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15.魔力だまりにて

「また、分かれ道だね」

「そうだな」

 疲れた声で俺が答える。暗い森に分け入って、はや八日目のことである。

 これまでに、色々なことがあった。ゴブリンリーダーを何匹倒したのかすら分からない。そして、分かれ道に来るたびに繰り返される質問。

 唇は厚いほうと薄いほうどっちがいいか。お尻は垂れている、いや普通とキュッと上がっている方のどっちがいいか。寝るときは俺が中心のほうがいいか、どちらかの隣がいいか。黒と白どっちがいいか。お腹の肉はちょっとだけ、いやほんの少しだけついているのと、ほっそりしているはどっちがいいか。目は大きいのと、切れ長とどっちがいいか。二の腕の肉は、太ももの肉は、足首の太さは、下の毛の色は……。

 そのたびに、俺の神経がすり減っていくような気がする。

「この分かれ道は、重要な選択のような気がするよ」

 エリスの言葉に身構える。つまり、何か重要な質問をする気だな。

「私もそのように思います。ご主人様」

 アガサまでもが、そう言うということは、本当に重要な分かれ道なのか?

「あのさー。マイク」

「何だ?」

「あたしたちの耳って、ちょっと違うじゃない?」

「え? どこが?」

 まずい。これは、かなり重要な話になりそうだ。俺は、あわててとぼけることにする。

「違うじゃない。まさか分からないの?」

「いや。分からないわけじゃないが。どちらも美しいことには変わりない」

 俺は、この何日かで身に着けた能力、とりあえずどちらも褒めるを使ってみた。

「いや。それはいいから」

 ここ何日かで使いすぎたのか、エリスに呆れられてしまった。おかしいなー。心の底から言ったつもりなんだが。

「つまり、その。あたしの耳はさながら高い塔の上におわします、女神様の祝福を受ける様に立ってるじゃない」

「そして、私の耳はこの世に蠢く人々すべてを愛するように寝てございます」

ずいぶん大仰な言い方だな。しかし、これは重要な選択なのかもしれん。ここは、よく考えて返事をしないとな。

「どちらも好きだよ。エリスの耳には俺の軟弱な心を正してくれるような気品を感じるし、アガサの耳には俺の下品な心を穏やかにしてくれるような慈愛を感じるよ」

 俺は、思いつく限りの賛辞を二人へ捧げた。さりげなく自分を貶めつつ、二人への感謝を述べる。

「えへへー。そっかなー」

 エリスが照れる。ちょろいもんだ。

「ご主人様。私達はどちらが好きかときいているのでございますが」

 アガサは、騙されてくれない。くそう、どうやって誤魔化そうか。その時、幸運なことに分かれ道の右側に魔物の姿が見えた。今までのゴブリンリーダーではない、もっと大きな影だ。

「ちょっとまて。右側だ」

「じゃあ、立ってる耳がいいってこと?やっぱりねー」

「ご主人様。見損ないましてございます」

「そうじゃない。右側の道の奥にでっかいゴブリンが見えた」

 そう言いながら、分かれ道の右へ向かって歩き出す。

「本当でございますか。ご主人様。先ほどの質問とは関係ないということで、よろしゅうございますね」

「もちろんだ」

「えー。いいじゃない。右を選んだってことでさー」

「右を選んだわけではございません。ゴブリンジェネラルを見つけただけのことでございます」

 そこだけは譲れないのだろう。アガサがいつになく厳しい調子で言う。

「ど……どっちも気を引き締めろ。ひょっとしたら魔力だまりに近づいているのかもしれない」

 危ない。危うくどっちでもいいと言ってしまいそうになった。そんなことを言おうものなら、魔物のことなど構わずに、俺はこの場で説教されることになってしまう。

「ゴブー。ゴブゴブー」

「おいおい。何だありゃ。こないだ見たのとは全然違うぜ」

「本当だ。筋肉もりもりだねー。あれじゃ、あたしの矢は効かないかもよ」

「先ほどご主人様がおっしゃったように魔力だまりに近づいているからでしょう」

 道の先に見えるでっかいゴブリンは、まさにゴブリンジェネラルという名称に偽りのない魔物だった。身長は俺の倍もあり、横幅は俺の4倍もあるだろう。体の半分くらいの大きさがある、斧を持ち俺たちを待ち構えている。

