21.ギルド酒場にて
「兄貴!大丈夫ですか!」
周りを囲んでいた男たちが、髭面の男を助け起こす。
「なにしやがんだ、この女」
助けられた髭面が、女の子と俺を見ながら叫んだ。
「弱いものいじめは許さないわよ。かかってきなさい」
なぜかやる気満々の女の子が、かかってこいとばかりに、手をクイクイッと動かす。小柄な女の子で、チャイナ服のような恰好をしている。いったい、どういうことなのだろう。展開が早すぎてついていけない。
「おいおい。ちょっと待てよ」
俺は、女と髭面の間に入り、争いを止めようとした。
「なに?邪魔しないでよ」
女の子が俺を押しのけようとする。いや、なんでそんなにやる気十分なんだよ。
「お前の知り合いなのか?」
髭面の男が、不思議そうに尋ねてくる。
「いや、初対面だ。俺は、別に争うつもりはないし、今は魔石を持ってないんだ。また今度にしてくれないかな」
この場をおさめようと、妥協案をだす。
「はあ?次は魔石をあげるつもり?馬鹿じゃないの」
後ろの女が、何か言っているが無視する。
「なに言ってやがんだ。俺はこの女に飛び蹴りくらったんだぞ。そう簡単に許すわけがねえだろ」
「そこを何とか」
「何言ってんの。全員ぶっ飛ばせばすぐ済むんだから。あたしに任せてよ」
なぜ、火に油を注ぐようなことばかり言うんだ、この女は。俺を間に挟んで、髭面と女が言い争っていると、女の子の仲間らしい男たちが近寄ってきた。
「どうしたんです?アミイ」
男の一人が、女の子に声をかけてきた。金髪で整った顔をした男だ。
「ケイン」
女が男の名前を呼ぶ。すると、髭面の男が驚いた。
「ケイン?聖剣のケインか?」
「兄貴。本物ですよ」
髭面の男と仲間たちが、こそこそと話す。しばらくすると、髭面の男は舌打ちした。
「けっ。今日はここらへんにしといてやる。マイク。次あったときは、覚えておけよ」
捨て台詞を残し、男たちが街中へと消えていく。俺は、ため息をつき三人に振り返った。
「ありがとう。助かったよ」
「いえいえ、別に僕達が助けるまでもなかったでしょう。マイクさん」
ケインと呼ばれていた男が、にこやかに答える。
「俺を知ってるのか?」
「マイクさんのことは、結構噂になってますからね。今日は、美人のお二人はどうしたんですか?」
「別行動だ」
「珍しいですね。いつも三人でいるって聞いていたんですが、そうだ、自己紹介が遅れましたね。僕はケイン、こっちの女の子はアミイ、こっちの男がディードです」
チャイナ服にお団子頭がアミイ、金髪の優男がケイン、筋肉質で俺より20センチは背が大きそうな男がディードか。ケインの背は俺と同じぐらい、アミイは小柄で俺より20センチは低い。
「本当に、この人が噂のマイクなの?弱そうじゃない」
アミイが不満そうに、俺を見る。
「まあ、噂なんてそんなもんだ」
別に強さをひけらかす必要もないので、適当に答えておく。
ディードは俺を見て、ゆっくりと頷き。
「……アミイより、強い」
どうやら、無口な男らしい。
「はあ?あたしのほうが強いに決まってるわよ」
アミイは、不満のようだ。今にも、俺に殴りかかってきそうな様子で、ディードを睨みつける。
「そうかもな」
確かに、さっきの飛び蹴りは見事だった。髭面がいい感じにふっとんでたからな。
「とにかく助かった。御礼にギルドで何かおごるよ」
俺は、面倒ごとを避けるため、立ち去ろうとしたが、急に今日の目的を思い出した。ひょっとしたら、これはいい機会かもしれない。
「本当に?結構話せるじゃない。もっとあたしに感謝してもいいのよ」
偉そうに言うアミイを見ながら、ケインが申し訳なさそうにする。
「じゃあ、せっかくですからご馳走になります。ディードもいいかな?」
ディードが頷く。俺たちは、連れだってギルドに入って行った。
