17.遺跡にて
アガサと二人、暗い森の中の道を歩いていく。
「ご主人様。曲がり角でございます」
「そうだな」
10mほど先で、道が右側へ曲がっている。真っ直ぐ来いと言っておいてこれか。
「ご主人様。曲がり角でございます」
「いや、俺にも見えてるし」
なぜか執拗に曲がり角を強調するアガサ。
「曲がり角でございますから、いつものあれをお願いいたします」
そう言いながら、目を閉じちょっと顎をあげるアガサ。あれ?曲がり角でする、いつものあれってなんだっけ。いや、何となくは分かるが、そんな決まりがあったかな。
俺が戸惑っていると、アガサがせかすように顎をクイッとあげる。俺は、アガサを優しく抱きしめて、キスをした。
「仕方がございませんね。曲がり角でございますから」
アガサが、照れながらも潤んだ瞳で見つめてくる。
「そ、そうだな。曲がり角だからな」
どうしよう、今日はいつになくアガサが、積極的だ。ひょっとして、あれか?決戦前に子種を残してほしいのだろうか。俺は、ドキドキしながらアガサをさらに、強く抱きしめようとする。
「先を急ぎましょう。ご主人様」
アガサが、俺の腕の中からするっと抜け出て歩き始める。違ったのかな。違ったらしい。おれは、首を振りながらアガサの後を追いかけた。
「ご主人様が必ず勝利をおさめますよう、祈りをこめたのでございます」
アガサが、囁くように言う。
「じゃあ、負けるわけにはいかないな」
俺は、気持ちを新たに歩き始めた。
1時間ほど歩くと、道の先に遺跡のようなものが見えてきた。ちょっと時間をかけすぎたか、だが、曲がり角が3箇所もあるのが悪い。
レンガ造りの建物がいくつか見えるが、すべてボロボロに風化している。昔は、人が住んでいた場所なのか、それとも魔族たちの住処だったのか。建物の入り口の大きさからみると、人間の町だったようだ。
町の人が集まるために広場だったのか、中央にはかなりの大きさの空間があった。そして、そこに巨大なゴブリンと両腕を縛られ、足がつくかつかないかぐらいの高さに吊るされたエリスの姿があった。
「魔族のくせに趣味がいいな。絶妙な吊るし方だ」
「ご主人様。変なところで感心しないでくださいませ。エリスは無事ですか?」
「目は覚ましているようだが・・・おーい。エリスー。無事かー」
どうせ、魔族とは戦うことになるんだ、こそこそしていてもしょうがない。俺は、大声でエリスにむかって叫んだ。
「アガサー。マイクー。ごめんねー、捕まっちゃってー」
俺たちに気付いたエリスが叫び返してくる。元気そうだ。逃げようとしているのか、足をもぞもぞ動かそうとする。あんまり、動くとパンツが見えるぞ。
「じっとしてろ、エリス。すぐに助けてやる」
「うん。信じてるよー」
安心したのだろうか、エリスが笑顔になる。だが、俺の言葉に反応したのか、大きな斧をもった魔族がお俺とエリスの間に立ちはだかった。
「どうやら、逃げずに来たようだな。人族」
「まあな」
「本当に、馬鹿な奴だ。勝てるとでも思ったのか」
「さあな。やってみなくちゃ分からないだろ」
そう言いながら、剣を構える。
「アガサ。少し下がってろ」
魔族の斧を警戒しながら、アガサに声を掛ける。
「はい、ご主人様。可能ならばお手伝いいたします」
「ああ、無理はしなくていいからな」
アガサが、俺の斜め後ろに下がる。最悪、アガサにエリスを助けて逃げてもらわなくてはならない。戦うのは、俺一人で十分だろう。
「死ぬ覚悟はできたか?では、始めるか」
そう言いながら、魔族が斧を無造作に振る。速い。あの大きさの斧を、まるで俺が剣を振るうような、速さで振り回す。大きく躱すのが精一杯だ。
「どうした?まさか俺が疲れるのをまつつもりか?」
攻撃を避け続ける俺を、魔族が挑発してくる。
「それも、いいかもな」
適当な答えを口にしながら、頭の中では、必死に攻撃が当たらない可能性の高い位置を模索し続ける。
そして、よりぎりぎりで攻撃を避けられる位置へ導く、可能性を探っていく。
いつもの戦いと同じだ、俺は奴に攻撃を当てられる可能性が存在する糸を見つけようと考える。
安全に避けられる、太い糸を選り分け、ぎりぎりで避けられる細い糸を見つけ出す。
「いくら、ぎりぎりで避けて体力を温存したとしても、無駄だぞ。俺の体力よりも、お前の体力が尽きるほうが早い」
魔族が、何か言っているが集中している俺には、ほとんど聞こえない。
これか、いや、違う。どんどん糸は細くなっていく。まさか、俺の攻撃は絶対に当たらないのか。
諦めるな。必ず、攻撃を当てる可能性を見つけ出す。
もう、魔族の攻撃は、俺の体に触れんばかりだ。
触れる?そうだ、無傷で倒そうなどと考えるな。俺は、もう一度、さらに細くなった糸から、可能性を選り分ける。
見つけた!
