24.ダンジョン入り口にて
「見えましたよ。マイクさん。あれが、ダンジョンの入り口です」
町を出て、暗い森の中を歩くこと二日目。俺たちは、ダンジョンの入り口についた。
「どれどれー」
一番後ろを歩いていたエリスが、ディードの背中越しに入り口を見ようとピョンピョン跳ねる。もちろん、いっしょにブルンブルンと胸が揺れる。
俺とケインは、何となく目を逸らすが、アガサとアミイは、口惜しそうな顔で見ている。
「意外と、早く着いたな」
背中に背負った剣を確かめながら、入り口に近づく。この剣は、ダッドの店で買ったものだ。聖剣が欲しいと我儘を言ったら、店で一番頑丈そうな剣を売ってくれた。
「そうですね。発見したときは十日ぐらいかかったような気がするんですが」
ケインが不思議そうに同意する。
「いいじゃない! 早く入ろうよ」
アミイが、腕をぶんぶん振り回す。戦いたくてしょうがないらしい。
「いきなり入らず、少し暗さに目を慣らしてからのほうよろしいかと思います」
アガサの助言に頷き、入り口から少し入ったあたりで、全員がひとかたまりになる。
「じゃあ、並び順を決めましょうか。マイクさんと僕が先頭。アミイとエリスが二列目。ディードとアガサが三列目で後ろを警戒。それでいいですか?」
ケインの言葉に、全員が頷く。
ケインと俺を先頭に、下り坂になっている洞窟を歩き始める。しばらくすると、周りが岩の壁から、レンガ造りの壁に変わった。
「どうやら、ここからがダンジョンのようですね」
「思ったよりも明るいな」
「そうですね。天井のレンガがぼんやりと光っているようです」
ケインが、ダンジョンの上を眺めながら答える。ダンジョンの道は、思ったよりも広い。俺達全員がならんでも通れるぐらいだ。天井も俺二人分ぐらいの高さがあり、圧迫感はほとんどない。
「これなら、思う存分戦えるね!」
「そうだねー。弓矢も使えそうだよ」
アミイとエリスは、戦う気満々のようだ。最後尾の二人は、静かだな。
特に、何も出てこないまましばらく歩いていると、曲がり角に当たった。
「ご主人様。曲がり角でございます」
最後尾から、アガサが声を掛けてくる。
「ああ」
「ご主人様。曲がり角でございます」
アガサが、再度声を掛けてくる。
「何? 曲がり角だと何かあるの?」
アミイが、不思議そうに後ろを振り返る。
「”エリスと愉快な仲間たち”では、曲がり角のたびにキスする決まりがあるのでございます」
アガサが、真面目な顔で宣言する。
「そんな決まりがあるんですか?」
「あるわけないだろ。さっさと進もうぜ」
驚くケインの背中を押す。
「では、ご主人様。今回はつけということでよろしゅうございますね」
「ケイン。曲がり角からちょっと向こうを覗いてみよう。魔物がいるかもしれん」
ケインの背中を押しながら、曲がり角へと近づく。
「誤魔化したわね」
「そうだねー」
女性陣の声を無視し、曲がり角からそっと向こう側をのぞき込む。何かいるようだ。後ろの連中の動きを手で止め、ケインと位置を変わる。
「……この先に、何かいる」
「え! あたしにも見せて」
「あたしもー」
アミイとエリスが、ケインの下から曲がり角の向こうを覗き込み、戻ってくる。
「ゴブリンではないようだが」
「そうだねー。豚みたいな?」
「肌色だった!」
それぞれ、魔物の印象を言い合う。
「あれは、オークでしょうね。家にあった本で見たことがあります。好戦的で力が強いそうです」
「ゴブリンよりもか?」
「それはどうでしょうか? ただ、ゴブリンリーダー並みの大きさですね」
「どうする?」
「まずは、エリスに矢で攻撃してもらいましょう。それで向かってくるようなら、僕とマイクさんで引き受ける」
「それでいこう。エリス。頼むぞ」
「はーい」
気の抜ける声を出しながらも、エリスが矢でオークを攻撃する。
「オグオグッ!」
