうなんだ?」
大した理由もないので、逆にケインに質問する。
「そうですね。僕は、地方領主の息子でして、といっても三男なんですけれども。家のいても家督を継ぐわけでもありませんでしたからね。そういう理由で冒険者になる人間は多いんですよ」
「そうなのか。結構いい家なのか?」
ケインがオークの事を本で読んだと言っていたことを思い出す。
「まあまあですね。王都に近いところでしたから。家にいてもしょうがないし、一旗上げてやろうと思って冒険者になったんです。ディードは当時、僕の家で働いている奴隷だったんですが、一人じゃ不安だったんで無理を言ってついてきてもらったんです」
「それで、旅の途中であたしと知り合ったの!」
アミイが、話に入ってくる。
「アミイは、一族の決まりで修行の旅に出ていたそうなんですが、Eランク冒険者の時に危ないところを助けてもらった縁でパーティーを組んでもらっているんです」
「へー。あたしも、Eランクの時にマイクに助けてもらったんだよー」
「じゃあ、僕たちと同じですね」
その後は、パーティーを組んでからの話が弾み、寝たのは大分遅くなってからだった。
*
あくる日、俺たちは七層目に到達した。
「何か、今までと雰囲気が違うな」
「そうですね。気を付けて進みましょう」
ダンジョンの道は、昨日までとは違い、徐々に狭くなってきた。まるで、暗い森の奥のように、天井の明かりも薄暗くなっている。
俺たちは、周囲に気を配りながらゆっくりと進んでいく。
「分かれ道だな」
「そうだねー」
一気に、不安感が大きくなる。なんと、今度の分かれ道は、三本に分かれていたのだ。
「ご主人様。ケイン様。ディード様。質問でございます。さながら風船のごとき、中身のない大きい胸と、ほどよく手に収まり美しい普通の胸、荒涼たる砂漠のごとき平坦な胸。皆様がお好きなのはどれでございましょうか」
やはりか。アガサが中央に立ち、右側のエリスと左側のアミイを指し示す。
「ちょっとー。中身は詰まってるよ。夢とか。愛とか」
「平坦じゃないよ! 脱いだらバインバインなんだから」
残りの二人が、文句を言っているが、アガサの冷たい目にさらされた俺達には聞こえない。
「……どうしますか。マイクさん」
「……任せる」
二人の、期待に満ちた眼差しに答えてやりたいところだが、どれを選んでも角が立ちそうだ。せめて、魔物でも出てきてくれないだろうか。俺は、アガサの背後の暗闇に目を凝らした。
「敵だ。ケイン。ディード」
中央の道の奥に、ちらりとオークのようなものが見えた。今までのオークよりも大きい。俺は、中央の道へと足を進める。
「さすがご主人様でございます。真の美というものがお分かりですね」
「えー。おかしいよー」
「あたしが脱いだら、真ん中だから! あたしの勝ちでいいよね」
女性陣が、それぞれ勝手な事を言うが、構ってはいられない。
「違う。奥に今までより大きいオークが見えた。俺とケインが先頭で行く。エリス。弓矢で援護してくれ」
俺の緊張が伝わったようで、エリスが真剣な顔になる。
「あたしは?」
「アミイは、アガサと二列目だ。ディード。エリスを援護してやってくれ」
ディードが頷き、後列に下がる。俺たちは、隊列をたもって前進を開始する。
「オグオグッ!」
鳴き声とともに、でっかいオークが現れる。大きい。今までのオークの二倍以上の大きさだ。
「大きいですね! 僕が剣を防ぎますから、マイクさんは盾を何とかしてください。その隙に、アミイかアガサが攻撃を!」
「それでいこう」
「まかせて! 一撃よ」
まずは、俺とケインが前に出て、でっかいオークの気を引く。エリスが矢を射るが、でっかいオークは難なく盾で防いだ。
「いきますよ!」
でっかいオークが盾を持ち上げたのを見て、ケインが近づいていく。
「オグッ!」
オークが、ケインに向かって剣を振り下ろす。ケインは、聖剣を使って攻撃を流した。そこへ俺が盾に向けて渾身の攻撃を放つ。俺の攻撃も弾かれるが、オークも腹ががら空きの態勢になる。
「今だっ!」
俺の声に応えて、二列目から飛び出したアミイが、オークに接近し両手から掌底を叩き込む。オークがうつむいたところに、俺の背中を使って飛んだアガサが、首に短剣を突き刺し、頭を蹴り飛ばす。
俺は、反動で戻ってきたアガサを抱きとめる。同時に、オークが後ろにゆっくりと倒れていった。
「ありがとうございます。ご主人様」
俺の腕の中で、アガサがにこやかに微笑む。
