14.暗い森にて
「暗い森っていうのは、どういう所なんだ?」
「えー。よく知らないけど。魔物がゾロゾロ出てくるんじゃないの?」
「俺もそう思っていたんだが、しばらく歩いてるのに全然魔物に出会わないぞ」
「そのうち出てくるんじゃないの?」
エリスと話しながら、森の中を歩いていく。確かに、日の光がほとんど差し込まないような暗い森だが、今のところ魔物の気配はない。
アガサがあきれたように、話し出した。
「お二人ともアリエラ様の話を聞いていなかったのでございましょうか」
「え。聞いてたよー。ね。マイク」
「あ、ああ。聞いてたとも」
「もちろん聞いていたと思いますが。せっかくですから、少し話させていただいてもよろしいでしょうか」
おお。今日のアガサは優しいな。俺とエリスは、顔を合わせるとうんうんと頷く。
「アリエラ様も言っていたと思いますが、暗い森というのは言ってみれば広大な迷宮のようなものでございます。暗い森の木は、私達のみていないうちにひとりでに動き、迷宮を形づくるのでございます」
「つまり、入るたびに違う形の道になるってことか?」
「そうでございます。ご主人様」
「それでー? 魔物はどうやって出てくるわけ? 森の中からどやどやーって現れてくるんじゃないの?」
「ちょっと違うようでございます。魔物もまた、この森が形作る道にしか存在できないのでございます」
「なんだそりゃ」
「理由はよく分かっておりません。もしかしたら今までとは違う動きをする魔物が存在する可能性もまったくないわけではございません」
「そりゃそうだな。でも今のところこの道を歩いているうちに魔物に出会うって訳だ」
「でも、会わないじゃない。侵入者だーって向かってくるんじゃないの?」
「確かに魔物たちにとって私達は侵入者でございます。ですが、今まで知られているところでは、魔物は侵入者を排除することよりも、何かを守ることを優先しているようでございます」
「それが、魔力だまりってわけか」
「そうでございます。魔物は魔力だまりを守るようにこの森の道で待機しているようなものでございます。そして、その守りをすべて破り、魔力だまりを破壊することが冒険者の目的の一つでございます」
「なるほどー。アガサは物知りだねー。本当に記憶がないの?」
「私個人の記憶がないだけで、知識は特に変わりがないようです。それに、今の話はアリエラ様から聞いた話でございますから。ご主人様もエリスも聞いていたことでございます」
「俺は、知っていたけどな。エリスを試しただけだ」
「ちょっとー。急に裏切らないでよ、マイク。」
「それより気になることがあるんだが」
「なんでございましょう。ご主人様」
「この暗い森には、俺たちの様に冒険者がたくさん入り込んでると思うんだが」
「そうだねー。」
「だが、他の冒険者の気配もない。いったいどうなってるんだ?」
「さきほど申しましたように、この暗い森の道は木々によって形作られるものでございます。ですから、同じ道は二度と造られることがございません。そのため、一緒に森に入った冒険者以外はそれぞれ分断されてしまうのでございます。よほど運がよければ、偶然それぞれの道が繋がることもあるかもしれませんが、本当にまれなことのようです」
「じゃあ。他の冒険者には絶対会わないわけ? ちょっと、寂しいね」
「もし、会うとすれば偶然同じときに魔力だまりを発見した場合でございますね。魔力だまりというのは、そうあるものではないらしいですから」
「でも、道がかってに作られるなら、ずっと魔力だまりにたどり着かないような道をぐるぐる回り続けるっていうこともあるんじゃないか?」
「もちろん、冒険者が弱く、魔物に力を見せられなければ、そうでございます。弱い魔物というのは、弱い人間を襲い、その恐怖を得ることで満足するものでございます。しかし、強い魔物や魔族は強くなった人を倒し、より多くの恐怖を得ることを求めるそうでございます」
