22.ルチア亭にて
「魔族か……」
「ええ、ダンジョンの規模によって、魔族の強さは異なるらしいですが」
「だが、ケインが侯爵を目指しているなら、かえって好都合じゃないか?」
あれだけ、名が知れているのだ。当然強いだろうし、上を目指す気持ちもあるだろう。
「確かにそうです。しかし、仮に魔物に傷をつけ、侯爵候補になる資格を得たとしても、普通はその場から逃げ出すことになります」
「そうだろうな」
「その時には、これまでは奴隷を身代わりにするのが通例だったようですが、僕はそれがいやなんです」
「なるほど」
どうやら、ケインは顔がいいだけでなく、心も真っ直ぐな男らしい。最強だな。
「魔族くらい、あたしが倒してあげるわよ」
アミイが、ケインの肩を叩く。
「そうだね。その時は頼むよ」
ケインが、アミイに笑いかける。
「・・・俺が、残ってもいい」
「いえ、大事な仲間を残して逃げるなんてできませんよ。ディード」
今度は、ケインがディードの肩を叩き、俺のほうを見る。
「実は、僕たちはマイクさんのことを探していたんです」
「なんで?」
「もし、違っていたら謝りますが……マイクさんは、魔族を倒した。違いますか?」
ケインは真剣な眼差しで、俺を見る。
「本当だ」
ほっとしたのだろう。ケインは、小さく笑った。隣では、アミイが驚いている。
「やはり、本当でしたか」
「まあ、俺一人の力じゃないけどな」
謙遜と捉えたのか、ケインがニヤリとする。
かと思うと、急に居住まいを正して頭を下げた。
「マイクさん。我々のパーティーと一緒に、ダンジョンを攻略してもらえませんか?」
「いいよ」
「もちろん、報酬はすべてマイクさんのもので構いませんし、それに……え? いいんですか」
「ああ」
俺の素早い返答に驚いたのか、ケインが目を丸くする。
「ありがとうございます。これで、希望が湧いてきました」
ケインが俺の手を握る。隣のアミイは、ちょっと不満そうだ。俺は、いいのか?と目でケインに訴える。
「アミイも大丈夫ですよね?」
「あたしに先にやらせてくれるならね。多分、必要なかったってことになるわよ」
アガサが、俺を指さす。
「ケイン達が見つけたダンジョンなんだ。そっちが優先でいいよ」
「ありがとうございます。”エロフーズ”と共同なら心強いです」
安心した様子のケインに一応訂正しておく。
「”エロフーズ”じゃない。”エリスと愉快な仲間たち”だ」
「そうなの? ずいぶん下品なパーティー名だと思ってたけど。うちも、”アミイと愉快な仲間たち”にしない? ”西方の風”よりも格好いいわよ」
「いや、”西方の風”のほうがいいだろ」
それにしても、いつのまにか”エロフーズ”のほうが広まっているとは、後でアリエラに文句を言っておこう。
「一応、パーティーの連中に相談してみる。結果は、明日のこの時間に待ち合わせることでいいかな?」
「大丈夫です。我々も装備を整えるので、出発は明後日にしましょう。明日は、一度顔合わせということでお願いします」
「分かった。じゃあ、また明日な」
「ええ。いい返事を期待しています」
俺は、ケインと握手を交わしギルドを出た。
*
「さて、二人のところへ戻るか」
もう昼になろうとしている。多分、エリスとアガサの二人は、以前レイルに紹介してもらったルチア亭にいるだろう。俺は、急ぎ足で店へと向かった。
「おかえりなさい。あなた」
「おかえりなさいませ。旦那様」
予想通り、二人はルチア亭にいた。
予想と違っていたのは、エリスが白のロングドレスを纏い、アガサが黒いメイド服だったことだ。
「どういう事だ?」
「”侯爵夫人遊び”でございます。旦那様」
アガサが、椅子を引いて俺を座らせてくれ、テーブルを回り込んで、エリスの隣に座った。
「暇だったから、洋服を買いにいったんでございますのよ」
エリスが、羽根つきの白い扇子で、顔を扇ぐ。
「そこでこの服を見つけたのでございます。旦那様」
アガサが、立ち上がってクルリと回る。スカートがふわりとなるのを、俺は椅子に寝そべるようにして眺めた。
