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1.森にて

 目を開けると、異世界だった。


 なんやかんやあった後、ちょっと女の貌になった女神が、

「では行きますよー。いってらっしゃいませご主人様」

 そんなことを言いながら、両手を挙げ、集中したのちに急速に光り輝きだした。

「まぶしいな。おい」

 あまりの光の強さに、文句を言おうとした瞬間に、体がふうっと浮くような感覚があり、気が付くとそこは森の中だった。

「なるほど。ここが異世界か」

 何となく状況を整理するために、独り言をつぶやいてみる。周りを見渡すと、何の変哲もない森の中であり、遠くから川の流れる音が聞こえてきた。

「そういえば、20歳に若返るという話だったな……」

 女神に言われたことを思い出しながら、とりあえず水音がする方向へと向かった。

「ふむ。何となく若返っているような気がするな」

 川面に自分の顔を映してみながら、また独り言を言う。なにせ、急に一人になってしまったものだから、つい独り言を言ってしまう。そういえば、独身の頃は、家に帰るとテレビ相手に独り言をよく言っていたものだなー。と、そんな益体もないことを考えてしまう。

 改めて、自分の格好を確認してみると、生成りのチノパンに、黒のTシャツといったなんとも普通の服装だった。ただ、厳密には元いた世界のチノパンともTシャツとも違う。縫製技術が若干低いようで、素材もちょっとごわごわした感じだ。これが、この世界の一般的な服装なんだろう。

 腰には、鞘に入った剣をぶら下げていた。抜いてみると刃渡りが80センチぐらいの真っ直ぐな剣で、片手でも両手でも扱えそうだった。これまた、この世界の一般的な剣なのかもしれない。

 背中には、厚手の素材でできたリュックのようなものを背負っている。まずは、座って中身を見てみることにして、袋の口をあけてみて驚いた。袋の中に、ブラックホール的なものが見えたのだ。

「無限に入る袋ってことか。でも、ものを出す場合はどうすんだ?」

 またまた、独り言を言ってしまった。もう、気にするのはよそうかな。

 何となく、手を入れても大丈夫そうなので、袋の中に手を突っ込んでみると、急に頭の中に袋の内容物が列挙されてきた。

 ・金貨 100枚

 ・銀貨 100枚

 ・銅貨 100枚

 ・干し肉 10個

 ・回復薬 10個

 ・毒消し 10個

「そういや、最初に必要になるものは支給しますと言っていたな……数が適当ぎるんだが」

 女神が言っていたことを思い出しながら、金貨を1枚出してみようとする。頭の中で金貨1枚と思いながら、手を引き抜いた。

「でたな」

 引き抜いた手には、金貨らしきものが光っていた。まだ、偽造する技術がないのか、それとも魔法的なもので区別する方法がないのか、つるっとした円形の金貨だ。続けて、銀貨と銅貨もみてみるが、形状は一回りずつ小さくなっているものの、つるっとした外形は一緒だった。残念ながら、バリヤフリーな世界とは言えないようだ。

 ちなみに干し肉は、何の肉かわからないが、一口食べてみるとビーフジャーキーに近い味だった。少なくとも、塩と胡椒はある世界らしい。回復薬や毒消しはゲームによくあるあれだろう。

「なるほどなー」

 何が、なるほどかわからないが、再度気持ちを落ち着ける意味で、呟いてみた。非常に一般的な異世界?とみていい世界のようだ。ということは、今後何かと戦ったりする可能性もあるということだ。

「そういえば、かなり強くしておきます的なことを言っていたような……」

 そう言いながら、まずは腰にあった剣を軽く振ってみた。

 ひゅんっ!

 軽く振った割には、かなりいい音がでた。続いて、近くにあった立ち枯れている木に向かって、上段から切ってみた。

 ばすっ!

 一抱えはあろうという木があっさりと切れた。

「いやいや……ひょっとしたら、とんでもなく切れる剣なのかもしれないからな。」

 そう思って、木に軽く剣を落としてみると、1センチほど食い込んだだけだった。どうやら、かなり強くなっているらしい。それに、剣を落とした感じをみると、落下速度が特に遅いような感じではなく、重力法則は元の世界の地球と同程度らしい。