当たったようだ。だが、倒すまではいかなかったらしい。オークが叫びながらこちらへ向かってくる。
「マイクさん。右からお願いします」
ケインが左側に立ち、突進してくるオークを待ち受ける。片手に曲刀を持ち、もう一方の手には円形の盾を持っている。身長は、俺たちとさほど変わらないが、横幅は倍くらいある。
「盾を持ってるぞ。こっちの攻撃を防げるのかな?」
「試してみてもいいですよ」
ケインの言葉に頷き、盾を狙って攻撃する。
ガーンッ。
鈍い音を立て、オークの盾が俺の攻撃を弾く。こっちの攻撃は、防がれるようだ。厄介だな。だが、俺の強烈な攻撃に、オークも態勢を崩す。
それを見逃さず、ケインが攻撃を加える。一撃で、オークの首を斬り飛ばした。
「やるな」
「いえ、マイクさんのお蔭ですよ」
茶色い霧となって、オークが消えていく。茶色っぽい色の小魔石があとに残った。
「今の強さで小魔石ですか。さすがダンジョンですね」
「そうだな」
「ちょっと! あたしの出番がないじゃない!」
アミイが不満そうな声を出す。
「まだ、これからですよ。エリスを中心に前衛を後退していきましょう」
ケインが、提案する。確かに、それなら疲れもたまりにくいし、各人の連携も確認できるな。
「それでいこう」
「ケインが言うなら、それでいいわよ」
あり変わらず、ケインには素直だな。
ケインとアミイを先頭、俺とディードが最後尾になり、先ほどオークが立っていた場所まで進む。
「階段だ!」
「降りてみても、大丈夫ですか?」
「ほかに道がないじゃない! いこうよ」
先頭の二人が、階段を見つけたらしい。ゆっくりと下へ降りていく。俺とディードも後方を警戒しながら、あとに続いた。
「入り口から下がったところを地下一階と考えると、ここは地下二階でいいんですかね?」
階段から降りたところで、全員で一箇所にかたまる。
「いいんじゃないか」
「あっという間に二階じゃない! この調子ならすぐに攻略できそうね」
「多分、深くなるほど広くなっていくんだと思いますよ。さっきは、一本道でしたが、これからは分かれ道もあるかもしれません」
「まあ、どっちにしろ進むしかないんだ。安全地帯まで慎重に行こう」
先ほどの編成のまま、ゆっくりと進んでいく。俺が、ディードに話しかけるべきかどうか、悩んでいると前衛のマイクが声をあげる。
「敵です。正面にオークが2匹。エリス! 頼みます!」
「まかせてー」
エリスが、前方のオークに向かって矢を放つ。一匹の足に当たったようだ。もう一匹がこちらへと向かってくる。
「まかせて!」
アミイが、前列から飛び出し、向かってくるオークの懐に飛び込む。同時に、両手同時に掌底を叩き込む。オークが吹っ飛び、しばらくすると茶色い霧となって消えた。
「すごいな。どうなってるんだ、あれ」
眺めているうちに、エリスが二射目を放つ。矢は、オークの額に突き刺さり、そのままオークは霧となって消えていく。
「おお! やるねー。エリス」
魔族を倒して満足したらしいアミイが、上機嫌で戻ってくる。
「どう! マイク。今度こそ、あたしの強さが分かったでしょ?」
「ああ。確かに凄いな。今のが秘伝の技ってやつか」
アミイが、得意気な顔を浮かべる。
「そうよ。体内の力を魔物に叩き込むの」
「あまり、無理はしないでくださいね。アミイ」
アミイを心配しながら、ケインが後ろに下がってくる。
「さーて! 行きますか」
「そうでございますね」
今度は、アガサとアミイが先頭になってしばらく進む。しばらくすると、ダンジョンに入って初めての、分かれ道が見えた。
「分かれ道だー」
エリスが、嬉しそうに叫ぶ。
「分かれ道の場合にも、決まりがあるんですか?」
ケインが面白そうに聞く。多分、聞かないほうが良かったと思うが、すでに遅い。
「じゃあ、今回はアミイにしよう。アミイー、マイクとケインどっちが好き?」
「は?」
アミイがびっくりする。
