9.ピピン村にて
3人並んでてくてくとピピン村へ向けて歩く。結局この日出会ったのは、3匹のゴブリンだけだった。
「特訓の成果を見せていただけますか。ご主人様。エリス」
「じゃあ。あたしが1匹片づけるから、後はマイクがお願いねー」
そう言いながらエリスが弓を構え、一匹のゴブリンに向けて矢を放つ。矢は見事にゴブリン達の背後の木に突き刺さった。放っておいて、ゴブリン達に向かって走る。
スパン!
軽い音を立てて一匹のゴブリンの首が飛ぶ。先日までのような、得体のしれない力に踊らされた力任せの攻撃とは違う。確かな手ごたえを感じながら残りの2匹を片づけ、同時に背後から飛んできたエリスの矢をつかみ取る。
「あれー。ちょっと狙いがずれちゃった」
全く悪びれない調子で、エリスが言う。まあ、エリスにとっては本当に一時間練習しただけだからな。別に怒りはしない。
「まあまあでございますね。ご主人様。あと100年ほど修行すれば、私のご主人様に相応しい力を手に入れられそうでございます」
アガサが褒めてくれる。褒めているようだが、100年早いぜ! と言っているようにも聞こえる。だが、自分でも成長が実感できたのは幸いだ。
その後は、何も出てこない森の中をピピン村方面へと歩き続ける。日が暮れたので、例によってアガサが食事を作り、就寝となった。エリスとアガサは、湧水石と燃焼石を使ってお湯を沸かし、お互いの体を洗い合っていたようだ。テントの外できゃっきゃと笑う楽しそうな声が聞こえる。非常に気になるが、二人の信頼を裏切るわけにはいかない。我慢しているうちに、いつのまにか寝てしまった。
次の日の朝、すでに恒例となったアガサの料理を食べた後、日課となった練習を始める。
「では参りますよ。ご主人様。・・・悠久の時よ!我の願いに従い、凪のごとき遅滞をもたらせ!」
アガサが必要もない呪文を叫び、白魚のような手から美しく伸びる二本の指に挟んだ一日千秋を頭上に構え、スッと胸元に挟む。あの呪文らしきものは自分で考えたのだろうか? 謎に思っていると、アガサの胸元に挟まれた一日千秋が、そのままアガサの服の中へと落ちていった。同時に、すこし離れた場所で練習しているエリスの矢が木に突き刺さる音が聞こえた。
「今朝は肉を食べたので、自分の成長を過信してしまったようでございます」
顔を赤くしたアガサが服の中から一日千秋を取り出し、昨日と同じように下着との間に挟み込む。比べる相手が悪いだけで、屈みこんだ姿は十分セクシーだと思うがな。
「さて、今日からは本物の武器を使った訓練でございます。武器の強さが増せば傷つけられる可能性はまし、当たらない可能性も減っていくものでございます」
そう言いながらアガサが攻撃してくる。俺も自分の剣を持ち、昨日のようにアガサの攻撃を避けようとするが、なぜかあっさりと太ももを貫かれてしまう。木剣で殴られるのとは全く違う痛みが俺を遅い。またしても地面を転がるはめになる。
「木剣とは違い本当の剣とはそれ自体に人を傷つけ、殺せる可能性を十分に持っているものでございます。昨日のご主人様は、所詮3つある可能性の一つを選べた程度でございますから、可能性がたった一つになってしまえば、そのざまでございます」
昨日よりもさらにサディスティックな笑みを浮かべるアガサが転がる俺の腕に剣を突き刺しながら言う。
「それに、昨日までの私は大分手加減しておりました。今日は、少し本気を出させていただきとうございます」
ゴブリンごときを倒したぐらいで成長を実感していた自分を笑ってやりたくなった。だが、その恥を漱ぐには、何度も繰り返す以外の道はない。俺は、昨日と同じように何度もアガサの攻撃を喰らい、そのたびに痛みに転げまわりながら、深く深く考えようとした。攻撃の中の本当の攻撃の中にある真の攻撃を理解するんだ。そう自分に言い聞かせる。
「おや。どうにか避けることが出来たようでございますね。今度は、20年掛かりでございます」
アガサがつまらなそうな顔をして言う。よほど俺を突き刺すのが楽しくてたまらなかったらしい。
「安心してくださいご主人様。これからは、私も本気でやらせていただきます」
次の瞬間、俺の体が3箇所同時に剣で貫かれる。一瞬壁を越えたと思ったら、また壁だ。だが、感触はかなりつかんできた。あとは、どれだけこの感じを研ぎ澄ませられるかどうかだ。またしても遅いくる痛みに耐えながら、自分の感覚を少しずつ、少しずつ薄い布を剥ぐように鋭敏にしていく作業が続く。
「どうやら今日は時間切れのようでございます。続きは、明日にいたしましょう」
どうにか同時に貫かれる場所を2箇所に減らせたところで、アガサが声をかけてくれ、一日千秋を胸から抜き出す。
「あれー。どうしたのマイク。すっごく格好いい服になってるよ」