 そう考えると、一般的な人間より、かなり強くしておくというのは嘘ではないらしい。そう考えると、先ほどの川まで戻ってきた。

「向こう岸まで、10mぐらいかな……」

 リュックを背負いなおしながら、呟く。普通であれば3mの幅を超えるのもきついはずと考えながら、ちょっと助走をつけてジャンプした。

 すとんっ。

 軽い感じで向こう岸に着地する。

「本気でやれば、まだまだいけそうな感じだな」

 あまりにも能力が上がっているので、ちょっと笑い出しそうになりながら言う。独り言ならまだしも、森の中で一人で笑っていたら危ない人だからな。

「まずは、人里でも探しますか」

 そう言いながら、ゆっくりと川沿いに歩き出した。遭難したときに川沿いに進むのは一般的には愚行だが、この身体能力があれば問題ないだろう。

 川沿いを歩きながら、たまに剣を構えては、イメージトレーニングをしてみる。何せ、剣で戦ったことなどないのだ、もちろん人を切ったことなどない。

「人を切るのはちょっとやだなー。魔物的なもんなら大丈夫な気もするが」

 そんなことを呟きながら、何度も剣を振る。不思議なもので何度も剣を振っているうちに様になってきているような気がする。いや、気のせいではないのかもしれない。さっきまで、適当に枝を切るだけだった剣が、いつの間にか狙った枝を正確に切れるようになっている。

「どういうわけだ?」

 そう思いながら、試しに枝を1センチごとに切ってみようとすると、あっさりと出来てしまう。ならば1ミリごとならどうかと思えば、これは出来なかった。だが、その場で1時間ほど剣を振り続けると、1ミリごとに狙ったように剣を振ることが出来るようになった。

「しかも、ほとんど疲れてないしな」

 川の水を手ですくって飲みながら、考えてみる。疲れてはいないが、やはり喉は乾くようだ。川の水を飲むのは、ちょっとためらうが、飲んでみると味は悪くない。綺麗な水だし、体が強化されているのならば大丈夫だろうと思った。あまり悲観的になってもしょうがないしな。

 しかし、剣を振りながら3時間も歩いているというのにほとんど疲れる様子がない。体の強化は体力面にも反映されているようだ。

「さて、次は防御力だな」

 そう言いながら、木にぶら下がっているツタを押してみる、ツタはぶらーんと向こうへ行った後に、こちらへ戻ってきた。まあ、あれだ。部屋の電球の紐を相手にするシャドウボクシングみたいなもんだな。

 ところが、戻ってきたツタを避けようと意識を集中した途端、不思議なことが起こった。まるで、ツタの動きがスローモーションのようにゆっくりとしたものに変わったのだ。

「まあ、ありがちな話なんだけどな」

 ここでも、能力強化が聞いているらしい。意識すればかなりゆっくりした動きになるようだ。なんとも不思議な状態だが、剣の時と同じように何度もツタを避けることを繰り返すと、ちょっとした気持ちの切り替えでスローモーション状態を再現することが出来るようになった。避け方もかなり上達し、これまた剣と同じようにミリ単位で避けることが出来るようになった。

「いよいよ、最後の確認だ」

 そう言って、剣を腕に当てる。痛みがあることを予想しながら、軽く剣を引いてみると何故かつるっと剣が滑った。

「何か不思議な障壁のようなものがあるらしいな」

 どうやら、弱い攻撃程度ならはじいてしまうらしい。今度は、力を込めて剣を引く、かなり力を込めたのだが、腕には深さ5ミリ程度の傷がついただけだった。でも、痛い。痛みは普通に感じるようだ。

 ぱっくり開いた傷口を見ていると、傷がだんだんと薄くなり、最後には綺麗に消えてしまった。ちょっとした傷は問題にならないみたいだな。

「大体わかった。あとは、人里を探すだけだな」

 自分の体のことが分かったことで、かなり安心できた。よほどのことがなければ、対処できるだろうと確信できたので、川沿いを歩く足を速めた。


   *


 剣を振ったり、川を右岸に左岸にジャンプしたりしながら1時間ほど進むと、遠くから悲鳴のような音が聞こえてきた。同時に、ゴブゴブという音もする。

「やや、絹を切り裂くような女の悲鳴」

 別に女の悲鳴は聞こえていないのだが、気分を出すために呟きながら、悲鳴が聞こえた場所へと近づいていく。それよりもゴブゴブという音が気になる。まさか、ゴブリン的なものの叫び声じゃないだろうな。

 10分ほど走っていくと、森の中の街道が見えてきた。こんなに街道が近いんだったら森の中へ入ってみればよかったな。そんなことを考えながら、さらに近づいていくと、幌馬車のようなものが見えてきた。どうやら、この世界での交通機関は、馬車が主流らしい。馬車を曳いているのは、ウマよりも小型のロバのような生物だった。

 さらに近づいていくと、馬車の周りを体長1mぐらいの緑色の生物が取り囲んでいるのが見えた。手には棍棒のようなものを持っている。たいして強そうには見えないが、数が多い。50匹ぐらいで幌馬車を半円状に囲んでいる。馬車の持ち主らしい男二人が、馬車の陰から剣で追い払おうとしているようだが、苦戦しているようだ。

「これは、恩を売るにはもってこいの状況だな」

 そういいながら、ゴブゴブ言う緑色の生物達。長いからもうゴブリンでいいか。ともかくそいつらの背後へ忍び寄る。人型に近いものに対して攻撃することに若干ためらうが、これは仕事だと自分に暗示をかける。そう、ジャパニーズサラリーマンの一角を担う俺である。仕事と割り切れば、人を殺すことすらためらわない。そう思いながら、剣を横薙ぎに振るった。

 ばすっ!