冒険者ギルドには、アリエラがいつもいるカウンターの反対側が、食堂兼酒場のようになっている。俺たちは、そこのテーブルについた。
「適当に、好きなものを頼んでくれ」
男三人は、定番のエールを頼む。アミイは、エルフ農園産果汁ジュースなるものを頼んでいた。
「ああいう連中っていうのは、結構いるのか?」
エールを飲みながらケインに話しかける。ディードは無口だし、アミイはジュースに夢中だ。
「そうですね。Eランク冒険者を長く続けている人の中には、たまにいるようです。残念ながら、ギルドも冒険者同士の争いには口を出しませんからね。自分の身ぐらい自分で守れということでしょう」
「そういう場合は、どうすればいいんだ?剣を持ち出すわけにはいかないだろう」
「そうですね。逃げるのが一番ですが、後は、強さを周りに見せつけるしかないですね。そのうちに、ああいう輩は寄ってこなくなりますよ」
「そうか。そういえば、聖剣のケインって呼ばれてたな。本当に聖剣なんてものがあるのか?」
そう言いながら、ケインの腰に下がっている剣を見る。見た目は普通の剣のようだが。
「これですか?聖剣かどうかは良く分からないですけどね、魔物を倒した時に偶然拾ったんです」
そういえば、めったにないが魔物を倒すと武器を落とすことがあるという話だったな。
「めったにないことなんだよ。ケインは凄く運がいいんだから」
ジュースを飲み終えたらしい、アミイが口を挟んでくる。
「それで?聖剣っていうからには、特殊な能力があるのか?もちろん、秘密ならしょうがないが」
「いえ、特に秘密というほどでは。この剣は、魔物の武器と打ち合うことができるんです」
「そりゃ、凄いじゃないか。戦い方が変わるな」
驚いた。魔物との戦いでは、敵の攻撃はすべて躱すのが基本だ。魔物の武器に人の武器は抵抗できない。だが、抵抗できる武器があれば、戦い方は全く変わる。
「でも、魔族の武器には効かないと思うんですよ。だから、本当にいざというときに防御につかうくらいにしか役に立たないんですけどね」
「まあ、そうだろうな」
「でも、この剣凄いんだよ。固い魔物も斬っちゃうし、切れ味が全然鈍らないんだから」
「そりゃ、凄いな」
確かに凄いな。夢のような剣だ。
「そんな、凄い剣があるんなら、ケインは強いんだろう。Cランクなのか?」
「いえ、まだDランクです。マイクさんと同じですよ」
「じゃあ、そんな丁寧な話し方じゃなくてもいいだろう。年だって同じぐらいだろうし」
「マイク。ケインは、誰に対してもこんな話し方なのよ」
「いや、お前はどう見ても年下だろう。もうちょっと丁寧に話せよ」
「はあ?あたしだって、誰に対してもこの話し方なの」
「アミイは16ですし、僕は18です。あ、ディードは22ですから、マイクさんよりも年上ですね。話し方は、許して下さい。癖みたいなものなんです」
「いや、俺は気にしないけどな。ディードさんって呼んだほうがいいかな?」
そう言いながら、すでに5杯目のエールを口に運んでいるディードを見る。
「……ディードで、いい」
「そうか、じゃあディードで。本当に無口なんだな」
「でも、ディードも強いよ。でっかいハンマー持って戦うんだから」
「そりゃ、強そうだな」
ディードの筋肉質な体から繰り出される一撃なら、ゴブリンがぺっちゃんこになるんだろうな。
「そういえば、ギルドに何か用があってきたんじゃないのか?」
あまり引き留めても悪いかと思って、ケインに聞く。
「ええ、実は今回、暗い森の中でダンジョンの入り口を発見したんです、それで、とりあえずギルドに報告しようかと思って」
「ダンジョン?」
「知らないの?マイク」
馬鹿にしたような顔でアミイが見てくる。なんで、お前だけ呼び捨てなんだ?
