16.森の奥にて
「ゴブッ」
先頭のでっかいゴブリンの腕を切り落とし、返す刀で首を刎ねる。
横にいるでっかいゴブリンが、斧を振り下ろしてくるが、その時にはすでに攻撃の当たらない位置に身を置き、右側のでっかい、いや、もうでっかいはいいか。ここにいるのは全部がでっかいゴブリンなんだ。右側のゴブリンに斬りつける。
こいつらにも少しは考える頭があるらしい。十匹は後ろにある何かを守るようにしており、俺のほうへ向かってくるのは十匹、二匹倒したから八匹か。
「やったー」
エリスの放った矢が、一匹のゴブリンの首に当たる。ゴブリン達の意識が一瞬そちらへ向くのを見逃さずに、俺から視線を外した二匹の首を次々と飛ばす。いける。ゴブリン達の強さは、今朝考えていたものとそれほど差がない。
「いいぞ。エリス。狙えるなら、奥の奴らにも攻撃してくれ!」
「わかった。やってみる」
エリスが弓矢を引き絞りながら、狙いをつける。前に出てきているゴブリン達は、少し慌てたように後ろを見る。そんなに、大事なもんなのかね。
だが、意識が後ろに向けば俺にとっては楽になる。ゴブリンは、俺が進めないように斧を振り回すが、そんな攻撃の中では、避ける可能性を増すだけだ。俺は、いくつもある選択肢から最も安全なものを選択し続けるだけで、ゴブリンを倒すことができる。
十匹のゴブリンが倒れるまでに、それほどの時間はかからなかった。残りの十匹のゴブリン達は、背後にある大きな壷のようなものを守る陣形を組む。
「あれが、魔力だまりってやつか。どう見ても、ただの大きい壷だな」
「マイクー。結構固そうだよ、あれー」
後ろからエリスが叫んでくる。
「矢で壊す必要はないんだから、さっきまでと同じようにゴブリンを狙うだけでいい。アガサ!俺の反対側に回り込んで、牽制してくれ!壷を狙うふりだけでいい」
ゴブリン達がこちらへ突っ込んでくることはないだろうと思い、アガサを呼ぶ。
「はい。ご主人様」
アガサは、俺とは逆に広間を左回りに壷へと近づく。
「ゴブゴブッ。ゴブッ」
ゴブリン達は、慌てているようだ。だが、逃げ出すようなことはしないらしい。逃げることなど考えることができないのか。それとも、あの壺はそれほどまでに大事なものなのか。
動かないのなら好都合だ、俺は右端のゴブリンへと駆け寄る。そいつを含め三匹だけが俺のほうへ、体をむけてくる。三匹ぐらいなら問題にならない、右、左と剣を振り、二匹のゴブリンを倒し、最後の一匹の首へと剣を突き刺す。
その間に、エリスが矢で一匹を倒したようだ。さらに、矢がもう一匹のゴブリンの目に刺さる。すかさず俺がとどめをさす。
残りは五匹だ。ゴブリン達は少ない数でも、壺を守ろうとする。うかつにも背を見せた一匹の首の後ろにエリスの矢が刺さる。
さらに、アガサが左側から壷へと近づくふりをして、ゴブリン達を牽制する。どっちを向いたらいいのか分からなくなったところを、俺が三匹続けて倒す。
「ゴブッー」
残り一匹になったゴブリンが、俺へ向かって大きく振りかぶった斧を振り下ろす。俺が、後ろへさがって躱すと、背後からアガサが短剣を首に突き刺した。
「少しは働きませんと」
「いや、十分働いてくれたよ。二人の動きのお蔭で考えていたよりも楽だった」
「はー。緊張したー。ちょっと休んでていいー?」
エリスが、広場の入り口で座り込む。
「いいよ。一応他から魔物が来ないか見張っててくれ」
「はーい」
エリスが水筒から水を飲みながら答える。俺とアガサも同じように水を飲み、少し呼吸を整えた。
「さて、先に魔石を拾っておくか」
「そうでございますね。」
広場に落ちている大魔石とエリスの矢を拾って歩く。なぜか、この作業はいつも俺が担当になっていて、アガサも頷いた割に手伝ってはくれない。
ひょっとして、俺はこのパーティーの最下層なのではないだろうか。
「さすがでございます。ご主人様。見事な作戦指揮でございました」
