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10.家にて

「あ、ああ。久しぶりだな」

 混乱しながらなんとか言葉を絞り出す。どういうことだ? 俺は、この女神に送り込まれてこの世界にやってきた異世界人じゃなかったのか? それとも、魂だけがこの世界のマイクという男に転生した状態なのか。だが、女神はそんなことは言っていなかったし、第一マイクという名前は、俺が自分で思いついて名乗った名前のはずだ。

「ちょっと見ないうちに、ずいぶん男らしい話し方になったじゃないか。マイク。それにこんな可愛らしい女の子に囲まれて。見違えたぞ」

 村長、いやグレンがにこやかな笑みを浮かべて言う。まったく怪しんでいる様子はない。男らしい話し方になった? もともとのマイクは、もっと丁寧な話し方だったのか。大体グレンの事は何て呼んでいたんだ。グレンさんか。それとも村長さんとでも呼んでいたのか。

「そんなー。可愛いなんて本当のことを。それよりマイクさー……」

「お褒めに預かり恐縮でございます。村長様。それとも普段ご主人様は、グレン様とお呼びになっていたのでございましょうか? 私はご主人様の奴隷のアガサと申します。こちらは、ご主人様が所属しているパーティーリーダーのエリスでございます。」

 俺の混乱している様子に気づいたのか、アガサが助け船を出してくれる。それに比べてエリスはいつもの能天気な様子を崩さない。感覚を共有しているとかいう話はどうなったんだ。まさか、性的な感覚しか共有できないんじゃあるまいな。

「ご主人様は私共に自分の素性をほとんど話してくれないのでございます。多分私たちが子主人様がどこか貴族の息子に違いないと夢のようなことを語ってしまったせいでございましょう」

 アガサが、しれっとした顔で話を続ける。どうやら感覚共有うんぬんの話は嘘のようだ。騙された。だが、今はさり気ない嘘で村長の話を引き出そうとしてくれるのがありがたい。

「そうですか。ずいぶんと惚れこまれているようだ。それに奴隷を買うなんて、冒険者として成功の道を歩んでいるようだな。そう……村にいたころのマイクは、私のことをグレンさんと呼んで慕ってくれていたものです。マイクは早くに両親をなくしてしまっていてね。お婆さんと二人で村のはずれで細々と畑をやりながら暮らしていたんだが、3か月ほど前にそのおばあさんが亡くなってしまい、それを機会に村を出て冒険者になりたいと言い出したんだ。おばあさんは偏屈な方でね。そのせいでマイクも村に親しい人間は、せいぜい私ぐらいだったものだから、それもいいんじゃないかと思って送り出したというわけさ。」

「グレンさんには、本当に世話になった。おかげで何とか冒険者としてやっていけそうだ」

 世話になった記憶は全くないが、流れに合わせてもっともらしいことを言ってみる。

「そうかそうか。それなら安心だ。そうだ、せっかくだから今日はあの家に泊まっていったらどうだ?まだ、借り手が見つかっていないから空き家になっている。今日は、もうすぐ暗くなるだろうから、一晩泊まって、明日の朝出発すればいい」

「ありがとうございますー。良かったねマイク。早く行こうよ!」

 またしても空気を読まないエリスが、喜びながら俺の手を引く。おいおい、俺は家の場所なんか知らないんだが。困っている俺を助ける様に、アガサが村長に言った。

「ご主人様。せっかくですからエリスと村を回ってきてはどうですか? その間に私が家の片づけをすましておきますので。村長様。ご主人様のお宅の場所を教えていただけますか?」

「マイクはずいぶんいい奴隷を買ったな。可愛いうえに気が利く。それになんといっても……おっと、マイクの家の場所は、この家の裏の道をまっすぐいった所だ。村のはずれにある家だから迷わずつけるだろう」

 グレンさんがアガサの美しい顔を眺めながら、いや、どちらかと言えば耳の形を眺めながら言う。グレンさんは寝た耳娼婦説の信奉者らしい。それにしても、さすがアガサだ。さり気なく家の場所までグレンさんから聞き出してしまった。