「気を引き締めろ。金さん、銀さん。こいつは強敵だぜ」

「誰が、金さんよ」

「何やら馬鹿にされているような気がする名称でございます」

「俺が突っ込む。エリスは、あいつに隙ができるようなら矢で攻撃してくれ。アガサは、周囲から攻撃するふりだけでいいから攪乱を頼む」

 そう言いながら、俺はゴブリンに近づいていく。

「ゴブッ」

 ゴブリンが、斧を振りかぶり、俺の頭をかち割ろうと振り下ろす。筋肉は伊達じゃないらしい、かなりの速度で斧が振り下ろされる。

「まあ、そんなもんに当たるわけないけどな」

 俺は一歩引いて、斧を躱す位置に自分の体を置く。もちろん、斧が地面を叩いたときに飛び散る土くれも問題なく躱せる位置だ。

 ドカンッ!

 盛大に土を飛ばしながら、斧が地面に突き刺さる。俺は、突き刺さった斧の背を踏み台に、軽く飛び跳ねてゴブリンの首を切り飛ばした。

「あれ?もう終わりー?いつ矢を射ればよかったの」

 でっかいゴブリンが、霧となって消えていく。あとには大魔石だけが残った。

「使いもしない作戦を真顔で仰るご主人様の横顔。とても素敵でございました」

 アガサがニヤニヤ笑いを隠そうともせずに言う。

「いや、ちょっと張り切りすぎたな」

「相手の強さを測ることも、一つの強さでございますよ。過信はいけませんが、臆病になるのもよろしくありません。」

「そうだな。確かにこないだの奴よりは強かったけど、かなわない感じはしなかったのにな」

 反省する。魔力だまりを攻略し、魔族を相手にしようとしているのに、この程度の魔物ごときに浮足立っているようでどうする。

「でも、大魔石一個目だよ。この調子でいったらあたしたち、お金持ちになれちゃうよ。金貨亭も夢じゃないかもー」

「エリス。確かにそうかもしれませんが、ご主人様は侯爵になろうといっているのですよ。きっと、そうなれば、エリスには貴族のような暮らしをさせてくれるに違いありません」

「貴族かー。それは別にいいや。冒険者の暮らしのほうが、よっぽどいいよ」

 エリスが、一瞬いやな事を思い出したような顔をする。だが、何かを思いついたように笑顔になった。

「それより、アガサ。この大魔石があったら、このあいだのお店に会ったあれが買えるよ」

「あれでございますか。私はあまり気が進みませんが」

「でも、お店の人も言ってたじゃない。あれさえ着ればどんな男の人でも大満足って」

 なんだそりゃ。気になる。非常に気になる。

「それより、ご主人様。今日は進むのはここまでにして、一度休息をとりましょう。魔力だまりは、近いところにあるようでございます」

「そうだな。今晩は少し戻ったところで、一泊しよう」

「じゃあ、今晩は肉食べて、明日はがんばるよー」

「昨日も肉だったようでございますが」

「いいじゃない。明日は決戦だー」

「決戦でございますか。そういえば殿方は決戦前には子種を残すために、女性を抱くそうでございます」

 アガサがいいこと言った。そうだよな、決戦前だし、俺も頑張っちゃったほうがいいかな。

「え。じゃあー、今晩あたし、外で寝てたほうがいいかな。でもなー」

 なぜか不満顔のエリスが言う。

「ご主人様にかかれば、魔力だまりの魔物など、物の数ではございません。これから機会はいくらでもあるのに、何も今晩必死になる必要はございません」

 アガサが、しれっとした顔で答える。あれー。おかしいな。あれか、期待させといてやっぱり駄目ってやつか。何度も引っかかっているのに、またしても喜んでしまった自分が恥ずかしい。でも、これからいくらでもってことは、この先期待しちゃってもいいのかな。それくらいは、いいよな。

「そうだな。必死に……必死になる必要なんか……ないぜっ」

「必死だね」

「さようでございますね」

 その夜は、例の質問で決定した定位置の、左からアガサ、俺、エリスの並びで寝た。もちろん、子種を残すことはなかった。

 次の日の朝、何となく早く目の覚めた俺は、まだ寝ている二人を起こさないように、そっとテントを出る前に、ちょっとだけ寝相の悪いエリスのパンツをチラリと見て、それから、寝相の良すぎるアガサの布団がわりのマントをちょっとだけ直してやり、テントの外へでた。