自分の練習を終えたエリスが近寄ってきて俺の姿を見て笑う。俺の服はあちこちが剣で貫かれぼろぼろになっている上に、胸元にハートマークが切り抜かれていた。ちくしょう、あと何日かのうちにはアガサの服の大事な部分だけを切り抜いてやるからな。そう思いながら、その日はその服で過ごした。
旅3日目。ゴブリン5匹と戦う。エリスの矢がかする。2箇所さされる時もあり、1箇所の時もある。
旅4日目。ゴブリン6匹と戦う。エリスの矢が1匹を倒す。刺される場所が1箇所にへる。
旅5日目。ゴブリン5匹と戦う。エリスの矢が2匹を倒す。刺されたり、刺されなかったり。
旅6日目。ゴブリン7匹と戦う。エリスの矢が3匹を倒す。ついに一度も刺されないようなるが、すぐにアガサが本気を出し、またも刺されるようになる。
旅7日目。ゴブリン10匹と戦う。エリスの矢が4匹を倒す。ついに本気のアガサに刺されなくなる。
旅8日目。ゴブリン8匹と戦う。エリスの矢が5匹倒す。とうとうアガサが飽きる。自主練習。
そして、旅9日目の朝、朝食を食べると何故かいつもと違う服のアガサが言う。
「今日は最終訓練を行いたいと思っております。最後は道具の力を使わなくてもようございましょう。せっかくの道具ですから、これはエリスに使っていただきましょう」
せっかくですから、違う場所で戦ってみましょうというアガサの言葉に従い、近くの河原に向かう。
「さて、今日はお互い本気で戦おうと思っております。私に勝てたらこの訓練も終わりということでよろしいかと思います」
「それはいいけど。どうやって勝敗を決めるんだ?」
一日千秋の力を使わなければ、傷の治りも遅くなる。本気を出すというのに寸止めというのもおかしいだろう。
「ご主人様の目的を達成できたら勝ちということではいかがでしょうか?」
「すぐ始めるぞアガサ! 俺の本気中の本気を見せてやる!」
張り切って剣を構える。アガサは一瞬あきれたような顔をしたが、すぐに真剣な顔で剣を構える。戦いが始まるが、互いに剣をぶつけ合うわけではない。アガサに習った戦闘法はそういうものではないのだ。互いに相手の攻撃が当たらない位置に体を動かしつつ、相手が攻撃の当たらない位置へと動く可能性を消していく。額に汗をたらしながら、アガサのフェイントを交えた攻撃の中の攻撃を理解し、自分の攻撃が通る細い糸のような可能性を手繰り寄せる。
深い深い思考に沈み込む長い時間のようだが、傍から見れば剣を構えてから一秒ほどもたっていないだろう。ついに一本の道筋をつかんだ俺の剣が、アガサの服を切り刻んだ。
「さすがでございます。ご主人様」
一糸まとわぬ姿になったアガサが、顔を赤らめながら賞賛の声をあげる。ささやかながらも女らしい胸のふくらみには、まるで俺を挑発するように二つの突起がピンと立ち、引き締まった下腹部には、髪の色と同じ銀色の陰りがうっすらと見える。あまりの美しさに俺が動けないでいると突然アガサが胸に飛び込み、唇を押し当ててきた。
「どうしたんだ? 急に」
いきなりのことに驚き。アガサの顔を見つめる。
「あれほどの期間、己の信念にもとずいて鍛錬を続ける殿方に惚れない女などおりません。奴隷の身ゆえ思いを捨てようかと思いましたが、ご主人様ならばきっと受け入れていただけると思います。どうか私を抱いていただけますでしょうか」
つい先日まで俺を楽しそうに切り付けていた時とは別人のようだ。まるで小娘のように顔を赤らめ必死に俺を見つめる姿。それこそ、そんな姿を見て受け入れない男などいるのだろうか。
「もちろん受け入れるとも。アガサ」
「ありがとうございます。ご主人様」
「でも、ここでいいのか?岩ばかりだが」
「大丈夫でございます。それに少しだけ痛いぐらいのほうが……」
アガサが、潤んだ目で俺を見つめる。戦いのときはサディスティックに、そして愛し合うときにはマゾヒスティックにか。小悪魔的な体つきだけでなく、どこまでも男を興奮させるような物言いに俺の欲望は燃え上がり、アガサが初めてなことも忘れてその体を蹂躙した。
*
「さて、エリスのところへ戻りましょうか。ご主人様」
敗れた服の代わりに俺のマントを纏ったアガサがそう言って立ち上がる。まるでさっきまでの事がなかったように、いつもの無表情に戻った姿に首を傾げながら服を身に着ける。だが、歩き出そうとするとさり気なく前へ回り込んで、目を閉じる。俺がその小さな唇にキスすると、ニッコリとほほ笑み、俺の腕に自分の腕をからめてくる。また愛し合いたい気持ちを押さえた俺たちは、そのままエリスのいるほうへとゆっくりと歩いていった。
「あれあれ?ずいぶん仲良くなっちゃったみたいだねー」
エリスが、にこにこ笑いながら俺たち二人を見る。
「これからゆっくり話して差し上げますよ」
そう言うとアガサが、一日千秋をエリスに渡す。
「少し、エリスの修行をしてまいります。ご主人様は離れていただけますか?」
「あっ! 昨日話してた不思議アイテムだね。えーと。ゆーちゅーする時よ! あれの願いはしどけない、夜のごとき痴態を求めよ!」
