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11.村外れにて

「よーし。頑張って攫われた女の子を助けるよー」

 張り切っているエリスに続き、俺たちは村を出て森のほうへと向かって歩く。しばらく歩いていると、先日エリスを助けた時のような、岩場が見えてきた。魔物っていうのは岩場が好きなのかね。

「魔物っていうのは、何を食べて生きているものなんだ?」

「魔物が何を食べて生きているのか、そもそも生きているのかというのは謎に包まれております。ご主人様。冒険者ギルドで言われましたように、魔法を使うと魔物が生まれてくるというのが魔女ギルドの見解とされておりますが、本当かどうかは分かっておりません。一般人の間では、人の恐怖を食べて暮らしているという考えが広く言われております」

「確かに、奴らは人の苦痛や、恐怖が好きなようだな。このあいだ、エリスを助けた時にも、他の人達は散々痛めつけられた後に殺されたようだった」

「だからこそ、魔物は見つけたら倒さなくちゃいけないんだよ。いつかは魔物をすべて倒して、人族の住むところから追い出すっていうのがみんなの願いなわけ」

「そのとおりでございます。今は人の住む地域は魔物の住む地域に比べるとちっぽけなもの。魔物を倒し続けていればいつかは、人の住む世界も広大なものになりましょう」

「なるほど。それが、この世界の人達の夢ってことか」

 エリスとアガサの言葉に頷くと、アガサが悪戯っぽい顔をして答える。

「それが一般的に広まっている夢という言い方が正確でございましょうね」

「実は違うというわけか?」

「さて、それはご主人様と私達が旅を続けていれば明らかになることかもしれません。もちろん、そんなことは関係なく愛欲に溺れた怠惰な暮らしを送るのも悪くないことと思いますが」

「いやいや! みんなで一緒に冒険しようよ! ”エリスと愉快な仲間たち”が世界の謎を明らかにするなんて、まるでどっかの語り部の話みたいじゃない。毎晩はちょっと困るけど、たまになら二人で愛欲におぼれちゃっても聞かなかったふりするからさー」

「そうだな。話はここらへんにして、奴らの様子を確認しよう」

 そういって、森の木の陰から岩場にいる魔物たちを観察する。

「ゴブリンが100匹ほどいるな。このあいだの一回り大きいゴブリン。ゴブリンリーダーだっけか、そいつらが5匹いる。そいつらに囲まれているのが攫われた娘か。あいつら、女の服をちょっとずつ切り裂いていたぶっているみたいだ……おい、アガサ。目の前に立つなよ。女の様子がよく見えないじゃないか。」

 なぜか女の胸から下が見えないようにアガサが俺の前で邪魔をする。俺は、隙間から見ようと顔を動かすが、アガサもうまい具合に体を動かし、服を切り裂かれた状態が確認できない。

「ちょっとー。二人でいちゃついてないでよ」

 エリスがあきれたような声をだす。

「申し訳ありません。あまり女性の肌を見過ぎるとご主人様のやる気が一部分に集中してしまって、戦闘に差し支えると心配になったものでございますから」

「そういう目で見てるわけじゃねーよ。だいたい俺の前でそんなに可愛い尻をふられたほうが、よっぽど元気が一部分に集中するっつーの」

「ほらほら、マイクはアガサに夢中だってさ。それくらいで許してあげよーよ」

「そうでございますね。さて、どうやって彼女を助け出しましょうか」

 俺の言葉に満足したらしいアガサが、やっと話を進めようとしてくれる。

「うーん。じゃあ、正面から三人で突っ込むっていうのは?」

 エリスは安定の能天気っぷりだ。そんなことをしたら、囲まれた彼女は真っ先に殺されてしまうだろう。

「時間もないし、単純な作戦でいこう。アガサがここから左側に森の中を回り込んで彼女に近づく。見つからない限界まで近づいたところで、俺がここから右側のゴブリン達に襲い掛かって全員の気をひく。あいつらが俺に気付いたらエリスが弓で彼女の周りにいるゴブリンリーダー達を減らし、その隙にアガサが彼女を助け出す」

「中々の作戦でございます。ご主人様」

「いいんじゃない?さすが、マイク。今日は冴えてるねー」

「よし。じゃあ頼んだぞアガサ」

 そう言いながらアガサの尻を叩く。アガサはちょっと顔を赤らめながら、音もなく森の中へと消えていった。しばらくすると、アガサの短剣が反射した光が俺の顔にあたる。どうやら、準備できたようだ。