 ただでさえ暗い森の中、昨日のでっかいゴブリンを頭の中で思い出し剣を振る。やつらに攻撃されているつもりで、避ける動きを繰り返し、ゴブリンの数を増やしていく。魔力だまりに、やつらが何匹いるかは分からない。……五匹、十匹、十五匹。

「おはようございます。ご主人様。」

 でっかいゴブリンが五十匹まで増えたところで、アガサが起きてきた。

「おはよう」

「朝から元気でございますね。マントをかけ直していただきまして、ありがとうございます」

「あ、ああ。朝は冷えるからな」

 まさか起きてたんじゃないだろうな。いや、いつものようにかまをかけただけに違いない。そう何度も引っかからないぞ。

「ご主人様は、何故にあのような布ごときに執着されるのでございましょうか。多分私のような奴隷風情には分からない高尚な趣味なのでございましょう」

 アガサが、俺に聞こえるような、聞こえないような微妙な声で呟いている。はっきりと聞こえているが、聞こえなかったふりをしよう。

「エリスは起きたのか」

「はい。もちろんエリスも、とっくに起きておいでになりますよ」

 そうかー。とっくに起きてたか。二人の優しさに目から熱いものが零れ落ちそうだ。

「さて、朝飯食べて進むとするか」

「おー。張り切ってるねマイク。何かいいことでもあったのかなー」

 エリスがテントから出てくる。優しい。優しすぎる。これは、今日はかなり働かないといけないぞ。ゴブリン五十匹ぐらいじゃ足りないかもしれないな。

 いつものようにアガサの作った食事を食べ、テントを片づける。

「さて、じゃあ、昨日の場所から奥へと進むか」

「そうだねー。魔力だまりへ突撃だー」

 元気がいいエリスを先頭に、森の中の道を歩き続ける。今日は、何故か分かれ道に出くわさない。分かれ道どころか、長い直線になっているようにも見える。

「エリス。ちょっと待ってくれ」

「どうしたの。マイク。お腹痛くなっちゃった?」

「そうじゃねえよ。この真っ直ぐの道の先、広くなっているように見えないか?」

「そうでございますね。かなり先でございますが、広場のようなものが見えるようでございます」

「えー。本当だ。あれが魔力だまり?」

「どうやら、そうみたいだな。エリス。配置を変えよう。俺が先頭になる」

「おっ。やる気十分だね、マイク。」

 俺を先頭にして、アガサ、エリスの順に並んで慎重に進んでいく。やがて、はっきりと広くなっている場所が見えてきた。どうやら、道の先に円形になっている広場のようなものがあるらしい。

 広場では、中央にある何かを守るように、でっかいゴブリン達が二十匹ほどいる。

「ゴブリンっていうのは、目が悪いのか?まったく、こちらへ近づいてこないんだが」

「ご主人様。この間も言いましたとおり、やつらは魔力だまりを守っているのでございます。多分、あの場所には他の道も通じているのでございましょう」

「なるほどー。じゃあどうする?」

「このままの配置で行こう。俺が切り込む。エリスは入り口付近から矢で援護してくれ。アガサは、エリスを守って、もしゴブリン達に隙ができたら魔力だまりとやらを破壊してくれ」

「分かった。あたしも、余裕があったら魔力だまりを射てもいい?でも、魔力だまりってどんな形してるんだろう」

「エリス。魔力だまりは、大抵大きい壷のような形をしております。ゴブリン達の中心にあるはずですから、ある程度の数を倒せば見えてくるでしょう」

「じゃあ、隙があったらそいつを攻撃して、ゴブリンどもを慌てさせてやれ」

 エリスとアガサが頷く。

「よっしゃー。行くぜ。金さん、銀さん。」

 俺はそう叫びながら、広場のゴブリン達に向かって走り出した。ゴブリンもでかい体を寄せ合い、防御の構えを固める。

「あの、妙な掛け声はなんなんだろうねー」

「多分、ご主人様の目には下着の向こうが見えるのでございましょう。朝見た光景が脳裏に焼き付いているのではございませんか」

 エリスとアガサがあきれたような声をだす。この汚名は、ゴブリン達とともに消し去るしかないだろうな、そう思いながら、俺は、一匹目のでっかいゴブリンに剣を振りかざした。

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