「いや、知ってるような、知らないような」
「知らないのね」
「まあ、そうとも言うな」
「本当に?冒険者なのにダンジョンもしらないの?ぷぷぷー」
「じゃあ、ちょっと説明してくれよ。初心者の俺にもわかるように」
「じゃあ、説明してあげる。ケイン、お願い」
「知らないのかよ」
「すみません。マイクさん。僕も初めての事なんで、人から聞いた話なんですが、暗い森の中で、ごくまれに洞窟のようなものに遭遇することがあるんです」
「魔力だまりじゃなくて?」
「ええ、魔力だまりは広場になっていることが多いじゃないですか。ダンジョンは、それと違って森の道の先に洞窟が現れるんです。僕たちも入り口から、ちょっと覗いただけで戻ってきたんですが、洞窟は下り坂になっているようでした」
「なるほど」
「他の冒険者から、聞いた話では、その下り坂を降りると、何層かに分かれているダンジョンに通じているそうなんです。中には、魔物が暗い森の中よりも多くいるらしいと聞きました」
「凄いじゃないか、そう簡単に見つかるようなもんじゃないんだろう?」
「そうですね、めったに見つからないそうなんですが、今回は運が良かったです」
「でも、一旦戻ってきたんなら、もう二度とそこには行けないんじゃないのか?」
不思議に思って、ケインに尋ねる。確か、暗い森の迷路というのは、冒険者が入るたびに木がいつの間にか動いて変化していくというものだったはずだが。
「いえ、ダンジョンを見つけた場合は、違うらしいんです」
「というと?」
「ダンジョンを見つけたパーティーは、次に暗い森に入っても、必ずそのダンジョンに行きつくようになってしまうそうなんですよ」
「なんだ、そりゃ。じゃあ、どうすれば他の道にいけるようになるんだ?」
「そこなんです。話に聞くところでは、ダンジョンの最下層まで踏破すれば、そのダンジョンを攻略したとみなされて、そのダンジョンは消え、冒険者は新しい道にいけるそうなんですが」
「なるほど、攻略すればいいのか」
「マイク。馬鹿じゃないの?そんな、簡単に攻略できるわけないでしょ」
「なんでだよ。暗い森がダンジョンに変わっただけだろ?ケインとディードがいれば、不可能な話じゃないだろう?」
「なんで、あたしを抜かすのよ」
「いや、大体アミイは、どんな武器を使うんだ?まさか、魔物を蹴り飛ばすわけじゃないだろう?」
「いえ、マイクさん。アミイは武器を使わないで戦うんですよ」
「はあ?本当に?」
「この体があたしの武器よ」
アミイが偉そうにふんぞり返って胸を張る。いや、胸を張っているらしいが、そこには悲しいほどに膨らみがみられなかった。いったい、どこが武器なのだろう。
「何か、彼女の一族に伝わる特殊な武術らしいです。僕にも良くわからないんですが、魔術ではないらしいんですが、人間の体の中にある力で体を覆って戦うようなものらしいです」
なるほど、気功法のようなもので戦うということか。
「そういう戦い方をする人は、他にもいるのか?」
「ううん。あたしの一族だけよ」
「そりゃ、凄いな。今度、見せてくれよ」
純粋な、興味から言うとなぜかアミイが顔を赤くして、もじもじしだした。
「え?そりゃ、そんなに言うんだったら、ちょっとくらいは見せてもいいけど」
「いや、そういう意味じゃねえよ。誰が、そんな平坦なもの見たがるか」
「はあ?何言ってんの、これは、こういう服だから。本当は脱いだらバインバインなんだからね」
「すぐばれる嘘をつくなよ。見ろ、ディードがいたたまれないような顔をしてるだろ」
「嘘じゃないよ。ねえ、ケイン?」
「そうですね。アミイが嘘をつくはずがありません」
ケインがにこやかに笑いながら答える。さすが、顔のいい男は何を言っても様になるな。アミイも顔を赤くしながら、怒りをおさめる。
「マイクさん。これも聞いた話なんですが」
「何だ?」
「ダンジョンの攻略というのは、非常に難しいものらしいんです。通常、一つのパーティーだけでは、困難と言われています」
「まあ、何階層とあるんじゃな。進むだけでも何日もかかる。安全地帯みないなものはあるのか?」
「ええ、それは各階層に何か所かはあるそうです」
「じゃあ、それほど問題ないじゃないか。時間さえかければいけるだろう」
「ところがそうじゃないらしいです。マイクさん」
「何でだ?」
「ダンジョンの最下層には、魔族がいるらしいんですよ」