「いくらしたんだ?」
心配になったので聞いてみる。まさか、以前の様に一着金貨八十枚ということはないんだろうな。
「殿方は、そのような心配はしなくても良いのですよ」
「そうでございます。家計は私たちにお預けくださいませ。旦那様」
黙秘の構えだ。俺は、涙目になりながら天を仰ぐ。一気に侯爵になりたい気分が失せた。
「そうだな。とても似合っているよ。どっちも」
どっちーも侯爵の本領発揮だ。
「ありがとうございます。さすが、あなたは太っ腹ね」
「さすがでございます。旦那様」
二人が、にこやかな笑みを向ける。まあ、この顔が見られただけでも良かったとしよう。
にこやかに笑っていたかと思うと急にエリスが不機嫌そうになった。隣のアガサに耳打ちする。
「旦那様。奥様がただいまのキスがないと、ご不満のようでございます」
「それは、済まなかった」
俺は、エリスとアガサのどちらにもキスする。
「旦那様。食事になさいますか? エリスになさいますか? それともア・ガ・サ?」
「いや、ここは食事をするところだからな」
出てきた食事は、なんと言うかパスタのようなものだった。俺は特に食べ物にこだわりがあるわけじゃないから、屋台の串焼きでも構わないが、やはりエリスとアガサはこういったもののほうが好きなようだ。
まあ、町にいる間は少しぐらい贅沢してもいいだろう。服は別として。
「ところで、冒険者ギルドはどうでした? あなた」
「それは、いつまで続けるんだ? 普段の口調に戻ってくれよ」
「おかしいですか? この服でいる間は、これで行こうと思っていますけど」
「そうか。まあ、いいや。実は冒険者ギルドであるパーティーと出会ってな」
俺は、先ほどの出来事を簡単に二人に説明した。
「そんなわけで、明後日からダンジョンに行く予定なんだが、どうかな?」
エリスは、口元に扇子を当て、こそこそとアガサに耳打ちした。
「旦那様。端的に申しますと、奥様は一人でいってらっしゃいと申しております」
「いやいや、おかしいだろ。直接話せよ」
俺がびっくりすると、エリスがまたこそこそとアガサに耳打ちする。
「旦那様。奥様は、16歳が気に入らないようでございます」
「なんでだよ。お前たちだって実質16歳だって言ってたじゃないか」
まさか、ここで反対意見がでるとは思わなかった。
今度は、アガサがエリスにこそこそと耳打ちをする。それに対して、エリスは鷹揚に頷いた。
「旦那様。今後は、私達を16歳として扱うようでしたら、奥様も少しは考えても良いとおっしゃっております」
「頷いただけじゃないか。お前の考えだろ。いいから普通に話そうぜ」
面倒臭くなってきた俺の主張にも関わらず、こそこそ話は続く。
「旦那様。返答がないと奥様がお怒りでございますよ」
「分かった。今後は、二人を16歳として扱う」
再度のこそこそ。
「旦那様。奥様は、自分にもそのチャイナ服というものを所望する、と申しております。もちろん、アガサの分もと」
「いや、さりげなく自分の分も足すなよ。ダンジョン攻略の報酬が入ったらな」
二人で顔を見合わせて頷き合う。
「旦那様。奥様はダンジョン攻略に参加しても良いと仰せでございます」
「そうか。ありがとう」
どっと疲れが押し寄せてきた。
*
「おや、今日はお二方ともお美しい格好ですね。何かあったんですか?」
店を出てレイル商会へと向かう。店へはいると、レイルが開口一番、女性陣への賛辞を口にした。
「侯爵夫人の練習だそうだ」
俺は、服を見に行こうとする二人を押しとどめながら答える。
「なるほど、マイク様が魔族を倒したという噂は本当でしたか。それでしたら結婚式用のドレスなどもございますよ。二人ともお揃いの色のほうがよろしいですか。それとも色違いのほうが」
「いや、それはいいよ」
さっそくジルにドレスを持ってこさせようとする、レイルを止める。
「旦那様。奥様はドレスを見たいと申しております」
アガサが、目を輝かせながら俺をつついてくる。