「ありがとうございます。村長様。では先に行っております」

「いや、俺たちも一緒に行くよ。そんなに村の中をうろつくわけにもいかないしな。じゃあ、ありがとう。グレンさん。明日の朝もう一度立ち寄るよ」

「うむ。できれば、その時に一つ相談にのってほしいんだが。いや、明日の朝でいいぞ」

 グレンさんがちょっと気になることを言うが、ぼろがでないうちに立ち去りたい。俺たちは、そそくさグレンさんの家を後にして、俺が住んでいたという家へ向かった。


   *


 何もない、小さい家だった。まあ、俺とおばあさんの二人で暮らしていたというのだから、これで十分なのだろう。家の周りには小さな畑があったが、俺がここを出て以来誰も手入れをしていなかったらしく、草ぼうぼうだった。それでも、家の中には小さな台所と風呂がついており、例によってアガサが作った食事を食べたあと、まず俺が風呂に入り、その後にエリスとアガサが風呂に入った。

「いやー。やっぱりお風呂はいいねー。ずっと、湧水石と燃焼石だのみだったものねー」

「そうでございますね」

 風呂から二人の声が聞こえてくる。いや、別に風呂を覗いている訳じゃない。俺は台所から二間続きになっている部屋にいるのだが、家が狭いせいか二人の声が大きいせいか聞こえてくるだけだ。

「それよりさ。さっき、マイクが感覚共有がーとか言ってたじゃない。あれって何?」

「そのことでございますか。私とエリスはエルフ族ですから、感覚を共有し合っているという話でございます」

「そんなことあるっけ?」

「もしそんな力があれば、私とご主人様が愛し合っているときにエリスにもその感覚が伝わって、あたかもエリスとも愛し合っているようになるという、殿方の夢のような話の事でございます」

 くそー。夢か。夢の話なのか。あいつら俺に聞こえる様に話してるんじゃあるまいな。

「くすくす。さっき、村まで歩いてくるときにいやらしい顔してるから変だと思ったんだよ」

「きっと、今晩もしようと思っていたに違いありません。普通に考えたらエリスと一緒のテントでするなんてありえないことでしょうに。全くご主人様の獣欲は留まるところをしりませんね」

 ちくしょうめ。あいつら絶対に俺に聞こえる様に話してるな。よし、決めた。今日は絶対に、二人に鼻の下を伸ばしたりしないと誓おう。

「あがったよー」

「お待たせいたしました。ご主人様」

 そんな俺の誓いも風呂上がりの二人の姿を見たら一瞬にして崩れた。今日は、テントではなく家で寝られるので、レイルの店で買ってきたものを着たのだろう。二人は、色違いのネグリジェのようなものを着ていた。普段の服とは違い、エリスは黒の、アガサは白のレース地でもちろん下着はつけているが、スケスケの扇情的な姿だった。

「ほら、いやらしい顔してる」

「さすがご主人様でございます。今日も絶好調でございますね」

 非常に失礼なことを言われているが否定できないのがつらい。二人は、寝床がわりのマントに横座りになると何ともしどけない格好で俺を見てきた。

「冗談はさておき。村長様の話はどういうことでございます?」

「そうそう。マイクがこの村の出身だって一言もいってなかったじゃない。どういうこと?」

 その格好で急に真面目な話をするのか。だが、確かにどこかでは話をしなければならないことだ。俺も居住まいをただし、真面目な表情で話し出した。

「二人なら俺の言うことを信じてくれると思うが……実は、俺はこの世界の人間じゃない。他の世界からこの世界へと転生してきたらしいんだ」

「へー。じゃあ、あたしを助けた日に初めてこの世界にきたってこと?」

「そのはずだったんだが、今日この村へ来てみたらマイクという男が昔からこの村にいたということになっている。もともと俺はマイクという名前じゃない。この名前はこの世界へきて名乗った偽名みたいなもんなんだ」