似ているようで全然違う呪文らしきものをエリスが叫び。一日千秋をアガサにも負けない美しい指先に挟み頭上に掲げる。そして、その豊かな胸の谷間へと挟む。落ちない! まったく落ちない。不機嫌そうな顔のアガサとともにエリスの姿が、霞がかかったようにぼんやりとしたものになる。なるほど、使っているときには周りからこんな風に見えるのか。
きっと一時間は帰ってこないだろう、修行も終了したので新しい服を出して着替える。古い服は穴があいてボロボロなので後でアガサに渡して雑巾代わりにつかってもらおうかな。そんなことを、考えていると目の前にアガサとエリスが現れた。
「どうしたんだ?まだ、ちょっとしか経ってないぞ。まさか、もうエリスが飽きちゃったんじゃないだろうな」
「違います。ご主人様。これ以上続けると、エリスがご主人様より強くなってしまいそうですので終了といたしました」
そんな話があるだろうか。俺はじっと自分の手を見ながら考える。俺がアガサの裸を見るまでに費やした、いや、力をつけるための期間をたった3分ぐらいで超えるということが。
「エリスは天才でございます。ご主人様」
「いやー。そんな褒めないでよアガサ。大体あれ以上アガサの惚気話を聞かせられたら、あたしの精神のほうがもたないよ」
天才か。確かにいつも天真爛漫といえるエリスの態度は天才肌といえないこともないだろう。だが、ゴブリンにパンツをおろされていたエリスが本当に天才なのか? アガサの事を信じていないわけじゃないが、疑いの目をエリスに向けてしまう。
「あれあれー。信じてないね。マイク」
そう言った瞬間、エリスが弓を構え、俺に向かって矢を向ける。同時に俺の体は、弾かれたようにエリスから距離を取り、剣を構えた。
「いや。信じるよエリス」
額から汗を垂らしながらエリスに答える。本物だ。確かに今の俺では、せいぜい左腕を矢で吹き飛ばされながら、エリスの胸に剣を突き立てるのが精一杯だ。絶対に勝てないとは言えないが、エリスの服を切り裂き豊かな胸を眺めるほどの余裕はない。
「これほどの才能を持っているエリスが魔女ギルドに所属していないというのは謎でございます。ご主人様。しかし、魔女ギルドに所属せず、ご主人様と偶然にも出会ったということが、逆にエリスが天才ということを証明しているのかもしれません」
いつの間にかいつもの服に着替えているアガサが俺の傍へ来ると、また謎めいた発言をする。
「たまたま出会っただけだろう?」
「そうそう。あたしとマイクはまだ偶然出会って仲間になっただけ。アガサみたいな関係になるには、もっと運命的な何かがあったときだよ」
エリスが夢見る少女が言うようにも、意味ありげにも聞こえるようなことを言う。
「まあ、それまでは二人で仲良くしていていいよ。あたし、ぼーっとしてれば外の音は聞こえないし。でも、たまには今後の勉強のために見学させてもらおうかな。その時は、お互いに気付いてない感じにするってことで」
「もちろん望むところでございます。私もたまには見られたほうが興奮いたしますので」
二人が恐ろしいことを話し出す。俺は、そういう趣味はないんだが。
「よしっ!じゃあ、夜の生活についても決まったところで、張り切ってピピン村まで行こう!」
そう言って歩き出すエリス。俺はアガサと並んで追いかけながら小声で問いかける。
「本気なのか?」
「本気でございますよ。ご主人様。そもそもエルフ族というのは感覚を共有することに長けた種族でございますから。特に私とエリスは相性がよろしいらしく、感覚の共通が楽にできるようでございます。先ほどぐらいの距離でしたら、エリスにも感じ取れるようでございますから、隠しても意味のないことなのでございます。ですから、ご主人様もあまり気になさらないようにお願いいたします」
「そうか。アガサのためなら俺は構わないが」
そう答えると、アガサはなんとも艶っぽい表情を浮かべる。ひょっとしたら、俺はとんでもない女性たちを相手にしているのかもしれん。そんなことを考えながら歩いていく。
森を抜け、他愛もない話をしながら三人で歩き続けると、やがて周辺に畑が広がる村が見えてきた。どうやらあれがピピン村らしい。
畑の中を抜けると、村の中でも比較的大きな家が見えてきた。多分、あれが村長の家なんだろう。エリスが声をかけながら中へ入って行く。
「こんにちはー。冒険者ギルドから魔法石を預かってきましたー。”エリスと愉快な仲間たち”でーす」
そのパーティー名は、今後も使うのだろうか。いい加減恥ずかしくなってきた。帰り道で話し合う必要性を考えていると、村長らしき人がでてきた。
「おや、冒険者ギルドの方々でしたか。私は村長のグレンと申します。いつもありがとうございます」
そう言った後、村長らしき人が驚いた顔で俺の顔を見た。
「マイクじゃないか?久しぶりだな。」
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