「はやくー。ひょっとして、マイクが好きなの?」
「ち、違うわよ。ケ、ケ、ケ、ケインに決まってるじゃない!」
「では、左でございますね」
アミイの答えに、アガサが左側の道へと進路をとる。
「これ、分かれ道のたびにやるんですか?」
ケインが、心配そうな顔になる。
「そうだ」
俺は、あきらめた口調で答えた。
その後は、比較的順調に道を進める。アガサが、華麗な剣捌きでオークを倒し、ディードがハンマーで豪快にオークを叩き潰す。
そして、分かれ道にくるたびに、エリスがアミイに質問し、俺たちは、いかにアミイがケインの事を好きか、いやになるほど理解した。
しばらくすると、地下三階へ降りる階段を発見し、俺とケインが先頭で降りる。階段を下りてから、少し歩くと、明るくなっている広場を発見した。
「どうやら、ここが安全地帯らしいですね」
「そうだな。どういう仕組みになってるんだ?」
「どうだっていいじゃない! 休めるんだから」
「そうだよー。今日は、ここで一泊だね」
「では、テントを出してもらってもよろしいでしょうか。ご主人様」
「……テント。出す」
向こうのパーティーはディードが、こちらは俺がそれぞれテントを出して広げる。
食事は、アガサが全員分を作ってくれるようだ。
俺は、その間にアミイにさっきの攻撃を習おうと声を掛けた。
「いいよ! じゃあ、こっち来て」
アミイが、広場の中心へと俺を連れていく。
「よし! じゃあ、まずは普通の攻撃ね」
いきなり、俺の腹に掌底を叩き込む。ボスッと音がして、俺がよろける。
「おおー! いまので吹っ飛ばないとは、やるねー。じゃあ、次はさっきの技ね」
アミイが胸の前で両手を合わせて、深呼吸する。何だ?光る霧のようなものが、アミイの両手に集まっているように見える。
次の瞬間、光をまとったアミイの両手が、俺の腹へと打ち込まれる。俺は、先日のエリスのように、広場の端まで吹っ飛んだ。
「大丈夫でございますか?ご主人様」
料理をしていたアガサが、にこやかな顔で俺を見ている。相変わらず、俺が吹っ飛ばされる姿が大好きらしい。
「分かったー⁉」
構えを解いたアミイが、聞いてくる。俺は、痛みをこらえて立ち上がった。
「よく分からん。何か、光る霧のようなものが見えたが」
「もう見えたんですか?」
ケインが、びっくりしている。アミイも驚いているようだ。
「僕は、見えるまで十回以上、飛ばされましたよ」
「そうなのか? 俺は、吹っ飛ばされ慣れているからな」
にこにこしている、アガサのほうを見る。
「よし! じゃあ、あたしみたいにやってみて!」
再度、アミイが構えをとる。どういうことだ?
「マイクさん。アミイと同じ構えをとるんですよ!」
ケインが、助言してくれる。俺は、見様見真似でアミイと同じ構えをとる。
「よーし! あたしと同じ力で跳ね返すんだよ!」
そういう事か!気づいた時には、俺は広場の端まで吹っ飛ばされていた。吹っ飛ばされた先には、にこやかな笑顔のアガサが待っている。
あの笑顔にかかっては、立ち上がらないわけにはいかない。
多分、立ち上がらなかったら、横腹を蹴とばされるだろうからな。
そんな思いにとらわれて、吹っ飛ばされては立ち上がり、吹っ飛ばされては立ち上がりを繰り返す。やがてアガサの微笑みは、だんだんと淫靡なものになり、しまいには恍惚とした表情を浮かべる。
ポスッ
間抜けな音がして、俺の両手から出た光の霧が、アミイの両手から出る光の霧を相殺した。
「おおー! すごいじゃない。マイク。こんな短時間で習得するなんて」
「本当に凄いですよ。マイクさん」
アミイとケインが、歓声を上げる。
俺は、疲れ切って地面にへたり込んだ。
「お疲れ様でした。アミイ。そんなに凄い技だったのでございますか?」
アガサが、食事をアミイに渡しながら尋ねる。
「まあ、うちの一族なら、五歳でもできる技なんだけどね」
アミイが、食事を食べながら笑った。