「ご主人様は、どうやってこの世界にやってきたのでございますか?」

「女神に連れてこられたんだ。この女神に」

 そういって俺はギルドカードを見せる。俺のギルドカードにはアリエラがレアと言っていた体操服姿の女神が描かれている。

「女神様にあったんだ!」

「そんな凄い感じじゃなかったけどな。だが、その女神も本物かどうか分からない。俺が他の世界からきたかどうかも曖昧な話だしな。確かに他の世界にいたような気もするし、どんどん元の世界の記憶が希薄になってきているような気もする。なんとも不安な状態なんだ。さらに、今日の話だ。正直なところ何がなんだか分からないというのが本当のところだ」

「それで、あれほどまでに実感のある強さを求めたということでございますか」

「そうだな。あの一日千秋だって、夢の中で女神にもらったものなんだ」

「へー。今朝使い終わったあとに消えちゃったけどね。きらきらーって」

「まあ、もう目的は達成したからな。女神が回収したんだろうさ」

「それで、ご主人様は何か目的があってこの世界に現れのでございますか?」

「あれ? 世界を救っちゃうーみたいな」

「いや、そういうことは言われてないな。女神を楽しませるような暮らしをしてほしいそうだ」

「じゃー問題ないね!別に帰る予定もないんでしょ?別に自分のことが分からないくらい気にすることもないじゃない。アガサだって記憶がないんだし。似たようなもんだよ。もう、二人は愛し合ってるんだしさー。まだ、これからあたしとの運命的な何かもあるわけだし」

「そうでございますね。私はご主人様といられれば問題ございません」

 おかしいなー。かなりシリアスな話をしたような気がするんだが、女性陣には何の問題もないらしい。なんというか俺のアイデンティティにかかわることのような気がするが。まあ、いいか。俺が何者だろうが、女神が実は女神じゃなくても、いずれはっきりするだろう。そして、その時にこの二人がいれば、俺はきっと乗り越えられるに違いない。

「そうだな。俺も二人がいれば問題ないよ」

 そういうと、二人はとてもうれしそうに笑ってくれた。

「アガサは記憶喪失。マイクは異世界から来た男かー。じゃーせっかくだから、あたしの秘密を言っちゃうよー」

 なぜか、急に興奮したエリスが大きな声で言う。

「実は、あたしエルフの国の王女なんですー」

「へー」

「さようでございますか。あ、ご主人様。燃焼石を小さくしていただけますか」

 俺たちは、布団代わりのマントにくるまり、寝ることにした。


   *


 次の日の朝、例によって働かないエリスをしり目にアガサが朝食を作ってくれる。

「仕方がありません。ご主人様。エリス王女でございますから」

「そうだな。王女に料理をさせる訳にはいかないからな」

「信じてるの? 馬鹿にしてるの? 本当なのにー」

「おいおい、もう朝だぞ。夢は寝てるときだけにしてくれよ」

「そういえばご主人様。朝、村長様のところによると言っていたようでございますが」

 アガサが大事なことを思い出させてくれる。そういえばグレンさんが何か相談があるようなことを言っていたような気がするな。まあ、冒険者に頼みたいことといえば大体予想はつくが。朝食を片づけた後、日課の訓練を一時間ほど行い、汗を拭いた後に三人で村長の家に向かう。

「おはようございます。グレンさん」

 怪しまれないようにできるだけ丁寧にあいさつする。

「おはよう。マイク」

 何やらグレンさんの顔色がよくない。非常によくない兆候だ。俺の不安とは逆に我らがパーティーリーダーはご機嫌だ。

「まだEランク冒険者のマイクにこんなことを頼むのは申し訳ないんだが。……実は、最近村の近くの森に魔物が集まっていてな。とうとう、今朝、村の娘が一人攫われてしまったんだ。」

 ほら、やっぱりなー。


誤字修正をしました。

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