「じゃあいってくる。彼女の周りのゴブリンリーダーは頼んだぞ」

「任せといて! 気を付けてね」

 よし行くか。エリスにちょっと手を振ると、音を立てて森の中を走り抜け岩場へと躍り出る。俺の役目は陽動なのだから少し派手に行動しても構わないだろう。

「ゴブッ!ゴブゴブッ!」

 近くにいたゴブリン達が俺の姿を見てあわてる。こいつらの鳴き声はどこでも共通らしい。特訓の成果を生かし次々とゴブリン達の首を刎ねていく。俺の剣が一振りされるごとに、何匹ものゴブリンの首が飛び、どんどんと数を減らしていく。女の周りにいたゴブリンリーダー達も、慌てたのか俺のほうに注意を向ける。

 だが、次の瞬間俺のほうに向かって来ようとしていたゴブリンリーダーの眉間に矢が突き刺さる。エリスの援護が始まったらしい。さすがにアガサに天才と言われるほどの腕を発揮し、瞬く間に3匹のゴブリンリーダーを射抜く。そうしている内にやつらの背後からアガサが忍び寄り、女の戒めを解き、森の中へ連れて行こうとする。

 ゴブリンリーダーが気づき、アガサと女を追おうとするが、次々と飛ぶエリスの矢が背後から突き刺さる。どうやら、うまくいきそうだ。

 アガサの退路を確保するために、広場の中心へ向かって歩を進めながら、ゴブリン達を倒していく、やはり数が多いと面倒だな。そんなことを考えると、エリスとアガサが俺をみて叫んでいる。

「マイクー。奥にでっかいゴブリンがいるよー!」

「ご主人様。ゴブリンジェネラルでございます」

 でっかい? ジェネラル? 初めて聞く言葉に戸惑いながら、広場の奥を見ると奥の洞窟からでてきたのか、ゴブリンリーダーの3倍はあるかと思われる大きなゴブリンがでてきた。

「ゴブー。ゴブゴブ」

 どうやら手下を全てやられて怒っているらしい。それにしても大きい。背だけでも俺の倍近くはあるんじゃないだろうか。なんで、こんな大物が村の近くにいるんだ?

「これでもくらえ!でっかいゴブリン!」

 エリスが矢を放つ。狙いたがわずゴブリンの肩にあたるが、驚いたことにゴブリンは矢を跳ね返す。どうやら、大きさだけでなく強さも桁違いらしい。

「あれー。弾かれちゃった」

「エリス!下がってその女性を保護してくれ!こいつは、俺に任せとけ」

 矢が利かなかったことに気を悪くしたのか、前へ出てこようとするエリスを止めて、剣を構える。自分がどれだけ強くなったのか試すチャンスだ。

「さあ、きやがれ!でっかいゴブリンめ」

「ご主人様。でっかい、でっかい下品でございますよ。あれは、ゴブリンジェネラルでございます」

 エリスに女を押し付けてきたらしいアガサが後ろでこっそりと注意する。

「ん。ゴブリンジェネラルね。強そうだな」

「そうでございますね。あんなにえっちぃ服を着ていた女二人に何もできなかったご主人様には荷が重いかもしれません。ジェネラルの持っている武器に注意してください。あれは稚拙ながらも魔物の力が宿った剣でございます。ご主人様の剣で打ち合えば、一合で折れてしまいますよ」

 どういうことだ?まさか、昨日は襲うのが正解だったのか? いやいや、そんなはずないだろう。襲おうとしたらさり気なく躱した後に二人でくすくす笑うに違いない。いや冷静になるんだ俺。いまはそんなことよりアガサのアドバイスのことを考えよう。そうだ、魔物との戦いでは剣を打ち合うことはない。確実にかわし、最高の攻撃を打ち込むんだったな。

「ありがとう。アガサ」

 アガサの言葉で、冷静になることが出来た。冷えた頭でジェネラルの動きを観察する。確かに恐ろしいほどの強さを持った剣のようだ。あれに触れたら肉をはぎ取られてしまうんだろうな。

 だが、アガサとの練習に比べれば楽なものだ、アガサとの戦いでは細い糸を手繰るようだった避けるための可能性が、このジェネラルに対しては何本も糸があるように感じられる。