「いや、お前が見たいだけだろ」
これ以上の散財は避けたい。服を買いすぎて装備品のないパーティーなんて御免だ。
「レイル。今度は、ダンジョンに挑むことになった」
「なるほど。ダンジョンが発見されたという噂は聞きましたが、それもマイク様のことでしたか」
「いや、ダンジョンを発見したのは、別のパーティーだ。聖剣のケインって知ってるか?」
「存じ上げております。新進気鋭のパーティーでございますな。礼儀正しい青年ですね」
「そうだ。ケインからダンジョン攻略に誘われてな。初めてなんで、必要な装備を整えようと思ってきたんだ」
「そうでしたか。といっても、通常の暗い森の探索とさほど装備に変わりはございません。ただ、ダンジョン内には森と違って川がございませんし、常に暗い状態らしいですから、湧水石と燃焼石を多めに持って行ったほうが良いでしょうね」
「じゃあ、それで頼む。金は、アガサが持ってる」
持ってるよな。持ってると信じたい。
「大丈夫でございます。旦那様。家計は私にお任せください」
自信ありげなアガサを信じよう。
「それにしても、レイルは情報が早いな。どこから聞いてるんだ?」
午前中に別れたケインたちが、ギルドに報告したとしても情報が早すぎる。さすがに不思議に思って聞いてみた。
「兄から聞いたのですよ。今日は、一緒に昼食をとりましたので」
「冒険者なのか?」
「いえいえ。マイク様もご存知かと思いますよ」
「俺の知ってる冒険者ギルドの関係者? ライルか!」
俺は、ギルド長のライルを思い浮かべながら驚く。言われてみれば、ライルとレイルは、名前も似ている。顔はあまり似ていないので、全く思いつかなかったな。
「さようでございます。そういう訳で、冒険者とは縁があるのですよ」
「それなら、情報が早いのも当然だな」
「兄が、マイク様のことを褒めておりましたよ。冒険者魂があると」
冒険者魂か。俺は、レイルの言葉を宿へと向かう道を歩きながら考えた。褒められて悪い気はしないが、まだ本当に自分にそんなものがあるとは思えない。だが、ひょっとしたら今回のダンジョン攻略で何かが得られるかもしれないな。
そんなことを考えていると、いつの間にか宿についていた。
「旦那様」
またしても、エリスに耳打ちされたアガサが近くに寄ってくる。
「なんだ?」
「奥様が、今晩は三人部屋でも良いのではないかと申しております」
「もちろんだ!」
おれは、周りに聞こえないような小声で、だがはっきりと答える。
まだ夕食までは時間がある、俺は奥様役のエリスと、甲斐甲斐しくメイド役を務めるアガサを相手に、十分に愛を確かめ合った。
その後はシャワーを浴び、食堂で食事をとる。俺の心は、今朝の不安感など嘘のように吹き飛んでいた。
「それでは、私達は先に部屋にいっていますね」
「旦那様。どうぞごゆっくり」
二人が俺をおいて席を立ち、部屋へと戻っていく。俺は、また不安に襲われた。
ひょっとして、と思いながらゆっくりと食事を食べる。すぐに部屋に戻って、最中に出くわしたらさすがの俺もショックで立ち上がれないかもしれないからな。
「戻ったよー」
部屋の前で声をかけてから、ドアを開ける。ドアに鍵はかかっていないようだ。
「おかえりなさいませ。旦那様。食事にします? エリスにします? それともア・ガ・サ?」
部屋に入ると、今後はメイド服に着替えたエリスが俺を出迎える。サイズが無かったのか、胸のあたりが張り裂けそうになっている。
「いや、食事は済んだだろ」
エリスの胸を見ながら、キスする。すると、部屋の奥で黒いロングドレスを着ていたアガサが、エリスを手招きし、耳打ちした。
「旦那様。奥様は、女の魅力は胸ではない、と申しております。それと、おかえりなさいのキスを所望するとも申しております」
戻ってきたエリスが、恭しくお辞儀をする。どうやら、今度は役柄を交換したらしい。
俺は、アガサにキスすると抱き上げ、ベッドへと運んでいく。エリスが、後ろから静々と付いてくる。
今夜は、楽しい夜になりそうだ。