「あの剣を受け止めるとは、すごいな」
「この剣のお蔭ですよ。さすがに、簡単には倒せませんね」
「いや! あたしの攻撃でほとんど倒れてたし」
ほっとした様子のケインに比べ、アミイは今の戦いに満足いかないようだ。
「何、これからいくらでも戦えるさ」
俺は、暗い森のことを思い出す。この後は、いまのでっかいオークが何匹もでてくるはずだ。
「そうなの? 楽しみね!」
「大魔石ですね。一気に敵が強くなったわけです」
ケインが、でっかいオークが残した魔石を拾う。
「そうだな。油断しないでいこう」
俺たちは、でっかいオークの後ろに現れた階段を下り、八層目へと向かった。
「このダンジョンは、何層目まであるんですかね」
階段を下りると、ケインが聞いてくる。
「きりがいいところと考えると、十層目までじゃないか?」
「そうだねー」
「じゃあ、あと二層で魔族に出会えるってわけね!」
適当な予想をしながら、八層目を進んでいく。すぐに、二匹のでっかいオークに遭遇する。
「二匹ですか。マイクさん。アガサ。右側をお願いします」
ケインとアミイが左側のでっかいオークへと向かって行く。
「気を付けて下さい。ご主人様」
アガサは、静観の構えらしい。俺は、剣を構えてオークの攻撃に備える。いつものように、いつでも攻撃を返せるように剣に力を込めておく。
「オグオグッ」
でっかいオークの攻撃をぎりぎりで躱せる位置に体を置き、力を込めた剣で突き刺す。でっかいオークが盾で防ごうとするが、俺の剣は盾を粉砕し、でっかいオークの首へ突き刺さった。
「お見事でございます。ご主人様」
珍しくアガサから褒められる。アミイから習った技の効果が少しは出たらしい。
「すごいですね。魔物の盾を砕くなんて」
もう一匹のでっかいオークを倒したケインが、俺の剣をじっと見る。
「すごいじゃない! もう教えることはないわね!」
アミイが、俺の肩をバンバン叩く。痛い。ひょっとして、力を込めて叩いてるんじゃないだろうな。
「出番がないねー」
後ろで、エリスがディードに話しかけている。ディードが、小さく頷いた。
「そんなことないわよ!」
魔石を拾っていたアミイが、奥の道を見ながら叫ぶ。
「分かれ道よ!」
「出番だー」
二つに分かれた道を前にして、エリスが張り切って前に出てくる。それを、アガサが手で制した。
「ケイン。ディード。ついでにマイク。質問です! 滴る水滴を弾くようなぴちぴちの肌と、一度触れたらどこまでも沈み込むようなムチムチの肌。好きなのはどっち?」
「ご主人様。私は16歳のぴちぴち肌でございます」
アガサが、しれっとした顔で左側のアミイの隣に並ぶ。
「えー。おかしいよー。あたしだって、16歳なのにー」
エリスが、怒りながらブルンブルン胸を揺らす。どう見てもムチムチだし、その嘘はいつまで続けるつもりなんだろう。
俺は、ケインの背中を押して左側へ向かう。
「やったー! やっぱり若さよね!」
「そうでございますね。十六の魅力にかなうものなどございません」
アミイが飛び上がって喜び、アガサがうっすらと笑みを浮かべる。いやいや、お前たち全員十六歳っていう話じゃなかったか。
その後も、でっかいオークが複数待ち受けていたが、ディードを前線に加えて対処する。
十匹目のでっかいオークを倒したところで、階段を見つけた。
「とうとう、九層目ですね」
ケインが、ゆっくりと階段を下りていく。今までと同様に、階段を下りたすぐ先に安全地帯があった。
「不思議だと思いませんか? マイクさん」
「何がだ?」
「この安全地帯ですよ。なんで、こんなものがあるんでしょう? それに、暗い森でもそうですが、なぜ魔物たちは、我々を待ち受けているのでしょうか」
「確かに、不思議だな。暗い森では、魔力だまりを守っているようだったが」
「そうですね。ここでも何かを守っているのかもしれません。でも、この安全地帯は我々にとっては得ですが、魔物にとっては何の益もありません。まるで、我々を鍛えるためにダンジョンがあるみたいじゃありませんか?」
「そうだな。ひょっとしたら俺たちは魔族に馬鹿にされているかもしれないぞ」
俺は、自分の剣を眺めながら答える。
「つまり、我々にもっと強くなれということですか?」
「ああ。そして強くなった俺たちを叩きのめしてやる。ということかもしれん」
俺は、誰もいない中空に向かって剣を振る。
「どっちにしろ、魔族のところまで行けば、どちらが強いかわかるさ」