「ゴブッ!」

 ジェネラルが力任せに剣を振り下ろしてくる。俺は、難なくかわすと可能性の糸の中でも最も強固な糸の流れに従い、剣を突き出す。

「グゴブッ!」

 狙い過たず、俺の剣はゴブリンの胸へと突き刺さる。剣が刺さったままゴブリンが俺を叩き切ろうと、剣を振りかぶるが、振りかぶった腕にエリスの矢が突き刺さる。同時に剣を引き抜くと、ジェネラルはゆっくりと後ろへ倒れ、やがて緑の霧となって消えた。

「やったね。見てよこれ。でっかい魔石!」

「あまり、でっかいでっかい言うものではございませんよ。エリス」

「だが、確かに大きい魔石だな。ひょっとして大魔石ってやつかな」

 そう言うと、エリスが驚いたように言う。

「本当に? じゃあ、これでDランク冒険者になれるじゃない。ついてるね!」

「本当に大魔石だったらな。おい、大丈夫だったか?」

 攫われていた女性は、何とか立てるようだったが服はボロボロだった。アガサが自分のマントを貸してやり支えている。俺が声をかけるとよろよろと腕にしがみついてきた。

「ありがとう。マイク! 本当に助かったわ。まさか、あの大人しかったマイクに助けてもらう日が来るなんて。びっくりよ。」

 どうやら、俺のことを少しは知っているらしい。

「冒険者ギルドのある町にいくまでに少しは鍛えたからな。無事でよかった」

 あまり話すこともない。エリスとアガサに女性を預け、落ちている魔石を拾い集めた。

「ついでに、あたしの矢も拾っといてー」

 エリスが女と話しながら、俺に声をかける。へいへい。女はどうやらショックから立ち直ったようで、エリスとアガサと楽しそうに話している。この世界の女性は皆強いらしい。何やら俺のことについて話しているようだ、卑屈になるわけじゃないがどうせ俺の悪口だろう。

「マイクー。拾ったら行くよー」

 エリスの声に頷き、女三人組の後をゆっくりと歩き村へと戻った。


   *


「ありがとうございます。エリスさん。アガサさん。それとマイク。このことは冒険者ギルドにも報告させてもらいますよ」

 村へ帰り、攫われた女性を家にかえしてから家によると、驚いた様子でグレンさんが言う。まあ、ついこの間までこの村にいたEランク冒険者にはさほど期待していなかったんだろう。でももうちょっと俺に期待してもいいんじゃないか。いつのまにか呼び方もついでみたいになってるし。

「いやー。それほどでもー」

 エリスは照れながらも非常に嬉しそうだ。

「ご主人様がお世話になった村長様にご恩が返せてうれしく思っております」

 アガサはいつものとおり控え目だ。

「俺も村の人に恩が返せただけでもよかった。気にしないでくださいグレンさん」

「本当に立派な冒険者になったな、マイク。これからもがんばってくれよ」

 グレンさんがまるで自分のことのように喜んでくれる。きっと、マイクはグレンさんにとって大事な人間だったのだろう。だが、俺は本当のマイクじゃない。そう思う自分もいるが、まあいいじゃないかと思う自分がいる。エリスやアガサの力も借りたが、それでも誰かを助けることができたんだ。それだけでも、きっとこの世界にいる意味があるんだと思う。

「また、機会があれば会いに来るよ」

 心にもないことを言うのは心苦しいが、きっとグレンさんも分かってくれるだろう。あんなに、俺の、マイクのことを気遣ってくれていたんだ、きっと俺がマイクじゃないことにも気づいているだろう。そう思いながら村をさり、街道ぞいに歩き始める。

「大丈夫でございますか?ご主人様」

 アガサが、心配そうに声をかけてくれる。

「大丈夫だ。それより、今夜の服はどうするんだ?」

 努めて明るいことを考えようとする。

「おっ! やる気十分だね。マイク。でも今夜はテントだよ。」

「そうですね。これから10日ほどはテントで泊まりでございます。ご主人様。」

 アガサはいつものように冷静な声で言うが、そのあと顔を赤くしながら付け加えた。

「ですが、たまには河原で水浴びする私たちを見るくらいは許可してもよろしゅうございます」

 まだまだ、俺たちが2度目の愛を確かめ合う機会は遠いらしい。少なくとも冒険者の町よりは遠そうだ。俺はため息をついて歩き始めた。 


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