「なるほど。普段から魔物に怯えるような人じゃなくて、魔物を倒す希望に満ちた強い冒険者に絶望を与えることによって、強い満足を得るわけか」
強い魔物や魔族というのは、趣味の悪いやつらが多いらしい。
「じゃあ、野営していて襲われる心配はないってこと?」
「そうでございますね。最後に戦った魔物がいる位置から十分に道をもどれば、まず襲われることはございません。十分に休んだ冒険者を倒してこそ強い満足が得られるからでございましょう」
「じゃあ、このあいだピピン村でであったような魔物はなんなんだ?」
「ああいった魔物は、この暗い森から追い出されてしまったようなものと考えられております。人で言えば性根の曲がってしまったと申しましょうか。強いものを倒す満足感よりも、弱いものを倒すほうに喜びを見出してしまったもののようでございます。そのため、暗い森で冒険者と戦うことが出来ずに森を出て弱い人を襲うようになるのだと言われております」
「つまり、同じようなゴブリンでも、この森の中にいる奴らのほうが強いってことか」
「さようでございます。ご主人様。十分お気をつけてくださいませ。……まずは、そのゴブリンが見えてきたようでございますよ」
アガサが道の先を指し示す。ゴブリンリーダーが三匹、こちらを睨みつけている。たしかに、村外れで見た連中とは違うようだ。
「一人一匹ずつか」
「いやいやー。あたしが全部やっつけちゃうよ。」
エリスが弓を構え矢を放つ。矢は次々とゴブリン達に当たり、連中はあっという間に緑の霧となった。
「エリスは、天才でございますから」
アガサが冷静な顔で答える。いや、強すぎるんじゃないのか。
「この調子で、目指せ侯爵だよー」
エリスが上機嫌で歩き出す。俺は、ゴブリンが落とした中魔石とエリスの矢を拾い集めた。
「うむ。ごくろー」
俺から矢を受け取ったエリスが、にんまりと微笑む。まあ、天才らしいからな。ひょっとして、俺はこのパーティーに要らない子なのかもしれん。
「あれ? 分かれ道だよ」
「本当だ。いよいよ迷宮じみてきたな。どっちへ行く?」
「うーん。そうだなー。マイクは、金髪と銀髪、どっちが好み?」
突然エリスが、答えにくい質問をしてくる。いや、ここで迷ったら相手の思う壷だ。俺は、一瞬の間をおかずに答える。
「どっちも好きだ」
「それじゃあ、どっちに進むか決められないじゃない。アガサはあたしとマイクどっちが好き?」
「エリスです」
アガサが俺以上に、間を置かずに答える。そこは、もうちょっとなんかあってもいいんじゃないか。
「じゃあ、右だね」
エリスが、右の道へと向かう。まさか、曲がり角のたびにこれをやるんじゃないだろうな。
「おっと、魔物がいるね。今度は、マイクにまかせるよ」
たしかに、ゴブリンリーダーが五匹いる。アガサの話のとおりなら、さっきよりも魔物が強くなっているということは魔力だまりへ近づいているということなんだろうか。
「まかされた。危なくなったら援護してくれ」
そう言いながら、ゴブリン達へ走りよる。
「ゴブゴブッ」
こいつらは相変わらずの鳴き声だな。そう思いながら、右側の二匹に駆け寄り剣を横に奔らせる。ゴブリンの首が綺麗に飛ぶ。新しい剣の調子は上々だ。
仲間の二匹がやられても、残りの三匹が怖気づいた様子はない。村外れにいた奴らとは違う、綺麗な剣で攻撃してくる。一匹の攻撃を躱し、剣をもった腕を切り飛ばす。動きのとまったゴブリンを蹴り飛ばし、残りのゴブリンどもにぶつけてやる。
仲間がぶつかってきて態勢を崩した二匹の首を次々と切っていく。最後に、転がっているさっきのゴブリンに剣を突き刺しとどめをさした。
そのまま、先ほど切り倒した剣を見ているとゴブリン達と同じように緑色の霧となって消えていった。
「どしたの?」
「いや、切り離せばそのまま残るんじゃないかと思って」
「滅多にないことでございますが。まれに、魔物が武器を残すことがあるようでございます」
「そうなのか」