 一振りで、10匹ほどのゴブリンがまとめて、吹き飛んだ。さらに、吹き飛んだゴブリンに巻き込まれ、20匹ほどのゴブリンが倒れる。馬車の後ろに隠れた男たちの口があんぐりと開いた。

「これは……ちゃうねん」

 思わず変な言葉が出てしまった。ちゃうねん。つまり、こんなに一気にスプラッタな状態にするつもりはなかったのだ。もっと、一匹ずつ地味に倒すつもりだったのだが。

「まあ、済んだことは仕方がない」

 そう思って、剣を振るう。一振りでさらに10匹ほどのゴブリンたちが吹っ飛ぶ、緑色の体液があたりに飛び散る。腐ったような匂いがあたりに充満するがかまうものか。さらに剣を振り、まばらになってきたゴブリン達を一匹ずつ仕留めていく。ものの10分もしないうちにすべてのゴブリンを狩りつくした。

「ひどい、匂いだな」

 自分が作り出した惨状を、まるで他人事の様に見つめながら呟く。この世界へきて、初めての戦いだ。急に緊張がほぐれたことで笑い出しそうになるが、なんとか感情をおさめようと関係のないことを考えようとしていると、驚いたことに飛び散ったゴブリンの体や体液が、霧の様に消え始めた。そして、ゴブリン達が消えた後には、宝石のような小さな石が、50個ほど落ちていた。

「ありがとうございます。助かりました」

 馬車の裏に隠れていた男たちが、額に流れる汗を拭いながら出てきた。そして、不思議そうな顔で石を見てい様子を眺めて、何か勘違いしてくれたのかこう言った。

「私は、商人のレイルと申します。これは、連れのギルです。もちろん、この魔石は倒されたあなたのもので問題ないですよ」

 なるほど、これは魔石というもので、倒した場合は倒したものが所有していいということか。初めて知ったが、当然のような顔で頷きながら答える。

「そうか。俺は、マイクという」

 何となく、この二人の名前と比べておかしくないような名前をでっち上げてみた。異世界なのでカタカナ名義のほうがいいかと思ってだ。

「本当に助かりました。最近、ゴブリンどもがこのあたりに巣を作ったという、噂は聞いていたのですが、どうしても急ぎの商用がありまして、マイク様がいなければ死んでいましたよ」

 ほっとしたような顔で、レイルが言う。年齢は30代前半くらいか、小太りで髭を生やしたいかにも商人ですというような男だ。隣で頷いているジルは、使用人なのだろう、20代のがっちりした体格の男だ。

「様はやめてくれ。間に合って良かった」

 年上に様づけされるのは、どうもくすぐったい感じがする。ひらひらと手を振りながら答える。

「いやいや、なんといっても命の恩人ですからね。ジル、マイク様に魔石を拾って差し上げなさい」

 そういわれたジルが、地面に落ちている魔石を拾い集め、渡してくれる。それを受け取ったものの、どうしようかと考えていると、レイルが分かったとばかりに話し始めた。

「ひょっとして、マイク様は冒険者ギルドに登録していないので?」

 よく気が付く男だ。さすが商人だな。嘘をついてもしょうがないので正直に答える。

「そうだ。田舎からでてきたばかりなんでな」

 そういった人間は珍しくないのだろう。レイルは、頷いた。

「冒険者ギルドに登録された冒険者というのは、魔物を倒し、この魔石を集めるのが仕事なのです。これを冒険者ギルドに持っていけば、魔石の種類に応じたお金が払われるというわけです」

「なるほど」

「我々が行こうとしている町、この先のラクスの町という所なんですが。ここにも冒険者ギルドがあります。マイク様ほどの腕があれば、すぐに裕福な冒険者になることができますよ」

「そうか。町まではどれくらいなんだ?」

「我々の馬車でしたら、日が暮れるまでには町にたどり着けるでしょう。よろしければ一緒に行きませんか? マイク様がいれば我々も心強い。」

 レイルは、揉み手をしながら話してくる。護衛代わりにちょうどいいというわけだ。

「もちろん。町に着きましたら、先ほどの御礼と道中の護衛代は払わせてもらいますよ」

 不満が顔にでてしまっていたのか、レイルがあわてて言う。だが、それよりももっといい案がある。魔石を、リュックに詰めながら言った。

「それよりも、ゴブリンの巣というのはどこにあるんだ?」

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