アガサが、うっすらと笑みを浮かべながら言ってくれる。
そうだよな。作戦をたて指揮をする。そんな俺が最下層な訳はない。この魔石拾いは、あくまで心の広い俺が、彼女たちの美しい手が土ごときで汚れてしまわないようにやっているにすぎない。
「ご主人様。にやけ過ぎでございますよ」
「いや、アガサに褒められたんで嬉しくて」
素直な気持ちで答えながら、拾い集めた大魔石をエリスのほうに向かって掲げてみせる。
「すごい!これなら、あれがいくつも買えちゃうよー。アガサ」
エリスが、さっきまでの疲れも忘れたようにアガサに向かって叫ぶ。あれってなんだ、いくつも買うようなものなのか?謎は深まるばかりだな。
「いくつもは、買いませんよ。エリス」
「えー。でもさー。汚れちゃうかもしれないじゃない」
なんだろう。エリスはいくつも買うといい、アガサは一つで十分だという。だが、ひょっとしたら汚れてしまう可能性もあるもの。
「ご主人様の気になさるようなことではございません」
アガサが、俺の考えをバッサリと断ち切るようなことを言う。
「それより、魔力黙りの確認をいたしましょう」
「そうだな、近寄っても大丈夫なのか」
「もちろんでございます。近寄らなければ壊すこともできないではありませんか」
「そりゃ、そうだな」
馬鹿な質問をしてしまった。頭を掻きながら壷らしきものへと近寄る。
「あそこから、魔物が次々出てくるんじゃないのか」
「そのように言われておりますが、その瞬間を見たものはいないそうでございます」
「じゃあ、なんで魔力だまりなんて言われてるんだ」
「そうでございますね。おそらくですが、冒険者ギルドに聞かれた魔女ギルドがそのように答えたのではないでしょうか」
「なるほど。魔女は何でも知っている、というわけか」
「何でも知っているかどうかは存じあげませんが、少なくとも冒険者ギルドの方々よりは、このような魔力関連のものには詳しいのでございましょう」
アガサと話しながら、壺のようなものを眺める。
「空っぽだな」
壷は俺の腰ぐらいまでの高さがあり、装飾の少ない簡素なものだった。上から覗いてみると、特に中になにかが入っているということもない。
「さようでございますね」
「どうするんだ、これ。このまま割っちまってもいいのかな」
剣を振り上げるが、念のためアガサに聞いてみる。
「大丈夫でございます」
アガサが頷くのを確認して、剣を振り下ろす。
カシャーン。
意外と軽い音で壷は割れ、魔物たちと同じように霧となって消え、その後にはゴブリン達と色の違う、黄色い大魔石が残った。
「黄色いな」
「今までとは、違うようでございますね」
アガサと二人で、もっと詳しく見ようと大魔石を持ち上げた瞬間。
「きゃーっ!」
エリスの悲鳴と同時に、ドサッと倒れこむ音がした。
「なんだっ」
俺とアガサは、慌てて広場の入り口を振り返る。
そこには、エリスを肩に担いだ巨大なゴブリンの姿があった。
「よくも我らの大いなる壷を壊してくれたな。人族どもめ」
巨大な、ゴブリンはゆっくりとした口調で言った。
「我々の言葉を解する魔物。魔族でございます。ご主人様」
「ああ。分かってる。さっきまでの奴らとは全然違う」
巨大なだけではない。こちらを見つめる眼差しには、明らかに知性がある。そして、さっきまでの魔物とは明らかに違う強さを感じる。さっきまでのように、無傷で倒すことなど到底できないだろう。それどころか、俺の剣が奴に通じるかさえ分からない。だが、エリスを助けずに逃げ出すことなどできない。
「彼女を返せ」
俺は、剣を構えながら魔族に向かって言った。
「馬鹿が。この女をもらうだけでお前らは逃がしてやろうというのに」
「馬鹿はどっちだ。そんなことを言われて、はい、そうですかと逃げる訳がないだろう。大体、エリスは俺のもんだ、お前なんざに渡す気はないね」
「お前は、俺を怒らせているぞ、人族」
「怒ってんのは、こっちだよ。魔族」