「魔物の武器というのは、特殊なものでございます。その武器を人が使ったとしても魔物に殺されたときのように光となって消えるのでございます」
はて、どういうことだろう。
「死ねば必ず、光のようになって消えるんじゃないのか?」
「え。何言ってんの? 普通に死んだら体はそのままだよ。魔物に殺された時だけ光になって、女神様のもとへ召されるんだよ」
「さようでございます。魔物に殺されるのは、あまりにもひどい苦痛を伴うためというようにいわれております」
「苦痛か、そうなのか?」
「さあ。よく分かんないけど。大体、何でも死んだら霧みたいになっちゃうんじゃ、動物とかたべられないじゃない」
「そう言われてみればそうだな。動物だけが特殊なんだと思ってた」
まだ、魔族に殺された人しかみたことがなかったからな。しかし、魔族を殺した時だけ霧のようになり、魔族に殺された時だけ光となって天へ召されるか。奇妙な話だな。
そんな、話をしながら歩いていると、また分かれ道にあたる。
「マ、マイクはさ。胸の大きいのと小さいのどっちが好み?」
エリスがちょっと顔を赤らめながら聞いてくる。照れるくらいなら聞かなきゃいいのに。それより、これは曲がり角にくるたびにやるのか。
「お待ちください、ご主人様。私はあくまで標準でございます。標準の美しい胸と、大きいだけの風船胸のどちらが好みという質問にかえさせていただきます」
アガサが不機嫌そうな顔で訂正する。確かに、小さいというのは問題があるかもな。俺は、二人の胸の違いを想像しようとする。思えば、見たのはずいぶん前のような気がするな。
「ずいぶん、直に見た記憶がないので、ちょっと比べようがないな。できれば、今見せてくれると、すぐに答えが出せそうな気がするんだが。いや、決していやらしい意味じゃなく、質問に答えるためだよ」
エリスとアガサが睨めつけてくるので、あわてて下心がないことを強調する。
「えー。ちょっと今はなー」
エリスが、手を組んでもじもじしながら答える。いや、さりげなく二の腕で胸を強調しているようも見えるな。豊満な胸が、色白で柔らかそうな腕で挟まれて、服から溢れんばかりになっている。
「そうでございますね。後ほど落ち着いてからのいいとおもいますが」
そう言いながら、アガサは後ろ手に腕を組んで背中をそらすようにしている。若干小さめの、いや普通サイズだが上向きの胸が生意気そうな角度で俺を挑発しているように見える。
「どっちも好きだ」
さんざん悩んだのちに、俺の出した答えは先ほどとまったく同じものだった。
「なるほどー。優柔不断なマイクに聞いてもしょうがないね」
そう言って、エリスはアガサに近寄り、耳元で囁いた。
「……じゃあ、アガサは大きいのと小さいのどっちが好き?」
聞こえてますよ。エリスさん。
「……大きいほうでございます」
衝撃的な返事を返すアガサ。そうなのか、なんとなくショックだ。
「そっかー。じゃあ右だね」
結局また右なのか。これ、別に毎回聞かなくても右に固定で良くないか?
上機嫌で歩き出すエリスの後を追って歩き出す。
「ふふーん。そうだよねー。やっぱり愛情は大きくないと」
エリスが呟いている。
そうか、愛情か。確かに愛情は小さいよりも大きいほうがいいに決まってる。俺も、この広大な暗い森ぐらい大きい愛を持てる男になりたい。いや、暗い森は言い過ぎか。せめてピピン村ぐらい、いや冒険者の町ぐらいでいいか。
そんなことを、考えているとアガサがそっと寄り添ってきて言った。
「大丈夫でございます。ご主人様」
「何が?」
「……その、ご主人様のも、ちょっと大きかったように記憶してございます。」
ちょっとって何だ。大きいだけでいいんじゃないのか。むしろ、気を使ってつけてくれたみたいで、申し訳ないくらいだ。
「マイクー。アガサー。早くきてよ。また分かれ道だよー」
前を行くエリスが、叫ぶ。いつまでやるんだよこれ。多分、魔物は俺たちと戦う気を失ってると思うぞ。