次の瞬間、俺は魔族の懐と一気に飛び込んだ。斧の柄が、俺の脇腹に食い込むのにも構わず、魔族の首筋に向かって突きを放つ。
「小癪な!」
魔族が斧を振り切ろうとするが、俺は奴の斧の上を転がるように態勢を入れ替えながら、右腕に持った剣を伸ばし、首に剣を突き刺した。
パキンッ!
魔族の首に触れた剣が、半分から折れる。俺は、そのまま地面へと落ち、ごろごろと転がって奴から距離をとった。
「マイク!」
「ご主人様。」
おれが派手に吹き飛んだので、心配したのか、エリスとアガサが同時に叫ぶ。
「ちきしょう。この剣じゃダメか」
何とか、顔だけを魔族に向ける。
「俺に傷をつけたな。人族」
魔族の首筋からは、青黒い血が一筋流れていた。少しは、俺の攻撃が効いたらしい。
「これに満足して、その奴隷をおいて帰るのだな。人族」
「は?」
「これで、お前には侯爵への道が開けたのだろう。逃げ帰って剣を得るのだな」
魔族の言葉に怒りを覚え、俺は、脇腹の痛みも構わずに立ち上がった。この程度の痛みなら、アガサとの訓練でいくらでも経験済みだ。
「何言ってやがんだ。俺は、今日、ここで、お前を倒すんだ」
そう言いながら、半分に折れた剣を構える。
「馬鹿な事ばかり言う人族だな。そんな剣で俺を倒せるとでも思っているのか。もっといい剣を手に入れてから、出直すんだな」
魔族が、呆れたような声をだす。俺に、興味を失ったのか、斧を地面に立てる。
その時、アガサが俺と魔族の間に立ち、毅然とした態度で言った。
「剣ならございます。ご主人様」
「・・・どういうことだ?」
「ご主人様には、すでに侯爵となる道が開けております。この場は、私をおいて町へ戻り、魔女ギルドの門を叩き、魔女を得るのも一つの道でございます」
「いやだね。俺は、エリスとアガサの両方を助けると決めたんだ。どちらも好きなんだからな」
アガサの試すような言葉に、俺はきっぱりと答える。
「愚問でございましたね。それならば、私がご主人様の剣となりましょう」
「なんだって?」
「私は、ご主人様の、領土であり、領民であり、騎士でございます。常に私はそばにあり、ご主人様のために敵を屠ります。・・・わが身は数多の世界で、女であり、剣であったもの。今この時こそ剣となりて、御身のお役にたちましょう」
アガサが不思議な文言を唱えると、アガサの体がまるで砂が崩れるときのように、人としての形を失い、まるで魔物に殺された時のように、キラキラと光る銀色の霧となる。
「なんだ?どうしたんだ。アガサ」
あたりを見回すが、アガサの姿はない。代わりに広がった霧は、だんだんと俺の両手に集まってくる。両手に集まった光が、明るくなり、やがて、見ていられないほどの閃光を発する。
思わず目をつぶってしまうが、しばらくすると手にかすかな重みを感じる。
目を開くと、俺の手には、剣があった。
さっきまでの、半分折れた剣とは違う。
まるでアガサが剣になってしまったような、黒く細身の剣だった。漆黒の刀身は、どんなものでも切れそうな凶暴な輝きをもちながらも、どこか淫靡なぬらぬらとした光を放つ。持ち手も黒だが、アガサの身に着けた服装の様に銀色の美しい模様が施されている。そして、肌に吸い付くような不思議な感触がある。
俺は、剣を構えて魔族に対する。
「なんだ?それは。このような話は聞いたことがないな」
魔族が、不思議そうな顔をして、俺の剣を見つめる。
「まあ、いいじゃねえか。俺の手には、剣がある。戦いを続けようぜ」
「ふむ。いいだろう。だがその剣からは強い力を感じる。先程までのようにはいかないようだな」
そう言うと、魔族は大地を踏みしめ、巨大な斧を構えた。
俺も、最速の斬撃を出せる様に、剣を構え直した。
静寂が訪れる。
だが、今度はさっきまでと違う。俺の頭の中に浮かぶ可能性の糸は、必ず奴を斬る可能性につながっていると感じる。俺は、幾多の糸を選り分け、もっとも強い糸を選び出そうとしながら、じりじりと魔族との距離を縮めていく。
そして、互いの武器の間合いに入った時。
「死ねっ!人族め!」
魔族が叫び、今までで最も速い速度で斧を振り下ろす。
だが、俺はその攻撃を躱し、剣を振るう。
スパッ!