魔族と話しながら、アガサの前へ少しずつ移動する。こいつは強い。どこから、斬りかかっていいか全く分からない。景気がいいのは口調だけだ。
「ゴブリンジェネラルどもを倒したことに免じて、俺の怒りは、この女を犯し殺すことで済ましてやろうと考えていたのだが、お前のように弱者にキャンキャン吠えられては、それだけでは済まんな」
魔族が、呆れたような声で言う。俺のことなど、全く相手にしていないらしい。
「今は、女を攫うだけと思って、俺の得物も持ってきていないところだ。お前が、本当に女を救いたいのであれば、森の奥まで来い。だが、逃げ帰るのならば、もう一人の女もおいて行け」
「おいおい。武器がないから戦えないってか。俺は、今すぐでもいいんだぜ」
「安い挑発をするな。人族ごときが。俺はお前のいうことなど聞く必要はないのだぞ」
「分かった。分かった。森の奥だな。真っ直ぐ行けばいいのか?」
「そうだ。だが、お前が来ることはないだろう。せいぜい、その女に土下座でもするんだな。来ればお前は……死ぬぞ」
「そうかな。追いかけてやるから、エリスには手をだすなよ」
「そうだな。せっかくだから、女達は、お前が無様に負けた後で、はらわたを引きずり出し、泣き叫ぶ様を見せながら犯すことにしよう。希望を打ち砕いた後の、女の顔ほど美しいものはないからな」
趣味の悪い台詞を残し、魔族は森の中へと消えていく。しばらく、姿の消えたあたりを見ていたが、どうやら立ち去ったらしいことを確認し、俺は大きく息を吐いた。
「ちくしょう。油断した。魔族が森の中を動けるとは」
「魔族が森の中を自由に動けるということは、今まで聞いたことがございません。こればかりは、ご主人様のせいではございません」
アガサが、慰めるように言ってくれるが失敗は失敗だ。だが、取り返しのつかない失敗というわけじゃない。エリスも、俺もアガサも生きている。
「まあ、済んだ事を言ってもしょうがない」
気持ちを切り替えよう。まずは、エリスを助けることだ。
「ご主人様。私はいかがいたしましょうか」
アガサが俺を挑発するように聞いてくる。
「お前をおいて逃げるわけがないだろう。確かに奴は強い。さっきは、俺の剣が届きそうな気がまったくしなかったしな。だが、奴が武器を持ち俺を攻撃してくれば状況は変わる。やつの攻撃をかわし続ければ、俺の剣が届く可能性も見えてくるだろう」
俺は、ダットから買った剣を見つめながら言う。
「あとは、こいつに任せるさ」
「ですが、ご主人様。」
「何だ?」
「どうぞ、エリスを助けるためには、私を盾にすることも構わないでいただきとうございます。魔族を倒すためには、全てをなげうつものでございます」
アガサが、いつになく真剣な顔で言う。俺は、首を振って答えた。
「アガサ。俺にとっては、エリスもお前もどちらも大切で、どちらも好きなんだ。そのために、お前を盾にする必要なんてない。いつもと同じだ、俺が突っ込んで奴と戦うから、アガサは横から奴の動きを攪乱してくれ」
「わかりました。ご主人様」
アガサがニッコリと微笑む。どうやら分かってくれたようだ。
安心していると、すぐにアガサが意地の悪い笑みを浮かべた。
「ご主人様」
「何だ?」
「おめでとうございます。この暗い森にはいりましてから、百回目の”どちらも好き”でございます。このまま、見事あの魔族を倒し、いつか侯爵になった暁には、”どっちーも侯爵”として、名を馳せることになりましょう。私もどちらの一方として鼻が高いことでございます」
そんなに言ったかな。言ってないような気もするが、アガサがそういうんならそうだろう。
「いいじゃないか。これからだって何度でも言うよ」
開き直った俺が言うと、アガサが微笑んでくれる。
「さて、参りましょうご主人様。どちらも好きのもう一方が、劇的に助けられることを心待ちにしておりますよ」
「そうだな」
俺たちは、森のさらに奥へと向かって歩き出した。
 