驚くほど、軽い手応えとともに、魔族の体に斬撃の線が走る。
ずずっと、真っ二つになった体がずれ、地響きを立てて、大地に倒れる。
そして、魔物と同じように緑色の霧となって消えていき、あとには大きな魔石だけが残った。
「勝ったよ。アガサ」
俺は、手に持った剣に声を掛け、エリスのもとへと向かった。
「マイクー。」
エリスに手を振りながら、近づいていく。脇腹が痛むので、久々に薬を出して塗ってみた。近くまで来てみると、エリスは道よりも一段高いところに吊り下げられていた。
「早く助けてよー。」
下から見上げるエリスの格好は、素晴らしいものだった。何かこう、角度が違うとまた違った喜びがあるね。そう思いながら、さり気なくエリスのスカートの中を覗く。俺は好機を逃さない。
「ちょっとー。見てないで早く下ろしてよ」
エリスが、もじもじと太ももをすり合わせて、下着を隠そうとする。よほど、暴れたんだろう、太ももに光る汗や、わきの下を流れる汗が何ともいえない。
「そんなに、遠慮して見なくても、これからはいくらでも見られるんだから」
エリスの言葉に、慌ててロープを切る。
自由になったエリスは、俺に飛びつくように抱き付いてきて、唇を合わせてきた。
俺も強くエリスを抱きしめる。何だろう。アガサとは違い、むにゅっとした感じだ。いくら抱きしめても、腕が沈み込んでいくような柔らかさがある。
「ありがとう。マイク。助けに来てくれて」
「当たり前だろ」
「当たり前かー。マイクにとってはそうかもね。でもあたしにとっては、人生一番の劇的な出来事だよ」
そう、言いながらエリスがキスしてくる。
俺も、エリスを抱きしめながら、存分に、その唇を味わった。
「ところで、アガサはどうしたの?まさか、やられたんじゃないよね」
しばらくたって、落ち着いたのか、エリスが聞いてくる。
「見てなかったのか?」
俺は、遺跡の中に泊まれそうな場所がないか、探しながら答える。
「間に魔族がいたから、ほとんど見えなかったよ。マイクが吹っ飛ばされたときは見えたけど。アガサはマイクの後ろにいたんじゃないの?」
「そうか。じゃあ分からなかったろうな」
俺は、手に持っていた剣をエリスに見せた。
「これが、アガサだ」
「はあ?」
エリスが、きょとんとした顔で俺を見つめる。
「いや、不思議な話なんだが、アガサが俺の領土になるとか、剣になるとか言って、それから、キラキラ光る霧の様になったかと思うと、この剣になったんだ」
あらためて言うと、自分でも何を言っているのかよく分からない。
「戻んないの?」
「戻れないとは言ってなかったような気がするが・・・かといって、いつ戻るとも言ってなかったな」
「どうするの?」
「どうするって、とりあえず持っていくしかないだろう」
「町まで?」
「そうだな。町まで戻って、アリエラさんに頼んで魔女ギルドを紹介してもらえば、なんとかなるかもしれない」
「おー。いい考えだね。そうしよう!」
話しながら、まだ屋根が残っている一軒の建物に入る。
「だろ?さて、今晩はこの建物の中にテントを置いて泊まろう。エリスも疲れただろ」
「うん。でも、マイクのほうが疲れたでしょう。怪我は大丈夫?」
「ああ、薬も塗ったし大丈夫だ」
テントを設置しながら答える。痛みはまだ少しあるが、動くのに支障はなさそうだ。
「そう?それなら大丈夫かな」
「何が?それより、夕食はどうする?今日は、アガサがいないからなー。久々に干し肉でもかじるか」
「それもいいかもねー。でも、せっかく二人きりなんだからさ」
そういうと、エリスは急に抱き付き、顔を真っ赤にしながら言った。
「・・・今日はあたしを食べてよ」




